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アグレッシブかつ筋肉で語る

 しばらく頭を撫でられていたけれど、手の中にある手紙を見て気を取り直した。

 恋の終わりが決まっていても、今はまだ恋をしている。

 そして何より、ヴィクトール様からの手紙という大切な繋がりがある。

 私には、私ができることをしないと。


 ぐっと顔をあげて、思いっきり話題をそらしてみた。


「ところで、ここ天空神殿に来る怪我人のことなのだけれど。今はどこにいるの」


 トルペとの会話の中ですっかり流されていた人物の存在をほじくり返してみる。

 いや、ほら。

 怪我人のために必要そうなものは一通り用意したけれど、ね。

 同じ天空神殿で暮らすなら、いつからとか、どんな人なのかとか知りたいよね。


 今の今まで忘れていたけれど。


「あぁ。勇猛なる戦神様の神官であるビスと言ってね、勇猛なる戦神様に選ばれた修行者なんだ。早速、勇猛なる戦神様の下で修業しているよ」


 さらっとトルペが渡してきた情報に、私の頭がまた空回りする。


「シュギョウ? 修業? 怪我人よね」


 首をかしげざるを得ない。


 天空神殿で治療や養生が必要な場合は、地上で殺されそうになって命の危機に瀕しているか、丁寧な機能回復訓練が必要か。あるいは、その両方か。

 今まで見てきた人たちは、皆、神官に担がれてやってきたのだ。


 対して、私が見たことのある「神に選ばれた修行者」は誰もが気力と体力に満ち溢れていた。 

 神が修業をつけてやるというときは、種族の限界に挑戦させてやるというのと同意義である。


 私の知っている「天空神殿に来る怪我人」と「神に選ばれた修行者」が繋がらない。

私が眉間にしわを寄せて訝しんでいると、トルペは肩をすくめて見せた。


「さっき言っただろう。怪我をさせられたのは、ブテオ男爵様が出席している茶会だったって。即座に応急処置をして、そのままブテオ男爵様の街屋敷の地下神殿経由でテンリャン山脈本神殿に駆け込んだよ。そこで、医神様の精霊と契約している神官に完璧な治療魔術を施してもらった。今はクマとだって格闘できるよ」


「体を切られたのよ。心はそう簡単に癒えないでしょう」


 思わず老婆心で口にしてしまったが、トルペは「わかっていないなぁ」と首を緩く振った。


「勇猛なる神官様と炎の神様の加護持ちの神官だよ? 神殿の焼き討ちの直後に加護を受けて、それから十年も経っているんだよ。ドムス帝国の開拓村で過ごす中でも色々あったみたいだけれど、すっかりアグレッシブかつ筋肉で語る精神構造に育っているよ」


「開拓村ってそんなにハードな生活なの? うちの両親、フラウ王国より生きやすいとか言っていたけれど。もっと魔道具とか魔術薬とか差し入れたほうが良いかしら」


 クマは魔獣じゃないくせにその巨体と獰猛な爪と牙で、成人男性一人くらいなら一撃で仕留めて平らげるような猛獣である。

 どちらかというと学者や研究者の性質が強い神官が、そんな危険生物と格闘できるようになるだなんて、どんな生活を送っているのか心配でしかない。


「ドムス皇帝陛下と議会は、かなり支援してくれているよ。生活水準は、王都で下級使用人として暮すよりかなり上だね。ただ、皆張り切りすぎる傾向にあってさ。ビス神官曰く、フラウ王国王城へ派遣される前にも、うっかり特訓と仕事を張り切りすぎて足の腱を切ったこともあったそうだから。今回の腱でも、こちらが不安になるくらいビス神官はとても落ち着いていたよ。一応、魂の神様の精霊にも確認を取ったけれど、ビス神官は実に健全な魂の持ち主だってさ」


「そう、なの。よかったぁ」


 言ってから気づいた。

 いや、良くないよね。うっかりミスで足の腱って切れないわよね。

 まぁ、魂の神様の精霊が心や魂の傷を確認してくれたなら安心だけれども。

 なにせ、彼らは魂のエキスパートだから。

 私が私の心を説得している間に、トルペが何やら不穏なことを言い始めた。


「フラウ王国とドムス帝国の国境には、人の移動を知らせる魔術がまだ健在だからね。フラウ王国内のどこかで儚くなったように見せかけないといけなかったんだ。今頃、ブテオ男爵様の街屋敷では哀れな下級使用人を荼毘にふすような偽装工作が進んでいるよ」


 つまり、フラウ王国の誰かを欺くための計画だ。


「泥人形を用意した方が良いかしら」


 私からの提案に、トルペは柔らかな笑みを浮かべた。


「街屋敷の皆で鍋にして美味しく食べたツノイノシシの骨と皮を焼くから大丈夫。相当臭いけれどさ。万が一のために狩っておいて良かったよ。今のフラウ王国の王侯貴族なんて、人が焼けるニオイなんて知らない連中ばかりだから、巧く誤魔化せるんじゃないかな。王侯貴族の子弟を誰かしら見繕って送り込んでくるんだろうけれど、また遠目から覗いてくるので精一杯だろうし」


 そして、いい笑顔である。

フラウ王国の王侯貴族をどれくらい嫌っているのか。

常々「できないならできないなりに働けばいいのに。自分のできることすらやらないから無能って呼ばれるの分かっていないのかな。あぁ、分からないから無能なのか」などと毒を吐きつける対象としているのは理解していたけれど。


 トルペの心の闇について思いをはせかけて、ふと気づいた。


「ねえ、あの泥人形、まさか臭いまで再現されていたの? 」


「神々が用意したものに欠陥があると思う? 」


 にやり。そう表現するしかないような、底意地悪そうなトルペの顔に確信した。

 泥人形は、中身まで人間そっくりに変わったのだろう。

 思わず、私は目を閉じて、胸の前で両腕を交差した。


「哀れなる泥人形達へ、鎮魂の祈りを心より捧げます。安らかな眠りに幸いあれ」


「安らかな眠りに幸いあれ」


 私の祈りに乗っかってきたトルペに、私は頷いてから手紙を掲げて見せた。


「さて、と。怪我人のフラウ王国内での立場も元気なことも分かったから、この手紙を開封するわね。気になることもあるから、トルペの前でヴィクトール様からの手紙を読もうかと思うのだけれど。トルペも気になるでしょう。本当は独り占めしたいけれど。本当に独り占めしたいけれど」


 大事なことなので二回言いました。

本当は、机の上で丁寧に開封の儀式を行い、舐めるようにじっくりと一文字一文字味わいながら読み込みたい。

 でも、私欲を優先するには、あまりにも状況が悪すぎる。


 もちろん、後で舐めるように何度でも読み返す気満々ですけれども何か。


 そんな思いを込めて手紙越しにトルペを見たら、嬉しそうにうなずいてきた。


「うん。ルルならそう言ってくれると思って、精霊やビス神官に預けたりしなかったんだ」


「じゃあ、読むわね。あ、読み終わったら意訳するからちょっと待って」


 そのまま音読するのはなんだか出来なくて、私は小さな抵抗を示してみた。

 すると、トルペはいい笑顔で首肯してくれた。


「わかったよ。しっかり読んでからでいいから」


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