第95話 2日目 それぞれの気持ち
混雑があまりないといっても、人通りはある。
スタッフが立ち止まってずっと雑談をしているわけにもいなかいので三人で巡回を続ける。
「あ、倉敷さんと児島さんだ。お疲れ様です!」
「おっ、お疲れ様です」
「お疲れー。平和ですね」
Chikiが明るく挨拶をする。
相変わらず倉敷は少し緊張しているようだが、さすがにスタッフとして協力し合った仲だからなのかだいぶ打ち解けたようだ。
そういえばこのふたりはオンリーが開きたいからスタッフになったと言っていた。
今回それが叶ったことになる。
「倉敷さん、児島さんイベント開催おめでとうございます」
「瑞光寺さん、ありがとう」
「まだ募集開始したところだけどね。六月の予定だからあと半年」
夏コミ前の梅雨の時期。
サークルを集めるにはなかなか良さそうな時期に見える。
「思ったより大変。スタッフも集めないといけないし」
「よろしけばお手伝いいたしますわ」
「私もお手伝いしますよ」
「じゃあ私も!」
「ほ、本当に!?」
一気にスタッフ希望者が三人増えた。
児島は予想していなかったのか、大げさに喜んでいる。
「君堂さんも協力してくれるのではないかしら」
「あとで声かけてみる!」
児島の明るい表情とは対照的に、倉敷は曖昧な笑みを浮かべている。
「どうかなさいまして?」
「んー、ちょっと重圧があるというか、不安というか。イベントのことを知れば知るほど、責任重大だなって」
少し考えすぎであるような気もするが、こういったことは慎重に越したことは無い。
そういった意味で倉敷は適任であるように思えた。
「学業もあるからちょっと気が重くて」
「そう、でしたわね」
倉敷と児島は去年大学二年と言っていたので今は三年。
来年の六月ということは……
「卒業年次……」
「そうなんだよね。倉敷は優秀だから大丈夫だよ。私の方がやばい」
「そんなことないでしょ……」
言葉とは裏腹に特に気にした様子はなく、児島が笑顔を見せる。
倉敷の表情はやはり冴えないままだが、こういうふたりだからうまくやれているのだろう。
事前の事務作業が大変だと聞いたことはあるが、あかねにはその知識がほとんどない。
「事務作業がお手伝いできれば良いのですが」
「いやー、個人情報も取り扱うから、案外人任せにできるところが少なくて」
「サークル配置なんかは手伝ってもらえるかもしれないけど」
「どこが混雑する、といった知見はありません……」
雀田が申し訳なさそうにする。
「事前の準備のお手伝いは、お力になれそうにありませんわね」
「あっ、そんな! 当日手伝ってもらえるだけで十分ありがたいですから!」
慌てたように倉敷が言う。
児島はスタッフ参加者の確保にめどが立ち始めたためか、元気に頭を下げて巡回に戻って行った。
定点までやって来ると、先程と変わらず江口橋と君堂が並んで立っていた。
ただこちらは無駄口を叩かず、ネノブロックの状況に気を配っている。
「雀田さん、Chikiさん、ふたりで巡回をお願いしていいかしら。わたくしは江口橋さんに状況の報告をしてきますわ」
「ええ……」
「まあ、いいですけど」
仲良しのふたりは若干の距離を取りながら、渋々うなずいた。
「ふたりとも頼りにしていますわ」
「「はいっ!」」
ふたりの返事が綺麗に揃った。
「江口橋さん。ごきげんよう」
「瑞光寺さんか。お疲れ。特に問題はなさそうだな」
「ええ。順調ですわ。ネブロックで十人未満の列がいくつかできておりまして、そこは……」
ひと通りの情報を共有すると、江口橋はゆっくりうなずいた。
概ね順調である。
このまま推移するかは分からないが、ネノブロックの巡回は厚い。現状維持でいいだろう。
「お尋ねしてもよろしいかしら」
「どうした?」
少し足を休めるつもりで、江口橋に尋ねる。
「江口橋さんは、どうしてスタッフを?」
君堂が少し反応したように見えたが、特に何か言うわけではないようだ。
「ああ、きっかけは大学の先輩に誘われたんだ。割とそういうスタッフは多いな」
「そうでしたの」
「その先輩はもうやめてしまったがな」
「まあ」
「そういうもんだ。俺がまだ続けられているということは、性に合っていたんだろう」
