♯8
翌日、獣王の一行は、此処カレイド村から南にある、ドワーフ王国との国境線に近い集落、アルバ村へ向かう。オレも同行を求められた。獣人の足で半日だというので、多分数百キロといった感じだと思う。カレイド村からは、オレとオレの世話役としてイリスの二人が、獣王一行と行動を共にする。
周辺の集落からも、優秀な戦士が二名づつ集結していて、王の一行は総勢四十程の部隊になった。
獣王クレイグと巫女頭ミレイアは、ベーゼの上位個体が大陸のどこかで既に活動してる可能性を憂慮していて、現在獣人国は全体が厳戒態勢下にあり、広大な大森林内を虱潰しに軍が巡回しているのだが、国内ではその兆候は発見されていない。
次の手として、獣人国と親交の深いドワーフ王国を獣王自らが訪ね、危険な兆候がないか共同での捜索を申し出る予定であった。
他領の軍が、例え一部とは言え国内で動くというのは、ドワーフ王国としては容認しがたい案件なのだが、獣王自らが少数の兵で動くという事と、ドワーフ王ドゥーリンと獣王クレイグが日頃から親交の厚い関係だという事で、既に非公式ながら受諾を得ているそうだ。
エンドア大陸の四大種族は東の大森林地帯に獣人族、南の山岳地帯にドワーフ族、北の平原に人間族、西の樹海にエルフ族の領土がある。
竜の谷と呼ばれる山脈地帯は、ドワーフの居住地より更に南のヨルムン山脈にある為、竜の卵を奪った者の可能性、すなわち上位個体が存在するとしたら、ドワーフ王国のある南にあるのではないか? と獣王は予想している。
昨晩の時点で、ドワーフ王国へ向けて、人族の地でベーゼが討伐された件、その際邪悪なる竜人が使用された件、そしてそのなかの神が奪い返した竜人一名が協力者として獣王に同行する件、等を知らせる犬人族の使者が出立している。
出発の朝、巫女頭ミレイアを先頭に、集落の者がみな見送りにたってくれた。
早朝からオレのテントにやってきた、レゲエの兄さん風の職人達は、一晩で改良した部分鎧を運んできてくれ、入れ違いにやってきたエミルは、美味そうな香りのする燻製肉をひと抱えも持ってきた。
「アユム、がっちり研いで磨いておいたぞ」
エミルは、オレが持ってた両手斧もピカピカにして持ってきてくれた。
「アユム、虚なる者なんてさっさとブチのめして、終わったら俺と一緒に狩りにいこうな」
エミルの尻尾が元気よく揺れている。
「ありがとう、エミル。必ずやっつけてやるぜ」
「ああ、約束だぞ。俺達は友達だからな」
エミルとがっちり固い握手をして、互いの肩を叩きあって別れた。
オレはそう遠くない将来、元の場所に戻ってしまう。多分、果たせない約束なのかなと思うと、村の門の一番前で、笑顔で見送ってくれるエミルに手を振るのが少し辛かった。
集落の者の見送りに応えながら門を出たオレ達に、獣王の激が飛ぶ。
「大陸一の脚を持つ者共よ、駆けるぞ!」
「オオオー!」
王の手勢を中心に、矢印の形に組まれた鋒矢型の一団が森を駆けていく。
オレとイリスは矢印の右翼後方だ。走り出すと皆の表情が生き生きとしてくる。総員で周囲を警戒しながら進む、息のあった集団行動は、その中に居るとそれだけで気持ちがいい。
種族的な特性で、犬人族が一番長距離走は得意らしい。獣王は獅子族なので、基本的には瞬発力のある短距離タイプなのだが、得意不得意の壁を突き破って、この中でいちばん遠くまで走れるのは獣王だそうだ。
王の親衛隊と話をするようになってわかった驚きのひとつは、親衛隊に抜擢される条件に、王と組みうちをして一本とる事が入っていた。つまり此処にいる多くの者が、あれを凌げるレベルらしい。
王の合図で小休憩に入り、部隊の一部は周辺を哨戒するために散って行った。王が気さくにオレの所にやってきて声をかけてくれる。
「アユム、走るのは気持ちいいだろ」
「はい、最高に気持ちいいです。周囲の森を感じるのが心地いいです」
「アユムの世界も、良い森が沢山あるか?」
「あ、正直言って家の周りにはあんまり……」
「はっはっは、そうか。俺達はこの母なる森を守って、次の世代に繋ぎたい。生ある者を喰い尽くすベーゼなぞ、けしてのさばらせる訳にはいかん。自分達の事なのに、よその世界のアユムにまで手伝わせてすまぬな。許せよ」
「大丈夫です、オレもやる気ですから。この身体、血の気が多いみたいで力余ってますよ」
王はニッコリと微笑んで、他の兵達にも労いの言葉をかけていく。小柄な猫人の政務官、ノアさんがとことことオレの所に歩いてきて、ふーっと大きなため息をついた。
「みなさん、朝から元気がよくて、わたくしなどは付いていくのが大変ですよ。アユムさんは平気そうですね」
「走るのは結構いけると思います」
「ほっほっー、それは頼もしい。アユムさんは、というか竜人は魔法が使えそうですか?」
「いや、魔法とかわからないですけれども、どうなんでしょうね」
え、もしかして、オレ魔法とか使えたりするの? とちょっと期待が膨らむ。
「そうですか、そうですか、ふむ、文献の通り。魔法というものは、使い方を教わらずとも、まるで息を吸うように素養のある者には感じるものであります。まあ、我々獣人には魔力はないので聞いた話なんですけどね」
「ドラコニアンは、圧倒的な防御力と力に優れてますが、魔法は使わないと言います。伝承の確認が本人から出来るとは幸運であります」
あ、やっぱりダメっぽい。
「人族の女性が、炎をぶわーっって出すのを見たんですけど、あんなのって珍しい話なんですか?」
「魔法の素養を持つものは限られていましてな、我ら獣人やドワーフ族はからきしダメです。エルフは男も女も魔力の強いものが多く、巧みに使いますな。人族の男は使えませんが、女のみ使うものがおります」
「アユムさんが見たのは、人族の魔法使い爆炎のダニエラでしょう。人族は少々かわってましてな、男達の平均的な力は獣人、ドワーフに大きく劣り、女達の魔力はエルフに大きく劣るのですが、ごく一部の限られた男女が抜けた才能を示すのです」
「彼らは、そのような優れたものを、『神に選ばれしもの』と呼んでますな。わたくしなどは、その呼び名は少々僭越かと思いますが」
あの勇者パーティみたいなのは、『神に選ばれしもの』の集団だったのかな。炎のどかーんも凄かったけど、バリアみたいなの張ってたし、男達も強かった。ノアさんの言葉で色々考え込んでいるうちに、散っていた兵達が戻ってきて隊列を組みはじめる。
「あと半刻ほどで、ドワーフの王都バーリンに一番近い集落アルバに到着の予定です。わたくしは、もう少し頑張って走らねば、とほほほ」
少ししょんぼりしてるノアさんを見てると、背中に担いで走ってあげたい位なんだけど、それは獣人には侮辱になるからダメよ、とイリスに教えられていたので、ニッコリ笑って励ますだけにしておいた。