第93話 2日目 雲雀常春
あかねはメイド服姿の雲雀と見本誌回収に回る。
しかし、担当するノブロックは明らかにサークルの姿が少ない。
「今日は少ないですわね」
「寒いし、なかなかね。瑞光寺さんも朝辛くなかった?」
「何ともない……と言えば嘘になりますわね」
朝の7時半を過ぎたところ。
空こそ明るいが、今でも冷える。
この時間に来ようと思うと自宅を6時台に出なければならないだろう。つまり夜明け前の一番寒い時間帯である。
「スタッフと違って食料や水分も自分で持ってこないといけないし、お釣りやディスプレイの道具や……あと本も持ってこないといけないし、サークルの人は大変だよね」
確かにスタッフはある程度身軽に来場できる。
コスプレする場合は着替えの入ったトランクを引っ張ってくることになるわけだが。
いくつか来場しているサークルに、声をかける。
「おはようございます」
「おはようございます……すみません、まだ準備が」
申し訳なさそうなサークル参加者に、雲雀が笑いかける。
「ええ。大丈夫ですよ。また来ますのでよろしくお願いします」
「はい」
受付せずとも、こうして声をかけておけば準備をしてもらえるし、次に来た時に先にサークルの方から声をかけてもらえることもある。
「お、江口橋さんと君堂さんだ……あっちも暇そうだね」
定点となる柱の方を見ると、確かにふたりが雑談に興じているようだ。
ネブロックの方も出席率が鈍いようだ。
「ハパブロックに行きますか?」
「えっ、いや。いいよいいよ」
「あら。今なら余裕がありますわよ」
今日はハパの支援が必要そうな場面はなさそうだが、ハパブロック長の椎名に顔を見せておくのは無駄にはならないだろう。
こういう時に顔を合わせておいた方が、本番でのコミュニケーションも円滑になる。
雲雀が言葉を探しているうちに、ふたりを見つけた椎名の方から近づいてきた。短めのポニーテールがゆらゆら揺れる。
定番のメイド服だが、インナーを着込んでいるのが何となく分かる。防寒のためだろう。
「おはようございます! 瑞光寺さん! 雲雀さん!」
「おはよう椎名」
「おはようございます、椎名さん」
吐く息こそ白くはないが、椎名は少し頬が赤い。
衣装も相まって余計に可愛らしく見える。
同じメイド服の雲雀も気が付いたのか、やや挙動不審になっている。
「今日も寒いですねえ! サークルさんもまだ少ないから余計に!」
「ハパもですのね」
「ご覧の通りですね! ネノの方がまだ多そうです!」
「偽壁だと多少早いのかしら。いかがです、雲雀さん」
雲雀は自分に話が振られると思っていなかったのか、驚いたように少し身体がびくりと震えた。
「えっ! そう……いや、ジャンルの影響の方が大きいと思う。女性比率というか」
「なるほど、ハパブロックは女性向けゲームのジャンルですからね! さすが雲雀さん。女性の準備のことにまで気を回せるんですね!」
「はは、まあな」
くりくりの目で見つめられた雲雀の頬が緩む。
「雲雀さんは気配り上手ですものね」
「ですね!」
あかねはここぞとばかりに雲雀のことを持ち上げる。
実際、彼の経験に基づいた参加者対応は高いレベルにある。
もちろん、東5が長い椎名ならそんなことは知っているだろうが。
「あっ、ちょっとサークルさんが来られたので私はこれで! 頑張りましょうねえ!」
椎名は勢いよく頭を下げると、楽しそうな足取りで来場したサークルに挨拶しに行った。
「明るくて良い方ですわね」
「ああ、うん……」
彼女の笑顔によって作り出される雰囲気は、ともすれば殺伐としそうな偽壁ブロックにさわやかな風を吹き込んでいる。
笑顔はすなわち余裕だ。
余裕を絶やさないブロック長が隣にいる。素晴らしい安心感をもたらしていた。
恐らく、雲雀も椎名のそんなところに惹かれているのだろう。
「雲雀さんは、見守っているだけで宜しいんですの?」
「うーん……今の関係を壊したくはないというか」
