異世界ソロキャン物語
自分の語彙の少なさがとてももどかしい。
風景描写とかも苦手で拙い文章ですが、少しでも楽しんでいただけたら何よりです。
夏のキャンプもいいが、やっぱり俺は冬のキャンプの方が好きだ。
寒い中なんでわざわざ外でキャンプするのかと言われることも多いが、寒いからこそ逆にいいことも多くある。
虫はいないし、人も少ない。キャンプで作る食べ物は火を使うことが多いので、夏よりも冬の方が料理は美味しく感じたりもする。
そんなわけで俺はいま真冬の山奥のキャンプ場に来ている。
このキャンプ場に来るのは初めてだが、ネットの情報では冬でも雪が降ることが少なく過ごしやすいと評判は良かった。
駐車場に車を止め、管理事務所で受付を済ましてキャンプ場を目指す。
背中にはキャンプ道具を詰め込んだ大型のボストンバッグを背負い、右手には食料品や飲み物がたっぷりはいったキャスター付きのクーラーボックスを引きずり、左肩には折り畳み式のテーブルや椅子、焚き火台やガスコンロを入れた大きいトートバッグをかけている。
正直どれもかなり重く、この荷物で長い距離はとても歩けないが、駐車場からキャンプ地までならなんとか我慢できる。
キャンプ地に着いてしまえば後はテントを張ってのんびりするだけだ。
今回は2泊3日の予定なので心にゆとりがある。1泊だと翌日には撤収作業に入らなければいけないので何となく慌ただしい。
駐車場からキャンプ地までは林の中のあまり整備されていない細い道をしばらく歩く。
思ったよりも駐車場から離れているが、山奥のキャンプ場ではよくあることだ。
もちろんキャンプ地まで車で行けるところも多いが、俺は少し不便なくらいが自然を楽しめて好きだ。
林の小道を歩くことしばらく、急に濃い霧が立ち込めてきた。
まあ、まっすぐな道だし大丈夫だろうと油断していたら、あっという間に真っ白な霧に包まれて足元も見えなくなってしまった。
さすがにこの状況で歩くのは危険なため進みあぐねていると、霧の中から優しい女性の声が聞こえてきた。
『勇者よ、どうか世界をよろしくお願いします・・・』
でも、どうやら俺に言ったわけではなく、別の誰かに別れ際に語り掛けた感じだった。
しばらくして霧が晴れると、何故かそこは木々もない、ましてや空も大地もない、白一色の世界となっていた。
そんな白い世界に、これまた透き通るような白髪・白肌・白いドレスを着た美しい女性が天を仰いで佇んでいた。
一仕事終えたように軽く吐息を吐いたその女性は、徐に俺の方を向くと驚きに目を見開く。
『あなたは・・・どうしてここに・・・?』
どうしてと言われても俺にも分からない。
俺が戸惑って言葉に困っていると、彼女の方が何か思い当たったようだ。
『どうやら貴方は勇者の召喚に巻き込まれてしまったようですね』
その言葉で俺もなんとなくだが状況は理解してきた。
おそらくこの女性は女神様だろう。
俺もキャンプしながら暇つぶしにライトノベルを読んだりもするのでそういった系の話も読んだことはあるが、実際に自分が巻き込まれるとは夢にも思わなかった。
その後の女神様の説明で分かったことは、山奥で修行していた格闘家を異世界を救う勇者として召喚したらところ、たまたま近くにいた俺も巻き込まれてしまったらしい。
一度召喚したら元の世界に戻すことはできず、俺の異世界行きも確定とのこと。
「それでは、俺も勇者として異世界に行くんですかね?」
『いいえ、勇者は一人きりです。勇者に与えられる特別な能力やスキルなどは先の者に全て与えてしまったので、貴方に与えられるものはないのです。』
申し訳なさそうに女神様は言う。
それでは俺は何の特典もなく異世界へ行くのか?
俺はがっかりと肩を落としてしまう。
そんな俺をかわいそうに思ったのか、
『その代わりと言ってはなんですが、貴方の持ち物や装備に特殊な効果を付与することはできますよ』
落ち込んだ俺をなんとか力づけようとしてくださているのを感じたので、とりあえず前向きになることにした。
「それじゃあ、できるだけいい効果をお願いします!」
『分かりました』
そう言って女神様が俺に手のひらを向けると、女神様の手のひらから白い光が溢れだし俺の体を包み込む。
俺の体と言うより俺の着ているものや荷物に光が注ぎ込まれているというのがなんとなく分かる。
しばらくして注ぎ込まれる光が弱まり、女神様が作業を終えようとするので、
「女神様、もう少しだけお願いします!」
異世界での俺の生活、俺の命に関わることなので必死にお願いする。
俺の必死な気持ちが伝わり、女神様は再度光を強めて俺の持ち物に光を注いでくれる。
またしばらくすると光が弱まってきたので、「あともう少しだけ」と懇願すると、女神様はしぶしぶながら続けてくれた。
延長のお願いすること数度、女神様は肩で息を切らし始め、顔もやつれ気味になってしまったので、それ以上はお願いするのをやめた。
『それでは、貴方の異世界での生活に幸多からんことを願います···ゼェ···』
まだ息切れしつつも、なるべく疲れた素振りを見せずに女神様は優しい微笑みで俺を見送ってくれた。
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俺は再び真っ白な霧に包まれると、気がついたら深い森の中にいた。
木々に囲まれた場所というのは同じだが、元居た場所とは全く違うというのはさすがに分かる。
冬枯れた木々ではなく青々と繁った樹々、地面は誰も足を踏み入れた様子がない。
ここから町や村は近いのだろうか?
せめて人里の近くに送ってほしかった。
そもそもこの森は安全なのだろうか?
異世界だからやはり魔物がいるのだろうか?
そんなことを考えていたら、やはり魔物が現れました。
木の陰から出てきたのは元の世界の猫くらいの大きさの大きな鼠。
カピバラよりはひとまわり小さく、可愛くはない。
頭には10センチくらいの角が生えているので、明らかに普通の動物ではないだろう。
狂暴そうに牙を剥き出し、俺が怯んでいると分かった途端にすぐに飛びついてきた。
慌てて腕でガードすると右前腕に噛みついたまま腕を振っても離れようとしない。
俺は必死に鼠の魔物を振り払おうと腕を振り回したが、しっかり噛みついて離れようとしない。
とにかくがむしゃらに腕に食いついたままの鼠の魔物を振り回していたら、たまたま地面から突き出ていた鋭く尖った木の枝に鼠の魔物が突き刺さって息絶えた。
異世界について早々ハードすぎる。
とりあえずほっとしたものの、痛みは感じなかったが、俺は噛まれた腕が食いちぎられたのではないかと心配して慌てて腕を見たが、噛み跡どころか着ていた上着のダウンジャケットには傷ひとつ無かった。
それどころか全く汚れてさえいなかった。
たぶんこれが女神様が俺の持ち物に付与してくれた効果なんだろう。
これなら大抵の攻撃はなんとかなりそうだ。
今後また魔物と遭遇することを考えて、とりあえずの攻撃手段として背中のボストンバッグから、キャンプで枝や薪を切るために持ってきていた刃渡り30センチほどの鉈を取り出した。
短くて不安はあるが何も武器がないよりはましだろう。
刃の形が長方形の「腰鉈」というやつで、あまり武器には向いていない。同じ鉈でも、できれば「剣鉈」というやつの方がナイフの代わりにもなるので武器には向いていたのだが、俺はキャンプに来たのであって、狩猟に来たわけではないので持っていないものは仕方がない。
試しに、近くに生えていた木の枝で腰鉈の切れ味を確かめたところ、何の手応えもなくその枝を切った。
あまりの手応えのなさに不思議に思い、少し太めの枝も切ったが、スッと煙でも切っているかのような手応えのなさだ。
ありえない切れ味だと思いつつも、試しに木の幹に切りつけてみると、これまた腰鉈が木の幹に吸い込まれたように通り過ぎ、その切り口から木が倒れてきた。
危うく倒れてきた木の下敷きになりそうになった。
刃渡り30センチ程の腰鉈で直径1メートルはある大木を切り倒してしまうとは、女神様の効果付与が凄すぎます。
この武器と防具があれば大抵の魔物は何とかなりそうだと少しだけ安心。
凄いのはそれだけでなく、腰鉈を出した時に気づいたのだが、俺のボストンバッグが異世界モノの定番の亜空間収納になっていた。
中を覗くと一見何も入っていないように見えるのだが、手を入れると頭にバッグの中に入っているものが思い浮かび、それを掴んで引き出すと大きな物でもスルッと出てくる。
その逆に、バッグに入らないくらいに大きな物でも、その一部をバッグに入れると吸い込まれるように入ってしまう。
とりあえず、両手に持っていた大型クーラーボックスやテーブルなどの入った大きなトートバッグも全部ボストンバッグに詰め込んだ。
両手が空いて楽になったし、何よりも重さがほとんど感じないくらい軽いというとても素晴らしいボストンバッグだ。
女神様ありがとうございます。
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どこに向かったらいいのか分からなかったが、同じ場所に留まっていても仕方がないので、太陽が昇りかけている東の方角に向けて歩き出すことにした。
太陽が昇りかけているので時間はたぶんお昼前頃だろう。ポケットに入っていたスマホを見たら午前10時だった。
異世界でも時間はほぼ同じだろうか?
