死、そして転生
ぷかぷかと揺れ動き、足を乗せると浮き沈みする不安定な足場、その下には轟々と燃えたぎる灼熱の溶岩があたり広がっている。
その上を落ちる様子など全くなく器用に動き回る者達。そして宙には巨大な光線や火の玉が飛び、その先に対峙する暗黒のファラオに命中する。いや正確には「ナイアーラトテップ」という裏ボス。
ゲーム発売から約一年、このボスにユーザーは数えきれないほどの挑戦をしてきたが、未だ成功例は無し。なぜなのか、理由はいくつかある。まずこのボスは千の化身を持つ神話をなぞり、変幻自在に姿形を変え同時に能力も変わる。加えていうと、どの形態も凶悪なスキルと技構成だ。次にボス自体を倒すのもままならないのにステージがボスの形態変化と共にボスの有利な環境に変わる。それも、どこにいても数秒で状態異常にかかるような過酷な環境になるのだから大変だ。その上、属性の相性と個人の属性一致技が最も重要てあるこのゲームにおいて、属性効果が消えてしまうのも難点といえる。要するに高威力の攻撃がほとんど全て封じられてしまうのだ。さらにさらにスキルは『弾き』と『スタン攻撃』だけしか使えないとくる。この二つはボス相手には効かないスキルなので実質スキルも使用不可なのだ。
結果、ソロクリアは確実に不可能とされ、またクリア後に解放されるコンテンツを駆使しなければ100人のレイドでもギリギリの戦いを強いられる難易度だと判断されるようになった。普通のプレイヤーならば、まず相手にすらしないボスだろう。なんせクリア後に挑めるものなので、ストーリーを進めるために戦わなくちゃならない相手というわけでもなく、千時間以上やらないと話にならないような、はなからやりこみ要素として用意されているとしか思えない超のつく高難易度の裏ボスなのだから。
しかしこのボスのクエスト解放条件を満たすくらいにこのゲームをやり込んだプレイヤーならば、討伐時に貰えるその未知の報酬を見過ごすわけにはいかない。俺らは、このボスの存在を知ってから何度もなんども攻略の手立てを見つけるために、ゲームをやり込み、最近じゃ寝る間を惜しんで熱中した。
そして今、俺が突き刺した剣がHPを削り切り、ついに討伐の瞬間が訪れる。
歴代を含めたゲーム史上最強と謳われたナイアーラトテップの討伐に成功したのだーーー
ーーーしかしながら。
ゲームでいかに凄かろうと、現実とはまた別の話だ。俺の場合は、その差がものすごく顕著な部類だろう。
俺は、家に引きこもってゲームをしているだけの人間なのだから。
いじめが原因で足がまともに機能しなくなり、家に引きこもるようになってから、偶然見つけて始めたのがこの「ソウルセイバー」というゲームだった。
入院生活が終わったけれど、常に車椅子に乗っていることが嫌で引きこもり無気力な生活を過ごしていた時、大手ゲーム会社で結構偉い地位にいるいとこの父親が突然持ってきたソフトで、発売前の商品、いわゆる先行プレイのような形でプレイし始めた。
元々ゲームはする方だったけれど、一日中ゲームをしたことはなかった俺だったが、気付いた時には夢中になっており、昼夜を問わずにプレイした。そして時間を気にせずに遊べるため、膨大な量のやりこみ要素があるこのゲームは、まさに今の自分のためにあるようなものと思った。
そうしたら、あれよあれよといううちにゲーム内のほぼ全てのコンテンツをやり尽くし、オンライン要素である決闘のグローバルランキングで何度か一位になったこともある。そして今日、ゲームを始めてから約一年の月日が経った日に最強のボスを討伐したのだ。
公式が用意した最後の最後の要素だったらしく、本当の意味でゲームをやり尽くしたと言えるだろう。
「ーーーお疲れ様」
誰に言うでもなく、ふと口から出た言葉。他でもない、自分に向けた言葉だ。
今日まで、一日として外に出ずゲームをしてきたことへの労い。母にはとんでもない迷惑をかけたわけだが、人生で何かをやり切ることのなかった俺が、熱中して打ち込んだものを最後までやりきったのだから、そのことを労いたいのだ。
現実を見れば、フケまみれの髪に脂まみれの体に腐ったような臭いを放つ服に...上げていけばキリがないほど、醜い。だから俺が誇れる点なんて、ゲームくらいなのだ。
「どうしよっかなぁ...」
今日までやっていたソウルセイバーをやり切ったのだから、自然と考えなくちゃいけないことが出てくる。
それはこれからなにをするかだ。
ナイアーラトテップを見つけるまで、暇だった時に少し考えたこともあったけれど改めてちゃんと考えよう。
...次にやるゲームでも探すか?ありっちゃあり、外に出たい気持ちもあるが、いざ出ようと思って動くと自分か車椅子に乗っていることを思い出し、結局一年間引きこもっているのだから、このままの状況に甘んじているのも一つの手だろう。
...他にやる事を見つける?これもあり。
ゲームでなくとも、何か打ち込めるものが見つかればそれをやってみたい気はある。それがきっかけで外で生活する気も起きるかもしれないし。
(あとは......死ぬ、とか。)
...ありだ。むしろ、一番に思い浮かんだことだ。
このまま生きていても一生を共にする障害を持ったまま生産性のない、全く意味のない人生を送ることになる。そんなのは嫌だ。