第97話 2日目 やはり訪れた時
2日目のネノブロック員は少し人数が減る。
リョリョ、探花、そして高村トシヤがサークル参加するためだ。
スタッフの参加日はそこそこ自由が利く。2日目だけお休みという参加形態ももちろんありうる。
リョリョと探花のサークルは東3の端の方で若干遠いが、トシヤのサークルは東4ホールのモブロックに配置されている。東5の端はミブロックなのでまあ近い方だ。
あかねは江口橋にひと声かけ、そちらの様子を見に行くことにした。
「あら」
あかねがトシヤを見つけたのは、サークルスペースには遠い東5のホブロックあたりだった。
「トシヤさん、お疲れ様です」
「ああ、お疲れ様。あかねさん」
どうやらトシヤは挨拶回り中のようだ。
人が少ないわけではない会場内で、良く見つけれらたものだと自分で感心する。
「朝はありがとうございました。見本誌回収だけでも手伝っていただけて助かりましたわ」
「いや。こっちこそ極寒の早朝に駅で震えなくて済んだよ」
お互い様と笑うトシヤ。
「トシヤさんのサークルは大丈夫なのですか」
「あー、姉が見てくれてるから」
「ああ、挨拶回りは代わりをお願いできませんものね」
「そう、だね」
歯切れが悪い。どこか浮かない表情を見せるトシヤを見てあかねが首をかしげる。
「どうかされまして?」
「えっ」
「少々元気がなさそうに見えますわ」
「ああ……」
少し考えて、トシヤは話しづらそうに悩みを口にした。
高村トシヤが同人活動をしているという話は、今までも特撮系のジャンルではそれなりに知られていた事実だった。
しかしニチアサへの出演が決まったころからジャンル外にも話が広まっていく。
「それだけならまあ、いいんだけどね」
今回、複数冊数買おうとするような状況があったらしい。
どうやら転売対象として目をつけられた可能性がある。
これまでの本もネットで出品され、そこそこの高値を付けているとのこと。
ほとんど顔見知りに頒布して終わっているようなものので、希少価値が高いらしい。
「それは悩ましいですわね」
「自分なんかに興味を持ってくれるのは嬉しいけど、それと出した本とは別の話だから」
少なくない時間と労力をかけた本が、ただのコレクターズアイテムになることは望んでいない。
ただ自分の好きなものを形に残し、仲間内で共感したかっただけなのに。
「多分数ページ見てそれで終わり。ひどいと読まずに転売」
実際、大手のサークルでもそういったことはあるのだろう。
あかねにはトシヤへかける言葉が見つからない。
「自分が作った本をただ読んでもらいたいだけで、売れる売れないはどうでもいいからね」
トシヤは疲れたように笑う。
「本音を言うと、もう頒布したくないなって。だからスペースから追い出されたんだけどね」
「サークルも頒布するしないを決める自由はありますわ。ですが、実際は……」
気遣うようなあかねの言葉に、トシヤがうなずく。
「本当に本が欲しいかどうかなんて、ひと目見て分かるもんじゃないからね。いつも買ってくれるのは顔見知りだけど、初めての人がいないわけじゃない」
解決策も見いだせず暗くなりそうな雰囲気を察したのか、トシヤが明るく笑いかけた。
本職俳優の笑顔だ。
「スペース見に行きます? 姉も会いたがってたし」
「そうですわね……ああ、それはもう少し後にいたしますわ」
高村夏見が待つと聞いて、あかねは考え直す。
今日は高村夏見に特別な用事がある参加者がもうすぐ来る。ついでに案内をするのなら顔を見せるのはそのタイミングでいいだろう。
ちらりとトシヤの荷物に目をやる。
「トシヤさんも挨拶回りの途中でしょう」
「あー、ごめん。じゃあまた後で」
「ええ」
あかねは優雅に膝を折ると、自分の担当であるネノブロックへと踵を返した。
平穏に終わるかと思われた日も、良くない「いつも」が訪れてしまった。
『これにて、コミックマート99冬、2日目を終了いたします。お疲れ様でした!』
その場内アナウンスにかぶるようにして、ホール内の無線が飛ぶ。
無線を持つ責任者が、一様に渋い表情になる。
「警戒レベル4……何かありましたのね」
「SNSによると東3っぽいね」
いつの間にか隣に立っていた君堂が携帯を見ながらそうつぶやいた。
その見ている携帯に着信があったようだ。
「はーい、なに? うん。あたしは大丈夫。えっ? いるよ。どした?」
君堂はちらりとあかねの方を見る。
「うん。分かった。自分で直接言えばいいのに。まだ緊張するの? そう。いい加減慣れなよ……はーい」