スマホは、電話は通じなかったがネットは使えていた。さすがに地図アプリなどは使えなかったが、検索や動画は見れるし、暇潰しには便利そうだ。
しばらく使っていてもバッテリーが減らないのは女神様のお陰だろうか?とにかく感謝。
歩くこと2時間ほど、途中何度か鼠の魔物に襲われたが優秀な武器と防具でなんとか撃退することができた。
ちなみに、魔物といえば魔物の素材が売れるというのが定番だとおもうので、とりあえず狩った魔物はボストンバックに収納しておいた。
喉も渇いたしお腹も空いたので食事にすることにした。
食べ物や飲み物は3日分用意していたので、節約すればたぶん1週間は生きていけると思う。
ボストンバッグからクーラーボックスを出し、その中からペットボトルの水を出して飲んだ。
料理をする気にはなれなかったので、朝食用に用意していた食パンにチーズを挟んで食べた。
できるだけ早く村や町に行って落ち着きたいので、食べ終わったらすぐに出発する。
その後も何度か鼠の魔物に襲われ少し疲れてきたころ、初めて兎の魔物が現れた。
中型犬程の大きさで、10メートルは離れた場所から素早く跳躍して襲ってきたのにはビックリしたが、なんとかダウンジャケットで攻撃を防ぎ、腰鉈を振るって倒すことができた。
鼠は食べる気はしないが、兎はどうしても食料に困ったら食べるかもしれない。そうなる前に村や街に着きたい・・・。
日が暮れるまでひたすら歩き続けたが全く森から出れる気配はないので、仕方なく少し開けた場所でテントを張って夜営することにした。
きっと女神様がテントにも特別な効果を付与してくれていると信じている。
俺のテントの設営はとても簡単だ。
四角に広げたシートの対角線上にポールを通してドーム状にして立ち上げ、その上にカバーを掛けて四隅をペグで地面に差し込めば出来上がり。
慣れれば5分程度で設置できる。
食事はテントの中で食べることにする。テントの防御力を信じて。
それでも、腰鉈は常に手の届く範囲に置いて魔物の警戒は怠らない。
クーラーボックスから食料を出していく。
この時気づいたのだが、不思議なことに日中に飲んで減っているはずのペットボトルの水が満タンになっている。
さらに、食べて減っているはずの食パンも元通りの枚数に戻っている。
これはクーラーボックスの付与された効果だろうか。
だとしたら女神様への感謝が止まりません。
食事の前は必ず女神様に感謝することにしよう。
夕食は簡単にインスタントラーメンを作ることにした。
本当はテントの中で料理するのは一酸化炭素中毒や火事の危険があるので絶対にやってはいけないのだが、テントの外は魔物が怖いので空気が通るように隙間を開け、火事にならないように手早く料理。
棒ラーメンと言って真っ直ぐな麺のインスタントラーメンで、嵩張らないのでキャンプの時はいつも多めに持ってきている。
ガスコンロの上で手持ち鍋に水を入れて沸かし、沸いたお湯に麺やスープの素、あらかじめ刻んで持ってきていた野菜やソーセージを入れてしばらく煮れば出来上がり。
刻み野菜はスープにも炒め物にも使えるから便利だ。
昼食は軽めの食事だったせいかお腹が空いてて一気に食べてしまった。
今日は疲れたのですぐに寝ることにした。
寝袋もあるのだが、暑くも寒くもなく快適だし、何かあった時にすぐに動けないと怖いので寝袋は使わない。
ランタンは消さずにつけっぱなしにする。
電池式で通常は2~3時間しか連続使用できないが、スマホのバッテリーが減らなかったということもあるし、たぶんランタンの電池も減らないと信じる。
一応予備の電池もある。
ランタンが明るいし、魔物が心配で寝れないかと思ったが、疲れていたのかあっさり眠りについてしまった。
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気がついたらもう朝。
外がうっすら明るくなってきたのがテント越しに分かる。
家よりも熟睡できた気がするのはこのテントのお陰だろうか。
気持ち良くテントから出て、体を伸ばして伸びをする。
何の気なしにテントの周りを見回すと・・・何故かテントのまわりは魔物の遺体で溢れ返っていた。
特に魔物たちの体に傷などは見られないが、ぐったりしていてすでに息絶えているのは明らかだ。
テントの防衛機能が働いたのだろうか?
まあ、女神様のお陰と言うことにして深くは考えず、魔物の遺体は全てボストンバッグの中へ収納。
鼠や兎の魔物の他に、昨日は遭遇しなかった大型犬のような狼の魔物もいた。
朝食を食べようとクーラーボックスを開けると、やはり昨日食べたり飲んだりした分の食糧が元通りになっていた。
この分なら食料の心配はしなくて良さそうだ。
ということは、わざわざ村や町を探さなくても、俺には安全なテントがあるので森の中でずっと暮らしていけるのではないだろうか?
もともとキャンプ生活は好きだし、食べ物と寝床さえあれば生きていける。
よくよく考えたら、異世界って乱暴な冒険者や理不尽な貴族がいたりして面倒くさそうだ。
俺は装備や持ち物は特別だけれど、俺自身は特別なスキルや能力を持っている訳でもなく、魔物を倒したからといってレベルが上がって強くなる訳でもなさそうだし、森でのんびり生活していくのが俺にとっては一番最良な気がする。
異世界1日目にして俺は悟りを開いてしまった。
昨晩良く眠れたからだろうか?
まあ、1番の本音は、昨日1日歩き疲れて移動するのが面倒くさくなったからなんだけど・・・。
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テントを拠点にして生活すること3日目。
基本はテントの横にキャンプ用ローチェアとテーブルを広げて、そこで寛ぎながらスマホで動画やマンガ、小説なんかを読んでのんびり過ごしている。
たまに魔物が現れるたりもするが倒すのにもかなり慣れた。
狼の魔物も、素早さに慣れればそれほど脅威ではなくなったし、たいていの魔物は左腕を前に出すとそこに噛みついてくるので、右手に持った腰鉈でサクッと倒す。
さらに魔物は誤ってテントに触ってしまうと電気が流れたように痺れて絶命してしまう。
俺がテントに触っても何ともないので、対魔物用防衛装置のようなものが働いているらしい。
気が向いたら近くをプラプラ散策する。
今のところ食べ物に不満はないが、もし川があったら魚が採れれば嬉しい。
そんな淡い期待をしながら歩いていると、どこからともなく水の音が聞こえてきた。
水音の方へ足を進めると、音はどんどん大きくなり、やがて見えてきたのは高い崖から流れ落ちる大きな滝。
この滝は俺の拠点のテントから東の方角にあった。
初日に俺が根気強く歩き続けていたらこの滝や崖にぶつかっていたようだ。
異世界に来てから体はペットボトルの水で濡らした濡れタオルで拭いてはいるだけだ。
水浴びてさっぱりしたいと思い、滝壺のそばの河原で水に手を入れる。
手を入れる分には気持ちはいいが、水浴びにはちょっと冷たいかな?
そんな呑気なことを考えていると、突然水の中から巨大魚が大口を開けて飛び出してきた。
ブラックバスの仲間だろうか?
ただし、体長は1メートル以上はありそうだ。
しかも、その大きな口には鮫のように鋭い歯が並んでいる。
間一髪俺は手を齧られずにすんだが、魚の魔物は少し離れた水中でこちらの動きを伺っている。
魚は俺を食べようと狙っているが、俺も魚を食べてみたい。
美味しいかどうかは食べてみないと分からないが、どうにか釣り上げられないだろうか?
釣竿はないが、荷物を縛ったり物干しに使ったりとキャンプでは色々と使える万能ロープがあったので、それに鼠の魔物の遺体を縛り付けて水辺に垂らす。
すぐに魚の魔物が食い付いてきたので全力で引っ張る。
かなり重たい手応えがあるかと思いきや、あっさりと河原へ引き上げることができた。
急いで駆け寄って腰鉈で魚の魔物の首を切り落としてとどめを刺した。
あまりにも簡単に魚の魔物を引き上げられたので不思議に思い、万能ロープをいじってみると、ロープがまるで生き物のように俺の思い通りに動いてくれる。
木に巻き付いたりはもちろん、大きな岩を持ち上げたりもできた。
なんとも素晴らしい万能ロープだ。
魚の魔物はボストンバッグに収納し水浴びはせずにテントに帰る。
帰りに遭遇した狼の魔物にロープを投げると、ロープが勝手に狼の魔物の手足を縛って身動きできないようにしてしまったので簡単に倒すことができた。万能過ぎる・・・。
その夜、魚の魔物は丸焼きにして食べた。
少し泥臭さはあるけれど、十分美味しかったのでたまに捕まえて食べようかと思う。
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拠点生活7日目。
今日も異世界は平和です。
まあ、散歩してたら大きな猪の魔物に体当たりされたり、熊の魔物に殴られて吹き飛ばされたりしたこともありましたが、怪我もなく、ロープでぐるぐる巻きにして腰鉈でサクッと退治できました。
今日は火吹き棒を試してみた。
薪や炭で火起こしする時などに使うの細長い筒。
昔の人は竹筒を使っていたらしいが、俺が持っているのはステンレス製の筒。
異世界に来てからも薪で火を起こす時に使っていたのだが、軽く吹いてもかなり強い風が出るので、試しに近くの木に向かって強めに吹いてみたら風が弾丸のように飛び出して木に穴を穿けた。
はい、強力な吹き矢を手に入れました。しかも弾込めの必要はないです。
というわけで、これで魔物が倒せるかどうか試してみることにした。
できれば離れたところから魔物を撃ってみたいと思ったのだが、たいていの魔物は木の陰などから突然現れるので、なかなかこちらから先に見つけることができない。
しばらく歩いていると、空高くに鳥らしきものが飛んでいるのが見えた。
かなり遠いので風の弾丸が届くかどうか自信がなかったが、鳥の頭部に狙いを付けて思い切り火吹き棒を吹くと、風の弾丸は鳥に命中したようで鳥が落下してきた。
遠くから見たら少し大きな鳥だなくらいにしか思わなかったが、落ちてきた大きさは予想をはるかに上回るのもので、轟音を立てて地面に激突。
近づいて見ると、体長がかるく5メートル以上はある。
見た目は恐竜っぽかったが、たぶん異世界でお馴染みのワイバーンという魔物ではないだろうか。
ちょっとやっちまった感がある。
食べられる鳥ならよかったが食べられそうにはないので、これはボストンバッグの奥で眠ってもらおう。
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拠点生活10日目。
異世界に来て初めて雨が降りました。
強い雨ならテントの中で過ごすけど、小雨なので雨具のポンチョをかぶって森の中を散策。
ロング丈のポンチョなので足元までほとんど雨をカバーできる。
雨の中歩いていると狼の魔物に遭遇した。
いつもはすぐに襲いかかってくるのに、俺にぜんぜん気づかない様子。
どうやら、匂いはすれども姿は見えずといった感じだ。
どうして見つからないのか不思議に思ったが、思い当たるとすればポンチョだ。
俺のポンチョは迷彩柄。
