表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/63

片思いしている相手からの手紙って業務連絡でもうれしい

 風薫る季節になりました。

草原の野ばらが美しく咲く中、ヤクディ達と野山の散策を楽しんでおられる頃でしょうか。

 あなたと生まれたてのヤクディの世話をしながら、二人並んで四つ葉のクローバーを見つけた幼い日が懐かしく思い出されます。

 テンリャン山脈は見目麗しくとも峻厳な場所です。お変わりないとよいのですが。


 さて、過日大変お世話になりましたお礼をさせていただきたく、筆をとりました。


 多くの騎士が我が身可愛さに辞退するようなオーガキング率いるオーガの群れ討伐を引き受けていただき、ありがとうございました。

 無事に王命を遂行することができましたのも、あなたのお陰です。

 年頃のご令嬢にあの様な下劣な魔獣の討伐を手伝わせてしまったこと、今でも心苦しく思います。

 結果として、あなたの類稀なるご活躍のお陰で、こちら側の兵すべてを損なうことなく任務を終えることができました。


 どれほど感謝をしたらよいのか。


 取り急ぎ、あなたに報いるには足りない額のお金ではありますが、私の父であるベールクト辺境伯に預けておきます。

必要になりましたらいつでも領主館へお申し出ください。

領主館の皆もあなたに会える日を首を長くして待っていると聞いております。


 それから先日、王から報奨を受けてまいりました。

 その結果、近衛騎士団へ引き抜かれることになりました。

 私ごときが近衛騎士として立つことに複雑な思いはありますが、国王陛下からのご期待に応えられるよう、精一杯務めたいと思います。


 そうそう。

 近衛騎士団員だけの御用商人が見せてくれた品の中に、あなたに似合いそうな赤いベルベットリボンを見つけたので、贈ります。

 花とイニシャルを刺繍して包装した後、この手紙とともに届けてもらえるよう手配しています。

 気にいっていただけると良いのですが。


 ヴィクトール・レイ・ベールクト


 追伸

 赤いベルベットリボンと他の商品を持って、商人が雇用していた商人見習いが蒸発したそうです。

 換えの商品を待ってこの手紙とともに贈ろうとしたのですが、間に合いませんでした。


 私は、王家のアンジェリカ姫へ絶対の忠誠を捧げることを求められました。今後は親相手でも手紙を書くことが禁じられるようです。

 最後の外出の機会を利用し、ブテオ男爵にこの手紙とベールクト辺境伯宛の手紙を託します。

 今後の私は、身内からの手紙でも受け取ることが難しくなることでしょう。

 ご寛恕いただければと思います。


 アンジェリカ姫と国王陛下からのご下命により、私は王都南にある火山に巣食うフレイムドラゴン討伐に単騎で向かいます。

 私にとって最期の試練となるかもしれませんが、今回も王命を遂行するために全身全霊でもって努める所存です。


 貴方様は、どうか安全なテンリャン山脈の神殿で目指す神官となるようお勤めください。


 あなたに私なりの英雄譚を見守っていただけたら幸いです。

 どんなときも、どこにいても、あなたが幸せでありますように。


 フラウ王国王城のはずれにある嘆きの塔では、季節外れの暖炉に火が入れられたとか。そこで使われた古い火かき棒で火傷をした者や、質の悪い薪により生じた煙で気分を悪くした者がいるとか。挙句、飾られていた王族秘蔵の薔薇が煤で汚れてしまったとか。

 いろいろあったと聞きました。

 二人には仕事柄関係のありそうな事故です。

 暖炉の扱いは難しいですね。

 まだまだ急に冷え込むこともある季節です。

 どうか、お気を付けください。

 

 末筆ながら、ルル殿のご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げております。

 お返事は不要です。

 


