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同人誌即売会と悪役顔令嬢  作者: 狐坂いづみ
C99冬編
115/171

第103話 3日目 専守防衛であり

 昼ご飯を急いで食べた君堂莉子は、臨時で実施された一斉点検にもちろん参加した。

 不審物のチェック。とにかく持ち主不明の荷物が置かれていないかを入念にチェックする。

 

「不審物チェックにご協力くださーい!」


 大きな声でアナウンスした後、君堂は周りに聞こえないぐらいの声で小さくうめく。

 サークルも一般も、反応は芳しくない。

 ちょうど今は混雑も落ち着き、雑談に興じているような時間だ。

 それでも君堂は、サークルひとりひとりと目を合わせ、声をかけるようにアナウンスする。

 丁寧さが効いたのか、そこそこのサークルが左右を確認する仕草を見せる。


「ご協力ありがとうございます!」


 この島は大丈夫そうだ。

 次の島は……どうやら高村トシヤがアナウンスして回っているらしい。

 臨時の一斉点検にも関わらず、ちゃんと対応できている。

 

「一般さんのお忘れ物などもありますので、持ち主の分からない荷物があればお知らせください!」

 

 自分なりのアレンジを加えながら、サークルに注意を促す。

 君堂のものより反応が良いように見えるのは、やはり顔のせいだろうか。

 特に女性参加者が、高村の顔を二度見しているのが見えた。やはり顔か。


「不審物チェックのご協力、ありがとうございます」


 高村のスタッフスマイルに、笑顔のサークル参加者。

 ニチアサに出ている俳優と前は気づいていないようだが、それでも目を引くらしい。


「高村さん、お疲れ。こっちは大丈夫そうだね」

「お疲れ様です君堂さん。そちらサイドありがとうございます」


 君堂は小さくうなる。俳優なのに腰が低い。

 少しぐらい偉ぶっても良さそうだが、これが高村の性格なのだろうか。

 

「ネブロックは瑞光寺さんたちが念入りにやってるし、ひとまずは大丈夫かな」

「……そうですね」


 高村の表情は浮かない。

 ネブロックの方へ目線をやったまま「君堂さん」と声を抑える。

 

「何か、あったんでしょうか」

「うん?」

「あかねさんの表情が少し険しいように見えるので」

「ああ……」


 よく見ているなと感心する。

 いつも表情を崩さない瑞光寺だが、今日はさらに雰囲気が険しい。


「ちょっと気負ってしまってるところはあるかもね」

「最終日の夕方にですか」


 瑞光寺にとって時間帯は関係ない。

 彼女は撤収が終わりきるまで戦うつもりでいる。

 ひとりでは、とても持たない。

 

「高村さん。瑞光寺さんの、力になりたい?」

「えっ?」


 言葉の意図が掴めなかったのだろう。

 君堂は高村の顔を見上げながら、言葉を待つ。


「……そう、ですね。なりたいです」


 素直だな。

 いい子だ。瑞光寺も、高村も。

 高村は自信なさげに君堂に問う。

 

「……なれて、ますかね?」

「なれてますなれてます。へへ」


 どいつもこいつも顔が良いのは反則だ。

 それを差し引いても、可愛い後輩だとは思うが。

 

「な、何で笑うんですか」

「いや、若いっていいね!」

「君堂さんも十分若いじゃないですか!」

「おお、ありがとうありがとう」

 

 誰に高村の気持ちが向いているのか、これほど分かりやすくて良いのだろうか。

 それにしても、若い子の青い春を眺めているのは楽しい。

 ……と、ぼんやりしているわけにはいかない。

 

「高村さん、定点に行って報告しようか」



 


 君堂は定点にいる江口橋からずっと視線を感じていた。

 いつも放任しているのに珍しい。

 

「ノブロック異常なし。念のためもうちょっと見て回ろうと思ってるけど」

「了解。急なのに助かった。通常の時間にももう一度あるから気を付けてくれ」

「はーい了解」


 報告はあっさり終わり、ネブロックでアナウンスしていた瑞光寺と雀田もやって来る。

 ケモミミのコスプレは目を引くこともあって、アナウンスの効果もそれなりにあったようだ。

 自分も何度かメイド服を着てみたことはあったが、あまり思ったような効果は得られなかったのでやめてしまった。

 

「瑞光寺さん、高村さんと本部へ報告に行ってもらっていいかな。瑞光寺さんはそのまま着替えかな。あと雀田さん、非常口周りをもう一度見てきてもらいたいんだけど」

「えっ」

「了解です」

「承知いたしましたわ。では行きましょうか、トシヤさん」

「あっ、ああ……」

 

 若人よ、頑張ったご褒美だよ……と、君堂は心の中でエールを送る。

 そういえばあのふたりはお互いに下の名前で呼ぶ。

 思ったより親しい関係なのだろうか。


「どうしたんだ?」

「いや、若いっていいなって思って」


 江口橋にはけげんな顔をされたが、この男にそういった機微は理解できなさそうである。

 