別に迷彩柄が特別好きだというわけではなく、たまたま安売りしていたので買った迷彩柄だが、たぶんそのお陰で狼は見つけられないのかもしれない。
いわゆる隠密効果というやつだろうか。
最近はいつも腰鉈とロープと共に常備して持ち歩いている火吹き棒で狙いを付けて風の弾丸であっさりと倒すことができた。
迷彩柄ポンチョ恐るべし。
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拠点生活20日目。
今日はいつもより少し遠くまで森を散策しに来た。
雨の日以降、俺は雨が降っていなくてもポンチョを着るようになった。
ポンチョさえ着ていれば魔物に襲われることもなく、一方的に倒すことができる。
幸い、俺が着ている衣類は温度調節機能が付いているらしく、ポンチョを着ていても暑くなったりはしない。
傍目にはちょっと怪しい人物に見えるかもしれないが、この森には俺の他には誰も人がいないから気にしない。
そんな風に思っていたのだが、今日は遠くから人の声が聞こえてきた。
「ぐわっ」
「大丈夫か!?」
「俺のことは置いて逃げてくれ!」
声の方に近づくと、三人の男たちが狼の魔物に襲われていた。
三人の内の一人はかなり大怪我をしているようだ。
本音としてはあまり関わり合いたくはなかったが、ここで死なれると後味が悪い。
俺は離れた場所から火吹き棒で狼の魔物の足を撃ち抜いた。
狼の魔物がよろけた隙に男たちは何とか倒すことができた。
大怪我をした男の応急措置をして、男たちはどこかに帰るようなので、俺はばれないように後を付いていくことにした。
ばれないようにと言ってもポンチョを着ていれば視界に入っても見つかることはないので隠れてはいない。
人の血の匂いに釣られてか、彼らを追ってきた魔物がいたので俺がサクッと倒しておいた。
しばらく行くと彼らのテントがあった。
一人の男がテントの前で鞄の中からなにやら葉っぱを取り出してそれを燃やすと鼻に付くような嫌な臭いがしてきた。
たぶん魔物避けなのだろう。
もう日も暮れかけているので彼らはここで一晩過ごしてから明朝出発するようだ。
彼らがどこから来たのか気になるので、彼らのテントから少し離れた木のそばでポンチョを着たまま一晩過ごすことにした。
彼らは干し肉のようなものを齧っていたが、俺はこんな時は栄養補助食品のカロ◯ーメイト。
これもクーラーボックスに入れてあったので、食べても次の日には新しいのが補充されている。
食べなくても、クーラーボックスから出した分は次の日には補充されるので、結構予備はたくさんある。
異世界に来て初めてテントの外で夜を過ごすので魔物に襲われないか心配はあったが、俺のポンチョと彼らの魔物避けを信じて眠りについた。
思ったよりもよく眠れ、日の出よりもだいぶ早く目が覚めたので、周囲を散策してみた。
何匹か魔物がウロウロしていたので退治しておいた。
これで彼らも少しは早く帰れるだろう。
日の出と共に彼らは起き出して、軽い朝食を食べたら荷物をまとめて出発した。
俺は少し離れてついていく。
今日中に町や村に着かなかったら尾行をやめようと思ったが、お昼くらいには森から出てあたりは草原になり、それからしばらく歩いていたら大きな壁に囲まれた街が見えてきた。
森の中ならバレ難いのも少しは分かるが、何も隠れるところのない草原で後ろについて歩いているのに男たちは俺に全く気付かない。
隠密ポンチョ恐るべしだ。
街の入り口では衛兵が行き来する人々をチェックしており、俺が追ってきた男たちも衛兵に身分証のようなものを見せていた。
俺は身分証など持ってないので、見つからないかドキドキしながら衛兵の横を素通りしたが大丈夫だった。
街の中は中世の西洋の街並みをさらにスケールアップしたような大きな建物が立ち並んでいる。
男たちは街の入り口を入ってすぐ左にある大きな建物に入っていった。
ちなみに、街の入り口を入って右側には衛兵の詰め所があって、盾のデザインの看板に「衛兵詰め所」と書いてある。
異世界の文字が読めるのは能力やスキルとはまた違った異世界特典なのだろうか?
俺が後を追ってきた男たちの入っていった建物の入り口の上には剣をクロスさせたデザインの看板に「冒険者ギルド」と書いてあった。
やっぱり3人組は冒険者だったようだ。
3人組の男達(プラス俺)が冒険者ギルドに入っていくと、建物内でたむろっていた冒険者たちに声を掛けられる(俺を除く)。
「やっぱり怪我して帰ってきたか」
「お前らにはまだクリューエルの森は早いっていっただろ、オッサムの森にしておけ」
心配半分、からかい半分といった感じだ。
「いや、そんなことはない、ちょっと運が悪かっただけだ。」
「途中までは順調だったんだ。」
「フォレストウルフは倒すことができたぞ!」
フォレストウルフというのは俺が手伝って何とか倒すことができた狼の魔物だろう。
あれで倒せたと自信を持ったとしたら彼らは早死にすると思う。
怪我した男は冒険者ギルトの奥にある治療室へと連れていかれた。
そんなやり取りを見ながら冒険者ギルト内を見回すと、ちょうど俺の横の壁にこの街の町の周辺地図が貼ってあった。
街の入り口の正面にクリューエルの森、入り口を出て左手がオッサムの森、右手がダンゲルの森と描いてあった。
街の逆側にあるもうひとつの入り口は王都への道に繋がっているらしい。
まあそれよりも、俺はやはり冒険者になるのは勘弁だと思った。
他の冒険者達はもちろん、受付の職員達もみんな強面でガラの悪そうな男(野郎)ばかり。
ギルド職員といえば綺麗で優しいというのが定番のはずだし、かわいい女性冒険者だっていていいはずなのに!
これが現実なのか・・・。
冒険者ギルドから出ると、俺はちょっとだけ街をブラついてみることにした。
もちろん、俺の服装はそのままだと目立つので、隠密ポンチョで誰にも見られないようにしながら歩いた。
街の入り口から真っ直ぐ続く大通りには色々な店があってなかなか楽しかった。
特に興味を引かれたのが魔法具屋という店。
ちょうど他の客が出てきたタイミングでこっそり潜入。
商品一つ一つに丁寧に説明書きがされているが、『魔法ランタン』や『魔法ストーブ』、トランシーバーのような『魔法通信具』なんてものもあった。
ついついゆっくりと商品を眺めていると、突然カウンターの向こう側に座っていた初老の女性に話しかけられた。
「あれま、珍しいお客が来ているね。悪さをしないならいいけれど、満足したら出ていっておくれよ。」
初めは俺以外の誰かに話しかけているのかと思ったが、俺以外に客はいなかったし、丸眼鏡越しに明らかに俺の方を見ている。
ただ、目が合うということはないので、ぼんやりと俺が見えているような感じだ。
少し焦ったが、ばれたのなら仕方がないと俺はポンチョを脱いだ。
すると店の女性は大きく目を見開いて驚いた様子で、
「あんれ、人間だったのかい。てっきりゴーストか何かかと思ったよ。」と。
店の女性の説明によれば、彼女の掛けている眼鏡も魔法具らしく、人の感情が色になって見えるらしい。
安全な人は青く、盗みなど悪いことを考えている人は赤く見えるらしい。
俺が店をうろついていた時、姿が見えないのに感情の色だけ見えたので霊体のようなものだと思ったらしい。
「それにしても見事な姿消しのマントだね。着ている服も見たことがないような装いだし、あんた異国の人かい?」
どうしてこんなに気さくに話しかけてくれるんだろうと不思議に思ったが、そういえば店の女性には俺の感情が見えてるので悪い奴ではないと分かっているからだと納得。
「ええ、まあ、遠い国から来まして。こんな格好なので見立ちたくなくて姿を隠していてすみません。」
「いや、人には色々な事情があるからね。気にしなくていいよ。」
とても優しい笑顔で許してくれた。
ところで、この店の女性、店主らしいが、初めは老婆かな?と思ったのだが、よく見たら中年の女性のようにも、話してると20代にも見えなくもないという年齢不詳の不思議な女性だ。
とりあえず店主さんと呼ぶことにした。
「ここのお店の物は店主さんが作っているんですか?」
「私が作ったものもあれば買い取った物もあるよ。何か売るものがあるなら買い取るよ···そのコートとか?」
俺の隠密ポンチョを欲しそうにしているがこれはあげられない。
「これはちょっと・・・。魔物の素材の買い取りとかはしてないですか?」
「魔物の素材は冒険者ギルドの管轄だね。でも、魔石だったら買い取るよ。」
魔石があるかどうかは分からないが、とりあえず兎の魔物と狼の魔物をボストンバッグから取り出した。
「ほほ~、サヴェッジラビットにブラッディウルフかい。上級冒険者でもソロだと危険な魔物だよ。」
「そうなんですか?ウルフはフォレストウルフじゃないんですか?」
「フォレストは一回り小さいね。フォレストは中級冒険者なら何とか倒せるよ。」
確かに、俺が街まで追ってきた冒険者が倒したのはひとまわり小さかったのでフォレストウルフだったのだろう。
てっきり魔石というと魔物の体の中にあるかと思っていたが、魔石とは魔物の角のことらしい。
たしかに、鼠と兎の魔物だけでなく、狼の魔物にも角が生えていた。
兎の魔物と狼の魔物、それに鼠の魔物の魔石も買い取ってくれるというのでそれぞれ20匹づつボストンバッグから出すと、店主さんが手際よく切り取ってくれた。
ボストンバッグの収納量にはびっくりしていたが、貴重な物ながらもこの世界には同じようなマジックバッグは存在しているらしい。
ちなみに、鼠の魔物はラッシュラットと言って、これも中堅冒険者では倒すのがなかなか困難な魔物らしい。
俺は装備のお陰で楽に倒せているので女神様にはホント感謝。
店主さんからは魔石の買い取りとして金貨を50枚もらった。
それが正当な買い取り額かは分からないが、金貨1枚あれば高級宿に一泊できるそうなので、結構な額のため素直に受け取った。
店主さんからは色々と教わったし、悪そうな人ではないので信用したいと思う。
「売るものがあったらまた来なよ」
店主さんに見送られて店を出た。
俺の服装は注目されるので、隠蔽ポンチョを使いたかったが、せっかくなので屋台で何か食べ物を買おうと思い、1番美味しそうな串肉の屋台で金貨1枚で買えるだけ下さいと頼んだら20本も買えた。
1本だけでもお腹いっぱいになりそうなくらいに大きかったのでとてもお得だ。
ラッシュラットの肉らしく、この辺では高級食材とのこと。
味は美味しかったが、鼠の肉だと聞いてしまったのであまり食欲は出ず、一本食べて残りの串肉はボストンバッグにしまった。
今晩は魔法具屋の店主さんに紹介してもらった高級宿に泊まって、明日の朝一で森に戻ろうと思う。
高級宿は大通り沿いにあったのですぐに見つけることができた。
きれいに磨かれた大理石が敷き詰められたフロントホールの先には愛想のとておよい美人受付嬢がいた。
冒険者ギルドの受付係にはがっかりしたが、理想の受付嬢はここにいたよ。
俺の服装を見ても不審に思ったりすることなく、最高の笑顔でおもてなし対応をしてくれた。
部屋も標準的な一人部屋とのことだったが十分に広く、一泊二食付きで金貨一枚。
夕食はまたもラッシュラットのステーキだったが仕方がない。
それよりも、部屋にお風呂がついていた!
