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同人誌即売会と悪役顔令嬢  作者: 狐坂いづみ
C99冬編
121/171

第107話 ある日のチャットにて

 雀田しのぶは時計を確認すると、私物の携帯でチャットにログインする。

 ここは職場。瑞光寺の事務所。

 最低限の明かりを灯し、不寝番をしている。

 割とよそから驚かれるこの瑞光寺の伝統業務であるが、案外夜中の問い合わせはある。

 当然業務時間なので、進められる仕事はちょくちょく進めるが、この事務所にいる限り休憩は裁量だ。

 軟禁状態ではあるが割増の給料が出る。非常に美味しい仕事だった。

 

 リョッ!『こんばんは、スズメさん』

 リョッ!『お仕事終わりですか?』

 スズメ『今日は泊り仕事なので』

 ちきちゃん『泊り!?』

 探花『チャットしてていいんですか』

 スズメ『仕事もしていますからご安心を』

 リョッ!『えー、すご……』


 それは嘘ではない。

 先程までに明日提出する予定の書類を片付けておいた。

 このチャットが終わったら見直しをかけて、今日の業務は達成となる見込みだ。

 

 スズメ『おふたりとも、この間のイベントの写真見ましたよ。また話題になってましたね』


 正確にはお嬢様から見せてもらったのだが、嘘はついていない。

 SNSでの拡散度合いを見るに、話題になっていると言っても差支えはない。

 さすが有名コスプレイヤーである。

 

 リョッ!『おっ、ありがとうございます。探花も大学卒業してどうなるかと思ったけど、相変わらずのクオリティで安心したよ』

 探花『新入社員にとっては厳しい時間繰り……』

 ちきちゃん『でも衣装作るの楽しいでしょ』

 探花『楽しい……やめられない』

 リョッ!『だよねー。ただちょっと睡眠時間が短くなると覿面にお肌に出るから気を付けてね』

 探花『うっ、気を付けます』


 先輩からの助言だ。

 雀田はまるで自分が言われたかのように耳が痛い。

 確かにこの夜勤は給料も良く楽は楽なのだが、疲労が積みあがっているタイミングで回って来ると途端に肌に出る。

 非常に悩ましい。

 

 ちきちゃん『私は倉敷さんのイベントに出るけど、ふたりは出ないんだっけ』


 Chikiが言うのは、冬コミで倉敷が言っていたオンリーイベントのことだろう。

 

 探花『スタッフ? サークル?』

 ちきちゃん『どっちも』


 まだ少し先だが、もう申し込みは始まっているし、スタッフもほぼ決まりそうだとも聞く。

 

 リョッ!『ジャンルが違うからねえ』

 ちきちゃん『スタッフで出ればいいのに』

 リョッ!『その日、創作オンリーがあるからそっちに出るのよ』

 ちきちゃん『あー、まさかの日程被りかあ』


 となるとふたりは参加できない。少し残念だ。

 

 探花『スズメさんは?』

 スズメ『倉敷さんと児島さんのイベントにスタッフとして出ますよ』

 探花『うー、申し訳ないです。よろしく伝えてください』


 何が申し訳ないのかは分からなかったが、よろしく伝えることは覚えておこう。

 雀田は短く返事をしておいた。


 リョッ!『ところでスズメさんもそろそろSNSのアカウント作りませんか』


 またか……と思いながら雀田は返事を書く。

 

 スズメ『それはちょっと……』

 探花『バレたらまずいですか?』

 スズメ『いや、バレたらとかではなくて……私はコスプレイヤーではないので』

 ちきちゃん『いやいやいやいや』

 リョッ!『立派なレイヤーでしょう』

 探花『何言ってるんですか』


 集中砲火だ。何とも分が悪い。

 お嬢様も今日の勉強が終わったら参加すると聞いているが、まだだろうか。

 

 スズメ『継続してコスプレをやるつもりはありませんので』

 探花『うーん』

 リョッ!『実は、私たちの方に問い合わせが来るんですよね』

 リョッ!『次にどのイベントに出るかとか、撮影会しませんかとか』

 スズメ『それは……申し訳ないですが』


 アカウントを作ってしまうと後戻りできない様な気がする。

 非常に良くないと自分の勘が警鐘を鳴らす。


 ちきちゃん『あかね様は作られたわ。一番にフォローしていただいたのはこの私だけど』

 リョッ!『はいはい』

 探花『あった方が便利じゃないですか』

 スズメ『私はあくまで付き添いなので』

 リョッ!『もったいないなあ』


 もったいないの意味がよく分からないが、表に出る気はない。

 どちらかというとひっそり生きたいのだ。


 AKANE『こんばんは』

 

