第90話 1日目 コスプレというもの
すっかり混雑も落ち着いてきたころ、あかね達にも余裕ができてくる。
Chikiの希望で防災公園まで行くことになった。
実質的に休憩ではあるのだが「広域巡回」としてスタッフ証をつけながら。
その前に、あかねの希望でとあるサークルへと足を運ぶ。
ハ25b『月華美神』だ。今はひとりだけらしい。
「ごきげんよう」
「ん? おう!」
あかねの姿を認めたサークルの男性が、嬉しそうに手を上げ……
「休憩かい、スタッフさん……んおおっ!?」
そのままの姿勢で固まってしまった。
それはそうだろう。
あかね扮する高神カナデを先頭に、主人公格の三人、風、淡雪、水面がついている。もちろん有名コスプレイヤーのChiki、リョリョ、探花なのだが、今日はさらに雀田扮する真田孤太郎までいる。
その迫力たるや、ハブロックの通路を歩くだけで注目を集めていた。
サークルの男性は、机越しに見る五人に感嘆の息をつく。
「ちらちらスタッフさんは見えてはいたが、いや、揃うと壮観だな」
「やはりそのジャンルのサークルさんに見ていただくのが一番ですわ」
「ありがてえ。役得だな……」
車いすから身を乗り出して、感無量と言わんばかりに目を閉じる。
「実際にゲームをしているのはわたくしとこちらの『淡雪』のコスプレをされている方だけなのですけど」
リョリョが一歩前に出て、サークルの本を手に取った。
「分析本は初めて見ますね。ちょっとよろしいですか……ああ、これは」
驚きに目を見開く淡雪、そしてページをめくるたび、その目に尊敬が混じる。
「細かい……すごい」
「カナデだけで申し訳ない」
「いえいえ、愛ですね」
リョリョ自身は淡雪が自分のキャラというわけではないのだが、それは触れずにいた。
色物キャラに近い幻爺という小さいキャラが持ちキャラなのだが、身長百センチ前後とみられるキャラは、どう頑張ってもコスプレができないのだ。
「こちらいただけますか」
「もちろん」
あかねはまるで自分のコスプレが表紙になったかのような本を、大事に抱える。
その様子を見て、Chikiとリョリョも手を上げる。
「私も買います!」
「あ、じゃあ私も」
「あ、ああ。いいのかい」
今となっては古いゲームの、ほぼ単独キャラについての本。
まさかそんなに売れるとは思っていなかったらしい。
「このような素晴らしい本を、ありがとうございます」
あかねは静かに頭を下げた。
「……」
返事がないのを不審に思って顔を上げると、静かに笑って涙を流していた。
鼻をすする音だけが聞こえる。
かける言葉が見つからないまま、あかねはそっと机の本を撫でる。
(カナデ、貴女は幸せですわね。これほど愛してもらえるなんて)
あかねにとっても、幾度も戦いを共にしてきた大事なキャラクターだ。
自分と同じように、この子を愛し、本まで出す人がいる。素晴らしい世界だと思う。
「……いや、すまねえな。こちらこそ、ありがとう」
震える声を絞り出すようにして、男性が頭を下げた。
そして、記念にサークルの前で写真撮影をする。
さすがに五人ともなると周囲のサークルに多少かかってはいたが、月華美神のことを思いやってか温かく許可してくれた。
いいジャンルだ。
「これでもう、思い残すことは無えな……」
辞去するあかねたちにもう一度お礼を言うと、サークルの男性は晴れやかな表情でつぶやいた。
「……なんか、涙まで流されたのは初めてかも」
「そうだね……」
淡雪のリョリョと水面の探花が、神妙な表情で言葉を交わす。
探花がため息をつく。
「ウイッグの作り、ちょっと妥協しちゃったんだけど、こんな……悔いが残るとは思わなかった」
普段のコミマならそれで十分なはずだった。
やったことのない、知らないキャラ。最低限動画を見て予習はしたが、お付き合いのためのコスプレ。
