第104話 スタッフ業務は終わらない
閉会後も、もちろんスタッフ業務は終わらない。
コスプレ衣装を脱いだあかねは、足早に開場へと舞い戻る。
最後の大仕事である撤収は、残っていた一般参加者も多く手を貸してくれるため、その規模の割には速やかに進んでゆく。
スタッフは集積場所を作り、撤収協力のアナウンスをしながら手近な椅子を運ぶ。
しかしサークルの撤収が優先なので、決して急かしてはいけない。
あかねは机に貼られたシールを剥がして回り、ごみ袋がないことに気づくと本部までごみ袋を探しに来た。
「こちらよろしいかしら」
「いいよー。使ってー」
すっかり机のなくなった本部。
本部のスタッフに断りを入れると、備品の箱からごみ袋を出す。
ふと顔を上げると、このホールにいないはずの知った顔を見つけた。
「あら、藤崎さんではありませんか。ごきげんよう」
「瑞光寺さん、お、お疲れ様、です」
東2ホールの藤崎だ。直接顔を合わせるのは春の池袋以来だろうか。
オンライン上であれば、たまに通信で家庭用ゲームをプレイする機会もあった。
「何か5ホールに御用がございまして?」
話を聞くとどうやらこの東5ホール本部の裏にある地区本部で、東のホール長が集められてミーティングをしているらしい。
各ホールとも数人ついてきたようだが、部屋がそこまで広くないからと追い出されたようだ。
「藤崎さんは東2で頑張っておられるそうですわね」
「あっ、はい。あの……」
「瑞光寺さんみたいに、なりたくて」
「わたくし?」
藤崎の方が先輩であるし他にも立派なスタッフはいると思ったが、藤崎の真摯な眼差しを見ると否定するのもはばかられた。
「それは恐縮ですわ」
お礼を言う代わりに笑ってみせる。
撤収中の本部に突然一輪の花が咲いたように華やかになり、大晦日のはずなのに一陣の春の風が吹き抜けた。
藤崎は目を丸くし、口をパクパクしている。
「えっ、笑顔が……」
「ええ。練習中ですの」
あかねは自分の頬を両手の人差し指で突いて見せる。
普段から意識するように言われてはいるが、長年の習慣はなかなか変えられない。
「できないことができるようになると、世界が少し変わりますわね。初めて超必殺のコマンドが成功した時のように」
「瑞光寺さんも……苦労することが、あるんですね」
「それはそうですわ。初めから何もかもうまくできる人などおりませんもの」
これは冷泉の受け売りである。
冷泉は今この壁を隔てたところでミーティングしているはずだ。
自信の役割をしっかり果たす彼女には敬意を抱いている。
地区本部の方へ目を向けていたあかねに、藤崎が遠慮がちに声をかける。
「あの、瑞光寺さん。コスプレ……すごいですね」
「あら。ご覧にありまして? ありがとうございます」
「SNSでもフォローしてます」
「まあ。そうでしたの。どのアカウントかしら。こちらからもフォローいたしますわ」
「えっ、いやそんな!」
なぜか焦りだす藤崎。
あかねは携帯を取り出すと、早速SNSの画面を開く。
「もう。シバイヌさんといい藤崎さんといい、どうして教えてくれませんの。冷たいではありませんか。仲間ですのに」
「仲間……」
あかねにとっては、この場所で協力し合う仲間だ。
それに頻度は少なくても、藤崎はゲーム仲間でもある。
「仲間」
嬉しそうに言葉をかみしめる藤崎のアカウントを聞き出していると、また知った声がした。
「瑞光寺さん」
「あら。一条さんごきげんよう。冷泉さんと一緒に来られましたの?」
一条はうなずくと、藤崎に会釈をした。
「……東6補佐の一条です」
「あ、えっ、えっと東2補佐の藤崎です……」
「東5ネノの瑞光寺です」
「知ってる」
「知ってます」
ふたりの声が綺麗に重なった。
「ちなみに、SNSは冷泉もこっそりフォローしてる」
「まあ。冷泉さんまで」
あかねは急いでフォロワー一覧を確認するが、最近とても増えいるためにすぐには探せそうにない。
あとで教えてもらわなければと画面から顔を上げる。
「瑞光寺さんは、自分の人気を自覚した方が良い」
「そ、そうですよ」
「そうなんですの?」
