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同人誌即売会と悪役顔令嬢  作者: 狐坂いづみ
C96夏編
12/171

第11話 2日目 起きた事件

 一般入場を問題なく完了し、自分のブロックの巡回に移る。昨日と同じように座り込みが無いか見て回り、落とし物が無いか、突発的な混雑はないか、トラブルはないか……特にV33aの『てんぺすとガーデン』に対して注視する。

 あかねは無口な藤崎と組んでの巡回であった。

 藤崎は伸びた前髪が目元まで達し、表情もあまり読めない。あかねと同じ二十歳周りだと思うが、それすらも確信が持てない。


「おう、瑞光寺さんと藤崎君お疲れ」

「三山さん、お疲れ様です」


 スタッフ同士の挨拶は基本的に『お疲れ様です』となっている。

 声を掛け合うことでお互いの身分を確認し、また周囲に『ここにスタッフがいる』ということを知らせる効果があるという。以前、それでスタッフのふりをした一般参加者を見つけ出した例があるという。

 あかねは昔読んだ漫画を思い出した。

 合言葉を使って急に立ったり座ったりすることで、行動に遅れた間者をあぶり出す。


「わたくし達は忍者のようですわね」

「……?」

「ああ、いえ、昔読んだ漫画を急に思い出しまして」

「まあ忍者みたいなもんか。割と統率されてるし、あんま表に出ないで影に徹するし」


 あかねの脈絡のない急な呟きに、三山はよく分からないなりに笑う。

 伸びをしながら「じゃあ働くとしますか」と一言口にすると、リュックのチャックが全開になっていた参加者に声をかけ、そのまま壁際に誘導していた。そこでチャックを閉めさせるらしい。

 ちょっと手を抜きたがるが人当たりは良い、と江口橋が評していた。こういうところなのだろう。

 対して藤崎は……


「……」

 

 口を開かない。

 サークル受付はそつなくこなしていたが、雑談程度であっても藤崎が話すことは無かった。

 それはあかね達スタッフに対しても同様だった。


(嫌われているわけではないと思うのですが……)


 表情から負の感情は見えないし、むしろこの場を楽しんでいるように思える。

 あかねは黙っているのが嫌というわけではないが、周囲が楽しそうな雰囲気の中で押し黙っていると首のあたりがムズムズするような感覚になる。

 

「藤崎さん」

「えっ!」


 意を決したせいか、声が大きくなってしまった。

 藤崎も驚いたようにあかねを見る。

 

「ああ、申し訳ありません。驚かしてしまいましたわね。ちょっと確認しておきたいことがありますの」

(コクン)


 とはいえ、何を聞けば良いのか。

 少し考えたあと、あかねは藤崎に尋ねた。

 

「藤崎さんのジャンル……好きな作品は何でございましょう」

「あ……」


 考え込んでいるようだ。それほど好きな作品が無いのか、それとも多すぎて迷っているのか。

 待つこと一分少々。


「ゲーム系……」

「あら、わたくしもゲームは好みましてよ。ゲームの中ではどういったジャンルがお好みですの」

「格闘ゲームとか、ベルトアクションとか……」

「なるほど。素晴らしいですわね。カッコンやSMKのゲームはわたくしも一通り嗜んでおりますわ」

「……僕も、一通り」


 ゲームメーカーの名前に、少し反応があったような気がする。

 質問形式にすると、会話が続きやすいようだ。

 また沈黙してしまったとはいえ、あかねは藤崎との会話を初めて成功させたことに少し興奮していた。


「弟や妹は付き合ってくれないのです。機会があれば是非ともお手合わせくださいませ。ああ、ベルトアクションでしたら協力プレイできるものもありましたかしら」

「ファイナルファイティングならいけたと思う……」

「なるほど、素晴らしい。その方が楽しそうですわね」


 藤崎は真面目な顔でうなずく。

 会話を楽しんでくれているような気配を感じながら、あかねは続ける。

 

「ゲームは良いですわね。わたくしでも怖い男もやっつけられますもの」

「そう、ですね。僕も同じです……」


 自分に無いものをゲームに求めている。意外な共通点が見いだせたような気がする。


「あら。藤崎さんも男性ですもの。本気を出せばならずものをやっつけられますわ」

「……瑞光寺さんの方が強そうです」


 確かに男性にしては小柄な藤崎と比べると、あかねの方が長身だ。

 

「わたくしは力が強いわけではありませんわ」

 

 顎に手を当てて考える仕草をする。

 藤崎はその横顔をじっと見ていた。


「やはりそれなら、協力プレイですわね。ふたりでコミマを救うのです」

 

 あかねの言葉に、藤崎は頬を赤らめながら小さくうなずいた。

 

 

 ※

 

 それを発見したのは、大根サラダのシャツを着た三山だった。

 昨日瑞光寺からに言われたこともあって、壁際の座り込みを気にするようにしていた。

 何度か巡回するが、珍しく座り込みをする参加者はいなかった。簡単な荷物整理をする人、電話で連絡をする人、地図を確認する人、休憩しているのか何もしていない人……四度目に確認したとき、違和感があった。