傍目には十分な完成度だったが、もし自分の好きなキャラだったらもう少し手を入れていただろう。
「完璧を引っ提げてコミマに来られる人の方が少ないのではなくて」
「それは、そうかもしれませんけど」
サークルも、一般も、コスプレも、スタッフも。
本当に準備万端で完璧に当日を迎えられる人は半分もいないのではないだろうか。
それぞれが日常を生きながら、このお祭りに臨んでいる。
その日常の中、十分に時間が取れるとは限らない。
「それにしても、すごい食いつきでしたね」
暗くなりそうな空気の中、Chikiが努めて明るい声を出す。
「命を懸けてまで本を作るほど、愛した作品のキャラが目の前に現れたのですもの。それに、Chikiさんたちのコスプレが素晴らしいのですもの」
「えへへ……」
照れるChiki。Chikiもこのゲームのことをあまり知ってはいなかったが、衣装づくりに妥協したつもりは無い。
もちろん事前のSNSでの反響は、いつものメジャーな作品に比べて鈍かったことは確かだ。
だが、コスプレは自分の誇りだ。
そのコスプレに、キャラを知る男性の涙という証明をもらえたChikiは十分に満足していた。
「なんか、ちょっと軽く見てたかも。コスプレ」
「私も……」
探花に同意する雀田こそ、本心では嫌々付き合っていた。
正直なところ、雀田の衣装を作る正山を困らせてまでやることではないと思っていた。
だが、苦労したその結果がもたらすものを、目の当たりにした。
やるならば、もっと真剣に。
「誰かの好きなキャラを表現する……中途半端だと、場合によっては失礼になりますね」
雀田は持ち前の真面目さで思いを口にする。
自分が軽々しく踏み込んではいけない領域だったのではないか、と。
だが、そんな雀田の言葉を聞いて、あかねは首をかしげる。
「あら。軽い気持ちでも良いではありませんか」
先頭を歩くあかねは雀田の方を見ずに、そう言った。
「わざわざハードルを上げなくとも、取り組む姿勢は人それぞれですわよ」
そうは言われても、と雀田は他の三人のコス衣装を見る。
正山が作ってくれたあかねと雀田の衣装にも見劣りしないクオリティだ。かける時間は圧倒的に正山の方が多いだろう。衣装づくりも正山の方が経験豊かだ。
だが、この三人の衣装はそれを補う雰囲気がある。
衣装を自身に合わせる作成技術、そして見せ方の着こなし技術があるのだろう。
モデルをやっていたあかねも並ぶと、雀田は自分だけが見劣りしているように思えてならなかった。
「気負いすぎてもいけませんよね!」
Chikiが楽しそうな足取りであかねに並ぶ。
Chikiのキャラ『風』はその名の通り軽い性格をしている。それを意識してもいるのだろう。
ちらりと雀田の方を見やるChiki。何か煽るようなことでも言われるかと身構える雀田だったが……
「ス……スズメさんの孤太郎も中々ですよ」
「……え」
意外な言葉に、目を丸くする雀田。そしてリョリョと探花。
チャットではそうでもないが、直接顔を合わせたChikiは、いつもあかねの隣にいる雀田に対して対抗心を燃やしていた。まかり間違っても誉め言葉など出てくるはずがないと思われていた。なのに。
はっと正気に戻った雀田が、照れたように顔をそらした。
「あ、ありがとう。ちきちゃんに褒められるとは」
「も、元々孤太郎が良いキャラですからね! そ、それになんでチャットネームになるんですか!」
「えっ、先にちきちゃんがスズメと呼んだではないですか」
「呼んでない! それからチャットネームやめて!」
そう言いながら、いつの間にか雀田と並んで歩く。
ふたりの気配を背中で感じながら、
(本当に仲が良いわね)
と、あかねは温かい気持ちになっていた。
本当のところはともかく、仲良く並んで言葉を交わす二人は仲良しに見える。
「……ツンデレか」
リョリョのつぶやきは、探花にだけ届いた。




