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女の子がこの世界の魔王となったのは、ハプニングとタイミングとフィーリングによるものだという。
ある日学校で飼育当番を担当していた女の子は、兎小屋に見知らぬうさぎが紛れ込んでいることに気づいた。
女の子がそのうさぎを捕まえると同時に床が消えて、この世界についたそうだ。
この世界ではちょうど魔王様がなくなった瞬間らしく、同タイミングで現れた女の子を新しい魔王様だと崇めたのだ。
女の子も夢だと思い流れに身を任せたところ、現実だと気づいた時には引き返せなくなったのである。
「だからね、突然魔界に来ちゃったから、親や友達と最後の挨拶とかしたいなって。人間界に行きたいんだけどみんなに反対されてて」
「そりゃ当然なのだ。魔王様が不在の魔界など、苺のないショートケーキと同じなのだ」
「苺のないショートケーキが好きな人もいるでしょ」
女の子と狼男が可愛く言い合っているのを、俺は紅茶を飲みながら聞いていた。
「優秀な秘書なら社長が不在でも会社を回すっていうし、あんたらがしっかりしてるなら、魔王様が一時的に人間界で生活するくらい大丈夫じゃねぇの?」
なんともなしに言った俺のセリフに女の子が目を輝かせる。
狼男もどこか納得した表情を見せ、次の瞬間には魔王様不在時のマニュアルを作り上げていた。
魔王様が人間界に戻れることが決まって3時間後、俺と魔王様は人間界と魔界とを繋ぐ魔法陣の部屋にいた。
「楽しみ!」
「魔王様、お気をつけて。すぐに戻って来てくださいね」
たくさんの悪魔たちに見送られて、俺と魔王様は人間界へと転移する。
ついた場所は魔界に行く前と同じ廃校5階の廊下だった。
「随分と古びた建物だね」
「まあ廃校だからな」
「校舎ってどこも同じような作りなんだね。私が通ってた学校そっくりだよ」
女の子は無邪気に廊下を進み階段を降りて出口へ向かっていく。
「ところでここってどこなの?」
廃校から抜け出し門から出たところで、女の子は足取りを止めた。
「香炉高校の前だな。厳島市にある」
「香炉高校?私の通ってた学校だよ。どこにあるの?」
「どこって。……ここが香炉高校」
俺は出て来た廃校を指差す。
女の子は俺の指の先に目をやり、固まった。
「え? いつのまに廃校になったの?」
「休校から数えるとたぶん100年ぐらい前?」
そういえば香炉高校が休校になった理由としては、在学生徒が忽然と姿を消したからという噂があった。
神隠しのように痕跡もなくいなくなったため、不気味がった生徒が転校したり、新入生の数が減っていたりして休校にならざるを得なかったとか。
もしかしたらその生徒がこの女の子なのかもしれない。
「100年以上前……」
女の子は呆然として呟く。
「そしたらもう、友達も両親もどこにもいないね」
悲しそうな顔を見せる女の子に俺はかける言葉がなかった。
「せっかくだけど私、魔界に帰るね。迷惑かけちゃってごめんね。君もいつでも魔界に来ていいから! 帰れる場所ってのがあると幾分か気分が楽だし」
そう言ってポケットからラムネサイズの七色に輝く小さな球を取り出し足元に投げた。
その球が女の子の周りをくるくる回りながら頭の方まで上がり、そして女の子はその場からいなくなった。
結局壊れたスマホは買い替えになった。
新品のスマホになり、あの日の出来事がまだ薄まらない1週間ほどたったころ、俺が学校から帰ると部屋の机にミニチュアサイズの狼男がいたのである。
「よっ! オレを待たせるとはいいご身分になったものなのだ」
机の上で寛ぎながら狼男は俺に文句を言ってくる。
「なにしに来たんだよ」
「あの日から魔王様は覇気がなくなってのう。 お茶会していた時はご機嫌だったのだから、お主をまた連れて行けば元気になるかと思ってな」
「……あれは、そんなんじゃ元気になれないだろ」
俺はあの日の女の子の表情を思い出しながら、狼男の要件を突っぱねた。
意外にも狼男はすんなりと納得していた。
「だが、たまには遊びに来てほしいのだ」
「まあ、そのうちな」
そう言って帰っていた狼男だが、3日と開けず俺の前へ姿を見せるようになる。
「お前、毎回何しに来てんだよ!」
「いやなに、お主のママさんのご飯があまりにも美味しくてな」
「お袋が探してたつまみ食いの犯人はお前か!」
今日も今日とて掴めない胸ぐらを恨めしく思うのである。