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笑顔のお礼、プライスレス

 天馬のお陰で、自分を取り戻せた私はグッと背筋を伸ばした。

 開き直ったとも言う。


「ルルッ」


 開き直ったのがバレたっ。

 ヴィクトール様が私を窘めるときの呼び方だ。

 ぐぅっと喉が鳴って視界がにじむ。

 それでも退けない私は思い切り息を吸った。


「私は、ヴィクトール様の夢を見届けると約束しました。清廉潔白な誰もが心から尊敬できる英雄になりたいという夢を、ヴィクトール様が叶える日まで。約束しましたからっ。何がなんでも、意地でも助けるんですっ。必ず、助けるって決めたんですぅぅぅぅ」


 ゔぅぅ。語尾が嗚咽になってしまった。

 情けない。

 格好悪い自分が悔しくて耳に血が上るけれど、私は拳で目をこすって涙を止めた。


「あー。泣かせたー。ヴィクトールがルルを泣かせたー。泣ぁかせた、泣ぁかせた。ヴィクトールが泣ぁかせた。いーけないんだ、いけないんだぁ」


 天馬がうるさい。

 子供の時にトルペから教わった「子どもが子どもを煽るときに歌う歌」は、本当に人を小ばかにした節回しだ。


「な、なによりっ。暁号がかわいそうでしょう。水を満足に飲ませてもらえずに、フレイムドラゴン討伐だなんて危険な仕事に連れて行くなんて」


 天馬の歌をぶった切り、必死になってまくし立てる。

 かなり重そうな樽と木箱が、暁号の鞍の左右にぶら下げられている。

 ほとんどが暁号の分だろう。正直言ってかなり重いはずだ。


「それは……」


 言いよどんだヴィクトール様に、ここがチャンスと見てまくしたてる。


「私がいれば、暁号には水もエサもたんまりあげられます。お手入れだって、水使い放題です。重い荷物から解放してあげられます。フレイムドラゴン討伐という難しい仕事に、最高の状態で挑めるように整えて見せますから」


 私が言葉を重ねるたびに、ヴィクトール様の表情が消えていく。

 カシャンとヴィクトール様がバイザーを下ろした。


「だが、今回は単騎でと言われたからね」


 ピシャっと鼻先で扉を閉めるような言い方をされても、もうビビるわけにはいかない。


「お前ごとき薄汚い使い捨て革袋が一人と数えてもらえると思うなと王城の宰相から手紙を頂戴しました。証拠は神殿に保管してあります」


 宰相への恨み節こみでハッキリと伝えたら、ヴィクトール様のまとう空気が一気に冷えた。


「またそんなことを。いつだ。厳重に抗議を」


 いかん。

 なんだか踏んではいけない怒りのツボを踏み抜いてしまった気配がする。

 あれか、ヴィクトール様は差別ダメ絶対主義だし。

 清廉潔白な英雄を目指すヴィクトール様としては看過できない事柄か。


 私はワタワタと左手を振った。


「それはまた後で。今回はそれを逆手に取れますから。ええ。私は宰相公認革袋ですから一人には数えられません」


 左手を腰に当てて、えばるように胸を張ってみる。

 すると、天馬が「そうそう」と追撃してくれた。


「オレは風と情報の神と共同でこなさなきゃいけない仕事があるから、ここまでだしな」


「そうです。ですが、移動速度に関してはご心配なく。風と情報の神様から神宝である翼付きの紐サンダルを借りてきましたから。文字通り空飛ぶように走ることができる逸品ですよ」