久しぶりのお風呂だったので大満足。
この宿に泊まるためにたまには街に来ようかと思う。
のんびり長風呂して眠くなってしまい、そのままベッドで早めに就寝してしまった。
夜中、ふと物音で目を覚ます。
部屋の鍵が開けられた音がした。
俺は慌てて布団から出て隠密ポンチョをかぶり部屋の隅へ隠れる。
布団の中には枕を入れて俺が眠っているようなふくらみを作るのも忘れずに。
薄暗くて分かりづらかったが、よく見ると美人受付嬢さんだった。
まさか夜這いに来たのかとちょっとドキッとしたが、そんなことはなく、受付嬢の後ろにはナイフを持った若い男。
男は俺が寝ている(と思っている)ベッドを見張っているうちに、受付嬢が俺のボストンバッグの中を漁る。
しばらく鞄の奥の方まで手を入れたりして漁っていたが、
「おかしい、この鞄空っぽだよ。」
「あぁ?結構金を持っているんじゃなかったのか?」
女と男がこそこそと言い合う。
実際、俺のボストンバッグには金貨をはじめキャンプ用品や大量の魔物が入っている。
しかし彼らの様子からすると、俺のボストンバッグは俺以外には物の出し入れができないようだ。
これはちょっと発見だ。
それにしても、異世界の受付嬢に感動していただけに、まさかコソ泥とは非常にがっかりだ。
「お金を抱えて寝てるのかもよ。」
「仕方がねぇ、こいつの運が悪かったんだ。」
そういいながら、男がナイフを構えてベッドに近づいていく。
確かに俺の運は悪かったかもしれないが、お前らの運も悪いと思うよ。
俺は常に身に着けているウエストバッグから万能ロープを取り出す。
異世界に来て少ししてから気づいたのだが、俺のウエストバッグも亜空間収納だった。
ティッシュとか財布などの小物入れ用のウエストバッグだったのだが、亜空間収納と気づいてからは腰鉈と万能ロープと火吹き棒は出し入れしやすいのでこれに入れて寝るときも身に着けていた。
万能ロープを放り投げると男と女の首に巻き付ける。
万能ロープは俺の思うとおりに動いてくれるので、気絶する程度に首を絞めて彼らを絞め落とした。
チョークスリーパーならぬロープスリーパーかな?
あんなにキリっとした佇まいで仕事をしていた受付嬢さんが涎を垂らしてだらしなく気絶している。
まあ、気絶したら仕方ないのかもしれないが、もうホントがっかりだ。
俺は彼らをシーツやタオルできつく縛り上げて部屋に転がしたまま荷物をまとめて隠密ポンチョをかぶってホテルから出た。
俺を殺そうとした奴らなので殺した方が世の中のためかもとか思ったりもしたが、もうガッカリしすぎて何もかもどうでもよくなっていた。
何が一番ガッカリかといえば、俺の人を見る目のなさだ。
美人受付嬢にはもう懲り懲りだ。
少なくとも、二度とこの街に来ることはないだろう。
街の入り口は日の出とともに開くようなので、入り口近くの路地裏で隠れて日が昇るのを待つ。
そして、街の入り口の門が開いたと同時に、俺はポンチョを被ったまま誰にも見られないように街を出た。
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日の沈むころには俺の拠点のテントに到着することができた。
テントに近づくにつれて、二晩もテントをほったらかしにしていたので壊されたり荒らされたりしていないか心配になったが、テント自体には変わりなかった。
その代わり、テントの周りには食い荒らされた魔物の死骸と、さらにその魔物たちを食い荒らしたであろう巨大なトカゲが横たわっていた。
巨大なトカゲと言ったが、漫画やアニメでおなじみのドラゴンだ。
ドラゴンの体長は10メートルはあるだろう。
初めは寝ているのかと思ったのだが、恐る恐る近づいてよく見てみると、ドラゴンはもうすでに息絶えていた。
体の一部がテントに触れていることから、魔物を食べている最中にテントに触れて、電撃ショックでお陀仏となったと思われる。
ドラゴンにびっくりはしたけど、肉体的にも精神的にもとても疲れていたので、ドラゴンや食い散らかされている魔物を適当にボストンバッグに放り込んでテントの周りをざっと片付けて、夕食はインスタントラーメンを食べて寝むりについた。
翌日、食い散らかされていた魔物をボストンバッグから出して、素材が使えそうなものは再度ボストンバッグにしまい、使えそうにないものは近くの森に穴を掘って埋めた。
そして、改めてドラゴンについて考える。
今までワイバーンは何度か飛んでるのを見かけたのでそのたびに撃ち落としてボストンバッグの奥底にしまっていたが、ドラゴンが来たのは初めてだ。
いままで大きい魔物といってもワイバーン以外では熊や猪の魔物くらいしかいないと思っていたので、かなり予想外だった。
幸いなのは、俺のテントはドラゴンに対しても対応できるということ。
でも、森で突然出くわした時に隠密ポンチョでも見つからないでいられるのか、腰鉈や火吹き棒で倒せるかどうかが心配だ。
心配していても仕方がないので、行動することにした。
おそらく、ドラゴンがいると思われるのは拠点テントから北へ行った滝の上、崖の上だろう。
テントの周辺はかなり広範囲にわたって散策しており、散策していないのは崖の上だけだからだ。
崖の上を探索することにした。
街のことなんかは忘れて、俺は森の中での平和なキャンプ生活の基盤づくりをする。
そのためには不安はなるべく取り除きたい。
というわけで、俺は崖を上る。
普通だったらクライミングもやったことのない一般人が垂直に反り立った高さ50メートルはあろうかという岩壁を登ることは不可能だと思われるだろうが、俺には女神様から授かった特別な効果を付与された装備がある。
その装備というのは、滑り止め付き手袋(軍手)とトレッキングシューズ。
以前暇つぶしに拠点テントの近くの木登りをしたら、滑り止め付き手袋(軍手)とトレッキングシューズを身に着けていれば手も足も木に吸い付くよう感覚で楽々登ることができた。
たぶん崖だって楽勝だと思う。
正直、トレッキングシューズの吸い付き能力だけでも、垂直な壁を歩くようにして登れると思うのだが、それはちょっと精神的にまだ怖いので、しっかり両手も使って登る。
気分はスパイダーマンだ。
ただ、俺の体力は一般人と同じなので、途中何度も休憩を入れながら登る必要はあった。
崖の上はまた違った景色が広がっているのかと少し期待しましたが・・・崖の下と同じような森が広がっていました。
でも、魔物がいる気配はあまりない。
その後、数時間かけて崖の上の森の中を探索したのだが、一度しか狼の魔物に出会わなかった。
まあ、狼の魔物は崖の下にいたものよりもひとまわりかふたまわり大きくて少しびっくりしたが、隠密ポンチョで隠れたまま腰鉈でサクッと倒した。
日も傾いてきたので、今日の探索はこの辺にしようかと思っていたころ、ようやくドラゴンに遭遇した。
体長は15メートルくらいで崖下にいたものよりもふた回りくらい大きい。
念のためゆっくりと木の陰から歩み出て、本来なら発見されるところまで近づいてみたが、隠密ポンチョのおかげで見つからないことは確認できた。
一度距離を離れて、火吹き棒で攻撃してみる。
頭や首、お腹の辺りなど少し皮膚が柔らかそうな場所に風の弾丸をぶつけてみたが、痛がりはするものの効いているようには思えない。
となると、腰鉈での攻撃となってくるのだが、ドラゴンが怒って暴れてまわりの木々をなぎ倒しているのを見ると、あまり近寄りたくはない。
万能ロープで足を縛っても暴れられたら尻尾の攻撃とかが怖い。
あれこれと俺が悩んでいるうちに、ドラゴンは周辺に口から炎を吐き出した。
今のところ俺がいる方向とは逆方向に吐いているので大丈夫だが、いつこちらを向いてくるか分からない。
というわけで、俺もブレス攻撃をしようと思う。
といっても、俺が口から吐くわけではない。
俺がボストンバッグから取り出したのはトーチバーナー(ガストーチ)。
トーチバーナーとは、カセットコンロに使っているガスボンベに取り付けると強力な炎が出せるという代物。
キャンプでは炭や薪に火をつけるときに使ったり、料理好きの人なんかは料理の表面を炙ったりするときに使うもの。
女神様に特別な効果付与されたトーチバーナーは、俺はいつも薪に火をつける時に使っているが、火力調整のつまみを回せばいくらでも火力を強くできるため強力な武器になる。
もちろんガスボンベはいくら使っても中身がなくなることがない女神様の付与付き。
というわけで、ドラゴンと炎勝負をします。
トーチバーナーでドラゴンに炎を浴びせかけると、ドラゴンもこちらに向かって炎を吐いてくる。
炎がぶつかり合ってかなりの熱量になってくる。
近くの木々が消し炭になっていく。
しかし、俺の装備(衣類)は物理攻撃だけでなく、熱や寒さも防いでくれるので熱くはない。
ただ、見た目はとても熱そうだ。
ドラゴンの炎の強さもだいたい分かったので、俺は少しづつトーチバーナーの火力調節レバーを回していく。
徐々にトーチバーナーの炎がドラゴンの炎を押していき、最後にはドラゴンが炎に包まれて苦しみながら息絶えた。
体の表面の鱗などには焼けた跡は見られないが、体の内部が焼かれてしまったようだ。
俺はドラゴンをボストンバッグにしまって、拠点テントに戻ることにした。
とりあえずドラゴンは倒せると分かったのでちょっと安心だ。
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ドラゴンを倒して数日後、いつも静かな森が今日は少し騒がしい気がした。
よく見ると遠くに煙が上がっているのが見えた。
またドラゴンが来たのだろうか?