 一時間以上、ずっとその場に留まっている女がいる。

 気付かれないように観察していると、明らかに特定のサークルをチラチラと伺っていた。

 

(おいおいマジか……)


 その目線は、トラブルの可能性ありと巡回強化の注意メールが回っていたV33のサークルあたりを向いている。

 気のせいだろうか。一瞬そう思い込もうとするが、


『やるべきことをしなかったと後悔なさいませんの』


 昨日の瑞光寺に言われた言葉が、頭をよぎる。

 三山は覚悟を決めて、携帯を取り出した。

 

「……ハズレなら笑って済ませるだけだ」

 

 電話を終えた三山は『てんぺすとガーデン』に様子を確認しに行った。怪しい女がいることはあえて伏せ、サークル主のチリアに引き続き警戒を強化することを伝える。


「あの、ご心配をおかけして申し訳ありません」

「いえ。サークルの皆さんが安全快適に過ごせるようにするのが我々の役目ですから」

「スタッフさんには足を向けて寝られないですね」

 

 瑞光寺が聞いたら笑うだろうか。昨日と全然違う、と。

 女性サークルの前だ。良い格好したいに決まっているし、わざわざトラブルを見過ごすようなことはできない。このところ慣れ切ってダラダラしていたが、自分はやっぱりこの場所が好きなんだ。

 隣の男女サークルも、最後まで付き合ってくれるらしい。

 とはいえ油断できない。少し人通りが落ち着き始めた。ホール全体の緊張感が緩んでいるのを感じている。まるで昨日の自分のように。

 周囲の状況を改めて確認すると、シャッターの近くでやたら髪のボリュームがあるお嬢様の姿を見つけた。


「瑞光寺さん」

「あら、三山さん。どうかされましたか」

「じっと見るなよ。外周の柱の前に女がいるんだが、あのサークルの方をチラチラ見てるんだ」

「……なるほど、怪しいですわね」

「一応ブロック長の君堂さんには電話で伝えたんだが、君堂さんは傷病者対応で本部にいないらしい。江口橋さんも電話に出ないから本部まで行こうかと思うんだが」

「承知いたしましたわ。わたくしが見ておけばよろしいですわね。今藤崎さんもゴミ捨てに行かれておりますので、お戻りになられたらふたり体制で当たりますわ」

「頼む。ちょっと行ってくる」


 瑞光寺と藤崎、ふたりいるなら対処はできるだろう。

 いつ動くか分からない以上、早く本部の江口橋に伝えた方がいい。

 だが、三山がホール本部に向かって一分も経たずにそれは起きた。


 

 

 ※

 

 

(動き出しましたわ。なんと間の悪い)


 こちらを窺っていたわけでもないだろうに、女がサークルに向かって歩き出した。

 シャッターの方を振り返っても、まだ外に出ていった藤崎の姿はない。

 本部へ向かう三山の背中はすでに小さい。

 最悪のタイミングだ。

 女が島の通路に侵入する。

 あかねはほぼ走るような早歩きで距離を詰めながら『てんぺすとガーデン』の前に立つ女から目を離さなかった。

 その女が、不気味に笑った様子が見えた。

 狙われたチリアは、携帯を見ていたせいで一瞬反応が遅れた。

 サークル机越しに、一瞬ふたりの目が合う。

 笑ったまま女が、左腕を大きく振り上げた瞬間、

 

「危ない!」


 大きな声がホールに響き、一瞬音が消えた。

 あかねは早足の勢いそのままに女の腕を掴む。そのままお互いに両手を掴みあいながら、何かのファミコンゲームで見た『押し相撲』のような格好になる。

 女の表情は邪魔をされた怒りにゆがみ、振りほどこうとして全力で体をねじる。


「くっ、大人しくっ、なさい!」

「ぐうううううう!!」


 それは怒りなのだろうか。

 尋常ではない動きを押さえつけながら、あかねは隣の『不可思議樫木』のミズナラに目で合図を送る。

 ミズナラはハッとしてうなずくと、隣にいたどんぐりと共に、怯えるチリアを伴ってサークルスペースの奥へと退避した。

 そこに、硬直する藤崎の姿が見えた。


「藤崎さん協力プレイを!」


 その声にはっとする藤崎。


「ブルアタックですわ!」

 

 伝われと願いながら、格闘ゲームのタックル技を叫ぶ。

 藤崎は身を低くしながら駆け込んでくる。

 技も何もあったものではない。ただの突進だった。

 だがそれは、女の体制を崩すのに十分だった。

 藤崎の体ごと倒れ込んだ女が苦痛に顔をゆがめる。

 あかねはそのまま体重をかけ、女を制圧しようとする。

 しかしその時だった、

 

「あっ!」

 

 がむしゃらに振り回した女の足が、運悪くサークルの机を跳ね飛ばしたのだ。


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