第102話 3日目 掴んだ手がかり
べりまるを見送ったあかねは、少し気になったことがあり外のゴミ箱へと戻ってきた。
しかしゴミ箱の周りには先ほど見かけた姿はなく……シャッターを挟んで反対側の、壁際のベンチに座っている姿が見えた。
「メイニュイ、ごきげんよう」
「アア、戻ってキタノ」
たくましい腕のゴミ箱担当のおばさんだ。
どうやら彼女もあかねのことを認識していたようだ。
べりまるがいたために声をかけなかったのだろう。
しかし、ベンチに座り込んだ彼女は以前見たような覇気がない。
「……どうかなさいまして?」
体調が悪いのかと思ったが、顔色は良い。ただ表情が険しい。
彼女はあかねの顔をじっと見ている。
「……お姉サン、時間アル?」
「ええ。構いませんわ」
それほどゆっくりしていられるわけでもなかったが、ここで忙しいからと立ち去るようなことはできなかった。
人情として当たり前ということもあるが、彼女の表情から何か緊迫したものを感じ取ったからだ。
「今日コノ後三時から何かヤル?」
唐突な質問に、あかねは首をかしげる。
「何か、とは?」
「コノ、コミマで三時からイベントはアルか?」
「いえ……特にありませんわ」
「ソウ……」
コミマ全体で大きなイベントなどない。
閉会に近い疲れ果てた時間帯に、大きなイベントをするのはあまり得策でもない。
考え込むあかねに、彼女はそっと自分の携帯を見せた。
画面には地面に座り込んでいる一般参加者が数人写っている。
「このフタリ。私ノ国ノ言葉デ。三時、楽しみ楽しみッテ」
「楽しみ……企業ブースでイベントがあるのかもしれませんわ」
さすがにあかねもそこまでは把握していない。もしかしたらサイン会などあるのかもしれない。
だが、あかねの言葉に彼女はゆっくり首を振る。
「コレ悪口ばかりネ。バカ日本、嫌い嫌い、ココもバカばかりッテ」
顔をしかめる彼女。
あかねは、彼女なりにこのイベントを好いていて、楽しそうに眺めていると言っていたことを思い出す。
しかも周囲に分からないよう外国語で悪口を言うところに嫌悪感があるのだろう。
「これでマタ油断スル言ウ」
「油断……」
悪口から繋がっていないように思えたが、彼女は続ける。
「ワタシ、初めて見タ。コミマで悪口しか言ワナイ人。重イな荷物ナイのも変」
「そう、ですわね」
軽装で雰囲気だけ楽しみに来る人もいるにはいるだろう。
だが、それなら悪口ばかり言っているのは変だ。気に入らないなら来なければいいし、帰ればいい。
それに、油断とは一体。
普通、油断から繋がるのは……不意打ち。
「写真、よく見せてくださるかしら」
「イイヨ」
ズームした画面の男を指さす。
中々高画質だ。技術の進化に感心すると同時に、あかねに緊張が走る。
ふたりいるうちの片方の男は、倉敷を突き飛ばした男のように見えた。
もう一人は見覚えがなかったが、仲間ということだろうか。
倉敷が不審物を見つけたあの日、他のホールで破裂音がしていた。
これまでは雲を掴むような話だったが、一気に現実味を帯びる。
「役に立テルか」
「……メイニュイ」
あかねは彼女の目を真っすぐに見た。
「こちらの男は、わたくしの友人を傷つけた人かもしれませんわ」
「姉サンの友達カ」
「その友達は三つ編みの女性なのですが、メイニュイも会っていたと思いますわよ」
「ソレハ覚えナイネ」
そこはあっさりと言い切る。
C97……ちょうど一年前に顔を合わせているはずなのだが、会話はしていなかったので覚えてもいないのだろう。
「覚えナイ。デモ……」
彼女はベンチの横に置きっぱなしになっていたペットボトルを、ふたをゆるめて横向きに置く。
そして、勢いよく踏み潰した。
グシャリと音を立てて平らになる。
「ソレ、ワタシも友同然。腹立ツ」
そう言ってまた、ペットボトルを踏み潰す。
そして少し元気になった顔を見せた。
「ストレス解消ネ」
「……嵩も減りますし、一石二鳥ですわね」
「ソウ! 腹立ツ!」
あわれベンチの横に会った三本のペットボトルはあっという間にぺしゃんこになってしまった。
自分の友人のために怒ってくれているのだということは分かる。
だから、協力してもらえるだろう。
「メイニュイ、その画像を送っていただけませんか」
「当然ネ」
彼女はにっこり笑う。それは、初めて見た時の太陽を思わせる笑みだった。
ネブロックはちらほらと完売が出ている。
非常口に伸ばした列はまだ残っているようだが、管理が必要なところは他に無さそうだ。
あかねは定点の江口橋に声をかける。
「江口橋さん、お話がありますの」
「どうかしたか……君堂もいた方がいい話か」
すぐさまあかねの表情を読み取ったらしい。
「ご理解が早くて助かりますわ。せっかくですし、お昼にいたしましょう」
あかねと江口橋、君堂はまだ昼食を取れていなかった。もうすぐお弁当廃棄の時間になってしまうところだったのでちょうどいいタイミングと言える。
