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前編

※注意 主要人物全員大きめの嘘ついてます。

「こちらが第一皇女シオン様……」

「二十歳……年齢より幼く見えるな」



 王城の中。広間に立った私に、この国の宰相や役人たちの視線が集中する。



「静まれ」



 居心地の悪さを肌で感じていれば、玉座に座る皇帝がざわめきを断ち切った。


 数々の政策により転覆寸前とも噂されたこの国の乱れた政を正した賢帝であり、この国で最も美しいとされる、女帝。


 そんな彼女は自分と瓜二つの第二皇女を溺愛していた。


 本来、十八歳に王位継承の儀を済ませなければ後宮入りは許されないが、妹は十五歳から後宮に出入りしていたらしい。



「お前の妹、メメが消えた。行方も生死もわからぬ。確実なのはこのままだと尊き血が途絶えるということだ。魔物への抑止力が薄れることがあってはならない」



 魔物──動物にも魚とも似つかない異形の存在だ。


 人を襲い、食らう化け物への対抗手段は様々あるが、最も効果的なのが王家の血を持つものが代々受け継いでいるという聖なる魔力だ。


 この王家に女として生まれれば、皇帝となり血を繋ぐ。


 男として生まれた場合は、魔物の討伐にあたったり、結界を張るなどの役目が生じる。


 そうしてこの国の平和は保たれてきた。


 しかし厄介なのが、その聖なる力は代々継承されるものであれど、継承は力を持つ者が最初に生まれた年から三年以内に限るという制限が存在することだ。


 要するに、長女が生まれた年を含めた三年以内に生まれた子供でなければ、王家の力を得ることはできない。


 二十歳のわたしと妹は二歳差であり、魔力継承の刻限はとうに過ぎてしまった。


 今目の前にいるこの女が後宮に入り子供を産もうが、その子に力は引き継がれない。


 私は右腕につけているブレスレットに触れてから、皇帝を見やった。


 彼女がこちらに向ける目はただただ冷ややかで、本当の意味でわたしに関心なんてなかったのだと分かる。



「お前は後宮に入り、男と契り血を結びなさい。幸い、メメは王位継承の儀を行っていない」



 皇帝の言う通り、王位継承の儀は半年後。つまり、妹は皇帝になる半年前、姿を消したということだ。しかし、死んだわけではない。



「……皇女様が戻られたら、どうなさるおつもりですか」



 その言葉に、皇帝は答えようとはしない。おそらく妹が戻れば私を殺す気だ。子供がいれば、万が一の為にと奪う気だろう。



「時の流れは止まらない。本日中に後宮に入り、婿参りをせよ」

「はっ」



 皇帝の言葉に、私の後ろに立っていた女官が返事をして頭を下げた。


 私は女官に促され、広間を後にしたのだった。


◇◇◇


 この国では、女系制で血をつなげている。


 元々は男児が国を統べていたが、ある代の多情な皇帝が様々な女と関係を持ったことで体制が変わったらしい。


 次々に王の血を引いているとされる子供が現れ、権力争いとともに内乱が激化、国力は著しく減退した。


 以降、王位継承権は女のみに与えられ、後宮が設けられることになった。次期皇帝の父の座は、男であるならば皆が求める地位に変わった。


 野心を持ち皇女に近付く男が増えたため、次期皇帝の父となる男を選別できるよう王家が望んだからだ。


 何千人という者の中から選ばれた者のみが後宮入り、皇帝に寵愛を求め、夜伽を待つ。


 蜘蛛のように巣を巡らせ、皇女が罠にかかるのを待つように。


 わたしはそこに皇帝として入る予定だった。


