表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

後編

 一人目、さっさと済ませようぜ。


 二人目、大岩籠り。


 三人目、さあ抱け上裸男。


 この後宮に碌な人間なんていないんじゃないか。


 ここは人間の捨て場なんじゃないのか。何千人を勝ち抜いた狂人を集めたのか。


 もうこの後宮に火をつければ全部終わるんじゃないか。


 そんな私の鬱屈とともに海帝を振り切り雪ノ宮に向かうと、至極まっとうに見える二人に迎え入れられた。



「わたしたちが四人目、五人目ですか。もう海帝には会われましたか?」

「ここに来る途中で抱き着かれたばかりです」

「それはそれは」



 男官に頼ることなく茶を入れ、こちらへ微笑みかけるのは星帝リーロンだ。


 白桃色のさらさらとした髪に柔和な面立ちをした彼は、華奢な眼鏡をかけている。


 その黄金色の瞳もあいまって、とても理知的な印象を受けた。


 彼の身を包む紅蓮の衣も、鉱石を伴った宝飾が多いというのに、着ている人間によってこうまで品のいい印象を受けるのかと思う。


 正直なところ、人の言葉が通じ、こちらに襲いかかってこないだけで評価が上がってしまう。


 その一方で黙秘を貫いているのが、この宮の主である雪帝だ。


 頭巾付きの真っ白な装束を羽織る彼は、目の覚めるような冴えた青髪をしている。


 中途半端に装束についた頭巾を被っていて、髪色をそのまま透かしたような青白磁色の瞳はけだるげだ。


 こちらへの無関心をまったく隠していない。


 でも、服は着ているし、「抱け」とか「さっさと済ませようぜ」などと言わないから、まるで善人のように思ってしまう。


 しかし、気になることがいくつか。



「なぜ星帝が、雪ノ宮に?」



 雪ノ宮に訪れた際、星帝は当然のように雪帝の隣にいた。


 星帝があまりにも自然にふるまうものだから、そのまま三人での顔合わせに突入してしまったが、意味が分からない。



「晴宮から星ノ宮は距離がありますからね。自ら晴宮に赴くのはまだしも、雪ノ宮で待っているくらいはいいだろうと思いまして」



 災いのような三人との対面の後だからか、行動は置いておいてまともな返答に安堵すら覚える。


 意思疎通ができる人間がいることは救いだし、救いとしか思えない今の状況に吐きそうだ。



「お気遣い頂きありがとうございます。確かに。晴宮と星ノ宮ではかなり距離がありますから、助かりました」



 微笑みながら、相手の様子をうかがう。


 月ノ宮と海ノ宮は、地図で言うなら晴宮の上部、東と西に陣取っている。


 一方雪ノ宮と森ノ宮は晴宮をはさむように。


 下部には星ノ宮があるが、この宮だけ独立するように少し離れた位置にある。


 かといって、わざわざ他人の宮で待つほどの距離ではない。


「おや」


 不審に思っていると、星帝は私の前に置かれた茶器へ視線を向けた。


「お茶は宜しいのですか?」

「実は、四軒目となると中々厳しく……申し訳ございません」

「こちらこそ気が回らず、すみません」


 星帝は頭を下げた。


 妹は、どんなふうに星帝と接し、また星帝は妹へどんなふうに接していたのだろう。


 彼は妹に、同じように楚々として接していたのか、妹に合わせていたのか気になる。


 森帝は、言わずもがなだ。


 さっさと済ませようぜと妹は、漠然と想像できる。


 おそらく「済ませようぜ」が苦汁を飲まされたのだろう。「さあ抱け」は、気に入られていた気がする。


 雪帝も今のように自己主張をしなかったなら、妹は好むはずだ。


 あれは言いなりになる者が好きなのだから。



「私の趣味はご覧のとおり茶を淹れることですが、雪帝の趣味は調香なのです。彼はとても鼻がいいんですよ」



 調香。


 香りなんて、毒かそれ以外かしか関心がない。


 私にとって嗅覚は楽しむものではなく、危険を察知する装置だ。



「試してみますか? とても腕のいい調香師の品物ですよ」



 星帝のすすめに、私は軽く手を振って香りを手繰り寄せ、鼻を近づけた。



「いい香りですね」

「そうでしょう。心を落ち着かせる効能があるのです」

「なるほど……では今度、森ノ宮の森帝様に差し入れして頂けませんか? あんなに大きな岩で出入り口をふさいで、閉じこもっているのは心によくないと思いますので」



 そう返すと、星帝は渋い顔をした。



「彼は繊細ですからね……環境を変化させてしまえば、この宮が壊されそうで、ははは」

「残念ですね。どうにかして彼と会話が出来たら……と思っているのですが」

「私や雪帝も時折、赴いて声をかけてはいるんです。ただ、中々うまくいかず……人の心は難しいものです。でも、シオン様はお優しいのですね」

「え?」

「出会って日もない森帝を、こうして労ってくださるのですから。そんな貴女と出会うことが出来て、嬉しく思います」



 そう星帝が語る一方で、雪帝はずっと押し黙ったままだ。


 目の前の私にも関心を持つことなく、ぼんやり外を見ている。


 彼に視線を合わせれば、外には花が咲いていた。


 私が顔を背けたことで、星帝も窓辺に咲く花へと顔を向けた。



「この後宮の花は大きく分けて二種類あるというのはご存知ですか?」

「二種類?」

「はい。五枚の花弁を持つものと、六枚の花弁を持つ二種類です。六枚の花弁を持つ花を厨房の兄弟が揃えていましてね、珍しいものですから箔がつくとかで、あちらは食うに困る者たちですから余計見つけづらくなってしまって……良ければ探してみてください」



