♯11
街道を一晩中走りに走って、朝日が昇る王都に到着した時は、さすがのオレもへとへとに疲れていた。
簀巻きにしたまま運んできたドミニクを、ヴォルフの爺ちゃんに預けて事情を説明し、イリスが見つからなかったので、エルフの情報部を探し出して、フラムさんに連絡をお願いして、オレの身柄も隠して貰った。
今現在において、次期国王の誘拐犯として扱われても、決しておかしくない情況だから、兵舎に戻るわけにはいかない。この時代、連絡に時間が掛かるので、フェルトゥーナで起った事を、ドミニク派閥の貴族が耳にするには、最低でも二日の猶予はあると思う。相手が気が付く前に、根回しを終えて、王都の大勢を決めてしまえば、何も問題は無い。
エルフの情報部は、王国のど真ん中で、堂々とお店を営んでいる。
いい手だとは思う。エルフの生産するものは、需要が高く高値で売れる。取引先からも色々な情報が流れて来るだろうし、店を構える事で、流れの者とは違う信用も得られる。随分、大胆だなとは思うけど。
オレが商会の立派な倉庫の下にある、これまた立派な隠し部屋で寛いでいると、ようやくイリスが戻ってきて、現状を報告すると、フェルトゥーナの無事を酷く喜んでくれて、オレをしっかりとハグしてくれた。最近、これが御褒美になってる気がする。
イリスがゲルハルトに連絡を入れるために出て行った後、今は人間の姿をしているエルフの男が、紅茶とお菓子を持ってきてくれた。
サクサクのパイ生地みたいなやつの上に、薄切りのアーモンドみたいなのが載って、キャラメルコーティングされて、金色に輝いている。商会ではお金持ちの顧客向けに、注文販売のお菓子を造っていて、調理師のエルフに、オレの国の人気のお菓子を教えて欲しいと言われたんだけど、所詮料理の知識がまるで無いオレなので、全く役には立てなかった。
ようやく思いついたのは、キャンプで作った事があるバウムクーヘンだ。いちおう作り方も覚えている。小麦粉、バター、卵は一対一対二の比率だ。もうね、つくって見せてと言われても出来ないので、恥ずかしいんだけど、男性は喜んでくれて、色々試行錯誤してみると言ってくれた。
「アユムさん、フラムさんから伝書が届いてました。闇の王対策の新兵器が完成したそうです。
この商会の倉庫にも、転移の魔法陣がまもなく完成しますから、一両日中には行き来できる様になりますよ」
「おおっ、遂に出来ましたか。それじゃあ、此処とエルフの地も」
「そうです、とても便利になりますね。転移石よりコストが安いのは、革命的です」
「発明者が闇の王と言うのが皮肉ですね。こんなの作れるのに邪悪なのって勿体無いというか」
エルフの男性も、自分の紅茶を飲みながら、パイ生地のお菓子を食べ、満足したように息をついてから口を開いた。
「ベーゼというのは、この世界をつくった神様とは違う神の創造物なのです」
「違う神ですか」
「そう。アユムさん。このカップには私が入れた紅茶が入っています。もし貴方が作ったバターティーを飲みたい時はどうしますか?カップはひとつです」
そうなのか。中身を全部捨てて、綺麗になったカップに注ぐしかないんだね。
オレが納得して頷くと、エルフの男性も少し寂しそうに頷いてくれた。
「我らはけして交われぬ定め。自分達の地を、自分達で守るという事を怠ったら、その罰は重いのです」
エルフの男性が、仕事へ戻って行った後、オレはテレビもネットも無い地下室でひとり考えていた。女神様がオレを此処に連れてきたという事は、あっちの世界も女神様の管轄というか、テリトリーな訳だよね。あっちも同様の侵略みたいなのが、起きたりしないんだろうか? と思うと、寒くは無い地下室なのに、背中がぶるっとなった。
地下室で目を閉じて仮眠していると、夕方になって、ようやくイリスが戻ってきた。