 しかし妹の王位継承を絶対のものとしたい母の思惑の元、わたしは都を追い出された。


 周囲には第一皇女は病弱で静養が必要と伝え、留学と称し自国で最も貧しい田舎町に捨て、わたしが死ぬのを待っていたのだ。


 晴れて皇帝の地位が絶対となった妹は妖精と称される容姿をしているといえど、性格は苛烈で、唯我独尊という言葉がふさわしい。


 わたしの持っているものをねだり、私を罠にはめ、両親に罰を与えられる姿を観察することを日課にしていたくらいだ。


 後宮で思うままに暮らしているに違いない。


 一方のわたしは、都を出て書き物小屋をしている老夫婦に拾われ、畑を耕し薪を割りながら字や算術を学びに来る子供たちと過ごす日々を送っている。


 貧しくても幸せだ。


 城にいた頃は、誰からも邪魔もの扱いされていたのだから。


 でも、わたしが城を追われ十年が経過した今日、まさかこんなことになるなんて。


◇◇◇


 城を後にしてすぐ私は後宮入りした。


 本来ならば即位の儀や宴でも開かれるのだろうが、皇帝の意志は立派な次期皇帝を即位させるのではなく、血を繋げること。どうやら催事は後回しにするようだった。


 城を訪れる前も王家は殆ど事情を話すことなく私を攫い、身なりを整え謁見の間に転がしたくらいだから、焦りがあるのだろう。


 そんな思惑のもと、私は妹の住んでいた晴宮(はれみや)という宮へ案内され、身支度をしてすぐ婿参りをすることとなった。


 婿参りというのは、要するに挨拶をしてまわることだ。


 現在後宮に住まい、皇帝と夜を共にする為集められているのは、何千人といる男たちから選ばれた、血筋、気品、容姿、知略すべてを兼ね備えた男たち五人。


 彼らは、星、海、雪、月、森と儚く美しきものに纏わる名を与えられた宮に住み、その名を与えられている。


 星帝は繊細な見目に反して腕が立ち、礼儀を重んじる。


 海帝は溌剌とした人柄で、笑顔をもたらす。


 雪帝は静かであるが、慈悲深い。


 月帝は派手好きで、曲がったことを嫌う豪傑。


 森帝は、清く気高く、心優しい。


 国の民は見目麗しい五帝に対して、一夜限りでもいいと心奪われ彼らを意のままにできる皇女を羨むと聞くけれど、私は契る気なんて一切ないし興味もない。


 しかし興味はないながらも、女官から五帝について馬車の中で説明を受け、一筋縄ではいかないだろうと覚悟はしていた。


 なぜなら自分の好きにしてもいい人間に対して、妹がどんな態度をとってきたかなんて想像に容易い。


 しかし──、



「ふん、あの女の姉と聞いてどんな奴が来るかと思ったが、随分とぱっとしないんだな」



 月ノ宮へ向かうと、月帝ロノウェは、なんともふてぶてしい態度で私を迎え入れてきた。


 亜麻髪を後ろで束ね毛先をはねさせている彼は、雰囲気だけでいえば盗賊の頭領という言葉が似合う。


 歳は私と同じくらいだろうか。


 金色の瞳は鋭く、首から肩にかけて毛皮が組み込まれた黒の羽織には、瞳の色と同じ色をした刺繍が施されていた。


 ところどころ着崩され、裾や袖は本人の動きと連動してひらひらとはためいている。


 通された客間は彼の派手な装いと反し、質素で落ち着いた風合いだった。


 異国の竜彫りがされた木机に繊細な硝子細工は、目の前の粗暴な青年が気に入ってるとは思えない。



「まぁいい、面倒くさいことは嫌いなんだ。さっさと済ませようぜ」



 あごで二階の寝所をさし、片眉をあげる姿はとても皇女に愛を乞う帝とも思えず、ただただ呆れた。


 敵意を向けられるならまだしも、何なんだこの男は。