 星帝の言葉を聞きながら、私は花へと視線を戻した。


 六枚であれば、箔が付く。おそらく売っているのだろう。


 都から遠い地で買い叩かれる野草が、仲介業者を通して高値で都に売られ、貴族が口にしているというのはよく聞く話だ。


 さらに、仲介業者は本来の報酬よりずっと低いはした金を渡して、富を得ているなんて話も聞く。


 しかし、なぜ後宮の食を担いながらも調理番が食うに困る必要があるのか。


 後宮の中は、最低限の生活が保証されているものではないのか。



「美しいですよね。自然のものはどうしてこうも人の心をとらえて離さないのでしょうか」



 星帝は、ほうと息を漏らした。こちらに視線を流してきて、私は軽くうなずく。



「ええ。私も美しいと思います」



 私は後宮の金の巡りを考えながら、星帝、雪帝と語らい、時間を過ごしたのだった。 



◇◇◇



「今日は長々と話をしてしまい、すみません。いい時間をありがとうございました」


 橙に空が染まったころ。星帝と雪帝は私を見送ろうと、門の前に立った。


 予定より長居してしまったことで、鴉まで鳴いている。



「こちらこそありがとうございます。またお話ししましょう。我々や貴女様の務めも重々理解はしておりますが、人との出会いや語らいは、幸福と学びをもたらすものですから」



 星帝はうっとりとした顔で微笑む。


 頬はわずかに赤く、照れたように眼鏡の金具に触れた。


「ぜひ」



 私は口角を上げ、二人と目を合わせてから馬車に乗り込んだ。


 扉が閉じて馬が走り出し、月宮から遠ざかるのを待ってから、ため息を吐く。



 星帝に出された茶は、催淫作用のある薬草が混ざっていた。


 裏路地で取引されるようなものだ。


 貧しいものが作り売るようなものだから、同じ貴族相手ならわからないと思ったのだろう。


 それを裏付けるように、人に勧めるわりに両者とも一口も飲まなかった。


 そして香も人を錯乱させる毒草が含まれていた。


 二つとも、よく山で狩りをする時、「絶対食べるな」「触るな」「近づくな」と近所の人たちが何度も教えてくれたものだ。


 あの時は「近づく訳がない」と思っていたけど、まさか近づけられるとは。


 星帝も雪帝もまともではあるが、それ故に謀りを行おうとしたというわけだ。


 意思疎通はできるぶん、敵でしかないことが惜しい。


 私は冷ややかな気持ちで、散りゆく花を車窓から眺めたのだった。


◇◇◇



「これはこれは、シオン様」



 晴宮へ戻った私を出迎えたのは、皇帝付きの男官だった。


 瞳の色すら窺えない眼指しで、人を食ったように笑うこの男は、私を後宮へ連れてきた男でもある。


 奴は私に城へ来いと言った時と全く変わらぬふざけた声色で、「皇帝から伝令をお持ちしましたよ」と笑った。


 女官は去っていき、部屋に二人きりにさせられる。



「わざわざどうも」

「ふふ。その装束大変お似合いですよ。まるで本物の皇女のようです」



 変わらずその笑みはこちらを嘲るもので、苛立つ。


 もしこの後宮を何事もなく出ることが叶ったら、一思いに蹴り飛ばしてしまいたい。



「それで、一体どんなご用件でしょうか」 

「明日、後宮のうち誰か一人と床入れしなければ、暗州の書き物小屋を焼くとのことです」



