第94話 2日目 また再会、そして開場
あかねたちネノブロックは、サークル受付に奔走していた。
結局予想通り、8時半を過ぎてからのサークル来場が圧倒的で、タイムリミットも迫る中、猛烈な勢いでサークル受付をこなしている。
隣のハパブロックも同じような状況のようで、こればかりは援軍を見込めない。
運び役の神崎もフル回転している中、申し訳なさそうにリョリョと探花、トシヤがサークルの準備へと去る。
もはや単身での受付が当たり前となり、最大効率で踏ん張っていた。
誰もが、今日の山場であると感じていた。
その甲斐あってか、9時半過ぎには欠席を除いてすべてのサークル受付を完了することができた。
嵐のような忙しさが急に凪ぎ、各人は思い思いに体を休める。
責任者である江口橋とあかねは、本部で状況を再確認していた。
「青紙の発行は俺がやっておくから、瑞光寺はゴミ箱の様子を見てきてもらいたい」
「承知いたしましたわ」
トラックヤードへのシャッターは開いている。
外に出てすぐにゴミ箱があるはずだが、会場側の管轄であるためいつでも捨てられるとは限らない。
万が一使用できないと、捨てに行ったサークルが困ることになるので確認しに行かなければならい。
明らかに気温が低い中央縦通路を歩き、すっかり準備の整ったホールを歩く。
左右に配置されたサークルの、華やかなポスターや整頓されたディスプレイが目に入る。
お祭りだ。
歩みを進めるごとに外へのシャッターが近づき、それに伴ってまた気温が下がる。
あかねは自分の担当するネノブロックが気温の面では非常に恵まれていることを痛感するのだった。
シャッターを出てすぐ。
目的のゴミ箱は稼働しているようだった。
厚着をした係の人が、若干暇そうに雑談している。
あかねは、その中のひとりに見覚えがあった。
「アラ、コニチワ」
「お久しぶりですわね、メイニュイ」
外国人のおばさんだ。あかねの言葉ににっこりと笑顔を見せる。
あかねはもはや顔見知りのように思える。
向こうもそうであるらしく、非常に気安く話しかけてくる。
「毎回会テル気がするネ」
「そうですわね。お給料がよろしいんでしたわね」
「ソウ。年末プラスよ」
指で輪っかを作りながら、うんうんとうなずく。
「今回もよろしくお願いします」
「フフ、お姉サンだけね。そう言ってくれる」
「皆様、心の中では感謝しておりますよ」
「ソカ。そうイウのもワタシの国と違うネ」
どういう意味かと首をかしげていると、ダンボールを持ったサークル参加者がゴミを捨てに来た。
「これ、お願いします」
「アイ!」
おばさんは景気良く返事をすると、ダンボールを受け取ってコンテナへと放り投げる。鮮やかな手さばきだ。
「ソイエバ、ワタシの国は『お願いシマス』こと絶対言われないネ」
「そうなのですか?」
「無言ヨ。黙って出す。悪いと投ゲル」
「それは困りますわね」
どうもかなり殺伐としているらしい。
おばさんの『絶対』に妙な力が入っていた。
「ココもイナイじゃないけど、そうイウの少ないネ」
「楽しい場所では、丁寧になるものだと思いますわ」
いないわけではない。
あかねは座り込む参加者に注意しても無視されたことを思い出しながら、改めて納得していた。
あれはやはりごく少数なのだと。
「もしそんな態度の人がいたら、悲しいですわね」
「何、心の中で笑うダケ。礼節を知らヌ野蛮人ネ」
「説得力がありますわね」
何気ない『礼節』という言葉に、何とも言えない重みを感じる。
「自分が恥ずかしいコトにも気づかない哀レナ小物ヨ。フフ」
「お可哀そう」
「ソ。カワイソ」
ふたりしてクスクスと笑う。
あかねが上手く笑えるようになったのだが、おばさんはあまり気にしていないようだ。
「今回も袋いるカ?」
「いえ、あまりペットボトルのゴミは出ないと思いますわ」
「アアソカ。また夏ネ」
「ええ、また夏に」
うなずき合ったところに、シブロック員の声が届く。
「瑞光寺さーん、そろそろ一般入場の準備を!」
「はーい」
あかねはそのシブロック員の名前を知らないが、向こうは知っているようだ。
責任者の端くれだからだろうか。改めて、気を引き締める。
「それでは、失礼いたしますわ」
優雅に膝を折り、おばさんに挨拶をする。
「頑張テネ」
「ええ、メイニュイも」
おばさんは親指を立てると歯を見せてにっこり笑った。
『ただいまより、コミックマート99冬、2日目を開催いたします!』
会場のアナウンスと共に、拍手が埋め尽くす。
一般入場が通る中央縦通路はにわかに緊張感を帯びるが、偽壁ブロックはそうでもない。
一般参加者が目指すのはまずは外周、偽壁はその次に流れて来るパターンが多いが、今日の配置から考えるとそれほど混雑は起きないと見ている。
それでも会場直後は油断できない。
あかねは雀田を従えてブロックの巡回をしていると、同じく巡回しているChikiが寄って来た。
「あっ、あかね様」
「Chikiさん」
嬉しそうではあるのだが、なぜか視線を泳がせてもじもじしてる。
「どうかなさいまして?」
「いえあの。私服だとどうも落ち着かないというか……最近コスプレの時しかお会いしていなかったので、こう……センスを問われるというか、あまり自信がないというか……」
上目遣いであかねのことを窺う。
今日のChikiはAラインのワンピース。オリエンタルな雰囲気のするペイズリー柄は暖色で統一されていて、情熱的なChikiを表しているようだ。
スタイルの良さも相まってとても目立ってはいるが、スタッフ活動において目立つことは決して悪いことではない。
そして今日の彼女は、男女問わずサークル参加者の目の保養になっている。
「十分可愛らしいわ」
「嬉しいです!」
「ねえ、雀田さんもそう思うでしょう」
「チッ、いたの」
「舌打ちすることはないでしょう……」
あかねの手前、大人な態度を見せようとする雀田。
Chikiの服装を覗くついでに一歩あかねに近づく様子を見せつけ、非常に大人気が無い。
「まあ、可愛いといえば可愛いです」
「それはどうも」
素っ気なく答えるChikiを見て、雀田が呆れたような目を向ける。
「ずいぶん態度が違うわね」
「そんなの当たり前でしょう!」
そんないつも通りのふたりを見ながら、あかねは小さく笑う。
「ふふ。仲が良いわね」
「「……」」
ふたりはあかねを同じ表情で見るのだが、あかねにとってはそれすらも仲良しであるように見える。
今日Chikiはひとりだ。
イベントではいつもコスプレ三人組で動くことが多いだけに珍しく感じる。
「リョリョさんも探花さんも、今日はサークルでしたわね」
「ですね。結局本も衣装も間に合わせてるし、私生活は大丈夫なのかしら」
「Chikiさんも似たようなものでしょう」
「いや……全然違いますよ」
ふたりは本当にギリギリまで見本誌回収を手伝ってくれた。
今日は東3ホールに配置されているはずだが、今日の様子なら覗きに行く機会もあるだろう。
そのためにも、ネノブロックの平和を全力で守らなければならない。




