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同人誌即売会と悪役顔令嬢  作者: 狐坂いづみ
C99冬編
112/171

第100話 3日目 混雑対応

 君堂莉子は目がおかしくなったのかと思った。

 最も混雑する最終日の偽壁。

 そこには、秩序があった。

 混雑でごった返しそうな偽壁ブロックにあって、その中心部には予想された混乱が起きていない。

 事前に列を作って開場を臨んだという要因もある。

 実力のあるスタッフと行動力のあるスタッフが献身的にアナウンスを繰り返しているという要因もある。

 

 たが一番の決め手は緩やかな微笑みを湛えた黒髪の狐娘が中央に立っていること。

 それは、誰に目にも明らかである。


『ケモパ』において最も情に厚く、最も力を秘めており、最も人気の高いキャラ。狐娘。

 その狐娘がこのホールに降臨しているのだ。


「あの狐娘ヤバいな……スタッフだけど」

「コスプレとは思えない。本人だろ」

「気をつけろよ。ちゃんと歩くぞ。狐娘は秩序を守る者には庇護をくれるはずだ……」

 

 女性にしてはすらりと背が高く、目立つ狐娘。

 もちろん今日のネノブロック副ブロック長、瑞光寺のコスプレであるのだが。


「今日も効果覿面だなあ」


 島ひとつ離れた先を見て、隣の小竹が呆れたようにつぶやく。

 君堂への言葉ではなく、その隣の矢原に向けてのようだ。


「矢原よお、ありゃ中央の定点にはもったいないんじゃないのか」

「確かに。トラックヤード側の外周に置いた方が良いかもしれませんね。ガレリア側にも欲しい」

「瑞光寺さんがあとふたりいてくれたらねえ」

「はは、間違いねえ」


 ふたりは呑気に話しているが、しっかり列の誘導はこなしている。

 表情からも余裕を見せているのだろう。周囲の参加者も焦りが無い。

 スタッフの焦りは意外なほど一般参加者に伝わる。そして、それを感じ取った一般参加者もまた焦る。自分の欲しい本を早く手に入れようと足が速くなり周囲への注意が落ちる。それがさらに伝わり混乱を招くこともある。

 

「お、江口橋が何か言ってるな……ああ、瑞光寺さんをトラヤ側に行かせるみたいだ」

「事前の情報ではネ13が混乱しそうな予想だったので、そこが落ち着いたと判断したのでしょう」

「6ホールの連中が受けてくれたアレか。確かにあれがだいぶ吸ってくれてるな」

 

 上手いことやったものだ。

 ハパブロック側へのアウトソーシングかと思いきや、ホールをまたいで移管するとは。

 距離的には合理的ではあるのだが、ホールをまたぐと政治的な駆け引きも発生するため一般的には好ましくない。

 江口橋と瑞光寺だからこそできたともいえる。

 そちらは良い。今は自分の任されたガレリア側を治めなければ。

 

「矢原さん、ごめんだけどガレリア側外周の雀田さんとチェンジで。ちょっと荷が重い流量だわ、あれ」

「ああ、了解。全体の混雑がきつくなってきたな。確かに彼女ではきつそうだ」


 どんどんホールに人が入って来る。

 会場が広がるわけはないので、どんどんと密度だけが上がっていく。

 特にメインの通路となる外周通路は顕著だ。

 ひとまず矢原に任せれば間違いないだろう。


「小竹さんはノブロック側をざっと見てきてもらえますか。もちろん不審物チェック込みで」

「ああ、了解」


 立ち位置もあるが、向こう側の様子が分からない。

 こういう時、身長が切実に欲しい。

 他の人に比べて明らかに視界が低い。

 

「その後は江口橋さんに報告して、次の指示を仰いでください。ガレリア側はとりあえず想定通り」

「分かった」


 人混みに消える小竹を見送る。

 先程までその小竹に手ほどきを受けていたコスプレ組は、ずいぶんと健闘している。

 

「ああ、荷物は手に持ってください」

「もう少し前に詰めてもらえますか?」

「では先頭のおふたりこちらへ!」


 体力的な面は心配だが、技術的な面ではまず心配ないだろう。

 普段から見られることを意識してきたこともあるのだろう。言葉遣いや仕草が非常に丁寧に見える。

 列がいくつかあって一見厳しそうだが、開場前の列形成時、足元に引いていた白いガムテープがいい仕事をしている。

 あれに沿って並ばせれば大きな崩壊は無いはずだ。


「うん。でも……」

 

 でも惜しい。今は混雑対応にのみ集中してしまっている。

 つまり、不審物や不審者への警戒がまるでできていない。

 仕方ない。あれもこれもとタスクを積むと失敗する。こういうところをフォローするのが自分たちベテランの役目だろう。

 