「今日はその為の来訪ではございませんので」

「は? お前後宮がどういう場所かわかってんのか?」



 月帝は、「ちゃんとこいつに説明してんのか?」と、私の背後に立つ晴宮筆頭女官に声をかけた。



「はい。ご説明いたしました」



 女官が頷いたのを見て、彼は私を訝しげに見つめる。



「家柄も顔もいい。他の男を選ぶ必要も文句もねえだろ。俺が抱いてやるって言ってんだ。手叩いて喜ぶところだろ。泣いたっていいんだぜ」

「今日は婿参り、顔合わせと挨拶だけ。それ以外にすることなどないです」



 私はきっぱりと断る。


 そもそも、物理的な理由であまり長居をしたくないのだ。


 後宮内はその環境から閉塞感を感じさせないため、それはそれは広い造りをしている。


 人の手で流れを作った川が広がり、ちょっとした森まであるのだ。


 そして脱走や皇帝がさらわれないよう、敷地内を高い壁で覆っている。


 大きな箱庭のようなこの場所は、端から端へ向かうにも時間を要するのだ。



「では」

「そんな簡単に帰すわけねえだろうが!」



 踵を返そうとすると手首を掴まれた。


 月帝は思い切り腕を引いてきて、私の顎を掴むと無理やり顔を近づけてくる。



「ふん、こんなことされたことねえだろ」



 勝気な笑みに、返答に迷う。


 何が正解なのだろう。顔を赤らめ純情ぶることや、やめてと涙目で乞うことが不正解なのはわかる。



「子供のする恋愛劇でも見ませんね」



 淡々と言い返せば、月帝は顔を真っ赤にした。


 恥ずかしがるならやらなければいいものを。


 それにこれは、皇女への狼藉ではないのか。ちらりと窺っても女官たちは微動だにしない。


 女官は彼らと私が契ることを望んでいる。夜伽は絶対したくないけど、こうした戯れとなれば表立って拒絶も出来ない。


 唇くらいは仕方ないと諦めたその瞬間、腕につけていたブレスレットが輝き、豪風が吹き荒れ窓硝子が砕け散った。


 その破片はこちらに向かうことなく、吸い寄せられるように月帝へと向かっていく。



「くそ…………っ」



 彼は俊敏に飛びのいて破片を躱していった。


「お怪我はございませんか、シオン様、月帝様!」


 女官や武官が慌て顔で近づいてきて、私と月帝が怪我をしていないか確認し始めた。「突風で割れるなんて」と驚いていた様子で破片を集める者たちを眺め、私はブレスレットに触れながら月帝に視線を移した。



「なんだ今の……」



 彼は怪訝そうに私を見ている。


 先ほどの突風について違和感を覚えているのは月帝だけらしい。


 彼はそのまま「萎えた」と呟いて、ため息を吐く。



「お前、俺から近づいてやってんのに、顔色ひとつ変えねえのか。つまんねえ女」

「ご期待に沿えず申し訳ございません」

「ふん」



 月帝はもうこちらに近づく気はないようだ。


 安堵していれば、女官が素知らぬ顔で近づいてくる。


 それどころか「次は森ノ宮に向かわれますか」と、淡々と指示を仰いできた。



「行っても意味なんかねえよ。あいつ、こいつの妹のせいで外にも出れねえんだから」



 月帝が馬鹿にするように口を挟んできた。妹のせいで外に出れない帝がいる? そんな説明はされていない。



「妹の、せいで?」

「知らねえのか? お前の妹がやれ暗い、気持ち悪いだの苛め抜いたせいで、武官が総出で引っ張っても皇帝の呼び出しすら応じなくなったんだよ。会いに行っても意味がねえよ。生きてるのかすら怪しいんだぜ」



 皇帝の命にすら応じない。ともすれば後宮から出されるはずでは……?