俺は煙を目印にして急いで走り出す。
異世界に来る前は碌に運動もしていなかったのだが、異世界に来てからは毎日森を散策してだいぶ体力がついたと思う。まあそれでも、一般人より少し上程度だが。
しばらく走るとようやく目的地に到着した。
いまだに争うような音が聞こえるが、ドラゴンが暴れているような激しさではない。
一人の冒険者らしきフードをかぶった人と数匹の狼の魔物が戦っているようだ。
この森の魔物は基本的に群れを成さず、俺もほとんど一対一でしか戦ったことがないが、人の血の匂いがすると集まってくることがある。
狼の魔物と戦っている冒険者らしき人はたぶん魔法の使い手としては腕はいいようで、一対一なら狼の魔物とも問題なく戦えるのだろうが、怪我をしてしまったために血の匂いに釣られて何匹もの狼の魔物が集まってしまって苦戦を強いられているようだ。
フードを被った冒険者らしき人は体のあちこちに傷が見うけられ、肩で息を切らしており、体力も相当消耗しているようだ。
本来なら見つからない所から隠れて火吹き棒で手助けするところだが、狼の魔物の数が多いので、倒すのが間に合わずに死なれても後味が悪い。
仕方がないので、フードを被った人の近くまで駆け寄って、俺はウエストポーチにぶら下がっている『熊鈴』を手に取る。
これは、元の世界のキャンプ用品店で買ったもので、登山やキャンプ・山菜採りなどで熊よけとして使われるベル型の鈴で、樹脂製のカバーがついているので普段は音が鳴らないようになっている。
まあ、本当に熊よけの効果があるかは分からなかったがキーホルダー代わりに買ったものだ。
でも、異世界に来てから熊の魔物の前で鳴らしたら慌てて逃げて行った。
女神様の付与のお陰で効果抜群だ。
さらに、熊以外の魔物の前で鳴らすと
「狼の魔物達が泡を吹いて倒れちまったね・・・」
そう、熊の魔物よりも弱い魔物には強烈なダメージを与えることができる。
「あれ?その声は魔法具屋の店主さんですか?」
フードをかぶっているので顔はよく見えないが背格好からしても店主さんだろう。
「やっぱりこの森にいたのかい。それよりも危ないところ助かったよ。」
そういいながら店主さんはその場に座り込む。
「お話の前に狼の魔物にとどめを刺しちゃいますね。」
かなりのダメージを狼の魔物に与えているとはいえ、まだ死んではいないので俺は腰鉈を使ってとどめを刺していき、そのままボストンバッグに収納していく。
店主さんは体のあちこちに大小の傷があるし、かなり体力も消耗して動けないようだ。
でも、また魔物が来るかもしれなので、ここで休むことはお勧めできない。
とりあえず拠点テントに連れていきたいが、ここからはちょっと離れている。
俺も体力がついたとはいえ人を背負って離れた距離を歩ける自信はまだない。
なので、ウエストポーチから一本の瓶を取り出す。
元の世界にいた時から俺が愛飲している栄養ドリンク『リパD』だ。
これもクーラーボックスに入っていたので、毎日飲んでも減ることはない。
この『リパD』は、飲めば疲れが飛んでいくし、多少の傷ならあっという間に回復してしまう優れもの(傷といっても異世界に来て俺が怪我したのは料理中に指先を切った程度だが)。
リパDのおかげで俺は毎日元気に森を散策できているのだ。
というわけで、店主さんにリパDを飲んでもらう。
少し戸惑いながらも飲んでくれると、傷も疲れもすっかり回復したようだ。
「こりゃまたすごい回復薬だね・・・」
「まずはここから移動しましょう。」
瓶を眺めている店主さんに、移動を促して俺に付いてきてもらう。
30分ほどで拠点テントに到着。
拠点テントに着いたら、テント前にキャンプチェアを置いて店主さんに座ってもらう。
この椅子は座るだけで疲れが取れるしリラックス効果もある優れもの。
ペットボトルからコップに水を汲んで飲んでもらい落ち着いたところで、どうしてこの森に店主さんがいるのかを聞いてみた。
すると、
「宿の件は申し訳なかった。あそこは評判が良かったからつい紹介しちまったんだが、まさか従業員が強盗まがいのことをしていたとはね。あんたが泊まっていたという部屋で従業員が縛られているのが見つかったんだが刃物を持った男も一緒に縛られていたんで、衛兵が取り調べしたら今まで何度も強盗まがいのことを繰り返していたらしいよ。本当に申し訳なかったね。」
正直、俺は心の片隅であの高級宿を紹介した店主さんのことを疑っていた。
しかも、いまだに信用できない気持ちを完全には拭いきれてはいない。
「申し訳ないとお思いなら、眼鏡を貸していただけますか」
一瞬怪訝な表情をしながらも、すぐに俺の意図に気付いたようで、店主さんは眼鏡をはずして渡してくれた。
眼鏡越しに店主さんを見ると、店主さんの体の周りがぼんやりと青く見えた。
この眼鏡の魔法具は悪いことを考えていたら赤く見えるらしいので、青いということは大丈夫だろう。
少し安心して眼鏡を返した。
眼鏡を返す時にふと店主さんの顔を見ると、
「あれ?店主さん若返ってませんか?」
そう、明らかに見た目は20台前半、多く見積もっても20代後半くらいだろう。
「あははは、今は認識阻害のショールを付けていないからね。あれを付けてると年寄りに見えるんだよ。でも、あんたは店に来た時から私のこと年寄りかどうか疑ってなかったかい?だから『店主さん』なんて呼び方してたんだろ?こんな見た目でも年齢は三桁超えてるから『婆さん』って呼んでくれていいんだよ。」
たぶん俺の装備は魔法攻撃も防ぐため、知らないうちに店主さんの魔法具の効果を軽減してしまったのかもしれない。
それにしても、若い見た目の人に『婆さん』なんて呼べるわけがない。
俺の年齢は25歳なので、見た目の年齢はほぼ同じくらいだ。
「いまさらですが、俺の名前は歩夢って言います。店主さんの名前を教えてもらえますか?」
「ああ、私の名前はミスリー。ミスリー婆さんって呼んでくれていいよ、アユム。」
「いえ、ミスリーさんと呼ばせてください。」
こんなやり取りの後、
「それにしてもこんな魔物がたくさんいるところに一人で来るなんて危ないじゃないですか」
「いや、今は魔法具屋なんてやってるけど、こう見えて昔はちょっとは名の通った冒険者だったんだよ。まだまだ魔法の腕はなまってないつもりだったけど、やっぱり年は取りたくないもんだねぇ」
若い見た目で言われてもいまいち説得力がない。
「あんたには何かお詫びをしたいんだけど、何か欲しいものとかないかい?」
別にキャンプ道具さえあれば欲しいものは特になかったが、ふと思いついたことを聞いてみる。
「認識阻害のショールって服装の見た目も変えることはできますか?この服装は変えたくないのですが、街ではどうも目立ってしまうので」
「ああ、顔だけでなく服装の見た目も変えることはできるよ。ただ、わたしもあれが必要なんであげるわけにはいかないんだよね。あれはステルスワイバーンの羽根でできてるんだが、ステルスワイバーンの素材はなかなか入手できないんだよ。」
「ステルスワイバーンってこの辺の空を飛んでいるワイバーンとは違うんですか?」
「この辺の空を飛んでいるのがステルスワイバーンだよ。でも、空高く飛んでるときは普通の鳥にしか見えないし、地上近くにいるときは認識阻害のせいで見つけにくくなっているんだよ。」
「あ、それなら持ってますよ。」
俺はボストンバッグからワイバーンを取り出す。
ミスリーさんはびっくりして椅子ごと後ろにひっくり返ってしまった。
キャンプチェアのリラックス効果よりも驚きが勝ってしまったらしい。
「な、な、あんたなんでこんな物持ってるんだい!」
「いや、ときどき飛んでるから撃ち落としてました。」
盗んだものではありません。眼鏡で確認してくださいと思う。
「アユム、あんた他にどんな魔物持ってるんだい!?」
なんだかミスリーさんに叱られているように感じながらも、
「猪の魔物とか、熊の魔物とか、10メートルくらいのと15メートルくらいのドラゴンとか・・・」
最後は少し小声になりながら答える。
「ドラゴン?!10メートル級はレッサードラゴン、15メートル級はグレータードラゴンだよ!!レッサードラゴン一匹で街一つ滅ぼすバケモンだよ!!!」
あまり興奮しないでください。お年寄り扱いしたくはありませんが、お体に障ります。
それに、レッサードラゴンはテントの横で勝手にお亡くなりになってただけなんです。
「とりあえず、ステルスワイバーンは預かっていくよ。余った素材はどうする?」
そう言ってミスリーさんは背中に背負っていた革袋にワイバーンをしまった。
「余った素材はあげます。それ、マジックバッグなんですね。」
「ああ、あんたのバッグと違ってステルスワイバーン一匹くらいしか入らないけどね。余った素材だけでも相当な値打ちものだけど・・・まあいいか。」
ミスリーさんは少しお疲れのようだ。
「じゃあ、一か月後に店に取りに来てくれるかい?」
そう言って帰ろうとするので俺は引き止めた。
「今日はもう遅いですし、出発は明日の朝にしたらいかがですか?」
「そう言ってもらえると助かるけど、いいのかい?」
「もちろんです。今日はご馳走します!」
ご馳走すると言ってしまったが、元の世界の食べ物を出すのはどうかと思い、結局はミスリーさんに猪の魔物の解体を手伝ってもらって二人で食べることにした。
魔物の解体を教えてもらえる良い機会にはなった。
ちなみに、猪の魔物はフィアースボア、熊の魔物はクリミナルベアと呼ぶらしい。
ホントならワインとかあったら良かったかもしれないが、俺のクーラーボックスにはお酒はビールしか入ってなかった。
元の世界の食べ物は出さなかったが、ビールくらいはいいだろうと思い、コープに注いでミスリーさんに出してみた。
ミスリーさんはビールをとても気に入ってくれて、久しぶりの楽しいお酒だと喜んでくれた。
夜は二人でテントの中で寝た。
俺は外で寝るといったのだが、ミスリーさんに断固拒否されテントの中で端と端で寝た。
テントの広さは3メートル四方あるので二人でも狭くはないのだが、(見た目)若い女性と二人きりというのは緊張してしまい、異世界に来てから初めてよく眠れなかった。
翌朝、ミスリーさんの血の匂いが残っていたのか分からないが、いつも以上に多くの魔物がテントのまわりでお亡くなりになっていた。
ミスリーさんには魔物除けの効果があるテントだと説明はしていたが、魔物を倒す効果があるとは思っていなかったようだ。
