2.狼と熊と勇敢と
「ファウスト侯爵家、ウルヴァ・ファウスト。キミとの婚約を破棄させてもらいたい」
あの日、私の全てが終わった……。
グロース王立学園。その最終学年に在籍し、卒業間近に婚約者であり、この国の王太子である愛しいあのお方から告げられたお言葉。
最初はその言葉の意味を理解できなかった。なぜ? どうして? この二つの言葉が私の思考を支配して、離さなかった……。
混乱する私。でも、あのお方……いえ、あのお方達は、そんな私を無視して、婚約破棄の理由を述べていく。
曰く、侯爵家令嬢でありながら、そこまで身分の違いもない辺境伯令嬢を脅し、不貞行為をするように強制した。
曰く、侯爵家令嬢でありながら、辺境伯令嬢に嫉妬し、彼女の学びを妨げ、身体を傷つけ、清い身体を弄んだ。
曰く、侯爵家と言う立場を利用して、複数の女性と不貞を働いた。
……待って欲しい。その3つが婚約破棄の理由は止めて欲しい。
私自身、異性愛者であり。王太子である殿下を愛している。なのに、それらが理由で婚約破棄になるなって、殿下達は何を考えているのか。
私は当然、反論した。そんな事はしていない。むしろ私は男が好きだと。女性同士で絡み合ったりはしていないと。
だが、殿下達は証拠があると、証人らしき方達を連れてきた。その証人は、私が友として、後輩として、尊敬すべき先輩方として、座学、マナー、魔法を教え、学んだ方たちで……皆、ほんのり赤く頬を染めながら、私の方を、潤んだ瞳で見つめていて……。
「私は100名弱の女性のお姉様ではありませんわァァァ!!」
そんな叫び声を上げながら、私はベットから起き上がる。
嫌な、とても嫌な目覚めですわ……私にとって全てが終わって、とんでもない悪夢を突き付けられた瞬間……。
あれが、本当にただの夢で、今起きたのも学園寮のベットの上だと良かったのに……。
そう考えながら、ベットから立ち上がり、部屋から着替えの服を探す。
今の私は、ほぼ裸。生家によって、無能変態貴族に出荷される際に着ていたドレスはなく、ショーツのみ。そんな状態では、外を出歩けない。出歩いたら最後、出荷される前に実弟に付けられた『1000人斬り』と言う不名誉な徒名よりも最悪なものを付けられるかもしれない……『裸の淑女』とか『自然の淑女』とか……。
そんな不名誉すぎる徒名は頂きたくない。なので、私は服を求めて部屋の周囲を見渡すと……。
ソレは、そこに、いた……。
私の胸の辺りまである体躯に、白色で艶のある毛並み。目つきは鋭く、琥珀色の瞳。そして、鋭い牙の並んだ口がある、魔狼がこちらをジーと見つめている。
魔狼……。ドラゴンに並ぶ強さを持つ魔獣にして、狼種の獣人族の祖とも言われる魔獣。
王国の騎士、魔法使いが総出でないと討伐は不可能と伝えられている、魔獣。
そんな存在が私の目の前に、それも何故か愛玩動物みたく芸をするかのように二足で立っていて……。私を見ながら舌なめずりをして……。
「ワンッ!」
「ヒェ」
「ワオン?!」
ああ、さようなら、今世。ようこそ、来世……。
尻尾を振り、一鳴きした魔狼に対して、恐怖の限界値を迎えた私は、魔狼の戸惑いに似た鳴き声を聞きながら、いともたやすく意識を手放すのだった……。
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「私は100名弱の女性のお姉様ではありませんわァァァ!!」
「うぉ、びっくりしたぁ」
目の前にいる魔狼に対する恐怖によって気絶したウルヴァ・ファウストは、先程と同じような叫びを上げながら意識を覚醒させた。
ウルヴァは魔狼との遭遇は夢であって欲しかったのだろう、周囲を見渡し状況を確認するが、意識を失う前とほぼ同じ状況。同じ部屋に、同じ家具、同じ魔狼。
その現実に、溜息を吐くが、先程と違い、一人の女性が部屋にいることに安堵する。
後髪を白いリボンで馬の尻尾のように纏めている、肩まで伸ばした深紅の髪。
輝いていると勘違いしてしまいそうなほどに綺麗な翡翠色の瞳、幼さが残る可愛いらしい顔。
装飾品などは付けておらず、白く動きやすそうな服に丈の短いスカートを履いている。
そんな女性が、手に服と下着類を持ってウルヴァの寝ていたベットの側に立っていた。
ウルヴァは、おそらく起きると同時に叫んだことによって、驚かせてしまったことを謝罪しつつも、戸惑いながら目の前の女性を見続ける。
女性はウルヴァの様子から何を聞きたいかを察して、手に服を持った状態で自身の胸部をトンッ、と叩き。
「ご紹介遅れました! アタシは、ベアン・フォルクス。此処、冒険者ギルド『復讐の牙』の受付嬢でございます!」
元気に、力強く、言葉を発するたびに身体を反らせていく女性、ベアン・フォルクスに若干、いや、かなりひきながらも、ウルヴァは寝たままの姿ではあるが、しっかりとベアンの方へと視線を向け、自身も名乗ろうとする。
「あ、別に貴女からの自己紹介は大丈夫ですよ。貴女は、ファウスト侯爵家が長子、ウルヴァ・ファウスト。グロース王立学園在籍時は優秀な成績を修め、さらにこの国の王太子の婚約者、当時は未来の国母として期待されていたほどの才の持ち主……。ですが、卒業間近の断罪劇と言う三流芝居で婚約破棄をされ、ファウスト家からも見放され、女性同士が絡み合っている間に挟まりたいという拗らせた欲を持つ、金だけはある無能変態貴族、シュヴァルツ・アーランド子爵に嫁ぐことになった……で、合っていますね?」