「ああ、もう」


 君堂が小さくつぶやく。

 彼女たちに満点評価をつけることのできない現状に、つい小さく悪態を付く。

 幸い周囲の参加者には聞かれていないようだ。

 こういうところで余裕が無いように見られてしまっても、良いことは無い。


「今のとこトラブルは……なさそうかな」


 人の流れは順調だ。

 目視できる範囲は狭いながらも不審物は見つからない。


「となると……」


 君堂はさらに密度を増したガレリア側外周通路に目をやった。

 通行に支障が出始めていると判断し、無線に手をかけた。

 

「ネノの君堂より本部のどなたか。ネノ周辺のガレリア側通路が厳しいんだけど人出せないかな。片側通行アナウンスとか。どうぞ」

 

『こちら東5本部、中央縦通路の対応で手いっぱいで出せない……ごめん! 以上』

 

 非情な回答に、思わず舌打ちする。

 

「チッ……」


 いや、返事があるだけマシというものである。

 今日の入場者数がいつもより多いのか、比率が456に偏っているのか。

 

「君堂了解!」


 考えても仕方ない。乱暴に無線を終わらせると、君堂は改めて周囲を見回す。

 今あるリソースで何とかするしかないか……

 戻って来た猫娘の雀田をまた外周に向かわせるしかないだろうか。

 

「君堂さん」

「雀田さん、お疲れ様です。ちょっと大変でしたね」

「そうですね。正直なところ」

 

 忘れがちだが彼女はまだスタッフ3回目だ。

 若葉マークが取れたばかりの彼女に、元々偽壁の混雑は厳しい。

 コスプレ衣装に目立った乱れはないが、午後撮影などを考えるとあまり酷使するのも良くないだろう。

 

「ネ01のサークルが若干人が集まるようですので、通路が狭まってしまって」

「あー、なるほど」

 

 それがあって流れが乱れがちになっているのかと理解する。

 パケットをこちらの通路に作っても良いが、その管理に人を取られるのも悩ましい。

 

「矢原さんと交代しましたが、そもそも人数が足りないと思います」

「うー、そうかあ。今本部も全然人足りないみたいでね」


 君堂はちらりと振り返って中央横通路の方を見る。

 東6に管理をお願いしている列は非常に心強い。

 現状は外周に雀田を置くしかないが、経験不足もあってやや不安が残る。

 

「外周の流れ制御のフォローも東6にお願いした方が良いかな……」


 中央横通路とは少し事情は違うが、東6も本部の近くできな臭いことにはなってほしくないだろう。


「あたしが行って来ますから、雀田さんはあそこの列の圧縮をお願いできますか」

「ええ、了解です」


 頒布が早いが列が伸びがちなサークルを雀田に任せ、君堂は東6ホール本部へと人混みをかき分けて向かう。


 ぱっと見たところ人員的な余裕はありそうだが、どうだろうか。

 一番話が早そうなのはホール長の冷泉だが……いた。


「冷泉さんお疲れ様! 東5の偽壁なんだけど、すぐそこのホールの境目近辺、ガレリア側外周の流れのフォローお願いできないかな」

「あら、君堂さん。そこは東5の管轄なのでは」


 表情を読みにくい糸目が君堂を捉える。

 冷泉は分かって言ってる節があるが、これも儀式だと君堂は飲み込む。

 

「ごめん、東5からは出せないの。中央縦通路が厳しいことになってるみたいで」

「まあ、貸しにしておくわ」

「和泉さんにツケといて」

「ふふ、良いわ」


 ここまで、少し大きめの声でやり取りする。

 東6の本部スタッフに聞こえるようにだ。

 それで冷泉が動きやすくなるのなら、いくらでも付き合おう。


「ふたりで足りるかしら」

「上出来! 現状見て判断してもらえればいいけど、片側通行アナウンスがいいと思う」

「そうね。こっちで受けました」

「ありがとう!」


 少し肩の荷が下りた。

 あとは矢原のケアだが……まあいいか。

 昨日目当ての本をほぼ手に入れることができたようなので、今日ぐらいは死ぬ気で働いてもらおう。

 

「ネノ君堂から本部。ガレリア側外周通路、東6が一旦見てくれることになったので、後でお礼宜しく。以上」


 ほっと息をつく。

 君堂はもうそろそろピークあたりだと読んでいる。

 瑞光寺がトラックヤード側に移ったこと、ガレリア側外周を東6が制御できそうなこと。これでネノブロックは安定する。

 中央横通路のエリアは最も重い部分を東6に分散し、その他の混雑も江口橋を中心にハパの援護でギリギリいなすことができている。

 奇跡的な小康状態が続く。


「雀田さんはパケット三本、あたしはここで臨時の定点兼列圧縮だな……」


 散発的にできる列への圧縮を繰り返しながら、ネ01を警戒し、アナウンスの補助。これがいいところだろう。

 何人かは不審物探しに神経を尖らせていた分、対応が遅れる部分もあったと思うが混乱までは至っていない。


「……よし」


 君堂は気合を入れ直すと、通路を圧迫し始めた列の圧縮に取り掛かった。

 薄氷を踏みながら、時計の針が進む。

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