終わったらしい。
通話の相手は江口橋だと推測するが、どうやら合っているようだ。
「江口橋さんから伝言。椎名さんと協力して、ネノハパで巡回体制作ってほしいって」
「承知いたしましたわ」
「江口橋さんは山城さんに呼ばれて地区本に行くんだって」
少し離れたガレリア側の通路を足早に歩く冷泉と一条が見えた。
「とりあえず、今会場にいるサークルさんが安全に帰宅できるよう頑張ろう」
「ええ、そうですわね」
今現場に残っているメンバーに声をかけ、基本ふたりで組みながらネノハパを巡回してもらうよう指示を出す。
いつもは早めに帰ってしまうようなスタッフも、しばらく居残って巡回してくれるようだ。
「SNSとの温度差よ……」
成り行きで組むことになった君堂がため息交じりにつぶやく。
どうやらグレーゾーンないたずらだと認識されているようで、どちらかというと好意的な反応が多いらしい。
「あれが発火装置だったらって想像できないのかなあ」
「コミマのですもの。お祭りのバイアスというものでしょう」
「スタッフの中にも甘くて見る連中がいそう」
「そう、ですわね」
少なくともネノハパのブロック員は危機感を持って巡回している雰囲気はある。
同じホールでも遠いマミブロックはよく分からないが、雲雀が育てたブロックなら大丈夫そうだ。隣の東6も、心中はどうか分からないが巡回しているスタッフは多い。
以前見た東2ホールなどは、どうなっているだろうか。
正義感の強い菊田がホール長になったとのことだが、そう簡単にホール全体の雰囲気が変わるかどうかは怪しい。
会場内の人影がまばらになり始めた頃、あかねは和泉に呼び出されてホール本部にいた。
珍しく真面目な和泉の雰囲気に、残っているスタッフも何かを察したのか距離を取っている。
「山城さん……地区長から指示があってな」
「なんでしょう」
自分だけでいいのかとも思ったが、先程江口橋が山城に呼ばれていたことを思い出す。
そこで何か話があったのだろう。
「さっき東3で起こったことは、もう知ってると思うんだが」
また爆竹が鳴らされたということだ。
人通りもまばらな島中で、そっと置かれた袋の中で突然破裂音が鳴ったという。
幸い火は出なかったようだが、これまでは外周通路で鳴っていた。より悪くなっている。
「スタッフは厚めに巡回をしていたはずだった……ということらしい」
あかねは初参加のコミマで、いわゆる変態入場を受け取ってくれた東3のスタッフたちを思い出した。
事前の打ち合わせも無しにスムーズに入場列を受け取り難なく捌いた彼らは、スタッフとして間違いなく実力があるだろう。
つまりそれなりの観察眼を持っており、判断する力があり、最善の行動へ移せるフットワークの軽さもある。
「ああ、3ホールの連中を責めるわけじゃない。むしろあいつらは速やかに現場を確保して通行止めをする判断をした。その判断力と行動力は評価してるぐらいだ」
和泉が同じ評価をしてくれていることに内心胸をなでおろす。
あかねはゆっくりとうなずいて続きを促した。
「だから、単純に目が足りないのだと、そう判断した」
「目、ですか」
館内のスタッフは1300人程度だったはずだ。
だがスタッフ全員が同時にずっと巡回だけに当たれるわけではない。
巡回以外にもやらなければならないことがたくさんある。
「瑞光寺さん」
「前回の反省会の時、C100夏のことを言ってたよな」
「ええ」
「……俺たちはC100夏に危機感を持って臨む」
和泉の言う『俺たち』はつまり山城たち456地区を含む館内全体のことだろう。
あかねは最初に掲げた、上層部への危機意識の共有という目的が達せられた。
次の段階に進められたことを感じながら、あかねは和泉に強い目でうなずいた。
「瑞光寺さんには、何か、サークルや一般が警備に協力してくれそうなアイデアを探してほしい」
思っても見なかった依頼だった。
だが、合理的でもある。
目は多い方がいいに決まっている。
そして、参加者は形態に寄らず平等に参加者であり、全員がコミマを継続する理念に賛同している。
建前であることは承知しているが、大なり小なり思いは同じだろう。
「告知も含めるとあと半年ぐらいなんだが、どうか力を貸してほしい」
経験不足が否めない自分に、和泉が帽子を取って頭を下げる。
まだ考えはまとまってはいないが、方針に是非もない。
あかねも和泉を倣って帽子を取り、優雅に膝を折った。
「承知いたしましたわ」