ミスリーさんが呆気にとられていたが「気にしないでください」といいながら、俺はそそくさとボストンバッグに魔物たちを回収した。
森の入り口まで送ろうとしたが、大丈夫と頑なに断られたので、熊鈴とリパDをを無理やり持たせた。
笑顔で帰るミスリーさんは朝帰りする彼女のようで俺の方がなんだか照れ臭かった(年齢は気にしない)。
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それから1ヶ月の間、俺は変わらず森でキャンプ生活を続けたが、少しだけ新しいことにも挑戦している。
ひとつは魔物の解体。
せっかくミスリーさんに教わったので、毎日少しづつ練習してる。
初めの頃は皮がボロボロになったりしたが、徐々に慣れてきたと思う。
ついでに鼠の魔物の肉を食べるのにもだいぶ慣れた。
もうひとつはお風呂作り。
街の宿にはもう行く気がしないが、お風呂はやっぱり入りたくなった。
崖のそばにちょうど良い大きさの岩があったのでボストンバッグに入れてテントのそばまで運ぶ。
お湯が溜めれるように岩をくり貫くのは折り畳み式のシャベル。
女神様の効果付与で、土だけではなくなぜか硬い岩もサクサク掘ることができるという優れものなので、浴槽作りも楽々だった。
水を汲むのは折り式のポリタンク。
元々は容量10リットルのポリタンクなのだが、マジックバッグ同様に大量に水を汲んで運ぶことができる。
川の水を浴槽に入れて、ガスコンロで熱した石を水に入れてお湯を沸かせばお風呂の出来上がり。
森を眺めながら入れる天然露天風呂は最高だ。
これで街の宿への心残りは無くなった。
森を出て、街にあるミスリーさんのお店へ認識阻害ショールをもらいに行った。
街の入り口も、ミスリーさんの店にも隠密ポンチョを着たまま誰にも見つからずに来たのだが、ミスリーさんは驚きもせず「店の奥にお入り」と話しかけてきた。
その時、店の中には他の客もいたので、そのお客が少しびっくりしていたが、ミスリーさんの独り言だと思ったようだ。
もしかしたら呆けたのかと思われたかもしれない・・・。
しばらく店の奥で待っていると、俺用と思われる肩掛けを手に持って来てくれた。
ミスリーさんが俺用に作ってくれたのは認識阻害ストール。
ショールもストールも同じような肩掛けだと思っていたが、ストールはマフラーとしても使えるらしく、マフラーのように首に巻いてみたらちょっとおしゃれな感じだった。
「なりたい自分を思い浮かべてみてごらん」
ミスリーさんにそう言われ、俺は厳つい冒険者を想像しながら近くの鏡を見ると、確かに貧弱な俺とは全く違う、短髪で目付きが悪く使い古した革鎧を着た冒険者がそこにはいた。
「アユム、あんた、こんな柄の悪い風体になりたかったのかい?」
「いや、冒険者ギルドに行っても絡まれないようにと思って・・・」
呆れているミスリーさんに慌てて弁解する。
「とりあえずちょっと街をぶらぶらしてきますね」
俺が店を出ていこうとすると、
「今晩はうちに泊まっていくんだろ?なんか旨いもの用意しとくよ」
夜のことまでは何も考えていなかったが、当たり前のように誘ってくれるのはとても嬉しい。
まるでこの世界の第二の我が家のようだ。
まあ、第一の我が家はテントだが・・・。
街の中を歩いていても特に注目されないのは嬉しい。
適当に露店を見て歩きながら異世界の野菜や調味料など買ってまわる。
異世界の野菜と言っても色や大きさが多少違うだけで、ほとんど元の世界の野菜と同じだ。
露店を見て回ったあと、冒険者ギルドに行った。
魔物の素材がかなり溜まっていたので、多少でも処分したかったからだ。
今の見た目なら絡まれることはないだろうと思っていたのに・・・冒険者ギルトの建物に入ってすぐに柄の悪い奴らに絡まれた。
「見ねー顔だなぁ?てめえ冒険者か?」
「いや、違う。魔物の素材を売りに来ただけです・・だ。」
敬語を言い直そうとしたら変な訛りになってしまった。
「ああん!?冒険者じゃないのに魔物を狩って来たっていうのか!?そんじゃ、どんだけ強いのか俺達が確かめてやるよ」
どうしてこうなる。
だから冒険者は嫌いだ。
俺が無視して買取りカウンターの方へ向かうと、そいつらはいきなり殴りかかってきた。
防御力の高い装備(衣類)を着用しているのでいくら攻撃されても痛くも痒くもない。
俺が無視して進んで行くと数人がかりで殴る蹴るしてくる。
痛くはないが煩わしい。
買取りカウンターの前に着いたので、暇そうにしている買取り係のごつい親父にここで買い取ってもらえるのかと尋ねると、
「小物はたいした額にはならねーぞ」と馬鹿にしてくる。
売る物はカウンターにおけばいいのかと聞くと、適当においてくれと投げやりに言うので、手始めに熊の魔物をボストンバッグから出して載せる。
買取りカウンターは他のカウンターよりもかなり広く縦横2メートルくらいあったが、熊の魔物は余裕ではみ出していた。
ドラゴンを出そうかと思ったがそこは自重した。
熊の魔物の上に猪の魔物を載せ、さらにその上に狼の魔物を数匹積み上げた。
まだまだこの数10倍はボストンバッグの中にあるのだが、今日はこの辺にしておく。
買取り係の親父も俺に手を出してきていた冒険者達も腰を抜かして床に座り込んでいる。
少しして買取り係の親父はどうにか立ち上がって奥に仲間を呼びに行き、俺の出した魔物を奥の部屋に仲間と運び込んでいたが、冒険者達はへたりこんだままだった。
しばらくして買取り係の親父が金貨の入った袋を持ってきて渡してきたので、俺は中身も見ずにそれをボストンバッグにしまい、冒険者ギルドから立ち去った。
魔法具屋に戻って、夕食をご馳走になりながら冒険者ギルドでの事をミスリーさんに話したら腹を抱えて大笑いしていた。
翌朝、ミスリーさんのお店を出ようとすると、ミスリーさんが熊鈴を返してこようとするので、
「それはあげますので、たまに遊びに来てください」
と言うと、
「私も行くけど、あんたもたまには顔を出しなよ」
と笑顔で言われてしまった。
街の入り口を出ると、俺はマイホームの森(クリューエルの森)ではなく、以前に冒険者達が話していたオッサムの森へ足を向ける。
クリューエルの森よりも安全なようなので、どんな魔物がいるか気になったからだ。
今回はテントも持ってきているのでどこでも夜営はできる。
街からしばらく歩くとほどなくしてオッサムの森にたどり着いた。
見た感じではクリューエルの森と特に変わりはない様子。
念のため隠密ポンチョを被って森の中を散策していると、30分ほど経ったころ、武器を打ち合うような音が聞こえてきた。
そっと近づいてみると、3人組の若い冒険者と、彼らよりは少し背の低く緑色の肌にギョロッとした大きな目をした角と牙を持った人型の魔物が戦っていた。
昨晩ミスリーさんからも情報を得ていたのだが、間違いなく異世界でお馴染みのゴブリンだろう。
冒険者三人にゴブリン一匹というのは卑怯な気もするがこれは仕方のないことだ。
ゴブリンは低い身長にも関わらず力は強いようで、自分の身長ほどの棍棒を軽々と振り回していた。
一対一だと彼らにはまだ荷が重そうだが、一人の冒険者が打ち合っているうちに他の冒険者が剣で斬りかかることでなんとか危なげなくゴブリンを倒すことができていた。
人型の魔物は魔石である角の部分しか売れる素材はないらしい。
この森にはゴブリンの他に犬面のコボルトや豚面のオークなどの人型魔物がいて、コボルトはゴブリンよりも多少素早く、オークはゴブリンよりも多少力が強いようだが、総合的な強さとしてはどれも大差はないらしい。
その後も何度か冒険者を見かけたが、それほど強い魔物はいないようだった。
森の奥の方には魔物も冒険者もいなさそうだったので、その日はオッサムの森の一番奥でテントを張って夜営をした。
いつものように良く眠れた翌朝、テントを出るとテントのまわりには牛面の魔物が数匹お亡くなりになっていた。
そういえば、冒険者ギルドにオッサムの森の奥は牛面の魔物が出没するので立ち入り禁止と張り紙が貼ってあった気もするが・・・まあ、いいか。
牛面の魔物も角だけを切り取ってボストンバッグにしまった。
オッサムの森はだいたい分かったので、今度は街を挟んでオッサムの森とは反対にあるダンゲルの森へ向かった。
三つの森のなかでは一番安全な森らしいが、魔物はどれも毒をもっているらしい。
毒と言っても致死性の強い毒ではなく、放っておいたら徐々に体が蝕まれていくが、毒消し草さえあれば怖がることはないような毒らしい。
毒消し草は街で売っているので念のため俺も買っておいた。
こちらの森は沼地があちこちにありジメジメとした感じが強い。
森に入ってすぐにカエルの魔物がいた。
カエルの魔物は元の世界のカエルよりはかなり大きいが、せいぜい腰下程度の大きさで、特別驚くほどではなかった。
毒液を直接かけられなければ恐れることはなく、倒して持って帰れば薬の材料として買い取ってもらえるらしい。
初級冒険者の小遣い稼ぎにはなるらしいが、俺は隠密ポンチョで素通りした。
その後も毒持ちのイモリの魔物やヘビの魔物なんかにもスルーさせてもらう。
俺の目的は森の奥にいるという鶏の魔物。
元の世界のダチョウくらい大きな体で、石化の毒の攻撃のほかに蹴りや体当たりの攻撃もあるので冒険者からは避けられているらしい。
でも、俺にとっては鶏肉も魅力的だし、鶏の魔物の卵も是非とも欲しい。
通常は鶏の魔物の肉も卵も毒が含まれているため、人も魔物も食べようとはしないのだが、一部の美食家の中ではわざわざ毒消し草と一緒に食べる人がいるくらい美味らしい。
キャンプに卵は持ってきていなかったので、異世界に来てから卵を食べていなかったのだが、卵があれば食のレパートリーは非常に広がる。
ダンゲルの森の奥に行くと、鶏の魔物が大繁殖していた。
冒険者たちが避けているせいだろう。
ざっとみて100匹以上はいそうなので、大量に捕まえても大丈夫だろう。
俺は隠密ポンチョを着てバレない様に|徐に鶏の魔物達に近づくと、万能ロープで首を絞め落とし、そのままボストンバッグへ。
まわりの鶏の魔物は次々と仲間が消えていくのに驚いているが、何が起こっているかは分からない様子。
万能ロープは自動で動いてくれるので、親鳥の回収は万能ロープに任せ、俺は卵の回収をしていく。
卵料理を考えるだけで口の中に涎が貯まっていく。
大量の鶏肉と卵をゲットしたので、当分無くなることはないだろう。