 どう返したものかと考えていると、ようやく待ち人が現れた。

 心の底から感謝する。


 ちきちゃん『あかね様!こんばんは!』

 スズメ『お疲れ様です』

 探花『こんばんは』

 AKANE『スズメさんは仕事もあるのでほどほどにね』

 スズメ『承知しております』


 釘を刺されてしまったが、この仕事が緩いことはお嬢様も知っている。

 何ならたまに遊びに来ることもある。ややこしくなるのでChikiには黙っておくが。

 

 AKANE『わたくしも裏で江口橋さんとお話ししながらですので、少し返事が遅れるかもしれませんわ』

 リョッ!『ひえー、お疲れ様です』

 探花『次の夏の件ですか』

 AKANE『ええ。少々難しいことが多くて』

 ちきちゃん『できることなら何でも協力しますからね』

 AKANE『ありがとうございます』


 まだ寒い季節だというのに、もう夏コミのことを相談している……

 分かってはいたが、次の夏コミには心して臨まなければいけない。


 リョッ!『そういえばプロのモデルにコスプレショーさせる企画があったみたいだけど、ちきちゃん何か聞いてる?』

 ちきちゃん『あー』

 ちきちゃん『あった。というか蹴ったというか』

 AKANE『あら、そうなんですの』

 ちきちゃん『企画運営がどうも権利関係に疎いみたいで、ちょっと怪しかったのよね』

 ちきちゃん『客を呼んで入場料取って、完全営利にするみたいだったから危ないと思って』

 探花『ああ、それは後々揉めそう……』

 ちきちゃん『出版社とかそっちの権利者がやるならまだしも、ちょっとグレーな感じ』

 リョッ!『おお怖い怖い。界隈がざわざわしていたのもうなずける』


 雀田がぼんやりしているうちに、次の話題に移っていた。

 こういう時、過去の発言を読み返せるからチャットは便利だ。

 

 探花『一応企画としてはポシャりそうって聞いたけど』

 ちきちゃん『私がモデル仲間に根回ししたからね』

 リョッ!『えっ、そうなの』

 ちきちゃん『そういう権利関係に疎い人も多いと思って』

 リョッ!『うわあ。その企画運営から恨まれない?』

 ちきちゃん『それも大丈夫だと思う。まったく別方面からちゃんと説教してくれるみたいだから』

 リョッ!『おお、やるねー』

 ちきちゃん『まあね』

 AKANE『さすがChikiさんですわね』

 ちきちゃん『恐縮です! 頑張りました!』

 リョッ!『ずいぶん差があるな……』


 やり取りが微笑ましい。

 最初こそ……いや、今でもたまに、Chikiからあからさまな敵対心を見せることはあるが、基本的にはお嬢様への信仰に似た好意からの嫉妬である。そう思えば可愛いものだ。


 探花『でも、Chikiさんが止めなかったら問題になってたかもね』

 リョッ!『どこかでブレーキはかかったかもしれないけどね。それでも中止の方向に行きそうで良かったわ』

 ちきちゃん『これもスタッフになっていろいろ勉強したお陰かも』

 ちきちゃん『つまりあかね様のお陰です!』


 飛躍した。

 

 AKANE『いいえ。スタッフに登録したのも、勉強したのもChikiさんですわよ』

 ちきちゃん『それはその、きっかけというか』


 文字だけでも分かる照れ。

 はたから見ているだけなら面白いのだが。

 

 ちきちゃん『今まであまりボーダーラインについて考えてこなかったから』

 探花『あくまで遊ばせてもらってるだけだからね』

 リョッ!『そう。原作へのリスペクトだけは忘れないようにしないと』

 

 この三人にとっても、スタッフ参加はいい経験になったらしい。

 自分はどうだろうかと考える雀田。

 あのお祭りのような雰囲気は嫌いではない。

 

 あれだけの人混みがありながら、目立った混乱が見られないのは不思議だが。

 参加しているオタクの共同意識のようなものかもしれない。普通の人混みならああは行かないだろう。

 そして何より、そこで輝くお嬢様。

 敬愛する人が評価される様を見るのは心が踊った。

 それに、一番近くでお嬢様のことを見ていられるのは特権とさえ思う。

 

 ……あまりChikiのことを笑えないなと雀田は笑う。

 誰にも見られることのないその笑みは次の夏コミで多くの人を虜にするのだが、それはまた別のお話。


 ちきちゃん『それでは本題に入りましょうか』

 ちきちゃん『スズメさん入ってますか』

 探花『仕事中かも?』


 発言が無いので心配させてしまったか。

 

 スズメ『ちゃんと見てますよ』

 ちきちゃん『良かった。じゃあ、C100夏でコスプレする作品だけど……』


 こちらもずいぶん気が早い。

 準備は早くするに越したことは無いのだった。

C100夏はまだもう少し先です

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