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同人誌即売会と悪役顔令嬢  作者: 狐坂いづみ
C96夏編
11/171

第10話 2日目 大事な業務

「えっと、改めて……そういうスペースの使い方でも大丈夫でしょうか」

「サークルさん同士で話し合われた結果であれば、特に問題は無いです。私が副ブロック長なので、他のスタッフに何か言われたらそう言ってくださって構いません」

「じゃあ、お言葉に甘えてもよろしいでしょうか……」


 チリアの言葉に江口橋と男性は「もちろん」とうなずいた。

 女性ひとりでいるよりは安心感がある。

 それはこの場にいる全員の共通認識だった。


「あ、名前まだでしたね。僕はミズナラでこっちは妹のどんぐりです」

「チリアです。本当、ありがとうございます」

「それではわたくし達も気を付けて巡回いたしますので、何かあったらすぐお声がけくださいませ」


 最初と比べてずいぶん雰囲気が明るくなったチリアにお辞儀をして、隣の不可思議樫木のサークル受付も済ませた。

 ふたりが誇らしげに提出するその見本誌はなんと六冊。前回の冬コミに落選していたため、一年ぶりのコミマなんだそうだ。二ヶ月に一冊の本を出す苦労は、あかねには想像もつかない。

 ミズナラとどんぐりの合同誌で、繊細な線の静かな日常漫画を兄のミズナラが、強い線の明るいアクション漫画を妹のどんぐりが描いているらしい。この意外性もまた創作の面白いところだと思うのだった。

 無事に受付が終わる。


「それにしても、ペンネームで自己紹介し合うんですのね」

「他にどうすればいいんだ?」

「いえ……」


 心底不思議そうな顔をする江口橋。

 一般参加同士の会話でも、ペンネームやハンドルネームで呼び合っているようだった。つまり、この場ではスタッフだけが本名でこの場所に立っている。

 それが、責任というものなのだろうか。

 あかねは少し立ち止まったものの、どうも答えにたどり着かなさそうな気がしたので、考えるのをやめた。

 

 

 

 残り半分のサークルの受付も問題なく完了させ、朝の業務が一旦終わった。

 今日のサークルは比較的早く来場してくれたらしい。普段が分からないので何とも言えないが、サークルが早く到着する分スタッフの仕事は楽になるらしかった。

 今日はホール全体でそういう傾向なのか、昨日よりホール本部の雰囲気が緩い。

 江口橋と戻ってきたあかねは、今日の借り受けの確認をする。

 

「瑞光寺さんは今日も藤崎と一般入場対応だったな。昨日と同じだが、大丈夫そうか?」

「ええ、昨日も問題なく遂行できましたわ」

「今日はスーツの付き人はいないのか」

「……あら、お気付きでしたの」


 極力表情には出さなかったが、内心とても驚いていた。

 昨日安威にマークされていたことは、あかねも気付かなかったのに。


「害意はなさそうだったんでな。それに、後で話もしていたから知り合いだとは思ったが」

「まあ、そのようなものですわ。お目付け役といいましょうか。今日は来ない様きつく言い渡しておきましたら来ていないと思いますわ」

「そうか」

「……事情を聞きませんのね」

「まあ色んな奴がいるからな。自分のことなんて話したくなったら話せばいい」

「確かにこの場所ではあまり大事な情報ではありませんわね」

「そういうことだ。漫画やアニメやゲームが好きでここにいる。それでいい」


 普段はあまり良いように見られていない趣味が、ここでは共有できる。

 しかも普段の身分や仕事など誰も気にせずに。ただ『好き』だけを持って来られる。なんと素晴らしい場所だろうか。

 

「昨日のスーツ氏はサークル入場時間からいたが、どうやって入ってきたんだ?」

「さあ、そこまでは……ただ、通行証を渡してはいなかったので、不正入場してしまったようですわ」


 さらりと言うあかね。

 江口橋は驚いたようだが、今更言っても仕方ないと思ったようだ。

 

「確認しておいてもらえるか……スタッフでも知らない侵入ルートがあるとしたら問題なんでな」

「次に会ったときどうやって入ったのか聞いておきますわね」

「ああ、ぜひそうしてくれ」


 江口橋は冗談ではなく心底そう思っているようだった。

 あかねはスタッフ用の通行証を支給されていたが、記念に取っておくため誰にも渡していなかった。

 帰ったら安威に詳しく聞かなければ。あかねは深くため息をついた。


 

