第99話 3日目 会場前列形成
まだ開場していないにも関わらず、ネノブロックは異様な熱気に包まれていた。
今回の偽壁は混雑は予想されていたことだが、開場前からこれほど人が集まるとは想定外だ。
定点に立つあかねと江口橋は、同時に顔を見合わせる。
「江口橋さん、あと十五分このままでは危険と判断いたしますわ。列を作りましょう」
「今日ばかりは仕方ないな」
ハパブロックから様子を見ていた小竹を捕まえて、手伝ってもらえるように依頼する。
このあたりは事後報告でも良いとハパブロックのブロック長である椎名とは打ち合わせ済みだ。
エリアを管理する雲雀と君堂に連絡を入れると、手当たり次第に列を作る。
「ネノブロック瑞光寺から東5各位。ネブロックの事前が限界に達しましたため、列形成を行っておりますわ。お騒がせいたしますがよろしくお願いします。以上ですわ」
「まだ開場まで時間がある。ひと回り見て来るといい」
「ええ、では行ってまいります」
トラックヤード側は雲雀を中心に倉敷児島で固めてある。高村トシヤが新人ではあるが、初日の様子を見る限りそれほど心配はないだろう。
ガレリア側のコスプレ組の方が気になった。
エリアを管理している君堂は見つからないが、代わりにChikiの元気の良い声が耳に届く。
「少しずつで良いの前に詰めてください!」
少し覗きに行くと、ハパブロックから応援に来てくれた小竹を中心に、コスプレ三人組が活発に動き回っているようだ。
コスプレも相まって異様に目立っている。
「リュックはできれば下ろして手に持ってー」
「開場すぐに列が動きますので、しっかりと前の人を見ていてくださいね!」
リョリョと探花も十分使い物になっているように見える。
あかねは、満足そうに眺めている小竹を捕まえて声をかけた。
「ハパからありがとうございます、小竹さん」
「いやいや、お役に立てて嬉しいね」
「三人とも今回が初めてとは思えませんわ。Chikiさんは前回も手伝っていただいておりましたが」
列が落ち着いてきたのもあり、三人組がわらわらと小竹のもとへと集まって来る。
雀田は君堂と共にガレリア側の外周通路で四苦八苦しているようだ。
「三人とも素晴らしいわ。小竹さんの教え方が良いのかしらね」
「いやいや。三人とも頭が良くて飲み込みが早いんだよ。俺なんて大したこと……」
謙遜する小竹を遮って、犬娘のChikiがなぜかあかねの手を取った。
「ありますあります! 何て言うか……やるべき動作をちゃんと見せて教えてくれて、それだけじゃなくて少し空白の部分みたいなのを残しておいて、自分で考えさえるようにしているというか……」
「自分で考えたことは身に付くからね」
「さすが小竹さんですわね」
あかねが見込んだ通り、指導者としての小竹はかなりレベルが高い。
素人同然の三人をあっという間にそれなりに混雑対応ができるまで引き上げている。まだ開場前なのにだ。
「一般さんもちゃんと言うこと聞いてくれるから、やりやすいよ」
リョリョが自信ありげに笑う。
開場後は人通りが出てきてそれなりに大変になるだろうが、この調子なら何とかなりそうだ。
「スタッフも一般も、そしてサークルも、このネノブロックには素晴らしい人が集まっておりますのね」
そう言うと、あかねは笑顔を見せた。
自分の信じた人たちが、思った以上の活躍を見せていることに。
そして、これからも混雑を捌いてくれることへの期待を込めて。
「「「!」」」
その笑顔は、何か神々しいもののような輝きを感じさせた。
コスプレ三人組は当然のこととして、小竹も驚いた。そして、何となく目をやっていた一般参加者も目を見張った。
呆然とする周囲をよそに、あかねは優雅に膝を折る。
「それでは、引き続きお願いします」
去り行く副ブロック長に、誰もが熱に浮かされたような眼差しを送っている。
殺伐としそうな混雑にありながら、春の日差しのような暖かさに包まれていた。
「瑞光寺さんって、あんなに笑ったっけ」
