第106話 次は必ず
東5ホールでも机椅子を台車に積み終わり撤収は目途がついた。
君堂が軍手を外しながら本部へと戻ってきた。
あかねのことを見つけると、軽く手を振りながら歩いてくる。
「コスプレの三人組はもう帰ったの?」
「ええ、荷物が多いのと、さすがに疲れたようですので」
「まあそうか。初参加で偽壁って割とハードだよね……良いお年をぐらいは言いたかったなあ」
今回は状況が状況だけに、終わってから落ち着いて挨拶できるような時間が取れなかった。
せっかく手伝ってくれたのに申し訳なく思う。
ネットでまた話はできるとはいえ、やはり終わった直後に今回の仲間で集まって締めたかった。
「倉敷さんと児島さんも、帰省の新幹線の時間があるからと」
「そっかあ。オンリーでまた会えるからいいけど、もうちょっと詳しい話を聞いときたかったな」
「君堂さんもお手伝いなさいますの?」
「そのつもり」
それは心強いだろう。
君堂自身の能力もさることながら、あちこちに繋がりがある。
児島が言うところのコネそのものだ。コネ担当の児島としては、君堂に繋がれた時点で目的が達成されたのかもしれない。
「そういえば、最初の夏コミで君堂さんにオンリーに誘われましたわね」
「そんなこともあったねえ」
「あの時お声をかけていただいて、感謝いたしますわ」
あかねは膝を折って優雅に礼をする。
「なっ、や、やめてよそんな……あたしの方こそ手伝ってもらって感謝してるんだから」
慌てる君堂から、携帯の着信音が聞こえてくる。
ポケットから携帯を取り出すと、露骨に嫌そうな顔を見せる。
「む……ごめん、実家から電話だから」
「はい。また」
戻ってきた江口橋を誘い、残っているブロック員へ挨拶に回る。
朝日と雲雀は中途半端に開けてしまった飲み物のダンボールからペットボトルを取り出し、自由に持ち帰れるように床に置いていた。
「朝日さん、雲雀さん、ごきげんよう」
「瑞光寺さん、江口橋さん。お疲れ様です。今回も無事に終えられましたね」
「無事と言っていいのか分からないけどね」
朝日の言葉に、雲雀が苦笑いする。
ネノブロックという領域で見る限りは、無事に終えたと言っても良さそうだ。
「あ、次もネノで見させてもらってもいいですか。やっぱ偽壁楽しいし、新しい人に教えるのもいい経験になるし」
「もちろん。朝日さんにはこちらからお願いしたいぐらいですわ」
あかねから見て、朝日の能力は高い。
自分のやるべきことやブロックで対応しなければならないことを、すぐ見つけて行動に移すことができる。
優男と言っていい容姿で人当たりも良く、強めに声を上げているのに不快な印象を持たせない。偽壁にうってつけの人材だった。
そして雲雀の方も言わずもがな。
ブロック長経験者であることから、ブロック長と副ブロック長の補佐のような立ち回りをしてくれた。江口橋とあかねが不在であっても彼に委任できるというのは非常にありがたい。
「雲雀も色々と任せてしまって申し訳なかったな」
「いやー、どってことないですよ。あの程度。また任されますよ。あ、江口橋さん漫革のスタッフ登録っていけます? 久々に平ブロック員やったらやっぱ混対面白くって」
「ああ、あとでメール送る」
「お願いします。あ、もちろん次の夏コミもネノで」
ぐっと親指を立てる雲雀だが、あかねが横から口を出す。
「とても助かりますけど、ハパブロックでなくてもよろしいのかしら」
「うっ……」
雲雀は椎名と一緒に業務をしたいように見えるが、隣のブロックという奥ゆかしさは最善というわけではないだろう。
もちろん混雑する偽壁に混対能力の高い雲雀が来てくれることは歓迎なのだが。
「ハパね……ハパはハパで楽しそうなんだけどね」
「今回もネノハパ合同で当たる場面が多かったですわね。もしも雲雀さんがハパの副ブロック長でいらしたなら、とても心強いわ」
「いや……」
言葉を濁す。
混雑対応の時はあれほど堂々としていてハキハキと聞き取りやすいアナウンスをするのに別人のようだ。
「よっ、良いお年を」
逃げた。
残された朝日もやれやれと肩をすくめると、ふたりに笑いながら頭を下げてまた備品の整理を再開した。
あかねは雲雀の背中を眺めながら、小さく息をつく。
「椎名さんにお話しするのは余計なお世話かしら」
「椎名は喜ぶと思うんだが」
お互いに独り言のようにつぶやいたとき、後ろからその当人の声がした。
「瑞光寺さん、江口橋さん、呼びましたか?」
閉会してもくりくりした目を輝かせ、笑顔を見せる椎名である。
隣には今回ネノでも活躍してくれた小竹が疲れた様子で立っている。
「あら椎名さん。小竹さんも。今回はありがとうございました」
