♯9
王の一行は、郊外で作業をしている獣人達に声を掛け、手をふり、時に立ち止まって歓談しながら進んで行く。太陽が高く上がる前に、カレイド村より規模の大きい集落アルバに到着した。此処で王都バーリンから来る使節と合流し、彼らの先導でバーリンへ入城する予定らしい。
オレははじめてみる生ドワーフと、巨大な城塞都市と聞くバーリンを見るのが楽しみで、なんだか修学旅行でホテルに到着する五分前といった心境だ。夜の枕投げはさすがに出来ないけどね。
カレイド村で宴会の時に、流行ってる遊びとか聞かれて、思いつかなかったから、ドッジボールとかラグビーのルールを話したら、さっそく試してた犬人達がいたから、しばらくしたらカレイド村でラグビーとか流行ってたりして。あいつら走るのめっちゃ好きだし。
「なんだアユム、ひとりでニヤニヤして気持ち悪いぞ」
「うへっ」
いつの間にかイリスに見られてた。ちょっと恥ずかしい……。
アルバ村も、規模こそカレイド村より大きいけど、大きな木材を支柱にしたインディアンのテントみたいな建物で構成されているのは全く同じだ。巨木が無数にある森の中で、製材業みたいな作業をしている一団とかも結構見かけたし、太い原木のまま前後に車輪をとり付けて、大きなウシみたいな動物を使って牽引してる光景もみたから、その気になれば、立派なログハウスを作るのも楽勝だと思うんだけど、イリスに尋ねたら、集落は定期的に移動するので、丸ごと動かせる建造物が都合が良いそうだ。
木を切るのも、森で得物を狩ったり採集したりするのも、同じ場所で取り過ぎないように気をつければ、獣人国の領土、東の大森林の再生力はとても強く、数年ごとに拠点をローテーションすると、元の場所は完全に再生するらしい。
アルバ村の傍には、大きな牧場がいくつもあって驚いた。
獣人達は自ら走るのが得意なので、乗馬をしている姿はあまり見かけないが、此処で育つ馬は交易品として珍重され、他の領地へも高値で転売されていく。
獣王の到着なので、犬人、猫人を取り混ぜた集落の出迎えは賑やかである。
犬系だなとか猫系だなという事はわかるけど、オレには種族がわからない人も少数いる。全体的にモフモフしていて、許されるならハグしてみたい。既にオレの事も話が伝わっていて、竜人のオレにも、名前を呼んで手をふってくれる人がいる。
最初、名前を呼ばれたときは驚いたけど、獣人国は現在いわゆる非常事態宣言中で、連絡役が昼夜を問わず集落を行き来してるので、カレイド村に二晩いただけのオレの名前も、伝わっていて当然だそうだ。
ちなみに、この世界ではイリスに聞いたところ、電話も電信も存在していない。
「はーっ、なんか走ってる時は全然大丈夫なのに、人混みで疲れたね」
「そうだな、クレイグは偉いよ。王ってのは彼方此方で挨拶したり、話し合いをしたりで、気ままに狩りを楽しむ時間が無い」
オレとイリスは客人用のテントが建ち並ぶ一角に案内され、人混みから開放されてようやく一息ついた。
「今日は此処で泊まって、明日ドワーフの都市に入るの?」
「そうだな、私達だけなら城塞都市バーリンまで走って直ぐなんだが、他領に軍勢が入るのは中々面倒なんだ。今ドワーフの使節と政務官達が話し合ってるから、明日になるな」
オレ達が敷き物の上で寛いでいると、「失礼しますー」と言って小柄な白いモコモコの犬人が三人、テーブルの上にのせた茶器と、食べ物の入ったバスケットを持って入ってきた。とてもヌイグルミっぽい。
「ごゆっくりどうぞー」と言って、ぴこっと頭を下げて出て行く三匹、もとい三人を、ガン見してるオレに気が付いてイリスがくすっと笑う。
「ねえイリス、ベーゼとかいうアレの上位個体って強いのかい?」
「そうか、此処では誰でも知ってる叙事詩なんだけど、アユムは知らないよな。もし闇の王が現れたら、このまま決戦になるかもしれない。昔話だけど、アユムも知ってたほうがいいな」
そうしてイリスは、エンドア大陸に五百年前に起きた大戦、『カ・ア・アイ』の事を話してくれた。