あかねは、江口橋の言葉の中に何か引っかかりを感じた。
何となく、建前としての回答のように感じる。
江口橋がそれ以上言う気がなさそうなので、追及するのもおかしいだろう。
「瑞光寺さん、さっき言ってた小さい列ちょっと見たいんだけど、一緒に巡回しない?」
「君堂さん、よろしくお願いしますわ」
そういえば以前は君堂もメイド服のコスプレをしていたが、もうしないのだろか。
「じゃあ回ってくるね」
「ああ」
江口橋は短い返事を返すと、またブロック全体に視線を戻した。
ふたりはトラックヤード側に足を向け、途中の数人の列を確認しながら巡回を続ける。
もちろん、サークルの机周辺に不審物がないかチェックしながらになるのであまり気は休まらない。
「うん。今のところ混雑はのんびりだね」
「良いことですわ」
これから西や企業を回った参加者が流れてくることもあるらしい。
まだまだ油断はできなさそうだ。
「お尋ねしてもよろしいかしら」
「うん?」
「君堂さんは、どうしてスタッフになろうと思われたのですか」
「あー……」
視線を前に向けたままで、君堂が苦笑いしている。
あかねは揺れるポニーテールを何となく目で追う。
「言いたくなければ良いのですが」
東6との境目あたりで立ち止まると、周囲を確認する。
外周通路もそれほど混雑しておらず、壁際で立ち止まる程度であれば通行に支障はなさそうだ。
「内緒ね」
「内緒……」
あかねを見上げながら、君堂が人差し指を口に当てた。
その愛嬌のある仕草に、年上であることを忘れそうになる。
「江口橋さんが楽しそうにしてたから、かな」
遠く定点の柱にいる江口橋の方を見る。
ちらりと立ち姿が見えたが、こちらを気にしている様子はない。
「江口橋さんさあ、あの通りいつも不愛想で素っ気ないでしょ。コミマでスタッフやってるとき、何か楽しそうでさ。悔しかったんだよね」
「悔しかった、ですか」
「うん……あたしもコミマが楽しいのはそりゃ知ってたんだけどさ。それにしたって、あたしに見せる顔と全然違うから」
ふたりは従兄妹同士だったはずだ。
君堂だけが、江口橋をそういう風に見ているのだろう。
「あたしも、あの表情で見てもらいたくってさ」
照れたように笑う君堂は、いつもと違ってどこか儚く見えた。
「素敵ですわね」
「あはは……恥ずかしいな」
「そんなことはありませんわ」
正直な気持ちだった。
年上で頼れるスタッフである君堂の、いじらしい意外な一面。
それをさらけ出してくれることも嬉しかった。
「これほど長く続けられるのですもの。本当に素敵ですわ」
「続けてるのは……友達が戻って来られる場所を守りたいってのがあるかなあ」
「戻って来られる場所……ですの」
「あー、うん。昔仲良かった子がコミマが好きでね。その子に連れてきてもらったのが一般参加のきっかけだったんだ。就職でその……ハズレの会社を引いちゃって心を病んでしまってね」
「まあ……」
急に重い話になってしまった。
「まあ、いつか『おかえり』って言ってあげたいなって思ってるんだ」
「そうなんですのね」
それぞれにこの場所を守る理由がある。
当たり前のようだが、いざ聞いてみないと分からないものだとあかねは思う。
「瑞光寺さんのきっかけは……そうだ『夢』だったね」
「ええ」
君堂のことは、秘密を共有した仲間だと思っている。
それ以降も態度を変えることなく、むしろ協力的に問題に当たろうとしてくれている。
「始まりはその、あんまりだったかもしれないけど。あたしは、瑞光寺さんと一緒にスタッフやれて楽しいよ」
「嬉しいですわ。実はわたくしもですの」
それもまた、ふたりの本当の気持ちだった。
あかねはむしろ、幸運な巡り合わせだったと思っている。
スタッフ初参加で彼女らと同じブロックにならなければ、どうなっていただろう。
手詰まりのまま今日を迎えていたかもしれないと思うと恐ろしい。
「それで、あの」
悪い想像に向かいそうになる前に、君堂の声があかねを止めた。
ひと呼吸置いた君堂は、改めてあかねを見上げる。
そして、覚悟を決めたようにうなずくと、小さく口を開いた。
「江口橋さんのことなんだけど」