ブロックは残っているメンバーで十分対応できるだろう。
近くにいた朝日にしばらく抜けることを伝えると、あっさり了解が得られた。
君堂と合流してからお弁当を持って、人が少なくなってきた本部で食べることにする。
通常は上の階の休憩室で食べるところだが、本部に余裕があれば、責任者はまあまあ見逃されている。
君堂はシウマイ弁当が食べたかったようだが、そんな人気の弁当が残っていようはずもない。
三人並んで壁にくっつけられた机にあかね、君堂、江口橋の順に並んで弁当を食べる。
江口橋と君堂は、あかねが机に置いた携帯の画面を覗き込んでいた。
「こちらの男、見覚えありますか」
「……倉敷さんを突き飛ばした男か」
「江口橋さんも、そう思われますか」
「倉敷さんにも聞いてみる?」
「そうだな」
「戻ったら聞いてみよう」
ひとまず合意したところで、誰からともなく弁当を食べ始める。
正直なところ、三人とも動きっぱなしで限界だったのだ。
「それってつまり、瑞光寺さんのお話と繋がってくるわけ?」
「その可能性が高いのではないかと思っております」
たかだか夢の話だ。
なのに君堂は、当たり前のように信じてくれている。
あかねは心の中で君堂への感謝を述べた。
その君堂は自分の携帯にも画像を移し、まじまじと眺めながら口を動かす。
「……この写真の男が、犯人っぽいというわけだね」
「ええ。ですが、単独ではなさそうなのです」
「隣の男か」
「はい」
複数犯。
当然可能性として考えられることだ。
そして、このふたりだけとも限らない。
「これ、もっといるかもしれないよね」
「誰かと連絡を取っていたような様子は」
「それは、なかったようです」
伝え聞いた話になってしまう以上、少し情報は薄い。
「うーん……この写真をばらまくわけにもいかないしなあ」
君堂も表情を曇らせるが、今まで受け身を取ることしかできなかった中での初めての手がかりだ。
だからこそ、君堂も考えに考えている。
「防犯カメラなどで足取りなど追えれば良いのですが……警察の捜査のように」
「警察……」
「警察か……」
同じ言葉を口にするふたり。
何か引っかかることがあるのだろうか。
ふたりはぼそぼそと会話を続ける。
「被害届って、出てたよね」
「出てるな」
「でも管轄違うんじゃないの……越権はまずいでしょ。ドラマじゃあるまいし」
「矢原にも協力を仰ぐ。菊田にも声をかける」
君堂がぎょっとした顔で江口橋を見る。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 明らかに手順が違うしこんなの認められないって! 下手したら江口橋さん首飛ぶよ!」
「別に構わない」
「構え!」
声が大きくなる君堂に、本部の注目が集まる。
君堂は「なんでもない」と誤魔化すと、またもそもそと弁当を食べる。
「あの、どういうことなのでしょう」
話が読めないあかねは君堂に尋ねる。
少し言いづらそうにしているが、ちらりと江口橋を見てから口を開いた。
「……あー、えっと、勝手に犯罪捜査を始めようとしているというか」
「俺と菊田と矢原は警察関係者だ」
「まあ。そうでしたの」
東2ホール長の名前が出てくるとは思わなかった。
確かにあの声の大きい菊田は体育会系の雰囲気がして納得できる。だが矢原は少し意外だ。
「警察の中での立場がめちゃくちゃになるよ……下手したら訴えられる」
「その時は頼む」
「あのねえ……」
君堂は大きく「はあ」とため息をつくと、ひと口お茶を飲んだ。
色々考えているようだが、結論は変わらないと悟ったらしい。
「その覚悟決めてる顔、ほんと腹立つなあ。どうせ言っても聞かないし」
「悪い」
「思ってないくせに……」
君堂は一瞬悲しそうな表情になるが、すぐに口元をきゅっと結ぶ。
何か言おうと口を開いたとき、君堂と江口橋の間から男が顔を出した。
「話は聞かせてもらった」
「うわあ!」
「和泉さん……」
ひっくり返りそうになる君堂を見下ろしながら、和泉が真面目な顔で文句を言う。
「面白そうな話をコソコソしやがって。俺も混ぜろ」
あかねは和泉の意図を探ろうとその顔を見上げる。
口調とは裏腹にその目は真剣だ。
「詳しく聞かせろ。江口橋」
江口橋は黙ってうなずくと、そっと箸を置いた。
あかねが聞いたゴミ箱担当のおばさんの話。そして写真の男。
去年倉敷に怪我をさせた犯人のように見えること。
だとすると、彼らがコミマに対して害意を持っており、さらに前科があること。
そして、三時に何か起こるようなことを言っていたこと。
聞き終えた和泉は、ちらりと時計を見る。
もっと考え込むかと思ったが、その時間はとても短かった。
「よし、今から臨時で一斉点検を入れよう」
「そんなことができるんですの」
「おう、ホール長だからな」
和泉はにやりと笑うと、どこかに電話をかけた。
そしてそのたった五分後、不審物チェックを促す一斉点検のアナウンスが会場内を流れた。