「瑞光寺さんからほとんど発信はないけど、これだけ注目を集めている。これはすごいこと」
一条はじっとあかねを見る。
見れば見るほど雀田に似ているのだが、笑うわけにはいかない。
「振る舞いに気を付け……なくても今のままでもいいけど、有名になるとトラブルの方からぶつかってくるから、注意して」
「承知いたしましたわ。一条さん、心配してくださるのね」
あかねをじっと見て黙ってうなずいた。
今でこそ雀田はコミマを通して親しみやすい雰囲気になっているが、それまではどちらかというと取っつきにくい雰囲気だった。
今の一条のように。
「お嬢様、こちらにいらし……あっ!」
思い出していると、ふらふら誘われるように雀田が本部に戻ってきた。
当然、一条とも鉢合わせをする。
「……」
「……」
若干の緊張を持って見つめ合うふたり。
重くなった雰囲気を和らげようと、藤崎が焦ったように口を開く。
「えっと、あの、おふたり、似ていますね」
「「……!!」」
「ヒッ」
失言である。
尋常ではない目でふたりから同時に見られた藤崎は、三歩後ろに下がる羽目になった。
さらなる緊張が5ホールの一角にもたらされる。
そんな空気を気にせず、あかねは手を合わせる。
「そうだわ。ふたりでコスプレをしてみるのはどうかしら」
「ええ……」
「……」
等しく嫌そうな顔をする雀田と一条。藤崎はオロオロするばかり。
まったく気にしないあかねは自分の思い付きを披露する。
「同一キャラの、幼少期と成長後でなんか併せられないかしら」
「幼少……」
身長差とプロポーションを一瞬で理解した一条が、絶望した表情を見せる。
雀田もまた困っている。
「あの、お嬢様、私コスプレはもう……」
「衣装はうちの正山に作らせますからご心配なさらないで。ああ、でも採寸が必要ね。一条さんを家にご招待しなければなりませんわね」
「話を進めないで……」
一条は助けを求めるようにして雀田を見る。
「止めて」
そう言われても……と雀田は考える。
お嬢様の考えを覆せるとはとても思えない。
「……一条さん。ここは一度コスプレをやってみてはどうでしょう」
雀田の思わぬ提案に、一条は露骨に嫌そうな表情を見せる。
「その上で、私たちがあまり似ていないという客観的な評価を得られれば、もう似ているとかどうとか言われないと思いませんか」
そうすれば、おもちゃにされるのもそれで終わりというわけだ。
正直なところ一条には嫌な予感しかしなかったのだが……
「……上手くいくかな」
「行きますとも。私たちは似ていないですし、あとは当日私たちが似ていない風に振る舞えば」
「……うーん」
一条は納得していない。だが元々口が立つ方ではない。
どうにか回避できないかと頭をフル回転させる。
しかし冬コミ3日目の閉会後という疲れきった時間帯に、いい考えなど浮かぶわけもなく。
「一条お待たせ……あら。お揃いで何を話しているの」
「冷泉さん、ごきげんよう。一条さんをわが家にご招待していたのです」
「何ですって」
一条が口を開く前に、あかねが爆弾を投げ込んだ。
目を見開いた冷泉は一条の前に立ち、ずいずいとあかねの前に出る。
「私も行きます」
「まあ。お待ちしておりますわ」
一条は口をパクパクさせながら、集まっている人々の顔を順番に見る。
雀田と藤崎は露骨に目を逸らし、あかねと冷泉は気づかない。
無言で肩を落とし、6ホールに向かおうとする。
「ところで、冷泉さんがSNSでフォローしてくださっていると聞いたのですが、どのアカウントでいらっしゃいますの」
「んなっ!?」
すぐさま思い当たった冷泉が、一条を睨む。
「一条!」
「私は一条じゃないです。一条はこっち」
一条は真面目な表情で雀田を指す。
その不意の一撃に冷泉がハマる。
「うっ、ぷぷっ……!」
「……」
一瞬複雑な表情を見せると、さっと背を向けて無言で逃げ出した。
冬コミの最終日とは思えない機敏さを見せる。
「ああっ、ちょっと待ちなさい!」
冷泉も一条を追いかけて東6方面へと消えていった。
東6は東6で愉快そうだ。
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