王位継承のゴタゴタで、下手したら内乱寸前だった王宮は、一気に情況を沈静化して、ほぼ危機から脱したそうだ。ドミニクが正式にアーベルに闇の王の討伐を依頼して、自身は国王の候補を辞退する旨を発表したので、もはやドミニク派も、これ以上の争いを回避する方向へ、方針転換せざるを得なくなった。
そして、一番重要なのが、イリスがドミニクを直接調べた所、敵の正確な正体が判明したという事。イリス曰く、ミレイアさんには及ばないが、自分もベーゼの知識には自信があるんだって。闇の王の正体は、『マインド・フレイヤ』というクリーチャーだと特定された。
『マインド・フレイヤ』は、人と変わらない体型を持つが、その顔面からは、四本足のタコのように触手が伸び、白く濁った目をしている。人の弱い心を操る事が出来て、操られてしまった人は、意のままに行動してしまう。幸いなのは一度に操れるのは一人だけであり、普通に寝起きしただけでは呪縛からは覚めないが、強い衝撃を与えて意識を奪うと、支配から外れて回復する事だ。
ドミニクは、偶然だけど、強く頭をぶつけて失神したので、支配から逃れる事が出来た。
残念な事に、誰に操られていたのかという事は、記憶に残っていなかったけど、アーベルとゲルハルトの証言から、怪しい人物が特定されている。
この国の実務を預かっている、宰相イシードル。
民間の出身で親族はいない。優秀な成績で文官コースを終了し、国の政務を担当するようになってから、十三年の歳月が流れている。
彼が王宮に入った時期から、王が頻繁に体調を崩すようになり、しまいには自発的に動く事がなくなってしまって、今に至っている。これは、何度も操られ、呪縛を断ち切ろうと何度も抵抗した時に、見られる症状に近く、数年を掛けてそれが繰り返されたため、回復出来なくなったものと思われる。
更に、精神操作は通じなかったが、アーベルとゲルハルトにも、同様の事が試されたのではないか?という疑いもあって、宰相がクロだと言うのは、信憑性の高い話になる。
「顔がタコ星人だったら、オレがみたらわかるね」
「そうだ、アユムなら確定できる。こいつの使う精神支配は魔法なので、アユムにも効かないしな。意思の強いものには通用しないので、アーベルやゲルハルトも無事だった。もし彼らが操られていたらと思うと、ぞっとするな」
「それじゃあ、オレが確定させて、皆で逃がさないように取り囲んで退治だね」
「基本的にはそうだが、万全を期したい。奴は魔法を使う。魔法の専門家が来て、対応が完璧になってからの方が良い。姿を変化できる知的なやつは、逃げて何処かに紛れ込まれると厄介だ。あいつは転移も使うしな」
確かに、イリスの言う通りだ、逃げられて街に紛れ込んだら、とても厄介な事になる。
エルフ、ドワーフ、獣人の所には、紛れ込めないと思うけど、人族は数が多い。国中が舞台でかくれんぼとか、ぞっとしない話だ。
「こいつは、ダンジョンで配下を育てなかったのかな?」
「それをすると、逆に発覚すると考えたのだろうな。数が増えなければまず見つからない。単独の状態で感知するのは不可能だ。想定外の穴をつかれたな。少し悔しいぞ」
「そうか、さすがの巫女様も、単独の時は感知不能か、敵もやるもんだね」
「例の無い事だが、敵ながら見事に隠れたものだ」
敵の正体は掴んだ。あとはしっかり逃がさないように網を閉めれば、オレ達の勝利で終わる。タコ星人なら名付けて、蛸壺追い込み大作戦でどうだろう。イリスに聞いたら、ネーミングセンスの無さを笑われてしまった。
深夜にオレから約一日遅れで、アドリアさんが戻ってきて、「アユムが私をおいてったー」とオレの首をぎゅーぎゅー絞めてきて、手加減されてる筈なのに、オレはちょっと落ちそうになったね。素手で無敵の竜人絞め落とすとか止めてください。
アドリアさんは、ドミニクの私兵三百を、フェルトゥーナで三日間拘留してもらって来たそうだ。三日したら釈放という事で、フェルトゥーナの市民も溜飲が下がるし、邪魔な将校クラスがいないので、民兵は通常の隊長に指揮させて、現在王都へ向けて移動中である。