 その言葉に、背筋が凍った。


 書き物小屋は、身寄りのなかったわたしを引き取ってくれた場所だ。


 都を追い出されたわたしが育った場所だ。


 老夫婦はもう亡くなってしまったが、ある程度大きくなった者たちで、幼き子を守って暮らしている。



「そこには、子がいる。まだ、十にも満たぬ、子らがいる……そこを焼くと?」

「皇帝の伝令にはそう書いております。では」



 男官は私に文書を渡すと、夕闇に潜むように去っていった。


 明日の晩まで。


 つまり明日の夜までに私はだれかと床に入らなければいけない。


 いや、そんな簡単な話ではない。協力を求められる男を見つけなければならないのだ。


 まともな星帝と雪帝は間違いなく皇帝の意思に沿う。「さっさと済ませようぜ」「さぁ抱け」は論外だ。


 頼みの綱は岩に隠れた森帝だが、明日一日でひょっこりと顔を出すとも思えない。


 なんとかしなければ、書き物小屋が燃やされる。


 子供が出来ない可能性にかけるなんてできない。


 今から五帝の誰へ協力を求めればいいのか。


 外へと目を向ける。風にのせられた花がはらはらと舞い、夕日をかすめている。


 この状況でさえなければ夢のように美しい光景だけれど、眺めている暇はない。


 なのに大切なことを見落としている気がして、その答えが花に隠されている気がして、私はじっと白い花が雪のように散るさまを眺める。


 そして、一瞬の太刀筋を垣間見るかのごとく、ほろりと花がその首を落とすさまを見て、はっとした。


 そうだ。五人だけではないのだ。帝たちは。


 まだ、一人いる。


 私は部屋の周囲に女官の影がないのを確認してから、窓伝いに晴宮を後にしたのだった。



◇◇◇



 川の流れを伝って、木々に身を移すように走っていく。


 夜ということもあって、至る所で武官が警備にあたっている。


 ただ外からの侵入を気にしているためか私に気付く様子はない。


 足跡を殺しながらかがり火を頼りに、星宮から東に位置する場所を目指す。


 無心で駆けていれば、想像通り他の宮とは造りの異なった建物がそびえたっていた。


 煉瓦を積み上げただけの、塔にも見える建物。


 三階ほどの高さで、ほかの宮より質素に見える。


 門の左右には、後宮内に立つ武官とは色の違う装束をまとった男が二人立っていた。


 二人は私を見て、武器を構えるわけでもなく顔を見合わせる


 私は意を決して二人に近づいていった。



「突然の来訪、申し訳ございません。後宮に入りました。この国の第一皇女シオンと申します。このたびはこちらへ住まうお方にご挨拶へ伺いました」

「皇帝からは何も申しつけられておりませんが」



 男の一人が、戸惑うでもなく返答した。


 一切取り乱すことない態度に、この建物の中にいる人間は只者ではないと期待が膨らむ。



「はい。皇帝の意志ではございません。この場所について私は知らされませんでした。自らの私の一存のみでこの場を探し出し、伺いました」



 そう伝えると、門の左右を守っていたうちの一人が建物の中へ入っていった。


 片割れの男は私を監視するように立っている。


 しばらくして戻ってきた男が「どうぞこちらへ」と、建物の中へ入るよう促した。