「ああ、お疲れ。こっちも楽しかったよ」
「お疲れ様です! 小竹さん、八面六臂の大活躍でしたねえ!」
「椎名がまーあ……こき使ってくれてよお。これならネノの方がマシだったかもしれんなあ」
「なんてこと言うんですかあ!」
キャッキャとはしゃぐ椎名。小竹も疲れてはいるようだが、充実感に満たされた表情をしている。
前回の夏コミ終わりで見せた表情とは少し違っていた。
「小竹さん、生き生きしてらっしゃいますわ」
「そりゃあこの場所に生きに来てるからな」
『生きに来ている』
不思議な言い回しだが、何となく理解できる。
色んな種類の活力があふれていて、その中にいるだけで元気になる。この場所はそういう場所だ。
「次回もぜひお願いします」
「「合点!」」
ふたりの声が綺麗にそろった。
こんなところまで意気投合しているようだ。
お互いに「良いお年を」と挨拶を済ませると、小竹と椎名は床に貼られたままのテープを剝がしに行った。
「おふたり……相性が良さそうですわね」
「意外だな」
小竹は新しい環境で気分を一新したのだろう。
年齢も高く既婚である小竹は雲雀のライバルにはならないだろうが、雲雀が見れば少し焦るのではないだろうか。
いや、やはり余計なお世話か。
冬だというのに軽く汗をかきながら、小太りの矢原が本部へと戻ってきた。
もう机もなく、一部の備品とスタッフの荷物だけが置かれている状態だから本部跡と言うべきだろうか。
「矢原さん、お疲れ様でした」
「ああ、お疲れ様」
いつもより機嫌が良さそうだ。
混雑対応ではかなり活躍してくれていたが、何よりも事前情報の収集とそれを基にした混雑予測が今回も素晴らしい精度だった。
予測通りになったことに満足しているのかと思ったが、少し違うようだ。
「江口橋さん。菊田から聞いたけど……面白そうですね」
「せっかくのデータだ。活用しないと。ちなみに瑞光寺さんが提供してもらったデータだぞ」
「そうだったんですか。ありがとうございます」
矢原に頭を下げられたが、いまいちついていけていない。
そんなあかねに構わず、男ふたりはさらに盛り上がる。
「あと小竹さんも本業の方で協力してもらおうと思ってるんです」
「……なるほど。官学共同か」
「表向きは。大義名分としては面白いと思いますよ。あとは向こうで論文にもしてくれるでしょうし」
「公私混同と言われそうだが、元々公僕に私生活はあってないようなものだしな」
「そうそう。むしろ滅私奉公というやつです。ああ、なんて働き者なんだ我々は」
何か企んでいるような顔だが、悪役というよりは悪ガキのように見える。
お互いに何かを言い聞かせるかのような、あかねにはよく分からない会話が続く。
「じゃあまた。良いお年を……あっ、小竹先生!」
突然、小竹を見つけた矢原が飛んでいく。
最後の挨拶もしていなかったが、輝くような矢原の顔を見ていると些細なことのように思えた。
「矢原さんは、開場中より生き生きしてらっしゃるわ」
前回の夏コミと今回の冬コミのすべての矢原との会話を足しても、今の閉会後の会話に足りていないだろう。あかねは矢原があれほど饒舌に喋るとは思っても見なかった。
「いつもは疲れ果ててるんだが……次の楽しみが見つかったんだろう」
楽しみとは、先ほどの『データ』のことだろう。
思い当たるのは例の写真ぐらいだが……あれで何かしてくれるのだろうか。
もし自分にできることがあるなら、声をかけてくれるだろう。
数えるほどの回数スタッフとして一緒に業務をしただけだが、そう思える信頼関係はある。
「楽しいは最強ですものね」
「そういうことだ」
それが集まった場所が、このコミマだ。
傍から見ればつらい苦しい作業ばかりなのに、手を動かさずにいられない。表現せずにいられない。
参加者が短くない時間をかけて濃縮した『楽しい』が花開く場所。
「瑞光寺」
「はい」
「次だな」
「そうですわね」
次。C100夏。
言葉少なく、次への決意を確認しあう。
「詳しくは聞いてないが、さっきのホール長ミーティングで次回に向けての方針が決まったらしい」
夢というあやふやな話でさえも、信じて動いてくれている。
あかねは神妙にうなずくと、きゅっと口を結ぶ。
「コミマは総力を挙げて防衛に徹する」
総力。
スタッフ4000人。サークル50000人、一般60万人の、総力。
それはいかほどのものだろうか。
この場にあふれる力を、どう使えるだろうか。
「絶対に守り抜くぞ」
「……承知いたしましたわ」
※
C99冬来場者数
1日目 18万人
2日目 19万人
3日目 22万人
合計 59万人




