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同人誌即売会と悪役顔令嬢  作者: 狐坂いづみ
C99冬編
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第89話 1日目 頼れる人々

 少し身構えるあかねに、冷泉は胸を張る。


「私ホール長になったのだけど」

「ええ、存じております」


 拡大集会の時に、壇上で話をしているのを見ている。

 よく知る人がホール長になるというのはどうにも不思議な気分だ。

 だが当の冷泉は、壇上で見せた理知的で温和な表情とは程遠い、子供っぽい不満そうな表情を見せる。

 

「……それだけ?」

「他に、何か?」


 おめでとうございますと言うべきなのだろうか。

 そもそもめでたいのかも分からない。

 

「冷泉は、褒めて欲しい」

「一条!」


 声を上げる冷泉に構わず、一条は続ける。

 

「瑞光寺さんの力になるために、ホール長になったから」

「そうでしたの」

「ああ……」


 額を抑えて眉間にシワを作る冷泉。

 君堂はニヤニヤとその様子を見ている。

 

「ええ。ええ。そうよ。そうですよ。だからあなたも頼りなさい! 前回みたいに……いえ前回以上に東6があなたを全力でサポートしてあげるわ」

「心強いですわ」


 信頼できる仲間が自分のために力をつけてくれる。

 それが、これほど嬉しいとは。

 あかねは感謝の笑顔を向けた。冬コミの東6ホール本部に、突如花が咲く。

 人の視線を一手に集める、東英仕込みの強烈な笑顔。


「ふふん、でしょう……って、え?」

「……!」

 

 冷泉と一条が仲良く固まった。

 相変わらず君堂はニヤニヤしている。面白いらしい。


「瑞光寺さん、あなた……」

 

 冷泉が何か言おうとしたちょうどその時、東6の本部スタッフが冷泉を呼んだ。

 

「冷泉さん! 地区本部から何か届いたけどー!」

「今行くわ!」


 急に現実に引き戻された冷泉は、不満そうに肩をすくめた。

 

「ホール長暇なしだわ。あーあ」

「お疲れ様です……では、また」


 あかねはまたいつもの表情に戻っている。軽く会釈をして自身のネノブロックへと足を向ける。

 冷泉はその背中を数秒だけ見送って、自分のやるべき本部の業務へと戻る。

 一条もはっと我に返って冷泉を追う。


「綺麗……」


 小さくつぶやいた一条の声は誰にも届くことなく、雑踏の音に溶けていった。

 


 ※


 メイド服を身にまとった雲雀常春は久しぶりの平ブロック員を満喫していた。

 ブロック員を管理しなくていい。こんな楽なことがあるだろうか。

 ブロック長を押し付けた後輩には申し訳ないが、数年ぶりの自由だ。

 新人の高村トシヤも思いのほか飲み込みが早いし、混雑も想定内に収まっている。

 肩の荷が軽い。

 さほど混雑のないノブロックの通路から、混雑しながらも安定しているネブロックを観察する。

 後頭部に付けたお団子袋を調整していると、横から声がかかった。

 

「雲雀さん、トシヤさん、ごきげんよう」


 着物のコスプレをしたブロック長だ。

 月下の高神カナデのコスだが、ずいぶんニッチなところを選択したものだと雲雀は感心する。

 瑞光寺の仲間のコスプレイヤースタッフと併せているらしい。

 

「瑞光寺さんお疲れ!」

「お疲れ様です」


 いつの間にか隣に立っていた高村トシヤも挨拶をする。

 横から見ても顔が良い。

 面倒を見ていたはずのパケットは解消されて、列が短くなっている。早い。


「雲雀さん、トシヤさんの働きぶりはいかがですか」


 予想通りの質問が飛んできた。

 今日は高村トシヤの教育係を任されている。が、午前中だけであっという間に『使えるスタッフ』になったように見える。とにかく覚えるのが早いし、知識と体の動きを結びつけるのが上手い。

 

「正直なところ、もう新人とは思えない」

「あら」


 どこか楽しそうな副ブロック長。

 トシヤと瑞光寺さんが並ぶと、まさに美男美女。なんというか違う世界だ。

 

「これでも役者ですから。『ベテランスタッフの役』をやってるつもりで振る舞っているだけです。まだまだ微妙な判断や参加者からの質問には困ることがあるので知識と経験不足を痛感しているところですよ」


 雲雀の発想に無かった言葉をトシヤが口にする。

 確かにどっしり構えて自信を持ったそれは、ベテランスタッフを思わせる。江口橋を手本にしているのだろうか。


「なるほど……雰囲気を作り出すことができるのですね」

「すげー堂々としててさ、ちゃんと腹から声を出せてるから、判断さえできれば本当にベテランスタッフだと思われるんじゃない」

「恐縮です」


 あとは経験……と言っても、そういう意味ではこの偽壁のブロックは最適だ。

 狭い空間の中で色んな状況に直面させられ、判断を迫られて結果を見せつけられる。

 多少の失敗はすぐに修正をすれば取り返せるが、それもまた瞬間瞬間の状況に合わせて違う判断を迫られる。

 次回ぐらいもここで経験を積めば、もう第一線のスタッフとして使えるだろう。

 問題があるとすれば、彼が売り出し中の若手俳優だということだけだ。

 

「ほんと、見どころあるよ。来てくれて……」


 と、そこまで話したところで視界の端に列が入る。

 少し乱れてしまっている程度だが、このまま放置すると通行に支障が出そうだ。


「あ、そこ、すみあせん。もう少し前に詰めて。あー、すみません、そこの線まで……そう、そうです。ありがとうございます」


 列に並ぶ方も経験豊かなのだろう。

 雲雀の最小限の指示で、真っすぐに並びなおした。

 

