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神様の便利屋と書いて神官と読む

「おぉい、ルル。訓練で使った武器をしまっておいたから、武器庫を掃除しておいてくれ」

「ルル―。調べ物で図書室を使ったのだけれど、掃除お願いしますね」

「ルールー。新しい怪我人を一人匿ってくれと連絡が来ているから、倉庫を掃除して必要なモノを出しておいてくれ」

「ルル。薬草畑の世話をお願いしますね」


 多種多様な美貌の神々が次々と入れ替わり立ち代わり、麗しくも個性的な声で次々と「お願い」を繰り出してくる。


 ここは天空神殿。

 神々の世界である天界で、唯一生きている人間の出入りが許された空間。

 はるか昔に神々の寵愛を受けた神官たちのために、工業の神様が白亜の神殿を幾つも造り与えたもうた場所である。


 だが、しかし。

 ここ数年、なぜか年がら年中神々の出入りが激しく、すっかり神様たちの寄合所と化している。


 ここに務める二人の神官は朝晩の「お勤め」と呼ばれる祈りの時間のほかは、炊事洗濯家事雑用に邁進する日々だ。


 ちなみに、十年前から私と私の父がここの神官を任されている。

 母は神兵と呼ばれる神殿や神官を守る魔剣士として、同じ神殿に務めているのだが、実質父の仕事の補佐が仕事のメイン。

 家族三人、仲良く揃って神々の便利屋と書いて神官と読むような生活をずっと続けてきた。


 ただ、ここのところ神々からのお使いやら何やらで父が下界へ頻繁に降りるから、護衛である母も父について行き、私一人で天空神殿に務める日が多くなっている。


 寂しくないといえば嘘になるけれど、仕事で忙しいことで気が紛れて良いのかもしれない。


「はぁい、ただいま。今やっているお仕事が終わったら順番に伺います」


 私は大きな声で返事をして、食料品が大量に乗った石の祭壇を片付ける作業に入ることにした。

 下界と呼ばれるヒトや生き物が住まう世界から、供物として捧げられた食べ物が転移してくる祭壇はとても大きい。

私たち親子三人が余裕で乗れる大きさがある。


 さらりとした肌触りの巨大な大理石にしか見えないけれど、とても便利な品で。

下界に数多ある神殿の祭壇へ捧げられた供物が、石の祭壇に届く時には大まかに種類別に分けられるように工業の神様が作ってくださった特別な品なのである。


 だがしかし。

敏いお人は気づいてくださっただろう。

下界の世界中から供物が集まる祭壇なのだ。

正直、一日二回整理していても毎回山となってしまう。

供物は食料品だけではないので、武器庫や書庫や倉庫にも同じような石の祭壇があり、どこも同じような状態である。


 だからこそ、普通の神官ではなく徹底的にしごきあげられた神官が用意されるのだ。


 神々の便利屋と書いて神官と読む「天空神殿の神官」という神官を。


 私は諸事情から天空神殿で生まれ、物心つく前から神々から直接魔術を教わった身。

 整理整頓や掃除など日常の家事から何から何まで、それに適した呪文を唱えればたいていは一瞬で仕事を済ませられる。


 母方のブテオ一族の親類から、一家に一人はほしいとよく言われるのが自慢です。


『ひらけ異次元の扉』


  左手のひらを山となっている食べ物に向けて、呪文を唱えると黄金色の魔法陣が宙に浮かぶ。

 この魔法陣が、時と空間の神様直伝の「異次元収納魔術」の出入り口だ。


『収納』


 左手を魔法陣に向けたまま唱えると、あら不思議。石の祭壇の上はきれいさっぱり片付いた。

 続けて、品目ごとにまとめて、それぞれの棚にしまう呪文を唱える。


『整理、格納』


 たったこれだけで、食料品の収納という仕事が完了。

 あぁ、便利。


 私は外界の神殿から奉納された食料品を品目ごとに格納できた食糧庫を見渡して、不備がないか「遠見の魔術」でチェックする。

 これは自分の目に魔術をかけるものなので、慣れてしまった今は呪文なしで発動できるようになった。