「……か、輝きました……」
目を丸くするリョリョと探花。
「あれで狐娘コスはやばい……国が傾くわ……」
絞り出すChikiの言葉に、誰もがうなずいて同意を示した。
開場が近づくにつれ、話し声が少なくなってくる。
否応なしに緊張感がホールを包み込む。
少し表情の硬い倉敷と児島を見つけると、なるべくいつも通りになるよう声をかけた。
「ごきげんよう、おふたり共」
「あ、瑞光寺さんお疲れ様です」
「倉敷さん、児島さん。順調そうですわね」
ふたりの表情こそ硬いが、あちこちで整然と列が並べられ、床には目印となる白いガムテープも貼られている。
この線に沿って並んでもらうよう指示すれば、列が曲りにくいし並ぶ側も分かりやすいというメリットがある。
準備は万端に見える。
「はい。初日に雲雀さんから教わったし、矢原さんの混雑予想がぴたりと当たっているので」
「さすが。頼れるおふたりですわね。でも完璧に初動混雑対応して見せるおふたりも素晴らしいわ」
「ありがとう! 瑞光寺さんも可愛い狐耳」
緊張がほぐれただろうか。
どこかそわそわしていたのが落ち着いているように見える。
「こちら最後尾ではありませんので、あちらへお回りください」
列の途中に並ぼうとした参加者を、倉敷が誘導する。
周囲にも聞こえるようはっきりとした発声だ。身振りも堂々としている。
「倉敷さんもしっかり声が出るようになってましたわね」
「声出さないと、聞こえないですからね」
「おっと……あ、お兄さん落とし物ですよ!」
あっという間に児島が列の向こうへ消える。
ここ偽壁にあっても、児島の頼れる観察眼は健在だ。
思った以上に経験を積んだように見えるふたりに安心し、あかねはその場を離れた。
あと気になるのは新人の高村トシヤだが、よほどのことが無い限りは雲雀が付きっきりで指導することになっている。
もっとも、よほどのことになるのが3日目の偽壁なのだが。
「トシヤさん、お疲れ様です」
「あかねさん、お疲れ様。どうかした?」
「特に混乱はないようですわね」
先んじて列を作った甲斐があった。
大勢の参加者は大人しく列を作り、静かに開場を待っている。
「雲雀さんのご指導の賜物だよ。サークルから見ていた時も思ったけど、やっぱりスタッフはすごいな」
「トシヤさんもスタッフではないですか」
「新人で末席のね」
少しおどけたように笑う。
あかねが口を開く前に、トシヤは自分で表情を引き締めた。
「でも、筆頭も末席も、参加者から見れば関係ないんだよね」
「……その通りですわ」
サークル経験者のスタッフは、一般参加者に比べてスタッフと話す機会が多く、スタッフがどう見られるかを的確に理解している。
トシヤの言う通り、新人だろうとベテランだろうと、関係ない。
「きちんと振る舞えておりますわ。ご安心くださいな」
トシヤは自分がベテランスタッフのつもりで振舞っていると言っていた。
「それは嬉しいな」
開場後の混雑の渦中ではどうか分からないが、少なくとも今はどっしりと落ち着いて周囲を確認する余裕がある。
その姿は江口橋のようであり、小竹のようであり、雲雀のようでもあった。
なるほど、本職の役者の見取り稽古なのだろう。
「その耳、可愛いね」
「あら……ありがとうございます」
「すごく目を引く。あかねさんは存在感があっていいね」
あかねがどう答えたものかと目を伏せていると、メイド服の雲雀がやって来た。
いわく、勝負服らしい。
「お。瑞光寺さんお疲れ。高村さん、そっちの圧縮やってみましょうか」
「はい! ……じゃあまた」
「ええ、引き続きよろしくお願いいたしますわ」
あかねは優雅に膝を折る。
正山が持てる技術を駆使して作り上げた衣装が、さらりと衣擦れの音を立てる。
周囲の視線を一身に集めながら、あかねは居住まいを正してその時を迎える。
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