「本日はどうやって晴宮からお越しになったのです? 晴宮はこちらの宮よりもずっと厳重に守られているはずですが」

「窓を伝いました」



 即座に答えると、男は「窓?」と取り乱した。


 先ほどまでは無表情であったはずの彼は、わかりやすく目を丸くしている。


 声色も淡々としたものから、気安いものに変わっていた。



「窓を、伝ったのですか」

「はい。そこまで高くはなかったもので」

「さようですか……」



 それ以降、男は黙ってしまった。


 燭台でしか明かりをとっていない螺旋上の階段を何度も降りていく。


 石造りの場所はひそめていても声が響き、それよりも大きく聞こえる足音は反響して、今自分がどれほど潜っているのか、惑わしてくるみたいだ。


 しばらく降りると、それはそれは大きな扉が現れた。


 扉は見ているだけでも重そうで、実際男は手こずりながら自分の体重をかけ扉を押し開いていく。


 開いた隙間からぶわりと冷ややかな向かい風が吹いて、重苦しい空気に包まれた。


 一歩ずつ確かめるように足を進めていく。


 やがて視界に入ったのはどこまでも続く鉄格子と、その中に作られた部屋だった。


 今見ているものが、とても後宮内の景色とは思えない。


 牢屋だ。鉄格子の向こうは本棚で張り巡らされ、文机に上等な箪笥が一つ。


 奥には扉があり、上等な暮らしを思わせるその矛盾に混乱を覚えた。


 さらに奇妙なことに、清貧な暮らしと上等な暮らしを分けるように、床には線が引かれている。



「貴女が、新しい皇帝ですか」



 文机に向かっていた細身の背中がゆっくりとこちらに向けられた。


 歳が私より上なのは間違いないだろう。


 黒みがかった紫髪を靡かせ悠然とこちらに振り返ってきたその横顔は、今まで見た誰よりも美しく、畏怖さえ感じるほどだ。


 見目こそ硝子細工のようであるのに、紅水晶にも似た瞳から目を反らせば、一瞬で首を跳ねられるとすら思ってしまう。



「私の名前は……」

「どうして──ここが分かったんですか?」

「え」



 名乗ることすら許されず、一瞬ひるんでしまった。


 牢の中の男はうっすらと笑みを浮かべ、質問を続ける。



「僕の存在は隠されているはずです。王家が貴女にこの場所を伝えることはなかったでしょう」



 こちらを試していると、はっきりわかる声色だ。


 しかし、私はこの男に協力を得て、明日を乗り切らなければいけないのだ。


 でなければ、書き物小屋は焼かれてしまう。



「帝の人数について話をしたとき、月帝は中々ない花だと言いました」



 メラストマの花弁は五枚だ。


 けれど、稀に六つの花びらをもって咲くことがある。実際、六枚の花弁を持った花が、そのまま散っていくところを見た。



「中々ない花弁の数は、六枚。つまり帝は六人いるということです」



 私がそう言うと、男は首をかしげた。



「それだけですか? 貴女は、自分の勘があたると思って、わざわざここまで来たのでしょうか」

「婿参りをしに雪ノ宮へ行ったとき星帝もいましたが、その場で星帝は、僕らが四人目、五人目ですかと聞いてきました。ふつう、自分たちで最後ですかという質問になるはず。単独なら証拠として弱いですが──花びらの話と合わせれば」

