29話 不穏な影
昼食を食べ終えた僕達は午後からも観光を続けた
「いいお店でしたね」
「そうだね。帰ったら教えてくれたメイドさんにお礼言わなくちゃね」
「じゃあ次は・・・ここに行ってみませんか?」
「そうだね、じゃあその後はここがいいかな」
次の目的地を目指し人混みの中へ入り歩いて行く
人の波に飲まれながら進んでいくと、反対側から歩いてくる人にぶつかってしまった
「あっすいません。大丈夫ですか?」
「・・・・・・」
フードを被った人は返答もなくこちらを振り返らず歩き去っていった
「大丈夫ですか?」
「あっうん、僕は大丈夫」
ぶつかった瞬間何か嫌な感じがした気がするが・・・気のせいだろうな
気を取り直して僕達目的地へと向かい観光を楽しんだ
各名所を巡り夕方には伯爵の屋敷へと帰宅した
屋敷では案の定ドリスにイヤリングの事を追求されたがエレナさんが止めてくれた
明日はいよいよ王帝記念祭だ
エレナさんは当日参加はせず伯爵の護衛につくと言っていたので今日開催されている前夜祭に銀翼の皆で行っているようだ
僕も当日参加は避ける予定だったが、アイシャが行きたがっている様なので心配だし一緒について行くことを決め、その日は眠りについた
前夜祭。辺りは夜にも関わらず昼間の様に明るく、日中と変わらない盛り上がりをみせていた
そんな盛り上がりをよそに、路地裏の人気が少ない暗がりの場所を1人歩く人物がいた
「あー気持ち悪い。早く帰りたい・・・」
フードを被った男は小言を吐きながら歩いていく
口を抑え眉を顰めている顔は心底嫌そうな顔をしていた
「おい、オーレン聞こえるか」
「ラビスか。どうした?」
暗がりを歩いていると脳内に声が響いてきた
思念を送ることで声を発さずに直接相手に伝達される"念話"の魔法
遠距離からでも特定の相手とやりとりができ、隠密にも向いている魔法だ
「そっちの進捗はどうだ?」
「あぁ、あと3箇所仕掛ければ終わりだ。お前の方は?」
「こちらの準備は完了した。しかし随分と遅れているな。手こずっているのか」
「ラビス。お前は離れた場所にいるから分からんだろうがこれだけ虫が湧いていると気分も悪くなるってもんだ。特にお前が言っていた奴等と昼間すれ違ったが最悪だった。一際キツい臭いがしたぞ」
「接触したのか。気づかれたりはしてないだろうな」
「あぁ問題ない。まだ餓鬼だったしこちらに気づいた素振りもなかった」
「油断するなよ。加護を持つ者は他とは異なる。今は我が国の魔王様を目覚めさせる事だけを考えるんだ。仕掛けが終わったらまた連絡をくれ」
それだけ言い残すとラビスは念話を切った
「はぁ、さて残りもさっさと仕掛けてこんなところ早く出ていかなきゃ頭がおかしくなっちまう」
「おう、兄ちゃん!こんなところでなにやってるんだ」
「年に一度のお祭だ。あっちいって一緒に盛り上がろうぜぇ」
残りを仕掛けに行こうとしたところに2人組の男に絡まれる
酒を飲んでいて大分酔っているようだ
(あまり騒ぎは起こしたくないんだがなぁ、めんどくせぇ・・・)
「悪いが行く場所があるんでな」
それだけいい残しこの場を去ろうとするが、男2人組は追いかけてきて肩に腕をかけてくる
「そんなつれないこと言うなよぉ」
「奢ってやるから。な?」
「・・・俺に触るな」
「だからそんなつれないこと・・・ひぃっ!」
男がオーレンの顔を見ると、頭部に先程までなかった筈の角が生えていて顔は赤く変色し鬼の形相をしていた
「ま、ま、魔族・・・!」
「なんでこんな・・・ここは王都だぞ・・・」
先程まで気分よくお酒を飲んで赤くしていた男達の顔が一気に青ざめ尻もちをつく
走って逃げよう。そして衛兵に知らせるんだ
頭の中ではそう思っても足が震えて立ち上がれなかった
「うわあああああ!」
しかしもう1人の男は立ち上がり、悲鳴をあげて人がいる方へと一心に走り出す
それを見逃す筈もなく逃げる男に手のひらを向ける
「炎弾」
発動した魔法が目にも止まらぬ速さで男に命中する
男は瞬く間に全身が燃え始め、悲鳴をあげることすら出来ず男は倒れ黒焦げになってそのまま命を落とした