 ホール本部の入口シャッターに、借り受け業務のスタッフが集まっている。

 この業務に出されたブロック員は、ホール全体で14人。それぞれのブロックからふたりずつになる。

 UVブロックからはあかねと、藤崎という小柄な男子が駆り出されていた。藤崎はあまり口数は多くないが、楽しそうな雰囲気は良く伝わってくる。少し自分の言葉で話すのが苦手なのだろう。

 藤崎はあかねを見つけると、神妙にうなずいて見せた。どうやら「よろしく」とか「頑張ろう」とかそういった意味が込められているようだ。

 

「借り受けの皆さん、お疲れさん! いちにいさん……全員揃っていそうだな。忙しい中どうもありがとう。本部の菊田だ。これから借り受けの説明をする。昨日と同じ説明になるが……」


 やたら声と体が大きな男性は、菊田と名乗った。


「この業務は、最も大事な業務と言ってもいいぐらいだ。なのでしっかり聞いてほしい」

 

 腰から無線機を下げており、耳にはイヤホン、襟元にはマイク。

 いわく自前でコミマの為に揃えた装備とのことで、どうやらそういうガジェットを集める趣味もあるらしい。


「さて、今回皆さんにお願いする一般入場誘導は、言い換えると通行止め要員ということになる。もしホールに入ってすぐ……つまりここで一般入場を解放すると、右へ左へまっすぐへ……参加者は自由に動けるわけだが、反面、あちこちで混雑が起こるし人の流れが複雑になってとても危ない。だから一度外、トラックヤードまで突っ切ってもらって、そこからホールの中に行きたい人は隣のホールから入ってもらう。大きな一方通行の流れを作ることによって、安全を確保していると思ってほしい」


 菊田は手に持った地図を指さしながら、14人に説明をする。

 あかねと藤崎は昨日に聞いていたが、周りを見ると半分くらいはメンバーが入れ替わっているようだ。

 

「このホールの島中に用事がある人には大回りになるが、最初の入場はそういう流れを作らないと混乱するから仕方ない。もし、しつこく文句を言う人がいたら、あとで本部でゆっくり聞くから来てくれと伝えてみてくれ。大抵来ない」


 借り受けスタッフが少し笑い、緊張がほぐれる。

 表情豊かにハキハキ喋る菊田は、テレビショッピングの司会の人のように見えた。

 

「あと。この入場は絶対に止めてはならない。万が一転倒者が出ても流れを制御するのは最小限にして、引きずり出すぐらいの勢いで、とにかく入場の流れを確保してもらいたい。流れが途中で止まると、後ろにいる十万人の足が止まる。そして一度止まったものを動かすのは想像を絶するほど苦労する。繰り返すが、絶対に入場の流れを止めてはならない」

 

 そのまま具体的な業務の説明に移る。

 といっても先程菊田が言った通り、通行止め要員の立ち方、質疑応答、地区移動を希望する人への案内などだ。

 解放の目安は開場後七分らしい。昨日は四分少々で終わったような覚えがあるので、今日は昨日より来場者が多いと読んでいるのだろう。

 

「皆さんは一時的に俺、菊田が統括する。基本トラックヤード側のシャッター前にいて、人の流れを見ながら順次通行止め解除、要員解放の指示をしていく。つまりここのガレリア側の入場シャッターが最後になる。解放された要員は本部に開放された旨を伝えてから各ブロックの業務に戻ってもらう。これが今日の借り受け業務の内容になる。何か質問ある人は? ……大丈夫そうだな。では中央通路沿いのSTとUVの方は入口周りのここ、逆に遠いMNとYZのブロックの方はトラックヤード側の配置について。残りのOPとQRとWXは島中通路のところを相談して分担。通行止めの開始は、開場アナウンスの開始直後でよろしくお願いします」

「承知いたしましたわ」

「おっ、いい返事だ。瑞光寺さん」


 菊田は唯一返事をしたあかねを見て満足そうに笑うと、足早にトラックヤード側へ向かっていった。

 それについて行くようにして、他のブロック員も順次配置につく。

 あかねも藤崎とうなずき合って、配置についた。

 開場まであと数分。

 さあ今日も、楽しいコミマが開場する。

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