「う、うぅ。ううわぁぁぁぁぁ」


 読み進めていくうちに溜まりだした涙が、一気に噴き出す。

 声をからさんばかりの大号泣だ。

 ひどい顔をしていると思うが、トルペの前だし構わない。


 遺書じみた内容すぎて、嫌だ。

 大好きな人からの手紙が業務連絡過ぎることよりも、死に別れを匂わせる内容が入っているのが辛すぎる。


 いかん、耐えられない。


 私がビービー泣いていると、トルペがハンカチを即座に渡してくれた。


「どうしたのっ。ひどい泣き顔だぞ。落ち着け」


 しっかりハンカチを受け取り、私は目に当てた。

 だが、あふれ出る感情が止められない。

 感情失禁という言葉あるという。今、まさしく、私の状態だ。


「落ち着けないわぁぁぁっ。ヴィクトール様が変ー! フレイムドラゴン討伐に単騎で向かうとか自殺行為じゃないっ。ヴィクトール様、自己身体能力強化の魔法しかできないのよ。毒も火も吐くフレイムドラゴンを単騎で討伐とか無茶がすぎるわよぉぉぉ」


 グシャグシャの顔で喚き散らす私の手から、そっと手紙が取り上げられた。


「見てもいい? 」


 問いかけに、私はぐっと涙をのんだ。


「ぅー。やだけど、いい。トルペの意見も聞きたいわ」


 垂れてきそうな鼻水をグズグズとすすって誤魔化しながら応えたら、トルペは「ありがとう」と小さく言って紙面に視線を落とした。


「どれどれ。失礼」


 トルペが読んでいる間に、私はすばやくチリ紙をポケットから出して鼻をかんだ。

 ささっと異次元収納のごみ袋へしまって隠すのもいつも通り。

 なれたものだ。

 いや、なれるほど号泣するなよという指摘はごもっともだと思います。


「変よ。もう、あちこち変よ。ヴィクトール様は、清廉潔白な英雄として近衛騎士となって活躍することを願ってきたのよ。ずっと、ずぅっと! それなのに、せっかくなれたのに! 私ごときとか、複雑な思いとか、変よ」


「アンジェリカ姫にも絶対の忠誠を捧げることになったのも変だね。王太子がいるのに、ドムス帝国へ嫁ぎたがるような姫に国の英雄をつけるなんて」


「まるで、フレイムドラゴンを討伐したら降嫁させる予定みたいじゃ無い」


「ああ。ドムス帝国からはアンジェリカ姫の嫁入りを完全に断られたからね。そういう線もあるかも」


「ううう。姫の夫は、親に手紙も出しちゃだめなんですか」


 トルペが貸してくれたハンカチに顔をうずめる。

 どうにもこうにも、涙が止まらない。

 怒りと違和感が、まとまりきらずに頭の中を混乱させる。


「変だね」


 トルペの冷静な一言に、私は大きくうなずいた。


「変よぉ」


 私が涙を流しながら同意すると、トルペは手紙を掲げて明かりに透かした。


「この手紙、あちこちの内容が引っかかるなぁ。あー。ちゃんときいておけばよかった。追伸をブテオ男爵から便箋を貰って書くなんて今までなかったのに」


 その言葉に引っ掛かりを覚えて、私の涙が引っ込んだ。


「では、封蝋はやり直したものなの? 」


「封筒は封印されていない状態で持参されたよ。レターケースは大規模遠征時のフラウ王国騎士団支給品だったと思う。蝋はブテオ男爵家のモノをお貸しして、俺の前で、ヴィクトール様自ら懐剣の柄頭を使って封印されていたよ」