アドリアさんも、兵舎には戻れないので、一緒に地下室なんだけど、ご機嫌直して貰うのに、エルフのスイーツがとても役に立ったよ。やっぱり女子にはスイーツなのかね。
オレとアドリアさんは、エルフのお店の地下室で、ゲームをして時間を潰している。色々な形の積み木を代わりばんこに積んで、どちらが先に失敗して倒すかを競う単純なものである。
アドリアさんが、接着剤でも使ってるの? というくらい無茶なバランスで積んで来るので、オレは成すすべも無く連敗中だ。
「アユム退屈だね~」
「仕方ないですよ、ドミニク王子は、勝手に自治領を攻めようとはしましたけど、あれだって無茶苦茶だけど、違法ではないんですよね。志願兵団に所属してた兵が、王子とり抑えてしまったのは違法ですけど」
「うん、わかってるけど、人族の奴等って正義の基準が歪んでると思うんだよね」
「イリスの話だと、ドミニク派だった貴族の取りまとめが完了して、アーベル王子が王位の継承をする事で全体が纏まったみたいだから、まあ、もうじき不問になりますよ」
アドリアさんは、ふ~っと大きなため息をついて、またもやとんでもない所に積み木を重ねてきやがった。もう無理、絶対崩しそう。
「アユムが住んでる所は、みんな幸せに暮らしてるかい?」
「そんな事ないと思います。みんな何かかにか嫌な事抱えて生きてるんじゃないですかね。オレは学生なんで、働かないで食べさせて貰ってますけど、それでも嫌な事ってありますよ。アドリアさんは嫌な事ってないですか?」
「そうだね~、今はこの狭い部屋から外に出て、闇の王をやっつけて森に帰りたいね」
「アドリアさんは、森に帰るだけで幸せなんですね」
「そうだね、森は良い所だよ。アユムも家に帰りたいかい?」
アドリアさんの言葉に、オレはちょっとドキッとした。随分長くこっちにいるのに、帰りたいとかいう気持ちを忘れてた。いや、帰りたくない訳じゃなくて、絶対に帰るけど、今はもう少し此処に居ていろいろ片が付いてから帰りたい。
「かーちゃんとか心配させてたら、直ぐに戻らなきゃって思いますけど、ミレイアさんが元の時間に戻るって言ってたから心配してません。しっかり片付けないで戻ったら、その方が嫌ですよ」
「そうか、そうだな。アユム、これが全部終わった後も、こっちに居てもいいんだぞ」
ちょっとだけ、そんな気持ちはある。此処は限りなく自由で、この身体は強くて不安が何もない。でも、はっきり理由はわからないんだけど、それは何か違ってるような気がする。
「魅力的な話だけど、多分それは自然じゃないからダメだとおもうんですよ」
「そうだな、帰る家があってこその旅だ。家を空け過ぎるのは良くない」
「はい、そんな気がします」
積み木にも飽きたオレ達が、ゴロゴロして退屈だー、退屈だーとぼやいてる所にエルフの男性がやってきた。
「フラム殿とダニエラさまが転移で王都に到着しました。内密にゲルハルト様と面会を終えた後、此方にお戻りになられます」
「おっ、遂に準備が出来やがった!」
片手で逆立ちしていたアドリアさんが、身体を撓らせて音も無く立ち上がる。この人シルクドソレイユとかで働いたらスターになれると思うな。もちろん格闘技でもスターになれるけど、それだと相手が危険なのでやっぱりダメだ。
オレもアドリアさんの真似をして、片手で逆立ちをしてみる。この身体は、こんな事も余裕でこなしてくれる。尻尾をふった反動でくるっと回って音も無く、と思ったんだけど、どすん! と小さくは無い音が出てしまった。
「まだまだ、修行が足りんぜ、アユム」
アドリアさんに、しっかり見られてしまって、ちょっと恥ずかしかった。
夜になって、エルフ達が営むフェルディア商会の倉庫には、フラムさんとダニエラさん、オレとイリスとアドリアの五人が、久しぶりに勢ぞろいしてテーブルを囲んでいる。
