第98話 3日目 獣っ子に着替える
冬コミの最終日は大抵大晦日に開催される。
だが、身を切る寒さの中で始発電車を待つ人たちは「いつも通り」だ。
「この駅も案外オタクが住んでるよね」
「もう少し後の時間なら、サークルの方も多いかもしれませんわね」
こうしてコミマの朝にトシヤと話すことも、ずいぶん自然に思えてきた。
去年の夏コミではお互いに見知らぬ同士だったはずなのだが。
いつも通り安威が駅までついてきたが、改札から先は別行動にしてくれている。
「副ブロック長って、やっぱり大変?」
「いえ、わたくしは皆様に支えていただいておりますのでそれほど」
しっかりと業務をこなす力を持っているブロック員。
その中の多くが、あかねのためにネノブロックに登録している。
「あかねさんの頑張りに、みんなも奮起するんだろうね」
トシヤが無邪気に笑う。
顔を隠していても、本職の俳優の魅力がしみ出している。
ジワジワと女性ファンが増えているというのもうなずける。
「一致団結して目標に向かうコミマスタッフは、全員がヒーローだと思う」
「ヒーロー……」
意図を汲みかねて、あかねは言葉を繰り返した。
ヒーローとは何かを追い続けているトシヤだけに、重みを感じる。
「ちゃんと本物のヒーローになれるよう、最終日も頑張るよ」
あかねが再び見たトシヤの横顔は、静かな決意を秘めて引き締められている。
そして始発電車に乗り、開場へと向かう。
いつもクールな雀田が獣の耳のカチューシャを恥ずかしそうに装着している。
ケモミミと俗称される、コスプレ用のカチューシャを付けると一気に可愛らしくなる。
それはきっと自分も同じなのだろうとあかねは思っている。
鏡ではなくお互いを見て、数秒間見つめ合ってしまった。
今回のコスプレは和服をベースにした不思議な衣装で、今回も正山が嬉々として作ってくれた。
雀田を着飾るのもまた楽しいらしい。
今回の衣装では古着を活用しているらしく、原画の鮮やかな色合いとは少し違うが、着慣らした質感が妙なリアリティを感じさせる。
「おじょ……瑞光寺さん、お似合いです」
「雀田さんも」
「……それは、複雑です」
恥ずかしそうに目を伏せる雀田。
1日目のコスプレでも何度か問い合わせを受けていたが、断固としてSNSのアカウントを作る気はないらしい。
「好奇の目にさらされるのは慣れません」
「好意的なのだから良いではないの」
「うう……神崎め……」
猫耳を付けた雀田はぎゅっと目を閉じて天を仰いだ。
コスプレをするきっかけになってしまった神崎を恨んでいる。
今日のコスプレは『獣っ子パーティ』という少し昔のニッチなギャルゲーである。
タイトルの通りヒロインたちは獣っ子なのだが、その獣度合い(?)の段階が調整できることで話題になった。
つまり耳としっぽがあるだけのライトな獣っ子から、二足歩行する動物レベルの獣っ子まで五段階まで可変なのだ。
「どうしてこう、玄人向けなゲームを選ぶのかな」
馬の耳を調整しながらリョリョが半分呆れたように笑う。当時のネットでの評価そのままだ。
ゲームはそのこだわりの内容から、単純にCGが五倍増え大変な苦労となったそうだ。
その割に報われた販売数とは言えず、世の中の無常を感じさせる。
「それはこれまでにない適役でしょ!」
いつも通り乗り気なChikiが声を上げる。
リョリョの扮する馬娘は、そのハスキーボイスが人気を集めた。
その声質はリョリョと同じ系統なので再現度が高い。
「あかね様は今日も素敵ですね」
「ありがとう。Chikiさんも似合っているわ」
「えへへ……」
Chikiの付けた犬耳はピンと立っているが、本当の耳だったらだらりと下がって喜んでいることだろう。
小道具のしっぽも、本物であればブンブン振っていたに違いない。
「よし、終わり」
あかねのメイクを終えた雀田が、あっという間に自分のも済ませる。
「えっ、早い。雀田さん今度メイク教えてくださいよ」
「ええっ、リョリョさんに教えられることなんてないですよ……」
化粧道具を片付けている後ろからリョリョに声をかけられた。
「そんなことないですよ! どうしてあんなに手早くセットできるのか知りたい」
「時間に追われていたらそうなりませんか」
「そんな丁寧な仕上がりになりませんよ!」
手を止めて雀田の方を向く。
真剣な目でじっと見られ、雀田の方が困った顔になる。
「今度私のメイクやってください」
「ええっ……」
仮にも有名コスプレイヤーの一角であるリョリョに、時間優先の自分ができることなどない。
雀田はそう考えるが、思わぬところからも声がかかった。
「わ、私もやらせてあげてもいいけど……」
「……本気ですか」
思わず聞き返す。
視線こそあらぬ方向だが、Chikiは間違いなく雀田に言っている。
「素直にやってくださいって言えないなら、私優先ね」
「ずるい!」