「服装は、私服だったかしら」


「フラウ王国近衛騎士団の正装。つまり、白銀の鎧姿だった。近衛騎士の赤いマントに金の薔薇が刺繍されたものだったよ」


「腰の獲物は」


「フラウ王国近衛騎士団になると下賜される、フラウ王国自慢の両手剣だった」


「ヴィクトール様がブテオ男爵の街屋敷を辞されたのは、いつ」


「二時間半は経っていない」


「……行くわ。私」


 今のやり取りで決めた。

 ヴィクトール様は、トルペに手紙を預けてすぐに旅立ったのだ。

 むしろ、旅立ちのついでにトルペに手紙を預けたのかもしれない。


 それならば、今はフレイムドラゴン討伐の旅の途中にある。


 助けるなら、今。私が行くなら、今しかない。


「え? 」


 トルペがハトが豆鉄砲を食ったような顔をしているけれど、気にしないで宣言する。


「私、行くわ。フレイムドラゴン討伐に」


「行ってどうするんだよ。フレイムドラゴンだぞ」


 慌てふためいて止めてくるトルペ。

 そこに優しさを感じるが、今の私はそれを求めていない。


「私とヴィクトール様は、ヂバシリトカゲを二人で倒した仲よ。オーガの群れだって、ほとんど二人で倒したんだから」


「ヴィクトール様は単騎でと命じられたんだ。後をつけられているかもしれないぞ」


「だから何。私はフラウ王国宰相様から認められた使い捨ての革袋ですが何か。お前ごとき薄汚い田舎のネズミの使い捨て革袋が一人と数えてもらえると思うなって、ご丁寧にお手紙をくださったもの。王家もお前ごときを人の数には入れないって、鮮やかな墨痕で書かれていたわ。天空神殿の執務室の重要書類綴りに、大事に取ってあるわよ。えぇ、私は宰相様が認めてくださった唯の使い捨ての革袋ですが何か」


 それは、人材派遣会社へ届いた私からの「給料未払いに関する督促状」への返事だ。

キングオーガが率いる群れの討伐に行くまでは、討伐に行く度にちゃんと給料を払ってくれていたのに。


しかも、キングジェネラルをはじめかなりの数のオーガを私が仕留めたのに。


ただついて行っただけの騎士団の従者(貴族出身の兄が騎士でついてきた弟)には特別ボーナスまで出ているのが、本当に解せない。


 そして、絶対許さない。

 まずは、その手紙を今回のことに流用させていただこう。

 宰相様が「王家もお前ごときを数には入れない」と署名入りで明記された正式な回答文書ですから。


 ヴィクトール様に私の分の給料を支払わせた宰相を、私は許せない。

 フレイムドラゴン討伐などという、ヴィクトール様を使い捨てるかのような命令を止められなかった宰相を、私はどうしても許せない。


 ふふふっと自分でも驚くくらい低く暗い笑い声がこぼれた。


「ルル」


 気づかわし気な、そしてどこか咎めるようなトルペ。

 私はあえてトルペの春空色の双眸をじっと見つめた。


「私は好きな人の傍に行きたい。それが革袋の代わりだとしても」


 胸を張って言うにはひどい言葉だ。

 でも、いい。

 私は、どんなふうに扱われたってかまわない。


 覚悟をもって宣言した私に、トルペはとがった声で確認してくる。


「さっきも言っただろう。神官としても、ブテオ一族としても、フラウ王国とは袂を分かつときなんだぞ」


「これが、最後よ。だって、ヴィクトール様が書いているじゃない。最期だって」


 トルペが持っている手紙の中ほどを指す。

 たぶん、書き間違いではない。

 死ぬ前提で。なおかつ、生きて帰ってきても生涯会えなくなる覚悟で書かれた手紙なのだと伝わってきたから。


「ルルが助けて、二人とも生きて帰ってきたとしても、もう二度と会えないんだよ」


 トルペが泣きそうになっている。

 続く言葉に想像はつくが、言わせない。

 言わせないわよ。


「分かっているわよ。フラウ王国の英雄になるべく、ヴィクトール様がどれほど努力を重ねてきたかっ。清廉潔白な英雄となって、皆が心から尊敬できる存在を残したいって、ずっと言っていらしたわ。その願いがかなったら、どうなるかだって、私、ずっと考えてきたんだから」


 私は、途中からこみあげてきた涙を何度も飲み込みながら言い切った。


 フレイムドラゴン討伐が成し遂げられたら、私とヴィクトール様の未来への道はきっぱりと分かれるのだ。

政治的にも、彼の未来の家族的にも、宗教的にも。そして、物理的にも。


 うぅぅっとこらえきれなかった嗚咽をもらし、私は大きく息を吸った。


「いいじゃない。お姫様と結婚して、めでたしめでたし。そう終わる英雄譚があったって、いいじゃない。きっとヴィクトール様は、苦労の中にもまっとうな幸せを見出せる方よ」