 ざっと半径一キロメーロの範囲にあるものを、立体的に視認して数や状態も把握できる便利な魔術である。

 ついでにいうなら、私の身長が一・五メーロで、一キロメーロが千メーロ。

 下界の成人女性の平均身長より〇・一メーロ低いのが私のコンプレックスだったりするが、気にしないでほしい。

 上の棚に手が届かないとか、椅子に座ると足が浮くとか、テーブルが高くて使いづらいとか、些細な不便が多い下界が苦手なんて思っていない。たぶん。

 工業の神様とその精霊たちが、私サイズに合わせて家具を加工してくれる天空神殿の居心地が良すぎるだけなの。


 私は、怪我人をかくまってほしいという依頼を受けた神様からの言葉を思い出し、食糧庫の入り口近くに足を向けた。

 私がとりやすいように高さを調整された棚の上に、空の籐籠が積んであるのだ。

 山になった籐籠の一つを手に持ち、怪我人をかくまうのに必要と思われる食材を集めていく。


『開け異次元の扉』


 再び唱えて、左手のひらを自分の足元に向けて開いて魔法陣の上に籐籠を置き『収納』と唱えれば、スッと異次元へ収納される。


 再び手ぶらになったところで、ローブのポケットから小さな帳面を出す。

工業の神様が作ってくれた持ち運び用インク内蔵ペンも一緒に取り出し、蓋を外す。


「えーっと」


頼まれた順番通りに、神々から任された仕事を記載して確認する。


「次は武器庫ね。壊れた武器を工業の神様のところへ届けてくれているとよいのだけれど」


 ひとり呟きながら食糧庫を後にした私は、渡り廊下を競歩の勢いで歩きはじめた。


 食糧庫と武器庫と倉庫は隣り合っていて、渡り廊下でつながっている。


 空を飛ぶより歩くほうが運動になるので、こういうときは歩くように心がけている。

 何でもかんでも魔術で済ませると、あっという間にすぐ体がなまってしまうのだ。


 お年頃の身としては、しっかり体力をつけて健康美を体現したいもの。


 神官の作業服である焦げ茶色のフード付きロングローブの裾が豪快に揺れているが、気にしない。


 他のヒトは今はいないから、私の自由にさせてほしい。

恥じらい? 

それは燃えないゴミとしてうっかり捨てた気がする。


 グダグダ考えているうちに武器庫の入口にたどり着いた。

 石と金属で頑丈に作られた巨大な金庫のような建物は、知恵と戦の神よりも勇猛な戦の神の好みが大いに反映されていると聞いている。


「失礼します」


 数段の階段を上って、大きく分厚い鉄扉を全身を使って押し開けると、入ってすぐ、開けたスペースに武器が乱雑に突っ込まれた酒樽があった。

 なんというか、扱いがひどい。

 神々が使う武器なのだから、下界の襤褸屑のような中古品とは違うのに。


「もう、これちゃんと手入れしてあるのかしら」


 ぶちぶち言いながら近寄ると、金属の手入れ用の脂が薫る。

 どうやら、手入れだけはしてあるようだ。

 念のため、破損品が無いか確認しながら、一つ一つに格納の魔術をふるう。


「あ……これ」


 柄頭に氷のような薄水色の宝石がはまった両手剣を見つけ、私の胸が高まる。

 大好きで尊敬してやまない人の瞳の色にそっくりだったのだ。


 鞘はシンプルながら、金具が特殊合金ならではの虹色の光を放つ銀色なのが美しい。

 よく見ると、鞘にはうっすらと神文が刻まれていて、様々な加護が加えられている。


「きれい」


 剣としても美術品としても魔道具としても、どこまでも精緻で整っている姿にウットリと見とれてしまう。

 フラウ王国随一の美貌と腕前の騎士と評判のヴィクトール様にとても似合いそうな美品だ。


 目を閉じてヴィクトール様に思いを馳せる。

 美しい顔そのままの品行方正で温和な気性。

 すらりと伸びた手足に支えられた長身。

 絵本に描かれる白馬に乗った王子様そのものの外見。

 それでいて、王命で凶悪な犯人や魔獣を数多討伐してきた出世頭。


 フラウ王国の英雄や白銀の騎士として、今や他国にまで知られる人である。

 王都では大多数の老若男女が色んな重さの好意を捧げる有名人となってしまった。 

 