「聞いたよアユムくん、アドリアと二人で大暴れしたんだってね」
フラムさんが、オレをみながら楽しそうにニヤニヤしている。もう、フラムさんこそ、ダニエラさんと二人で研究開発の合間にいちゃこらして、楽しんでたんじゃないですか?とは聞かなかった。そう、親しき間でも聞いちゃダメな話ってあるのだ。
「フラムさんこそ、腰に下げてるそれ何ですか」
フラムさんのベルトには、西部のガンマンが腰に下げているような、ホルスターに入ったリボルバーが見える。オレの書いたデッサンを、更にエルフらしく芸術的に仕上げてきやがった。その無駄に装飾の入ったホルスターはなんなの? カッコ羨ましいじゃないか。フラムさんは、オレに指摘されて、嬉しそうに片目を瞑ってみせた。
「魔力のない者でも発動するように改良済みだからアユム君でも撃てるよ」
うおお、ロマンだ。短期間で完成させちゃうとか凄いな。
「イリスから敵の正体を聞かされて、正直驚いたんだ。エルフの資料には無い相手なんだよ。さすがミレイア殿と言った所だ。エルフは自分達の書庫に変なプライドを持たずに、もっと幅広く意見交換をするべきだね」
「フラム、ミレイア殿はもちろん凄いのだが、イリス殿も褒めてくれ」
イリスの突っ込みに、フラムも真面目に応じている。まあ、王都に来てからのイリスは、地味だけど大活躍だ。普段ミレイアさんの護衛をしているんだから、そんなに人族の街に詳しいはずも無いのに、エルフの情報部と渡りをつけたり、王都の要人であるアーベルやゲルハルトとも直接会って、打ち合わせをしたりと神出鬼没。見事なサポートだと思う。
「さて、本題だが、これを見てくれ」
フラムさんが、ペンダントの様なものを、四つ取り出して、テーブルの上に並べた。宝石の様に青く光る台座に、絵文字のような読めない記号が、複雑に描かれている美しいアクセサリーに見える。
「私とダニエラの共同で開発した今回の秘密兵器だ。闇の王がダンジョンの一番奥に居るなら、もう少し他の手があるんだが、今回は地上を自由に、しかも長年に渡って歩き回っている。つまり、慎重な奴の事だ、何処に転移の魔法陣を仕掛けているか、解ったものではない。しかも、事前にそれらを全部暴いて無力化しようとしたら、気が付いてその時点で逃げるかもしれない」
確かにそうだ、逃がすと面倒だから、オークの時も魔法を使えないようにしたけど、今回は敵も開発者だから、前回でネタが割れて、対抗策を用意してるかもしれない。
「このペンダントの残り二つは、アーベル王子とゲルハルト将軍に渡して来た。これは、ターゲットが転移の魔法陣を使うと、相乗りして付いて行く魔道具なんだよ。奴は絶対に逃がさない。何度逃げても、直後に我々も現れる。どうかな?」
「よーし! やってやるぜ。そう、四つしかないけど、どうする?」
アドリアの問いに、にこにこしながら聞いていたイリスが口を開いた。
「フラム、ダニエラ、アユム、まあ、敵の息の根を止めるならアドリアね」
アドリアさんが、よし! と気合入れて拳を握りしめている。
「イシードル宰相は、ドミニクの支配が解け、アーベルが王位に付くことが決まった今、動揺している筈だ。あまり奴に時間を与えたくない。襲撃は夜を待たずに行う。我々は二手に分かれて奴の執務室を包囲するように襲撃しよう。私とダニエラ、アドリアは、王宮二階の奴の部屋を背後の窓から狙う。アーベル王子、ゲルハルト将軍と共に、アユムは正面から襲撃だ」
オレは受け取ったペンダントを、腰のベルトに大事にしまって、心配な事をフラムさんに聞いてみた。
「フラムさん、このペンダントの発動範囲はどれくらいになります?」
「王宮が丸々全部くらい大丈夫だ。しかもこいつは連動していてね。誰かが奴を視認出来る位置に居れば逃がさないよ」
この場の全員が頷いて納得した。準備は万端。タコ漁の開始だぜ!