無くなったらまた収穫に来よう。
ダンゲルの森は沼地が多くてテントを張るには向いていないため、その日のうちにクリューエルの森のいつもの拠点に帰った。
拠点に到着したのがだいぶ夜遅くなってしまったので、夕食は久しぶりにインスタントラーメンで済ませてすぐに寝た。
次の朝、俺は少し浮かれ気分で料理の準備をする。
鶏の魔物の肉も卵も毒が含まれている。
食べようと思ったら普通は毒消し草が必要なのだが、俺にはとっておきのアイテムがあるのだ。
その名も『ポイズンリムーバー』。
これは、キャンプや山登りなどで毒虫や毒蛇などに刺されたり噛まれたりした時に吸引作用で毒を吸い出してくれるというもの。
針のない注射器のような形で、器具の先を刺された場所に押し付けて後部のボタンをピストンすると毒を吸い上げてくれるという道具だ。
元の世界のキャンプ用品店で買ったはいいが一度も使ったことはなかったのだが、異世界に来てから使ってみたらとても便利だった。
女神様の付与効果のお陰で、『ポイズンリムーバー』は毒虫などに刺されたり噛まれたりした時だけでなく(異世界に来ても毒虫に刺されたりしたことはないのだが)、野イチゴを食べてお腹を壊した時に試しに体の一部に押し当てて使って見たら、俺の体の中の毒を勝手に吸い出してくれた。
その後も森に生っている実などを食べて体に異変が出たらポイズンリムーバーで体から毒を吸い出せば毒が抜けて問題なくなるので、知らない食べ物も安心して食べられるようになった。
だからといって、鶏の魔物の肉や卵を食べてからポイズンリムーバーで俺の体から毒を吸い出したりはしない。
食べる前に鶏肉や卵にポイズンリムーバーを使えば毒を吸い取ってくれるので、毒のない安心な鶏肉と卵になるのだ。
鶏の魔物の肉や卵は大量にあったので全ての毒を抜くのにかなり時間がかかったが、今後の楽しみのためには苦にならなかった。
お米は元の世界からクーラーボックスに入れて持ってきていたので、さっそくお米を炊いて、卵かけご飯と目玉焼きと卵焼きを作って堪能させていただきました。
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それからしばらく、平和な日々は続いていた。
しかし、平和な日々は続かなかった。
最近、朝起きると大量の魔物の遺体がテントの周りに食い散らかされている。
それはまるで、元の世界でカラスが生ごみを道路一面に散らかしていたのを彷彿とさせるかのように。
以前にもテントに触れて倒れてしまった魔物を食べに来たドラゴンはいたが、そのドラゴンもテントに触れて倒れていた。
しかし、ドラゴン達も学習したようで、テントには触れないように、テントのまわりで倒れている魔物を食べて帰っていくらしい。
食べるならきれいに食べてくれるならまだ文句もないのだが、毎日毎日掃除する身にもなってほしい。
というわけで、ドラゴンを駆除することに決めました。
ミスリーさんの話では、レッサードラゴンやグレータードラゴンの上の存在、すべてのドラゴンを生み出しているという『クイーンエンペラードラゴン』というのがいるらしい。
いくらレッサードラゴンやグレータードラゴンを倒しても、クイーンエンペラードラゴンを倒さない限りは俺の家のまわりのゴミ問題は解決しない。
さっそく、俺の拠点テントから北にある崖を登って、崖上の森の奥へと向かう。
いままでの経験上、強い魔物や上位の魔物は森の奥にいるはずだ。
何度かレッサードラゴンやグレータードラゴンに遭遇しては討伐しながら、ようやく森の最奥と思われる場所に着くと、そこにはグレータードラゴンの数倍の大きさはあろうかと思われる巨大なドラゴンを発見した。
明らかに他のドラゴンの比較にならないほどの圧倒的な存在感と威圧感が滲み出ている。
やっぱり帰ろうかなぁ・・・なんて弱気になって迷っている俺に対して、極大の炎が浴びせかけられる。
隠密ポンチョを被っていたのに初めて見破られてしまった。
最上級ドラゴンの特殊能力だろうか?
一瞬で俺のまわりの木々は燃え散って灰となり、俺のまわりには隠れる場所がなくなってしまう。
俺は慌てて火吹き棒で風の弾丸を連続して浴びせかけるが全く堪えた様子はない。
異世界に来て俺の身体能力は特別向上していることはないが、毎日森を散策して健康的な日々を送っていたら肺活量が増えたせいか、最近では火吹き棒でグレータードラゴンを倒すことができるようにはなっていた。
しかし、クイーンエンペラードラゴンはいくら火吹き棒の風の弾丸を受けても嫌がるそぶりさえ見せようとしない。
万能ロープを使おうにも、体が大きすぎてロープを巻き付けることはできない。
仕方なく、俺は腰鉈を手にしてクイーンエンペラードラゴンに斬りかかることを決意したが、俺の腰鉈の危険度を察知したのかどうかは分からないが、俺の接近を阻止するかのように横から巨大な竜の尾により俺は薙ぎ払われる。
俺の体はゴルフボールのように弾き飛ばされ、何10本もの大木を巻き込んでなぎ倒しながら飛んでいく。
ようやく一本の大木にぶつかって止まることができたと思ったら、追い打ちをかけるようにクイーンエンペラードラゴンの巨大で鋭い爪が幾度となく俺に振るわれる。
巨大な爪は、俺が背中にしている大木や、さらには地面にも大きな亀裂を幾筋も作っていく。
永遠にも思われる竜爪の猛攻撃がようやく落ち着いたと思ったら、さらに追撃の雷を纏った極大の炎の砲弾が雨あられのように俺に降り注ぐ。
極大の炎の嵐の中で、俺の口からは自然と弱々しい言葉が漏れる。
「痛・・・・・」
「熱・・・・・」
「苦・・・・・」
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そんな俺のつぶやきを聞いてか、うずくまって動かない俺を確認したためか、ようやくクイーンエンペラードラゴンは攻撃の手を止めた。
さらには、「ふっ・・」と鼻息を一息。
『たいしたことはない』
『たわいもない』
『よわい』
『しょせんは人間』
『しょせんは虫けら』
実際には言葉は話さないが、その鼻息には、そんな意味合いを含んでいた。
驕り高ぶっているクイーンエンペラードラゴンには、人間なんてちっぽけで取るに足らない存在でしかないのだろう。
ただ・・・今回は相手が悪かった。
その相手は、女神様が効果の付与を頑張りすぎてしまったからだ。
まあ、頑張らせたのはその人間なのだが・・・。
・
・
・
・
「痛くはない・・・」
「熱くもない・・・」
「苦しくもなんともないなぁ・・・」
俺はひとり呟きながら、焦土と化した森で立ち上がった。
まあ、ちょっと冷や冷やしたけどね。
呆然と俺を見つめるクイーンエンペラードラゴン。
もうそろそろ俺の攻撃ターンだと思うのだが、いままでのキャンプ道具ではクイーンエンペラードラゴンを倒すことができそうにない。
できることなら使いたくなかったのだが、こうなったからには仕方がない。
俺は苦渋の決断とともに、ウエストポーチから一本のBBQ用の『焼き串』を取り出す。
まあ、何の変哲もない、百円ショップで購入した、ステンレス製の30センチほどの先の尖った『焼き串』だ。
しかし、『焼き串』の先をクイーンエンペラードラゴンに向けると、俺は小さく囁いた。
「伸びろ・・・」
BBQ用の『焼き串』は、俺の思い描いた通りにぐんぐんと長く、そして太く伸びて、クイーンエンペラードラゴンの胸に突き刺さり、一瞬でその息の根を止めた。
『BBQ用の焼き串』
元は30センチほどの『焼き串』なのだが、俺の思うがままに長さや太さを変えてくれるとっても便利な『焼き串』。
ある時は、1メートルくらいに伸ばして巨大肉の丸かじりなんていうのを楽しんでみたり、
またある時は、3メートルくらいに伸ばして猪の魔物の丸焼きなんてのを楽しんだりもした。
しかも、どんなに硬い魔物の肉や骨にもスルッと刺さってくれるのも嬉しい。
この『焼き串』のお陰で俺は異世界キャンプ生活を堪能できているといっても過言ではない。
だが、この『焼き串』は、俺にとってはあくまでも料理用の必須アイテムなのだ。
決して戦うための武器ではない。
俺は料理用の『包丁』も持っている。
切れ味は『腰鉈』に負けずけず劣らず素晴らしい切れ味だ。
しかし、俺は『包丁』を絶対に戦いには使わない。
なぜなら、【戦い】と【料理】の間にしっかりとした線引きをしないと、キャンプ、延いては食事も楽しむことができないと思っている。
これは俺の「こだわり」であり、「意地」であり、「アイデンティティ」でもあると思っている。
・・・まあ、そんな俺の面倒くさい執着心よりも「命」の方が大事なので、『焼き串』を使ってしまったのだが、使ったからにはクイーンエンペラードラゴンを食材だと思うことにする。
毒があっても、ポイズンリムーバーで根こそぎ吸い取る。
どんなに肉が硬くても包丁でミンチ肉にしてみせる。
そうしてクイーンエンペラードラゴンを俺が食べれば、『BBQ用の焼き串』は戦いに使ったのではなく、料理のために使ったと思えることができる。
そうすることで、俺の心のわだかまりにも収まりがつくと思う。
我ながら面倒くさい性格だ。
こうして俺は、平和なキャンプ生活を取り戻すことができた。
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【魔王城】
魔族の国の中心地にある魔王城では、魔王が前祝いの美酒に興じていた。
ようやく人族を滅ぼすことができる。
長い間、魔族は人族に対して戦いを仕掛け続けてきたが、両者の戦力は拮抗しておりなかなか攻め込むことができなかった。
最近では人族の国に勇者が召喚され、逆に魔族が押され気味になっていた。
「しかし、この戦いももう終わる。念願のドラゴン族との同盟を結ぶことができた。人族の国の寿命はもう残り僅かだ。」
今までは中立の立場にいたドラゴン族。
しかし、魔王による長い間の説得により、やっとのことで重い腰を上げてくれることになった。
ドラゴン族は、魔族や人族よりも数は少ないが、一体一体の戦闘力はそのどちらよりも遥かに上だ。
人族の国は魔族の国とドラゴン族の森に挟まれる場所に位置しているため、挟撃されればひとたまりもないだろう。
魔王は人族が蹂躙される光景を思い浮かべて愉悦に耽っていた。
しかし、そんないい気分を味わっている時に一人の兵士が慌てて飛び込んできた。
せっかく楽しい気分だったのに、何事だ?