 私が幼い頃、双方の親に連れられて下界にあるテンリャン山大森林で山登りや森歩きを一緒に楽しんだのが嘘のよう。

 今は手紙を時折交わすだけの関係だけれど、遠くから見かけるためだけに時間を作って下界へ降りる手続きをする位には、私はヴィクトール様が大好きだったりする。


 少し語らせてもらいたい。

 ヴィクトール様の良さは、幼い頃から内面にもあったことを。


 物心つく前から神々の便利屋として雑用に追われていた私は「ここまで育てられた以上、神官になるしかない」と非常に冷めた子供だった時期がある。


 そんな私を「君はこんなに幼い頃から努力を重ねているんだね。誰でもできることじゃない。とても凄いことだよ」と褒めてくれたのがヴィクトール様。


 そして、どんな夢を描いても良いのだと教えてくれたのもヴィクトール様。

「僕は辺境伯の三男だけれど、いっぱい修行して伝説に残るような騎士になりたい」

そう目を輝かせて夢を語る姿の尊さを教えてくれたのも、ヴィクトール様。

艱難辛苦を乗り越えるために努力に努力を重ねるひたむきな姿の尊さを教えてくれたのも、ヴィクトール様。


 あぁ、ヴィクトール様が尊い。

 お判りいただけただろうか。


 それにしても、ヴィクトール様が銀の髪を揺らしながらこの剣をふるったら、さぞ絵になることだろう。

 なにせ、光の輪を背負っているかのように輝くツヤツヤのストレートヘアだし。

 確か、一月前に姫様のピクニックに随伴していた時は背中まで髪が伸びていた。

 

 きっと、剣の軌跡と髪の煌めきで、光の粒が飛び散るような眩い姿が見られるだろう。


 ほぅっと間抜けなため息をついたところで、私の頭は背後からわしづかみにされた。


「それ、工業の神がヴィクトール・エル・ベールクトのために造った剣だな。今さっき試し切りしたけれど、一級品だぞ。本人に持たせてバランスを見たほうがいいかもしれないが、俺の神宝にしたいくらいに良い切れ味だったからな」


 ゴリンゴリンと私の頭をわしづかんでこね回すような動きで撫でてくる大きな手の持ち主は、私の頭の高さに腰がある大柄な神様、勇猛な戦神様である。

 低くて迫力のある声は間違えようがない。

 今日も声量が大きい方に振り切れている。


「勇猛な戦神様、ごきげんよう。では、こちらは新しい剣なのですね」


 軽く頭を下げつつ振り返ると、磨きたての巨大な皮サンダルが見えた。

 私の頭をなでる手がホカホカと暖かったが、運動をしてきたのではなく、お風呂に入ってきたらしい。


 勇猛な戦神様の運動はちょっと洒落にならないくらい豪快なので、全身何かの血飛沫やら泥汚れやら煤やらがこびりつくのだ。

 奇麗に掃除し終わった直後の部屋にそんな汚れた身なりで入ってこられる時もあるので、今日はアタリの日と言えよう。


 ちょっとした幸せをかみしめながら、下げたままで私の頭をグリグリと撫でてくる手に視界を揺らされていると、ふいに私の顎下に大きな握り拳をいれるようにして顔を持ち上げられた。


 勇猛な戦神様は、かがんでくれている。 でも、視線があうには私が思いっきり顎をそらす必要がある。

 正直に言おう。

 つらい。

 それでも頑張って見上げていると、強い光を宿した勇猛な戦神様の双眸が柔らかく細められた。


「工業の神が次の機会があったらヴィクトールに剣を下げ渡す予定だと言っていた。ルルは幼い頃から付き合いがあるだろう。また何か会う用事はないのか」


 うっ。と私の喉が鳴った。

 つらいことにを思い出してしまったからだ。

 机の端に置きっぱなしにしている、王城文官からの手紙には、私ごときからの手紙は二度と取り次がないと書かれていた。


 それはもう、嫌味で傲慢な文だった。

 こうもヒトを見下せるのかと驚くほどに。

 思い出しただけで泣きそうだ。


「私ごとき下級神官からの手紙は近衛騎士へ取り次いでもらえないそうです」


 思ったよりも泣きそうな声が出てしまった。

 すると、勇猛な戦神様は私から手を離して、ペチンっと自分の首筋を叩いた。


「はぁ。お前が下級神官なぁ。フラウ王国は王侯貴族じゃないと上級神官になれないとか、まだ言っているのか。ついに手紙のやり取りまで禁じるとはな。どんどん酷くなっていないか」