「……はい」
だが、ベアンはウルヴァ・ファウストが何者かを既に調べていたらしく、つらつらとウルヴァの経歴を述べ、それに間違いが無いことをウルヴァは短い返答で認める。後半部分から毒を吐くように喋っていることに対して、ベアンの主人であるアーランド子爵をそこまで貶してもいいのか?と、ウルヴァは疑問を抱くが、その変態性で従者たちからも嫌われているのだろうと一人納得する。
一人で納得し、うんうんと、頷いているウルヴァに対して小首を傾げながらも、ベアンは調査で得たであろう更なる情報を述べていく。
「そして、グロース王立学園の女子生徒を寮の自室に連れ込んで、自分に肉体に溺れさせたり、凄い時には神聖な学び舎の庭で隠れて、複数の女子生徒と意味深な遊びをしたり、挙句の果てに卒業生、学園の女教師と夜の課外授業を始めたり……。手に入れた称号は数知れず、『1000人斬り』、『裸の淑女』、『自然の淑女』、『お姉様』、『ロリコン』、『熟女キラー』、『人妻キラー』、『全女性の飼主』、『変態達の夢の体現者』」
「いやいやいやいやいや?! え、なんですか?! なんですか、それは?! 私、そんなことしてませんからね! それに、なんですかその不名誉な称号は?!」
「おや、違っていましたか……確かな情報筋から得たモノなんですがね?」
「その情報を流した者の脳と耳と目を、直ちに取り替えたほうが良いんじゃないですか?」
「ちなみに情報源は、グロース王立学園在籍生徒達と、ファウスト家ですよ」
「くそったれぇ!!」
ベアンから告げられた情報源に、淑女に相応しくない言葉を発し、自身の不名誉すぎる称号を与えたであろう人物を呪いながら、ウルヴァは天井を仰ぐ。
そんな様子のウルヴァに、ベアンは未だにベットから起き上がらない彼女に対して、微笑みながら持ってきた服を見せる。
「とりあえず、ベットから離れて、その憎たらしい乳……ゴホン、その素晴らしき肉体を隠しませんか?」
「ええ、ほぼ全裸から卒業はしたいですから、その提案は嬉しいですわ。ただ……」
ウルヴァは、服から自身の腹部辺りへと視線を変える。ベアンとの会話の際、いや、自分が2度目の起床をした際から、あえて無視していた存在をしっかりと認識する……。
「私の腹部辺りでお座りしている魔狼さんを退かせてくれません? とても、重いです……」
「ああ、それもそうですね。でも、人間でいうショタの年齢のレイちゃんに重いなんて言う失礼な言葉、淑女として駄目ですよ」
「『まったく、紳士に対して重いとは失礼な雌ですね……うぅ、体重管理しないとダメかな?』」
「体重管理なんてしなくても大丈夫ですよ、レイちゃん! もう、ウルヴァさん! レイちゃんは、乙女のように繊細なショタっ子ですからね! 発言には気を付けてください!!」
「………」
ウルヴァはベアンとレイと呼ばれた魔狼とのやり取りを無視しながら、ベットから起き上がる。
これ以上、気にしてはいけない。魔狼が普通に喋っていることも、魔狼と親しげに会話しているベアンに対しても、魔狼が乙女みたいなことを言っているのも、気にしてはいけない……。
ウルヴァは、無心で服を手に取り、着替え始める。スカート丈が短く、服の胸部のサイズも小さく締め付けられてはいるが、胸が強調されるような形にはなっているが、ほぼ全裸よりはマシだ。
時折聞こえる「捥ぐぞ」、「滅そう」、「ハァ、自慢ですか?」というベアンの怨嗟らしき物は無視しよう。
そう、今の状況を無視すれば、まだ大丈夫。自身の心は守られる。そう自身に言い聞かせながら、ふと、2度目の起床の際に行われた、ベアンの自己紹介を思い出す。
彼女は何か重要なことを言っていたのではないか? そう確か、彼女は冒険者ギルド『復讐の牙』の受付嬢と言っていて……。
「復讐、の、牙……?」
そう、彼女はそう言っていた……。ウルヴァは、その言葉が自身の聞き間違えであったことを祈りつつ、自身の胸を睨み続けている彼女へと唇を震わせながら、確認すると……。
「え? あ、そうですよ。グロース王国一の冒険者ギルド『復讐の牙』の受付嬢ですよ!」
「……ヒッ」
「え、ちょっと、持たざる者の敵さん?!」
「ワオンッ?!」
ウルヴァは先程と同じように、意識を手放した。レイとの遭遇の時と同じように恐怖が限界値に達したのだった……。
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冒険者ギルド『復讐の牙』
そこは、国からも楽園からも地獄からも見放されたものが集う場所。
そこは、王族が最も嫌悪する存在がギルドマスターをしている場所。
そこは、国の大罪人にして、『鏖殺の英雄』が所属する場所。
何も知らない者たちは『復讐の牙』をこう評する。
王国一、最低最悪のギルドと……。
ウルヴァ=オオカミの意
ベアン=クマの意
レイ=勇敢な者の意
批評・感想お待ちしております