見ていてもどかしいところはある。当の椎名は雲雀に悪い印象は無さそうだが。
ハパブロックから離れるように移動すると、江口橋と君堂のいる定点へとたどり着いた。
「お、ふたりともお疲れー」
「お疲れ様です。サークルさん、中々来られませんわね」
「焦っても仕方ないよ。のんびりいこう」
あっけらかんと笑う君堂。
彼女もまた、明るい雰囲気を作るのに長けている。
椎名との共通点であるポニーテールを揺らし、江口橋を見上げる。
「後半忙しくなりそうだけどねえ」
「今回は人員も充実しているし、大丈夫だろう」
「高村トシヤさんはがサークルに向かう時間ですが、少し遅らせてギリギリまで手伝ってくださるそうです」
「それはありがたい」
江口橋がガレリア側で見本誌回収を続けている高村トシヤに目をやる。
若干サークルが増えてきただろうか。
「俳優さんなのに……って言ったら変だけど、働き者だよね」
「元々サークルの方ですもの。どうしてスタッフ参加をしてくださったのかは分かりませんが」
「色んな人が色んなきっかけでスタッフになるからね」
なんとなく会話が途切れる。
君堂の言葉に何か含みがあるような気がしたが、また後で機会があれば聞いてみよう。
あかねがそんなことを考えていると、雲雀が口を開いた。
「あー、瑞光寺さん」
「どうかなさいまして」
「大した話じゃないし、嫌なら言わなくてもいいんだけど……瑞光寺さんは、どうしてスタッフをやろうと思ったの」
江口橋と君堂からの視線を感じる。
スタッフになったきっかけはC100夏に事件が起こる予知夢を見たからだが、雲雀に話すことはためらわれた。
もちろん彼を信じていないわけではないのだが。
「わたくしは、漫画やアニメやゲームが好きなのです。ですので、土台とも言うべきコミマを守りたいと思いました」
それもまた、嘘ではない。
「日本の未来のエンターテイメントのためにも、継続する必要があると感じているのです」
「なるほどね。じゃあコミマの『継続』の理念と合致するわけだ」
「ええ。利害の一致というわけです。雲雀さんはどのようなきっかけでいらしたの」
「うーん、何でだっけ」
腕を組みながら、思い出している。
「最初はオンリーでスタッフやるとこから始めたんだけど、その時コミマに勧誘されて」
オンリーと聞いて、あかねは浜松町で開始された『かのきせ』のオンリーイベント『春日文化祭』を思い出す。
確かに、コミマよりはスタッフ参加の敷居が低そうに思える。
「オンリーは何でだっけなあ。まあ若気の至りというか。何か元気が有り余ってたんだろうな。金はないし絵も描けないから、スタッフになったような……つまらない動機だろ」
「いいえ。そんなことはありませんわ」
あかねは否定してから、首をかしげて見せた。
「今は、違いますの?」
「割と意地悪な質問するよね……」
江口橋と君堂の方をちらりと見て、雲雀は困った顔をした。
だが君堂が事も無げに言う。
「え、椎名さんのこと?」
「なっ、えっ!?」
「ご存じでしたの」
「というか、知らないの椎名さんだけじゃない?」
衝撃で固まる雲雀だったが、江口橋すら横でうなずいている。
口をぱくぱくさせる雲雀を、気の毒そうな目で見る君堂。
「前回ちょっと見ただけで分かったけど……大丈夫?」
思わずうずくまる雲雀。
「帰りたい……」
「それは困りますわね」
「まあ椎名さんも付き合ってる人とかいないらしいし、チャンスあるんじゃない」
「マジか!」
「うわあ! 急に元気になるな!」
君堂の抗議を意に介さず、雲雀はこぶしを握って天に向かって腕を伸ばす。
一片の悔いなく昇天してしまいそうだが、良いのだろうか。
「よおし!」
メイド服に似合わない声で気合を入れる雲雀。
「いいところを見せなくてはいけませんわね」
「行こう! 瑞光寺さん!」
足取りも軽くサークル受付を再開する。
いろんな思いを抱えながら、コミマの時計は進む。