「なるほど。僕を見つけた理由は分かりました。でもどうしてわざわざ人目を忍んで会いに来たんです?」

「それは貴方が、おそらく皇帝の脅威たる人物であり──私に協力してくれると思ったからです」



 はっきりと伝えれば、涼やかな瞳が弧を描いた。彼は「そうですねえ」と軽石を投げるような返事をする。



「たしかに存在を秘匿されれば、ここに来ずとも王家と何らかの因縁があるとは想像できるでしょう。しかし、僕が貴方に協力する動機はどこにありますか? 僕がただの放蕩者で、たとえば失踪した皇女の怒りを買い、秘匿されるべくして秘匿されたとは思わなかったのでしょうか?」

「ここに来るまでの間は、少しだけ」

「へぇ」



 男はどこまでも品定めをするようだった。


 こちらは皇女として立っているけれど、彼の眼差しは王が供物へ向けるものだ。


 私は一歩踏み出し、その瞳を見返した。



「でも貴方が放蕩者だったなら、妹はきっと貴方を地上で侍らせていた」



 気に入らない人間は徹底的に排除して、能力問わず見目がよく自分の言いなりになる人間を優遇する妹のことだ。


 本来、次期皇帝に幽閉される人間は、その性質に問題があると感じる。


 しかしその次期皇帝がわたしの妹であるならば、その道理は逆転する。



「貴方がこうして幽閉されていることが、皮肉にも貴方の正当性を証明しています」



 きっぱりと言い切る。男は口を開かず黙ったままだ。


 ただの沈黙が、何十時間も経ったように思えてくる。



「貴女は、何を望んでいるんですか?」



 ぽつりとこぼす様な問いかけに、間髪を容れず「明日、夜を過ごしてほしい」と返答した。



「これまた随分と大胆な誘いですねぇ……」

「明日、誰かと一夜を過ごさなくてはならない。でも、私は誰とも契りたくありません。だから私はここに──」

「なるほど」



 男は私の言葉を遮り、立ち上がった。私の目の前まで悠然と歩いて来る。



「僕が無理やり貴女を孕ませるとは思わないんですか? 次期皇帝の父になること、僕をこうして地下に閉じ込めた王家への復讐、理由はいくらでも揃います」



 直接的な表現だけど、たじろぐことはしなかった。


 きっと、私を試しているのだ。煽るような言葉を選んでいる。この男はそれができる。



「本棚の並びは、人を表します」



 私は牢の中へと手を差し入れ、彼の背後を指さした。


 彼の背にある蔵書の数々はどれも教養や礼儀を重んじた人間が書いたものだ。



「そして、この蔵書を牢の中へ持ち込むにも、後宮内での協力者が必要です」



 天井と床についている、線。


 普段この本棚は、板か何かで隠しているのだ。


 でも私がここに訪れても、彼は本を隠さなかった。


 誰かが秘密裏に王家の内情を彼に伝え、私が敵にならない、もしくはその可能性が低いと伝えたのではないだろうか。


 そして、私が彼の蔵書や暮らしを咎めるか見定めるために、板で隠すことをしなかった。



「貴方は慕われている。少なくとも、貴方の手の者には。そしてその者たちは、命をかけて貴方を支援している。わざわざ生きることに必要のない本を差し入れるほど貴方を想っている。そんな貴方が、ただ私を襲うなんてつまらない真似はしない」

「皇女を襲うことが、つまらないですか」

「はい」



 消去法であれ、この男は貧乏くじではない。


 また長い沈黙が訪れ、ふっと空気が変わった。「ふふ、ふふふふふふ」と、不気味な笑い声が牢に響いたかと思えば、男は立ち上がり私の前に立つ。



「明日の夕刻、貴女が僕を迎えに来てくださいね」



 男は私が牢の中に差し入れていた手を掴むと、そのまま人差し指から手首までを舐めた。


 思わず鳥肌が立つと、男は唇に弧を描いてそっと手を放してくる。



「僕の名前は、シュウエンと申します。ここ花ノ宮で──僕は一応、花帝を務めています。以後お見知りおきを。シオンさん」



 そのまなざしは、万物を呪うようでいて、祝福するような、この世の終焉を告げる瞳だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
i762351i761913
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