「私は『やってください』。Chikiは『やらせてあげてもいい』これでどっちが選ばれるかなんて、明らかじゃない?」
「私の方が見栄えする」
「腹を殴ってやろうか」
リョリョのきつめのツッコミを聞きながら、カチューシャを調整していたあかねが微笑んだ。
雀田が評価されることに、どこか誇らしげでもある。
「大人気ね、雀田」
「そうですか……?」
リョリョとChikiの雀田争奪戦は決着がつかないまま持ち越され、次のコスプレイベントで雀田メイクをお試しすることが決まった。
もちろん雀田の意見は考慮されていない。
先に男子更衣室で着替えていた狸娘の探花と合流すると、五人が現れたネノブロックがにわかにざわめいた。
この『獣っ子パーティ』売れ行きこそ振るわなかったが、ゲームの画像の知名度は高いのだ。
なおこの中のメンバーではChikiと探花がプレイ済みである。
あかねと雀田はファンブックを貸してもらって勉強した。
「見本誌回収と参加登録に伺いますので、ご準備お願いしまーす!」
注目を幸いとばかりにChikiが声を上げる。
とはいえ、今日はサークルの来場が早めであることと着替えの不要なメンバーが手早く回収していることもあって、いつも以上に受付は順調に進んでいるようだ。
「江口橋さん、お待たせいたしました。少々遅れましたわね」
「いや、神崎さんも手伝ってくれているし特に問題はない。サークルさんも早いしな」
「ありがたいことですわね」
「まったくだ」
少し余裕がありそうだ。
隣の東6も同じように来場済みのサークルが多い。
隣のニブロックのあたりに、見知った顔を見つけた。
江口橋に断りを入れると、足早にニブロックへ向かう。
「シバイヌさんではないですか」
「えっ、あ、えっと……瑞光寺さん。いやAKANEさん?」
「ふふ、どちらでもよろしくてよ」
池袋漫画革命で知り合ったサークル『SA大明神』のシバイヌだ。
あかねの姿を上から下まで見ると、感心したように息をついた。
「今日は『ケモパ』ですか。素晴らしいですね」
「ええ。わたくしはあまり詳しくはないのですけど」
「お似合いです」
シバイヌは眩しそうにあかねを見る。
「そうだSNSでコス写真見ましたよ。夏コミのアイプロの社長コス。驚きましたよ……あ、フォローもさせてもらってます」
「光栄ですわ。気づかず申し訳ありませんでしたわね。こちらも返しておきますわ」
「いやいや……つまんないですよ」
「ご縁ですもの」
恐縮するシバイヌの前で、フォローの操作をする。
今日シバイヌたちの『SA大明神』は東6に配置されているらしい。
今回落選した『ブライトンの砂』の本の委託も受けているとのことなので、また休憩時間に顔を見せることを約束する。
あかねは、自分が関わった池袋漫画革命の縁でサークル同士が繋がっているということを嬉しく思った。
「夏コミの設営日以来かしら」
「そうですね。案外お会いしますね」
前にあった時のことを思い出す。
「ぶしつけな質問よろしいかしら」
「なんでしょう」
「シバイヌさんは設営に参加されていましたが、やはり黄色い紙が目当てなのですか?」
当選率が上がると言われる『黄色い紙』。
設営に来るサークルの中には、それが目当ての人もいると聞いた。
「黄色い紙? あー。メインの目的ではないですね……や、最初はそうだったかも……」
「やはり当選というのは魅力的なのでしょうか」
「それはそうですね。落選してしまうと一年開くことになりますから」
言われると確かに長い。
「落選すると、本を作る気力がなくなってしまって……締め切りに追われることもないといえばないんですが、張り合いのない生活になってダラダラしちゃうんですよね」
「それほどですか」
「当選すると義務が課されるようなものですからね」
生活がガラッと違いますと言い切るシバイヌは、楽しさと苦しさの両方を思い出しているようだ。
今回もそうだったに違いない。
「確実に当選するとなると、サークルとしては嬉しいかしら」
「そりゃ嬉しいでしょう。何でもしますよ」
強くうなずくシバイヌ。
「あと大きな声で言えないですけど、そこそこ規模が大きいサークルだと収入に直結するから切実だと思いますよ」
「単純に五百円の本を千冊頒布すると五十万ですものね」
「そういうことです。だから多少でも当選率が上がる黄色い紙は、魅力的と言えば魅力的ですね」
サークルの立場としての知識が少ないことを実感する。
彼らにとって何が魅力的なのか、一度確認してみた方が良さそうだ。
あかねはまた後日質問するかもしれないとシバイヌに言うと、彼は笑って快諾してくれた。
「今日七太さんはいらっしゃるのかしら」
「ええ。今は宅配を受け取りに行ってますよ」
「また顔を出すつもりですが、よろしくお伝えくださいませ」
「ええ、頑張ってください」
「ふふ。お互いに」
お互いに会釈をすると、お互いに自分の立つべき場所に戻るのだった。