 ガシガシと音を立てて自分の頭をかく勇猛な戦神様は、陰湿なやり口が嫌いだと公言している。

 話を聞いただけでもイライラしてしまうのだろう。

 彫りの深い顔立ちが眉間に寄ったシワによって余計に迫力のあるものになって、とても怖い。


 私はそっと目をそらして俯いた。

 主に怖いからではなく、首が痛いのをごまかしただけだけれども。


「フラウ王国では年々、平民や下級貴族に対する差別がひどくなってきています」


 首の痛みが収まったところで顔を上げたら、勇猛な戦神様が気遣わしげにこちらを見ていた。

眉尻が下がっているけれど、眉間の皺が一層深くなっている。


 まずい。


 勇猛な戦神様はまっすぐな気性の方。

 子供が泣いたら全力で原因を排除するような優しさもお持ちである。

 うっかり私が愚痴ったせいで、フラウ王国そのものが神の軍団によって滅びかねない。


「ま、まあ、抜け道はありますから。ヴィクトール様のご実家ベールクト辺境伯経由とか、我々神官一族の一人ブテオ男爵に頼んで彼の人材派遣会社経由とか。いざとなったら何としてでも届けられますよ」


 私がペロリと舌を出して見せると、勇猛な戦神様はニカリと白い歯を見せて笑ってくれた。


「ほほぉ。なるほど。ルルもたくましくなったな」


 ガハハハハと笑う勇猛な戦神様に合わせて、うふふふと笑っておく。


「あぁ、そうでした。フラウ王国の近衛騎士は国王陛下から賜った武器を身に着けるのがルールらしいので、もう少し時期を見たほうが良いかもしれませんね」


 さも今思い出したという体で手を叩いて提案すると、勇猛な戦神様がパチンと首筋を叩いて、目を丸くした。


「なんと。あの国は鍛冶師を村ごと失ったのではなかったか」 


「そうですねぇ。いまは在庫で対応しているようですが、これから輸入の目処がつくのかどうか。もっとも、炉に鍛冶師の妻子を投げ入れて剣を作れと命じる貴族が何人も出てきたので仕方ないですよ」


 私が肩を落として言った言葉に、勇猛な戦神様は思い切り顔を引きつらせた。


「ゲェっ。なんだ、それ。燃料にするには趣味が悪くないか」


「遠い国の伝承だそうですよ。工業の神や炎の神への生贄とか、そういう意味があったのかもしれませんね」


「あー、そうかぁ。昔は人間の生贄って結構あったもんな。でも、そんな酷いことは止めようってなったんじゃなかったのか」 

 腕を組んで首を傾げる勇猛な戦神様に、私は首肯してみせた。


 元となった伝承は南西にある諸島群の一つである火山島に伝わっているのだが、それはあくまでも大昔の話としてだ。

 今は他国と同じように神官が正しい手順で儀式を行うことで加護を得られるようになっている。


 今どき生贄にヒトを捧げる国はないのだ。


「こちらとしても看過できなかったため、神官が主体になって助けに動きました。急な話でしたが、鍛冶師の村ごとドムス帝国の開拓村へ移住してもらえて良かったです。ただ、魔獣に襲撃されたかのような偽装が大変でしたよ」


 思い起こすだけでゲンナリするほど忙しい日々だった。

 貴族たちの使者が再び来る前に、村人全員の帝国までの移動と偽装まで終わらせたのだ。


 ぶっちゃけ、野盗が家財を荒らして人さらいをして証拠隠滅する手順を模倣してみたの。

 ヒトとして、神官として何かを無くしてしまった気がしなくも無くもない。


 とりあえず、疚しさを笑顔でごまかしてみた。

 すると、優しい手付きで勇猛な戦神様が頭を撫でてくれた。


「そうか、頑張ったな。ドムス帝国なら鍛冶師の仕事も多い。フラウ王国独自の技術もあるからな。技術交流が生まれたら、新しい発展につながるかもしれないな」


 話題を反らせてくれたのに全力で乗っかることにする。

 ニコニコ笑顔の応酬である。


「楽しみですね」


「うむ。人の世の良き変化は大歓迎だ。開拓村、しっかり気にかけてやろう」


 力強く胸をたたいて請け負ってくださった勇猛な戦神様に、心から深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


 任せておけと豪快に笑いながら去っていく勇猛な戦神様を見送って、私は手にしていた美しい両手剣を下賜予定品の棚へ収めた。


「さあ、急いで次の仕事しなくっちゃ」


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