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同人誌即売会と悪役顔令嬢  作者: 狐坂いづみ
C99冬編
119/171

幕間 江口橋さんと君堂さん

 君堂莉子と江口橋誠司は、毎年冬コミの後そのまま帰省することにしている。

 従兄妹同士ということもあり、何かあった時のためにといつからか行程を揃えるようにしていた。

 

「あー、終わった終わった」

「今回も疲れたな」


 スタッフのために用意されている東京駅への直通バス。

 何本か用意されている中で、どれが一番空いているかを経験的に知っている。

 その一番後ろの席に、ふたり並ぶ。

 君堂が窓際に押し込まれ、江口橋がその隣に座る。

 それもいつからかの定番の位置だ。

 

「あー、帰るの気が重いなあ」

「そうなのか」

「あたしもいい年した女性なもんでね。親戚連中から質問が来るわけ」

「ああ……」


 最近は少なくなってきたのかもしれないが、それなりの年の女性に固有の悩みだろう。

 古い人間は古いままなので、古い親戚からは定番の質問が飛んでくる。

 そう「結婚はまだか」と。


「コミマ2回で1年過ぎるからね。年を取るのもあっという間」

「ああ……」

 

 何かを感じ取ったのか、江口橋もしばし無言になる。

 

 バスの中に乗客は少ない。

 またその少ない乗客も、心地よいバスの揺れで夢の世界に旅立っている。

 

「あのさあ、せー兄」

「うん?」


 誰にも聞こえない程度の声で、君堂が昔の呼び名で江口橋を呼ぶ。

 どうにも呼びづらかったが、今回の会期中に思わず口にしてしまった。

 それもあってか、するりと呼べた。

 君堂は真面目な顔を江口橋に向ける。

 

「いい加減、気づいてるよね」

「君堂」

「昔みたいに莉子って呼んで」

「何年前だ」

「関係ないね」


 橋の継ぎ目を走るバスが、どんと揺れる。

 不意に君堂が頭を突っ込む形になるが、江口橋は顔を背けた。

 

「はぐらかさないで。こっち見て」

「……」

「あのさあ」

 

 3日目の開場前よりも緊張して、声が震える。

 嫌に大きい鼓動が気になるが、バスのエンジン音で聞こえていないと思いたい。

 

「せー兄にとって、あたしって何なの」


 江口橋が視線をこちらに向ける。

 浅く息を吸って、


「あたしはね、せー兄がいいの」

 

 言ってしまった。

 ここで目をそらすわけにはいかないと、自分を奮い立たせる。

 

「隣に立てるように頑張ってるんだけど、全然ダメかな。もっと他にふさわしい人がいるかな」


 例えば、瑞光寺あかね。

 年は離れているが、美人で品が良い。多分お金持ちだ。背も高い。

 自分とは何もかも違う。

 館内から少し離れたい気持ちもあって更衣室にも行ったが、自分の見ないところでふたりが一緒にスタッフをしていると思うと更衣室も楽しめなかった。

 つまらない意地を張ったものだ。

 冷泉のことを何ひとつ笑えない。

 

「俺は……」


 何かを口にしかけて、やめる。

 じれったい。コミマ以外でのこの人は本当に。

 

「ここで答えないとダメか」

「ダメ」

「どうしてもか」

「どうしても」

 

 これから東京駅、新幹線、地元の電車、それぞれの実家。

 もう年内に『次』はない。

 

「……次のC100夏、どういうものになるか分かっているだろう」

「それまで答えないってこと? 先過ぎるでしょ。何なのそれ」


 ここまで言わせておいて、八ヵ月先の話をする。

 信じられない。悲しくなってきた。

 君堂の瞳が潤む。

 

「せー兄にとってあたしは……」

「いや……」


 言いかけた君堂を遮って、江口橋が首を振る。

 そして、江口橋が腹をくくった顔になったのが分かる。だから君堂も待つ。

 それが分かるぐらい、あなたの顔を見てきたのだから。

 

「今言うと、死亡フラグになる」

「死亡……」


 一瞬意味が分からなかったが、徐々に理解し始める。

 死亡フラグの定番と言えば。

 俺、この戦いが終わったら……

 そこまで思い至って、君堂の顔が真っ赤になった。

 

「せー兄、それって……」

「俺で良いのか?」


 この期に及んで今更なことを言う。

 従兄の顔面を殴ってやりたい衝動を抑えながら、君堂は辛うじて声を抑えた。

 もう情緒がめちゃくちゃだ。

 

「あたしはさっき言ったんですけど」

「そう、だったな」


 額を抑えて、江口橋が息をついた。

 それに倣って君堂も深呼吸する。

 バスの車内の匂いを感じながら、言葉を探す。

 

「じゃあ……まずは付き合ってよ。これなら多分死亡フラグにならないし、親戚連中も押し黙るし、いいでしょ」

 

 平気な顔をしているが、心臓が口から飛び出しそうだ。

 正月の挨拶で親戚に公認させるのだ。

 自分で言っていることが正しいのか分からない。

 年も年だ。お付き合いのその先のことぐらいは当たり前に意識する。

 江口橋も婉曲だがそれを受け入れてくれている。

 

「返事は」

「……ああ」

「もっとはっきり」

「……これからも、よろしくお願いします」


 これから。

 ずっと先、がある。

 

「うむ、良し」


 震える胸を抑えながら、君堂が笑ってそう言った。


「良し」

 

 笑っているのに、その目から涙があふれる。


「ど、どうした」

「なんでもない! バカ! 鈍感!」


 声を抑えながら、江口橋をなじる。

 ああ、もう。どうしてこうなのだろう。

 どうして好きになったのだろう。

 

「すまん……」


 コミマに立っているとき以外のこの人は、口下手で鈍感で不器用で表情も乏しくて。

 そんな彼から目が離せない。隣でずっと見上げていたい。

 この優しくて頼りがいがあって、何より自分のことをちゃんと見ていてくれる従兄。

 

「すまん」

「あー、うるさい! 一生謝ってろ。せー兄のバカ!」

「君堂……」

「ふたりの時はそっちじゃない」


 グーで軽く腹を殴る。

 これまでの積もり積もったものを思い知らせてやる。

 これから、ずっと。

 

「悪かった。莉子」


 ああ、何て優しい声だろう。

 不器用なりの気遣いだけは、ずっと昔から変わらない。

 ずっとずっと、変わっていない。

 こみ上げる感情が、抑えられなくなる。

 

「うぐ……うううっ!」


 急に抱き着いた君堂の頭に、そっと江口橋が手を置いた。

 少し早い春のような暖かさを感じながら、君堂はいつしか眠っていた。

 その寝顔は清らかな少女のように穏やかだった。

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