 自然とふたりで定点立ちする。

 意外……でもないのだが、コミマの会期中にふたりきりになる機会はあまりない。

 このところずっとトラブルが続いていたのものある。

 

「もうすぐ三時に……」


 まだ早いとは思いつつも、少し緊張を解こうとしたときだった。

 6ホール方面から、破裂音が聞こえてきた。

 ホール内が一時騒然とする。


「6ホールか」

「どこ? 外周に人が集まってるあそこかな」

「シブロックか……」


 一時の喧騒はすぐ何事もなかったかのようになくなり、いつものコミマのざわめきに戻る。

 ただ、スタッフだけが険しい顔をしている。

 特に東6は……冷泉は大変だろう。

 

「あれだけ情報掴んでも、やられちゃうんだね……」


 この広い会場の中で、この数万人規模で参加者がいる中で、どこかにひとつ置かれる不審物を拾い上げられるか。

 探す側は何を探せばいいのかも分からず、それだけに人手を割くわけにもいかない。

 君堂は己の無力感に、奥歯を噛む。

 道行く一般参加者の話し声が聞こえてくる。

 

「恒例のあれ、やったみたいだな」

「誰がやってんだろな。場所の予告してくれたら見に行くのに」

「コミマでも盛り上げるためにやってくれたらいいのにな」


 同人誌のある場所で火気? 頭がおかしいのか。

 自覚できるほど冷静さを失いかけている。

 

「せー兄……」


 隣に立つ従兄弟のことを昔の名で呼んでしまう。

 長袖羽織の裾を掴み、存在を確かめる。

 

「落ち着け」


 そう言うと江口橋は、君堂の握りしめた手にそっと自分の手を添える。

 

「あっ、うん……」


 体温を感じた君堂は、自分でも驚くほど緊張が解けるのが分かった。

 そっと手を離した江口橋を見上げると、遠く東6ホールのサイドヤードあたりを見ている。

 

「大きな混乱は起きてないな」


 さすがは精鋭揃いの東6シブロックと言うべきか。

 だが、結局不審物が置かれ、発見できていなかったことは事実だ。

 

「結局、専守防衛なんだよね」

「ああ……だから」

「言わないで」


 また先ほどの話を繰り返そうとしているのが分かった。

 気持ちは分かるのだが、それはダメだ。

 

「あたしは……コミマに人生をかけていいと思っているし、誰かがコミマに人生をかけるのもいいと思う。だけど、それはあくまで比喩の話で、実際に誰かが犠牲になるのはダメだよ」


 それが、自分の近しい人であればなおさらだ。

 

「せー兄の人生が、犠牲になるのはダメだよ……」


 身体の疲れが精神にまで響いているのだろうか。

 君堂は自分のことを制御できていないと感じながら、江口橋の裾を強く握る。


「ちょっと待て。無線が入った……閉会後も警戒レベル4を維持、とのことだ」


 それは当然だろう。

 残り一時間、もう何も起こさせない。

 

「それからブロック長副ブロック長の招集がかかった。俺は本部に戻るが……君堂、ブロックを任せて良いか」

「……もちろん。任された」

「助かる」


 信頼してくれるのはもちろん嬉しいが、今はそれよりも……

 

「……ばか」

 

 君堂は江口橋の背中を見送りながら小さくつぶやいた。

 



 閉会に向かいながら、サークルと一般の数が減ってくる。

 それでもスタッフはむしろ増えたように感じるぐらい巡回を繰り返していた。

 

 定時の一斉点検を実施し、傾いた日が差し込んでくる。

 椎名の提案でネノハパ合同での巡回。


「楽に行かないねえ」

「ですねえ」

 

 君堂は雲雀と組み、巡回していた。

 もうすぐ閉会の時間だ。

 いつもは達成感と寂しさを感じながら見て回るが、今日は気が張っている。

 スタッフ視点で言えば、閉会したからと言って気を抜けるわけでもない。

 

「あれ、瑞光寺さんだ」

「ほんとだ……」


 ふたりは立ち止まった。

 どうにも声をかけられる雰囲気ではなかったからだ。

 

「……」

 

 着替えを済ませた彼女が立つのは、サークルのいなくなったハブロックのスペースの前。

 そのスペースには何もないように見える。

 だが瑞光寺は黙って目を閉じ、胸の前で手を組んでいる。

 

 祈りだ。


 直感的にそう思った。

 ホールの隙間から差し込む光に照らされた彼女は、とても神秘的に見える。

 邪魔をする気にもなれず引き返そうとすると、場内アナウンスが流れた。

 

『これにて、コミックマート99冬、3日目を終了いたします。お疲れ様でした!』


 会場内を拍手の音が響き、C99冬の幕が下りた。

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