 私の足元を左手で指し示して、ちょっとアピールしてみる。

 履きなれた革靴のさらに上に、神宝である翼付きの紐サンダルを履いている。

 不思議なことに、私の足に当てたとたんにサイズがピタリと合った。

 試しに走ってみたけれど、地上の馬をぶっちぎりで置き去りにできる速度の天馬と余裕で並走できた。


 神様の宝、神宝ってすごい。


 ちなみに、風と情報の神様経由で神々から色々とお借りしてきた。

神宝を幾つ借りたかとか詳しいことは、心臓に悪いので忘れたことにしている。


 他にも、神々と精霊たちが協力を申し出てくれている。

 特に、天馬と風と情報の神様は付き合いが長く深いのもあって、早々に情報を受け取った天馬はすぐに私に協力を申し出てくれた。

 だからこそ、こうして神界にある天空神殿から、精霊界を経由して、下界のヴィクトール様がいる場所ピンポイントへあっという間に移動することができたのである。


 さすがは神々。今夜も明朝もこれからも、ずっと感謝しお祈り申し上げます。


 なお、代価となる労働力は後払いの約束である。

今、それは考えない。考えないったら考えない。

しばらく、当分、かなり先まで休みが無くなりそうだ。

覚悟の上だけれども。

今は未来のことを考えたくない。

ダメ人間の発想とか言わないで、お願い。


「ルル。僕はフレイムドラゴンを倒し、首と魔石を持ち帰らなければならない」


 ヴィクトール様がバイザーのスリット越しに私を見てくる。

 こちらのすべてを見透かすような双眸に、私は手綱を握る拳に力を込めた。


「はい。承知しております。そのための道具も、工業の神様から借りてまいりました」


「工業の神様からも、借りたのか」


 もの言いたげなヴィクトール様の口調には、どこか咎めるような響きがある。

私の恋心が「嫌われたくない」と怯みそうになるが、今はそんなこと言っている場合ではない。


「えぇ。総力戦ですよ。私にしてみれば、ですけれども」


 私はそう言ってから、おもむろにヴィクトール様から視線を外して天馬に目を向けた。

 無意識のうちに力いっぱい両手で握っていた手綱を、再び左手だけ外しす。

 左手の向かう先は、天馬の豊かな鬣。

 虹色の光を放つ天馬の鬣は、サラサラツヤツヤでとても触り心地が良い。

 モフモフと撫でて癒されてから、私は天馬にささやいた。


「天馬、ありがとう。ここでおろしてくれる? 」


「わかった。頑張れよ」


 またすぐに会おうなと付け足してくれる天馬は、どこからどう見てもイケメンというかイケ馬だと思う。

 神様の言葉は、実現を促す力がこもっているから。

 こんな時は、本当にありがたい。


「天馬もお仕事頑張って。また、ね」


 私が金の鞍から飛び降りるようにして地上に着地すると、天馬は大きく羽ばたいて、瞬く間に空へと駆け上がった。


「またなっ。ルルもヴィクトールも、無事に願いを果たせるよう祈っているぞ」


 その言葉に合わせて天馬の黄金色の瞳が輝きを増す。

 天馬が祝福を授けてくれるときの特別な輝きに、私の心は高揚した。


「ありがとうっ」


 私が手を振ると、天馬は空をくるりと一回転してから虹色の光を放って姿を消した。

 天界、下界、冥界、精霊界と四つに別れた世界の全てを自分の意志だけで渡り歩ける天馬の特技だ。

 私は光の名残を見送ってから、ヴィクトール様に向き直った。


「さて、ヴィクトール様。こちらをご覧ください」


 私は、袈裟懸けにしている焦げ茶色の革袋から取り出すフリをして、異次元収納魔術を発動した。

 と言っても、魔法陣を内側に焼き付けてあるので、あとは革袋を身に着けて『格納』や『収納』と魔力を込めながら唱えるだけで出し入れができる優れもの魔道具である。


 取り出したのは、蓋に特殊な魔法陣が刻まれた総てガラスで作られた小瓶だ。

 不思議と隙間なく閉まる、工業の神様特製の逸品である。


 ちなみに、小芝居をした理由は、遠く豆粒程度に離れている場所からこちらをうかがっている、貴族子弟と名乗らなくとも分かる豪奢な身なりの青年二人組に向けたパフォーマンスだ。

 私みたいな平民の田舎者が魔術を発動させて魔法陣をキラキラ輝かせているところを見せると、ややこしいことになりがちなので。


 フラウ王国の王侯貴族の間では、魔術を使えるのは王家でも限られた人だけとなっている。例外として、王が認めた騎士だけが使えるようになるとか。

 それ以外の者が扱う魔術と称するものは、すべて外道の悪しき術なのだそうだ。


 ヴィクトール様も騎士団入団前は魔術を使っていたのだけれど、騎士団に入ってからは使っているところを見たことがない。使っても、呪文の要らない身体強化くらいか。


 ヴィクトール様の中でも、色々あったのだろう。


 私が掲げるように差し出した小瓶を確かめるヴィクトール様を見ながら、私はよそ事を考えていた。


「ルル。それはかなり高度な魔術が施された品だね。目的は何かな」


 小瓶をじっと見つめながら問いかけてくるヴィクトール様。

 数年来魔術を使っていなくても、こういったところの読み取りの能力が衰えないのはさすがとしか言いようがない。

 もしかしたら、陰で研鑽を続けているのかも。

あぁ、ヴィクトール様ならありえる。推せる。


 ヴィクトール様の手が動きかけたのを見て取り、私は小瓶を手早く革袋に仕舞うと、ヴィクトール様を見上げる。

 氷青色の瞳が、ひたと私を見据えてきた。


「封印の小瓶というそうです。いくつかの英雄伝説に残っている通り、ドラゴンの血は人の頭を狂わせる作用があります。原因はドラゴンの血に含まれる成分か菌にあるという仮定の下、帝国で研究が進められているような劇物です。ですが、この小瓶さえあれば大丈夫。私のように異次元収納魔術が使えなくとも、栓を抜いて瓶の口をドラゴンの亡骸に向ければ、安心安全コンパクトに持ち運ぶことができます」