 皇帝に対して有利をとれるなにかを持っているのかと考えていれば、月帝は頭をかきながら窓の外を見た。



「中々見れねえメラストマも咲いてることだし縁起がいいかと思ってたが、このまま帝が四人になっちまったら、縁起が悪くていけねえな」

「縁起?」

「俺の育ったところはな、四は悪名高い数字なんだよ。一人減らすか増やすかしとかねえと。お前からも言っとけよ。皇女がいなくなったのはせいせいしたが、気味悪い」



 そう言って、「寝る気がねえならさっさと帰れ。まぁ森ノ宮には絶対入れねえだろうけどな」と、塵を払うように月帝は袖を振るう。


 私は彼の言葉に違和感を覚えたまま、月ノ宮を後にしたのだった。



◇◇◇



「お待ちしておりました! ようこそ森ノ宮へ!」



 月帝の「森ノ宮に絶対入れない」という言葉に反して、森ノ宮に入ることは簡単だった。


 門前払いも覚悟していたけれど、馬車を下りればすでに門は開かれ、こうして廊下だって歩けている。


 会いたくはないが次に会ったら森ノ宮に入れたことを絶対に言う。



「月ノ宮とは、造り自体異なっているんですね」



 私は前を歩く森帝付の男官、アズライに声をかける。


 月ノ宮では男官が名乗る前に「名前なんて聞く必要ないだろ。寝るだけなんだから」と横槍が入って聞けなかったけれど、やはり名前を知っているほうが声もかけやすい。



「石や木を切り倒し、さらなる補強をさせていただきました。なにせ身体の大きなものばかりですから、衝突などを起こしすぐに壁や柱を壊してしまうもので」



 アズライは高らかに笑う。


 森ノ宮は、月ノ宮から西に位置しており、華美な月ノ宮と異なり荘厳な佇まいをしていた。


 もはや砦、要塞と表現したほうが正しい気がする。


 男官たちも月ノ宮の役人たちと異なり屈強で、武官と言われても遜色ない。


 腕や足の太さが人並み外れ、部位という部位すべてが筋肉に覆われていた。


 ただ、自らの筋肉に語りかける人間が行きかう廊下は異様で、やや言葉を失う。



「私たちはほかの宮と異なり、力や筋肉に宿る魂こそに美しさがあると思っております。みな森帝のようになりたいと願い、日々鍛えているのですよ!」



 アズライは私の沈黙を緊張と捉えたらしく、こちらを安心させるように笑う。


 森帝も相当鍛えているのだろうか。


 思えば森帝は「優しい」しか情報がなかった。筋肉隆々で……など、外見的特徴の説明があってもおかしくないだろうに。不思議だ。



「こちらです」



 廊下を歩く途中で、ふいにアズライが止まった。


 目の前には、壁にめりこんだそれはそれは大きな岩石がある。


 大人の男二人分の身の丈だろうか。


 後宮に似合わぬ岩は、どんな用途を持つのかすらわからない。



「森帝様です!」

「え……?」



 この、岩が?


 戸惑いを覚えると、アズライは「違います! この岩は森帝様ではございません! この岩の向こうにいらっしゃるのです」とぶんぶん首を横に振った。


 身体が大きいからか、その動作一つで向かい風が吹いているように感じる。



「森帝は人前に出ることを望まず、こうして岩を置いて、人が部屋に立ち入らぬようにしているのです。用があるときは、自らこの岩石をずらす形で……」

「中に武官が待機しているのですか?」

「いえ、森帝おひとりでこの岩をずらし、生活なさっています」



 目の前の大岩に、再び私は言葉を失った。


 天井に届くほどの大岩だ。武官を二十人以上集めて、ようやく動くかという大きさだ。


 そんな岩を森帝は一人でずらしている。


 それも、日常的に。


 夜を過ごす以前に逆らったら殺されるのではないだろうか。


 この大岩を動かす男を虐げ、その機嫌を損ねながら妹は生きてきたのか。


 もはや妹はこの男に殺されたのでは。この岩の向こうに、妹がばらばらになった死体があるのでは。


 森帝が妹にされたであろう仕打ちに同情はするものの、とても人の力と思えぬ所業に恐れ慄いていると、アズライは申し訳なさそうに俯いた。


「こうして今は大岩の向こうにいらっしゃいますが……森帝様は心優しきお人なのです。それ故傷つきやすく、こうして自らを守るために、俗世から離れているのです」


 傷つきやすい?


