1.少女と騎士
懲りずに新作執筆。
色々頑張りたいと思います。
月明かりが仄かに差す森の中を、絢爛なドレスを着た少女が一人、逃げるかのように懸命に駆けていた。
長い距離を駆け、身体に疲れが出てしまったせいか、絢爛なドレスを着ていたせいか、はたまた、その両方か。少女の足は木の根に取られ、バランスを大きく崩し地面に向かって顔から転倒する。
咄嗟に地面に手を付くことで、大きなケガを負うことを阻止した少女だったが、転倒した際に足首を捻ってしまったのか赤く腫れ上がり、立ち上がろうとすると痛みが襲う。さらに、足を止めてしまったことによって、先ほどまで何も感じていなかったはずの呼吸が辛くなり、短く浅い呼吸を繰り返す。
少女にとっては、満身創痍。立ち上がることも、走り出すことも叶わない。
先程まで、光を宿していた碧い瞳は徐々にソレを失っていき、諦めと言う感情を表現するに相応しい、表情に変化する。
そして、そんな少女の後方からパキッと地に落ちた枝を踏んづけて折ったような音が聞こえた。
少女が視線をそこに向けると、汚れた服を着て、刃こぼれの激しい鉈を持った男が立っていた。
男は倒れている少女を見ると、下卑た笑みを浮かべながらゆっくりと近寄っていき、倒れている彼女の両腕を掴み、乱暴に立ち上がらせる。先程、倒れていた際には見えなかったが、自身を立たせている男以外にも同じ装いの男達が5人。同じような下卑た笑みを浮かべ、視線を此方――正確には彼女の瑞々しい肢体――に向けながら、その手でドレスに隠された豊満な乳房と臀部へと触れる。
男たちは手から伝わる感触を楽しみながら、少女を嬲り続ける。
女として、人として、下劣な者たちに辱めれる。このような状況に陥っている少女は、男たちに何の反応も示さない。
それは、反応を示すことで男たちが悦ぶだけだと解っているからか、彼女の持つ矜持からか……。
いや、少女は既に諦めているのだ。
少女にとって、男たちに穢されようが、余生を奴隷として過ごすことになろうが、……全て、どうでもよくなっていたのだ。
幼い頃から愛していた婚約者には裏切られ、家族からも見放され、金があるだけの無能な男の下に贄として差し出され、無能な男の下に向かう途中の馬車で目の前の男たちに襲われ、護衛の者や従者は殺され、逃げた自分は結局捕まり、嬲られている……。
もう、希望など持てやしない。自身の生はどん底で、そこから這い上がる為の術はないのだから……。
そして、彼女のドレスを破き、その肢体を外気に晒さんと、男の1人が彼女に触れるのを止め、腰に差していた鉈を抜く。
その姿を、光のない碧い瞳で見続けながら、自身の未来を想像する。想像した未来に光はなく、闇より深い暗い物だった……。
既に総てを諦めた、自分自身。
希望に縋ることも、絶望に身を委ねることも放棄した、愚か者……。そんな私が、まだ、願いを言葉にするのを許されるのなら……。
「――」
掠れて何を言ってるか聞き取れない程の声量で、少女は願いを口にする。
だが、その願いは誰にも聞かれることなく、空に溶けるように消えていく。
そして、男の持つ鉈が彼女のドレスに触れようとする、その瞬間――。
「ェ?」
――言葉になら呟きと共に、男の頸が宙を舞った。
いや、正確には、少女の腕を掴んでいる男以外の頸が、断面から鮮血を撒き散らしながら宙を舞ったのだ。
頸が無事な二人は、何が起こったのか理解できていなかった……。それは、頸を切断された男たちもそうなのだろう。
彼らの表情は、何が起こったのか理解していない表情だった。目の前の極上の女で愉しもうとしている時に、視界に映す光景が女から四方八方に移り変わる景色になったのだから……。
そして、宙を舞った頸は地面へと落下し、それを合図にするかのように胴体も崩れ落ち、それぞれの断面から溢れ出る鮮血によって地面を真っ赤に染め上げる。
男と少女は、未だに何が起こったのか理解できていない。いや、理解するという行為をなるべく放棄したいのだろう。先程まで、生命活動をしていた生物の死。これが、魔物や野生の生物の類ならここまでの思考放棄には陥らなかった。
だが、同じ生物種。間近にいた人間なら話は別になる。そして、目の前の光景を作り上げたものが、同じ人間ならなおさらだ。
男と少女の目の前には、『騎士』がいた……。
黒の全身鎧を身に纏い、背には黒塗りの棺を背負っており、右手には血によって汚れたロングソードを握っている。
少女を助ける為か、それとも己が欲によって穢すために男たちが邪魔だったのかは、解らない。
だが、目の前にある光景を作ったのが、この騎士であること理解し、男は死んだ男たちと同じ道は辿りたくないという恐怖から、少女を離し、その場から逃げようと背を向け走り出そうとする。
しかし……。
「ゲァッ?!」
騎士は、男の逃走を許さなかった。
男が少女から手を離し、背を向けた瞬間に、右手に持つロングソードで男の後頭部めがけて突きを放つ。
男の後頭部に突き刺さったロングソードの切っ先は、そのまま停止することなく口まで突き出て、男の前にあった木に突き刺さるり、ロングソードによって木に張り付けられた男は足掻くように両手を暴れさせるが、数秒後には、全身から力が抜けていた。
騎士は、男の死を確認すると木に突き刺さったロングソードを放棄して、何処から取り出したかは分からないが、血に濡れていないロングソードを手に持ち、ゆっくりと、しかし、地面をしっかりと踏み締めて、倒れている少女の目の前まで歩いていく。
自身の目の前までやってきた騎士に、虚ろな瞳を向ける。互いに何を考えているか解らない。だが、少女はその目で真っすぐ、その存在を見つめながら、先程、空に溶けるように消えていった願いを口にする……。
「……たす、けて」
「わかった」
誰にも聞かれなかった少女の願い。騎士は考える様子も見せることなく、聞き入れた。
そんな騎士に、安堵を覚えたのか、一筋の雫を頬に伝わせ、少女は簡単に意識を手放したのだった。
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