「失礼失礼。えっと、来てくれて助かったよね」

「こういうところが雲雀さん凄いな……」

「慣れと経験ですわね……雲雀さんとトシヤさんでトラックヤード側は盤石ですわね。少々心配していましたが安心いたしました」


 安心したのはこちらの方だと雲雀は思う。

 話の途中で列の整理をしてしまった。

 人に酔っては失礼後不機嫌になるところだ。

 しかしこの瑞光寺は「よく見ている」と感心してすらいる。

 

「安泰安泰。倉敷児島ペアも、最初は勘を取り戻すのに時間がかかっていたみたいだけど、今はふたりで生き生きと混雑対応してるよ。君堂さんのところもそれほど混んでないし、今日は楽勝だね」

「これで楽勝、なんですね」

 

 トシヤがつぶやく。

 楽勝と言っても人通りはかなりあるし、休日午前中の原宿に近しい密度だ。

 しかし列の具合はそれほどでもない。アナウンスすれば前に詰めてももらえるし、いきなり通路で荷物整理を始めるような人もいない。

 夏コミと違って熱が冷静さを失わせるようなことは無く、むしろ人の熱気に心地良さすら感じていた。


「人、少なくは無いですよね」

「ははは! 楽勝だよ!」

 

 トシヤの少し疲れを帯びた言葉に、明るく笑う雲雀だった。


「いやーっ、楽勝ですかあ! 雲雀さんのところに人員出す必要ないですかね!」

「し、椎名……いや、あの」


 突然現れたハパブロック長の椎名に、雲雀はたじろいだ。

 ハパブロックに近いノブロックで話をしていたのだから、椎名がいても不思議ではないのだが。

 

「シブロックもハパブロックも平和も平和で、今日はすごく余裕がありますねえ!」

「良いことではありませんの」

「そうですね!」


 朗らかな笑顔を振りまく椎名。

 くりくりの目にヘッドドレスが似合っている。

 メイド服は既製品だが、このヘッドドレスだけは毎回手作りしているらしい。器用だ。


「椎名さん、せっかくですし新人の方に混雑対応の練習をしてもらってはいかがでしょう」

「あっ、それはいいかも。それじゃあ早速調整しますね」


 大きくうなずく椎名が、こちらを向いた。


「どうしました、雲雀さん?」


 雲雀は自分を覗き込む椎名に、大きくのけぞった。


「?」

「い、いや……今回のヘッドドレスも、その……可愛いな」

「ありがとうございます! いやー、毎回褒めてくれるの雲雀さんだけですよ!」


 嬉しそうな椎名。

 相変わらずくりくりの目を大きく開いて笑う。器用だ。


「それでは、メイド服でお揃いの雲雀さんと椎名さんの写真を撮りましょう」

「えっ」

「おっ、いいですねえ!」


 瑞光寺の提案に、一瞬の逡巡すらなく椎名が賛成する。

 ここで? 今? 一緒に?

 

「いえーい!」


 椎名は雲雀の方にそっと寄り添って、ポーズを決める。

 その瞬間に写真を撮ったであろう瑞光寺が満足そうにうなずいた。

 

「では、椎名さんはハパの方で練習したい方を連れていらして。雲雀さんはどの列で練習してもらうかお決めになって」

「合点! こっちで人員見繕ってきますね!」

 

 身を翻してハパブロックに戻る椎名。

 雲雀はまだ一連の出来事が飲み込めずにいた。

 少し遅れて椎名の匂いがふわりと鼻に届く。

 

「雲雀さん」


 すべてを見透かしたような目が、じっと雲雀を見つめる。

 雲雀は、彼女が自分のためにやってくれたのだと理解する。

 

「写真、後で送っておきますわね」

「……今回、死ぬ気で働くわ」

「それは頼もしいですわね」


 椎名とのツーショット。

 こういうことがあるかもとほんのり期待はしていたが、まさか1日目でそれが叶うとは思わなかった。

 C99冬、一生忘れまいと雲雀は心に刻む。


「俺も死ぬ気で働きます」


 蚊帳の外にいた高村トシヤ。

 どうも楽しそうに雲雀のことを見ているが、薄々感じるところがあったのだろう。

 

「まあ。でも『いのちだいじに』ですわよ」

「いや、まだあかねさんや雲雀さんに比べて全然なんで、そのくらい気合入れてちょうどいいぐらいなんです」


 謙遜。

 だが、先ほどの雲雀の評価の通り、高村トシヤは素晴らしい働きをしている。

 残念ながら明日はお休みらしいが、また3日目にも戦力として活躍をしてくれるだろう。


「ところで、瑞光寺さんのこと下の名前で呼ぶんだな」

「ええ。仕事の関係で『瑞光寺』はちょっと紛らわしくて」

「ふーん?」


 雲雀はよく分かっていないようだが、それ以上何か言う気はなさそうだった。

 

「あっ」


 小さく声を上げると、高村トシヤがふたりの横を通り過ぎて行く。

 床に落ちていた何かのカードを膝をついて拾いあげると、その落とし主であろう男性を追いかける。

 ズボンが汚れるだろうが、全く気にする様子はない。

 

「あの、これ落としましたよ」

 

 雲雀と瑞光寺はその様子を黙って見守る。

 参加者への献身。

 あれは、見様見真似だけでできるものではない。

 

「トシヤさんも、もう十分素晴らしいではないですか」

 

 雲雀も静かにうなずいた。

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