 こんな力があったのなら、気に入らないものすべてねじ伏せられそうなものなのに。


 まるでこれでは森帝じゃなくて、岩帝じゃないか。


 私はおそるおそる、「森帝様」と岩へ呼びかけた。


 岩に向かって語り掛けるつもりはないけれど、どうしたって扉をふさぐ形で岩があるからやむを得ない。



「……」



 しかし、岩の向こうから返事はない。



「返事が聞こえないってことはありませんか」



 アズライに問いかけると、彼は首を横に振った。



「いえ。その……入浴のさいに声をかけると返答がございます」

「入浴時は部屋を出るんですか」

「疾風のごとく飛び出てきて、湯あみを済ませるとまた戻られます」



 ならば入浴時に会いにくればいいのだろうか。


 でも、隙を狙ったことが原因で森帝の機嫌を損ね、この大岩を投げられたくはない。


 心の壁を壊す前に私の頭蓋が砕けるほうが先だ。物理的に私の住む晴宮ごと潰されてもおかしくない。



「なら、入浴のときには来ないようにします。おそらく彼にとって、最も神経質になる時間だと思うので」

「よいのですか?」

「はい」



 それに「さっさと済ませようぜ」より岩を置いて無視をしてくる森帝のほうが、まだ気を遣って真摯に接したいという気持ちがわく。


 もう月帝という個の認識ではなく、「さっさと済ませようぜ」という概念的な何かと接している気持ちだし。



「ただ、話をしないのも問題と思いますので、ここには来ます。では」



 ずっとここにいても、ただ不用意に岩向こうの住民へ圧をかけるだけだろう。


 私は変わらず面をかぶったように表情を揃えた女官を引き連れ、森ノ宮を後にしたのだった。


◇◇◇


「はぁ」



 適当に決めた挨拶回りの順番だけど、二人中二人にしっかりと問題がある。


 あとの三人とまだ顔を合わせてはいないといえど、あとの三人もおかしいんじゃないか疑ってしまう。


 初手に「さっさと済ませようぜ」だったのが駄目だったのかもしれない。月ノ宮に行くのは最後にすればよかった。


 それに、なにより不安が増すのは女官の態度だ。


 明らかに帝に不適合な者でそろえられているとしか思えないのに、変わらず私につく女官は表情ひとつ変えず、ただ楚々として自分の仕事に徹している。


 まるで新しい皇帝が訪れたことで後宮が乱れているのではなく、あれがいつも通りだというように。


 ただでさえ重い装束が鋼でできている様に思えてきた。



「次は、星ノ宮に──」



 女官に言われ、私は馬車へと乗り込もうとする。



「ちょおおおおおおおっと待ったあああああああああ!」



 しかし、獣のような速さで何者かがこちらに駆けてきた。


 護衛の武官は一度構えた後、警備の手を緩める。


 私は懐に忍ばせておいた短刀に手をやろうとするけれど、それより早い速度で距離を詰めてきたその不審者は、私に抱き着いてきた。


 ぎゅうぎゅうと、それこそ怯えた幼子が母を抱きしめるような体勢だが、その腕の力が尋常ではない。


 女官も武官も見ているばかりで、何かと思えば筆頭女官が近寄ってきた。



「海ノ宮の海帝様です」



 だから武官が手を緩めたのかと納得した。


 不審といえど後宮の人間を切るわけにはいかない。


 正しい判断だろう。女官の立場なら。



「俺から来たぞ新しき皇帝よ!」



 端麗な顔立ちなんだろうと思う。


 背後にいる女官は、筆頭女官以外呆れではない溜息をもらしている。


 歳は私より三つほど上だろうか。


 生い茂る新緑を思わせる瞳も、冴えた橙色の髪もこちらがまぶしくなるほど鮮やかだ。


 両腕のしなやかな筋肉を彩るように柄が這っており、浮世離れした魅力を感じるのだろう。


 でも、上裸だった。


 下は海の多い国で着用の多い混ざりけのない色味と柄を組み合わせた装束だ。


 懇切丁寧な刺繍が施され、貴族であることを証明している。


 でも、上裸だった。


 上着はどこかへいっており、鍛え上げられた腹筋が見えている。



「さあ抱け! お前の寝所に連れていけ! 俺を新しき皇女の父にしろ!」



 からっと晴れた太陽を思わせる笑顔に眩暈を覚えた。


 当然、悪い方の意味で。

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