「生身の体はキツいが焼くといい匂いを放つよな人間は」
「た、助けくれ・・・」
もう片方の男は逃げる事を諦め必死に命乞いをしてきた
男の首を掴み持ち上げる
バタバタと抵抗するがその程度ではビクともしない
力を込め男の首をへし折り、静かな路地裏に骨の砕ける音が響いた
男が死んだのを確認すると放り投げその場を離れた
「ちっ・・・臭いがついちまった」
執拗に誘ってくるだけであれば適当に振り切ればよかったが触れられるのだけは勘弁だ
人間には魔族にしか分からない神香という臭いが大なり小なり発せられており、体に害がある訳では無いが魔族はそれを嫌う
昼間に会った2人組はその臭いが強く、特に赤髪の男から発せられる臭いは最悪だった
「さて、死体が見つかって警戒される前に残りの仕掛けをちゃちゃっと済ませちまおう」
そういうとオーレンはフードを被り再び闇へと消えていった
市街の中央に位置する歓楽街は大変賑やかで銀翼のメンバーもそこで前夜祭を楽しんでいた
「ふぅ、前夜祭なら人もそこまで多くないと思ったけど全然ね」
「年々記念祭に参加する人が増えてきてますからね」
「あら?そういえばドリスとノーマンは?」
「ドリスさんはあっちで女の子にナンパしてますね。ノーマンさんはそれを止めてます」
アリベールが指差す方を見ると女の子のグループに声をかけているドリスとそれを食い止めようとするノーマンがいた
女の子達は完全に引いているが、それに気づかないドリスは猛アタックする
「懲りないわねぇあいつも」
「まぁあの性格でパーティの雰囲気も明るくしてくれますし」
「酒癖と女癖が改善されればマシになるんだけどねぇ」
しばらくしてドリスとノーマンがこちらに戻ってきた
当然の如く女の子達には相手されなかったようだ
「はぁ・・・また駄目だった・・・これで23連敗だ」
「いい加減諦めなさいよ」
「だってよーリュウヤにアイシャちゃんがいい感じになってて羨ましいんだもんよー。俺にだって女の子の1人や2人いたっていいだろー?」
「アンタには真摯さが欠けてるのよ。そんな軽い感じじゃ碌でもないのしか来ないわよ」
エレナの言葉を酒のつまみを食べながら聞くドリス
今日はまだそこまで飲んでないようでいつもよりは真面目に話を聞いてるようだ
4人が話をしていると奥の方が何やら騒がしくなってきていた
「なんだか騒がしいけど何かしら?」
「そりゃ祭りなんだから騒がしくて当然だろ~」
「そういう感じじゃないわ。ちょっと見てくる」
「私も行きましょう」
エレナとノーマンが騒ぎの現場へと向かう
現場近づくにつれ人が多くなり、それをかき分けながら進んでいく
「ちょっとごめんなさい。通らせてちょうだい」
騒ぎの元に近づいていくと嫌な予感がした
以前にも嗅いだことのある・・・人の焼け焦げた臭いがしたからだ
そして現場に到着するとその予感は的中した
路地裏には焼死体と首を折られた2人の男性の遺体があった
「酷い臭いね・・・」
「何があったんでしょうか」
そこへちょうど衛兵が布を持ってやって来て、遺体に被せ担架で運んでいく
通路を確保する為に野次馬を抑えている衛兵に尋ねる
「あの、犯人の行方は分かっているんですか?」
「君は・・・冒険者か。私達も先程きた通報で知ったので残念ながら犯人の特定は出来ていない。これから検死をして色々調べるつもりだ」
片方の焼け焦げた人は辛うじで性別が判別できるが特定するには骨が折れそうだ
遺体が衛兵によって運ばれていくと野次馬も散っていった
「記念祭前日に物騒ね。リュウヤ君達がいなくてよかったわ」
「明日何も起きないといいんですけどね」
その夜は多くの衛兵を動員して犯人を探し回ったが、結局見つけることができず翌日の王帝記念祭を迎えることとなった
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次回は金曜日19時に更新します
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