「大変です!ドラゴン族が人族に討ち滅ぼされました!!」
「はあ~!?なんの冗談だ!!?」
ドラゴン族は魔族と共闘しなくても人族の国を滅ぼすことができるほどの力を有しているというのに、人族に倒されるなんてことがあってたまるか。
「それは本当なのか?くだらない冗談ではあるまいな。」
「はい、決して冗談などではありません。偵察に行った者の話ではクイーンエンペラードラゴンも倒され、ドラゴン族はほぼ全滅との事。」
クイーンエンペラードラゴン。
ドラゴン族の女王にして、すべてのドラゴンの生みの親。
ドラゴン族にとっては神にも等しい存在。
そして、あのお方だけでも国ひとつ滅ぼす力を持っている存在。
その鱗は如何なる武器を持ってしても傷をつけることかなわず、あらゆる魔法攻撃をも無力化する。
その爪は大地を斬り裂き、その炎は山をも更地に変えてしまうという。
「人族はどんな凶悪な極大魔法を使ったというのだ?」
「いや・・・大きな串で串刺しにされたらしいです・・・」
「はあああああ~~~~!!!!!」
その日、魔族の国中に魔王の叫び声が響き渡ったらしい。
それからは、多少の小競り合いはあるものの、魔族はほとんど人族の国にちょっかいをかけることはなくなった・・・。
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【召喚された勇者】
山奥の森で格闘家としての鍛錬してところ、女神により勇者として異世界へ召喚された。
元の世界への未練がないわけではなかったが、元の世界ではいくら鍛えてもそれ以上には強くなることができず、自分の限界にぶつかっていたため、異世界に行くことで強い力を手に入れることができたことを素直に喜んだ。
強靭な体、強力な魔法、勇者のみに与えられた様々な優れたスキルや能力。
さらには魔物などを倒すほどにレベルが上がって強くなれる体。
召喚された国の兵士たちとともに魔物を討伐したり、人族の国に攻め入ってくる魔族と戦う日々。
俺は召喚された段階ですでに他の兵士よりも戦闘能力が高かったが、魔族との戦いでは苦戦を強いられる場面がたびたびあった。
それでも他の兵士達からは俺が加わったことでかなり戦況は有利になったと喜ばれている。
本当は、自分よりも格上の敵と戦えばレベルは上がりやすいとのことだったが、やり直しのきくゲームでもあるまいし、命がけで格上の相手と戦うほど俺は無謀ではない。
命を大事に、自分と同じくらいか自分より弱い相手と戦っていても少しづつレベルは上がるので、俺は無理せず強くなっていこうと思う・・・。
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【大魔導士ミスリー】
冒険者パーティの仲間とたまたまレッサードラゴンの討伐に成功し、若気の至りでその肉を口にしてしまったのが運の尽き。
いつまでも老いることのない不老の体を手に入れてしまった。
不老だが、不死ではないため、死ぬことはある。
仲間の冒険者は危険なクエストで命を落とした。
別の者は終わりのない命に嫌気がさして自ら命を絶った者もいた。
大魔導士として様々な魔法を極め、昔は冒険者として無謀な戦いに身を置いたりもしたが、今ではそのような気力も失せ、魔法具屋の店主として刺激のない繰り返しの日々を過ごしている。
人間450年も生きていると喜怒哀楽の感情が乏しくなってくる。
心の底から本気で笑うことも、本気で悲しむことも、本気で驚くこともほとんどなくなった。
その日も無気力に店番をしていた。
視界の端に魔法具の眼鏡を通して感情の色が見えた。
姿は見えないが感情の色だけ見える。
ゴーストか何かかね。
感情の色は青なので、悪いゴーストではないだろう。
「あれま、珍しいお客が来ているね。悪さをしないならいいけれど、満足したら出ていっておくれよ。」
返答を期待してはいなかったが、暇だったのでなんの気なしに声をかけてみた。
すると、誰もいなかった場所に一人の青年が現れた。
私は魔法だけでなく、あらゆる魔法具にも精通しているつもりでいたが、こんなに完璧に姿を隠すことができる魔法具を見たのは初めてだ。
久しぶりに本気で驚いてしまった。
さらに驚くべきは、私は鑑定の能力も持っており、勇者の装備である伝説級の魔法具も鑑定できるのに、その青年が装備している魔法具を完璧に鑑定することができない。
おそらくは伝説級よりもさらに上の魔法具。
そんなものが存在するかどうかさえ聞いたことがないが…。
いくつかの効果が付与されているようだが、どの装備にも共通して付与されており、私が唯一鑑定できた効果さえ『不変』という聞いたこともないもの。
おそらくは壊れたり劣化したり汚れたりすることが一切ないというとんでもない効果だろう。
それなのに、その持ち主である青年はレベル1という最低ランクのレベルであり、更にはスキルも能力も何も持っておらず戦闘には全く向かないはずなのに、高ランクの魔物の素材をいくつも持っているという、なにもかもがちぐはぐで理解に苦しむ人物。
しかし、色褪せてつまらないと思っていた人生に新しい色彩が流れ込んできた気がした。
何か新しいことが始まる予感が・・・。
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【100年後】
100年経っても俺はいまだに森の奥深くでソロキャンプ生活をしている。
どうやら、クイーンエンペラードラゴンの肉を食べたせいで年を取らない体になってしまったらしい。
年は取らなくても体を鍛えれば筋肉はつくので、一時期筋トレに励んだ時期もあったが、人間として常識の範囲内の筋肉しかつかず、人並外れた人外のパワーとかを得ることはできなかった。
のんびりキャンプしながらスマホで本を読んだり、映画を見たり、ゲームをしたり、そして森の散策をしては魔物を狩ったりの毎日だ。
時折、魔法具屋の店主のミスリーさんが遊びに来てくれる。
お互い年を取らない者同士なのでいい関係を続けていると思う。
いわゆる友達以上恋人未満といった感じだろうか。
でもいまだにミスリーさんは本当の年齢を教えてくれない。
俺も年齢が三桁になっているのだから、同じ三桁同士なのでもうそろそろ教えてくれてもよさそうなものなのだが、そこは女心とでもいうものだろうか?
ミスリーさんはその時その時の街の様子や情報などを教えてくれる。
流行りの食べ物を持ってきてくれたり、他所の国から入ってきた珍しい魔法具なんかも持ってきてくれる。
あと、俺が危険な魔物を狩っているので、街が魔物の脅威にさらされることが無くなったと言っていた。
勇者は高齢のため引退したが、魔族が攻めてくることはなくなったので新しい勇者が召喚されることはないと女神様からお告げがあったらしい。
それと、ミスリーさんが最近俺のことを鑑定したら、以前は何のスキルも能力もなかったのに、いまは『不変』って能力が付いてるよって教えてくれた。
『不変』って、どんな能力なのかよく分からないけれど、まあいいか。
今日も異世界はいい天気。
キャンプ日和だ。
お読みいただき誠にありがとうございました。
思いつくままにとりとめもなく書いてしまったので、話の流れがちぐはぐな部分もあったかと思いますが、ご勘弁ください。
また、他の作品を書いたときにお付き合いいただけたら幸いです。