 嘘偽りなく、またよそ事を考えることもなく誠実に答えたら、ヴィクトール様のまとう空気が重くなった。

 解せぬ。


「何を代償にしたんだい」


 優しく問いかけてくださっている。

 だが、圧がすごい。なんだろう、ひしひしと怒りと不安の入り混じった気配がする。

 私がたじろいだら、ヴィクトール様がさらに問いを重ねてきた。


「工業の神は特に君を気に入っていたよね。まさか……」


 何を考えているのかは分からないけれど、よろしくない想像をしている予感がしたので、私は首がもげそうな勢いで首を左右に振って否定した。


「何もひどい代償を求められたりはしていませんっ。生きて帰って、当分は休み無しで神々の使いっぱしりをするだけです。いつもの生活と変わりありません」


「ルル。その封印の小瓶さえあれば、後は僕がどうにかするから。君は安全なところにいておくれ」


 そう穏やかに言いながら手のひらをこちらに差し出してくるヴィクトール様。

 封印の小瓶を差し出せとおっしゃられているのは、重々承知していますが、ダメです。

 今の私は空気の読めない子なので。

 めちゃめちゃ甘やかしてくれる時の眼差しがバイザーのスリットから覗いているけれど、ダメダメ。


「ダメです。そういう聞き分けのない子供を諭す優しい大人の顔をしてもダメです。ヴィクトール様がアンジェリカ姫とご結婚されたら、もうこうして言葉を交わすこともできなくなります。私がヴィクトール様のお手伝いをできるのも、今回が最後になるでしょう。最後の機会だからこそ、無事にヴィクトール様と暁号とドラゴンの首を王都までお届けさせてください」


 両手を胸のところで拳にして、一息で一気に言い放ってみた。

 途中から目を閉じてしまっていたのに気づいて、恐る恐る目を開けたら、視界がゆがんでいる。

 ボロリと涙の粒が目から零れ落ちた。


 力いっぱい握り締めたままだった拳でそのまま頬をこすったら、涙でびしょびしょだった。

 慌ててゴシゴシとこする。


 すると、私の手首を大きな手が優しくつかんで止めた。

 皮手袋と金属ごしに確かな温もりが感じられる。

 驚いて、金属の手甲に覆われた腕をたどると、馬から降りたヴィクトール様が私の目の前にいた。


 シールドをあげて、眉尻を落として私を見つめてくれていた。


「……ほら、目をこすったら腫れてしまうよ。ルル、本当に危ないと思ったら逃げてくれるね」


 思いっきり優しいぃぃぃぃ。


 私は叫びだしたい気持ちを抑えようとして、思わず口を開いてしまった。


「先程、天馬が言っていましたけれども。フレイムドラゴンがいる場所は、風と情報の神様に確認してきました。火山の山頂付近にある噴火口が元になってできた湖の畔。そこに溶岩で巣を作っています。いざとなったら私がヴィクトール様と暁号を連れて湖経由で逃亡する許可は、風と情報の神様と天馬にもらっています。倒せるまで何度でも逃げて何度でも挑めば良いんです」


 ノンブレスで本音とけっこう重要な情報を垂れ流してしまった気がする。

でも、ヴィクトール様のお顔は穏やかなままだ。


「ルルがそう言ってくれると心強い。ただ、本当に無理はしないでくれ」


 優し気な笑顔で念を押してこられたら、素直に頷きたくなるっ。

今までの私だったら、即座に承知していただろう。


 でも、今の私は違う。

唯々諾々と従うわけにはいかないのだ。


「ヴィクトール様が同じ約束をしてくださるなら」


 まっすぐに見つめ返して条件をだしたら、苦笑された。


「それは困ったな」


 私の両手首がふいに自由になった。

ヴィクトール様が両手を放して、左手を腰に、右手を頸当てに添えたからだ。

これは、本当にヴィクトール様が困ったときの癖。


私は頬を緩めて、胸を張った。


「大丈夫です。私という便利な革袋が来たからには、今回の王命もきちんと成し遂げられますよ」


 トルペの得意げな顔を意識して、自信満々な笑顔を浮かべる。

 すると、ヴィクトール様はふぅっと大きく息を吐いてから右手を私に差し出してきた。


「わかった。今回もよろしく頼む。僕にできる礼はさせてもらうから。またベールクト辺境伯経由になってしまうけれど」


「お金は要りません。笑顔でお礼を言ってください」


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