 きつく目を閉じ、瞼の裏にヴィクトール様の姿を思い浮かべる。


 苦難の中でも常に顔をあげて前を見て、堅実な一歩を積み重ねてきたヴィクトール様。

幼い日のヴィクトール様が抱いた「誰もが心から尊敬して憧れる英雄がいたらいいのに」という思いに、自らの誠実な努力で応え続けてきたのだ。


 きっと彼は大丈夫。

私がいなくても、周囲全部が彼の敵にならない限り、ちゃんと歩んでいける人だ。


 解っていても助けたくなってしまうのは、私個人の我儘。

赤の他人でしかない、ルルの淡い恋心が不満を訴えているだけ。

もっと側にいたい助けたいと我儘にも喚き散らしているだけだ。


「ルル……。中途半端な情けは、かえって相手を苦しめるよ」


 トルペの気づかわし気ながらも至極まっとうな指摘に、私の恋心が悲鳴を上げた。

心臓がこんなにも痛むのは、初恋の断末魔のせいかもしれない。

私は胸を押さえて、顔をあげた。


「だからこそ、私がルルとしてヴィクトール様の味方となるのは、このフレイムドラゴン討伐を最後とします。以後は、天空神殿の神官ルイーザ・マリン・ブテオ・ドムスとして公正な立場で動きます」


「できるの? ヴィクトール様から、見捨てやがってと言われるかもしれないよ」


 トルペが言ってきたことはあり得る未来だ。

 ミシリと胸が軋んだが、気にしてはいけない。


「できるか、できないか、じゃないの。やるの。私は、やればできる子なんだから」


 精一杯胸を張って鼻息荒く言い切った私の頬に、柔らかな木綿のハンカチが当てられた。

 キチンとアイロンがかかったハンカチを何枚ももっているのも、塩辛い涙でびしょびしょの私の頬をけっして擦ることなくハンカチを何度もそっとあててくるのも、トルペらしい。


 未だ涙に揺れる視界でトルペの顔をとらえたら、仕方ないなって今にも言いそうな表情をしていた。


「ここに帰ってきたとき、いっぱい泣いて、いっぱい水分とって、いっぱい眠って、いっぱい食べる、そのための用意はしておいてあげるよ。ご両親やブテオ男爵様方にも伝えておく。ビス神官に修業の進捗状況と合わせて神々からの依頼をまとめて一日二回報告するように提案するから。こっちのことは俺がきっと何とかして見せる。だから、こっちのことは心配しなくていいよ」


 厳しいことも言うけれど、やはりトルペは面倒見が良くて優しい。

 じわっと目頭が熱くなって思わずハンカチで押さえて、それがトルペから借りたものだったと思い出す。


「ありがとう。トルペ。借りたハンカチは洗って返すから」


 鼻をすすってお礼を言ったら、うんと大人びた顔をしてトルペがまじめに応えてくれた。


「ううん。この手紙から引き出せた情報もあるから。読ませてくれてありがとう。助かったよ。ルルがフレイムドラゴン討伐に行っている間にやれることが増えた」


「そう。では、忙しくなるわね」


 トルペが更に忙しくなってしまうことに今さら思い至り、申し訳なさがこみあげてくる。

 すると、トルペが私の頭に軽く手を置いた。


「お互いね。ちゃんと神々に旅立ちの報告をして、必要になりそうなものは遠慮なく借りていくんだよ」


 どこまでも優しいアドバイスに、私はしっかり頷いた。


「後が怖いけれど、命には代えられないものね」


「そういうこと。命あっての物種だから。じゃあ、いってらっしゃい」


 手を振るトルペに、私は深々と頭を下げた。

 もう、泣いている暇はない。


「後はよろしくお願いします。いってきます」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