♯7
軍の司令部内は騒然としていた。彼方此方で議論が交わされ、中には他に聞かれる事を憚られるような事を大声で言い合ってしまい、窘められる姿もみられる。
軍人達の本音としては、国の存亡を賭けた闘いに、なにもわからない素人が前に出てくる事による、余計な被害の拡大を心配する声が多い。
しかもその素人が、指揮権を持つ最高司令官となると、まっとうな戦術、戦略をとれるのかという心配が常に付きまとい、常識から外れた運用をされたら、勝てる戦も勝て無くなる。
人族において、ダンジョンに突入するのは、選ばれた者達のみである。人族でも十人に一人位の割合でドワーフ並みの筋力の者が産まれ、更に千人に一人位は、それを凌駕する身体能力の者が産まれ、十万人に一人位は、『神に選ばれしもの』の候補になるような者が産まれて来る。
すなわち、人族全体の九割は、勇敢にダンジョンに入っても役には立たない。むしろ簡単に死んで敵を強くしてしまう。
通常ダンジョンの最後の間に繋がる区域は、身を隠す場所も無く、敵にとって守り易く、味方にとっては血を流しながら進まざるを得ない場所になる。
味方に消耗を強いるような場面で、素人がまっとうな指揮を出来るとは誰も考えていなかった。
身の程知らずに立候補した王子をどう扱うべきか? 大きな声では言わないが、さっさと迷惑にならないように始末してしまえばよい、と思っているものも少なくはない。
司令部の一室で、この難題に頭を抱えるゲルハルトの前で、宰相イシードルが未だ青白い顔に浮かぶ汗を拭きながら、苦しそうにため息をついた。
「ゲルハルト将軍、この度はわたくしのせいで、このような事態になってしまい、面目次第もありません」
「イシードル殿、過ぎた事だ。もしあの場でああしなかったとしても、どうなったかわからない。今は先に進んでどうするか?の話だ」
ドミニクが了承したせいで、息を吹き返したドミニク派は、採決を行い十対十二で、ドミニク王子の暫定的な指名が確定したのである。戴冠は闇の王の討伐が確認された一週間後となる。
「ゲルハルト殿、わたくしは心配しております。あのような者が王となれば、必ずや国が乱れるでしょう。わたくしはいい、あのような者の下で働かずとも未練はない。だが、開祖が定めた国の根幹が崩されるのが我慢ならん」
「宰相殿、どこに耳があるかわかりませんぞ、迂闊な事は口にされない方が良い」
ゲルハルトのたしなめる言葉に、イシードルは悲しそうに俯いた。
「せめて、ダンジョンが獣人の所に開いていてくれれば良い。そうで無ければ、あの者が指揮をとると大変な事になる」
イシードルの呟きを、ゲルハルトは肯定も否定もせずにじっと聞いていた。
「文官の役にたたぬ愚痴を聞かせてしまいました。申し訳ありません。わたくしは、わたくしは、思っていたのです……。人望も実力もあるゲルハルト将軍なら、あの愚か者達を、きれいさっぱり断ち切ってくれるのではないかと……」
「イシードル殿はお疲れのようだ。お休みになられると良い」
「わかりました……。将軍、どうかこの国をよろしくお願いします」
イシードルが退室した後、ゲルハルトは非情に難しい顔をして、イシードルが出ていった扉を眺めていた。
「参ったね、人族の考える事はわかんねーや。闇の王が出てるって言うのに、人族の軍はアーベルじゃ無くてドミニクが大将だとさ」
オレが訓練を終えて、宿舎自分の部屋に戻ったら、何故かオレのベッドでアドリアがゴロゴロしていた。まったくこの人は神出鬼没だな。まあ、この人の身体能力で迷彩掛かったら、潜り込めないところの方が珍しいとは思うけどさ。
「それじゃあアーベルは出てこないのかな?」
「わかんないねーまったく。こいつらの考え方は、どう転ぶやら。ドミニクは普通の人らしいから、勘違いして戦場に出たら頓死して、直ぐにアーベルに入れ替わるかもな」
「ちょっと不憫だけど、それで丸く収まるのかな」
「アユム、甘いぜ。無能な司令官は怖いぞ」
うん、確かに無能な司令官って怖い。やらかしてくれなければ良いけど。
「時と場合によってはって言ってた、オレ達が身分を明かして正式に協力ってのは無しかな?」
「ああ、今の所無しだ。アーベルがトップになればアリだったんだが、無能がトップだと、下手したら動けなくなって埋まっちまう。まあ、当初からあてにはしてないから、問題ないさ」
「ダニエラとディーダっていったかな? 『神に選ばれしもの』の男、二人は王都に戻れるようにはなったの?」
「ああ、そっちは大丈夫になった。五人のうちアーベル以外は復活したわけだが、アユムが出世してアーベルの代わりに入るか?」
「いや、流石にそれは無理じゃない? でも、そもそも軍が結構広範囲に捜索してるのに、なにもみつかってないんだよね」
「ナガレも目撃情報が無いっていうのが珍しいな。確実にウーズやオークより前の時点で進化してる筈だ。それなのに、その手の話が皆無っていうのは、ちょっとじゃなくてかなり変だ」
ダンジョンが見つからないと、正直手の打ち様がない。こんな展開は考えて無かった。今までのように次々出てきて、人間界で消耗戦になるのが心配だったんだけど、長い間潜伏していた割りに、不思議なほど静かだ。
「イリスがゲルハルトは信用して、こちら側に引き込んで大丈夫と判断した。単独で接触して、影から援護する事を教えてるから、ダンジョンが見つかって潜入になったらアユムに声が掛かる事にはなってる」
「ああ、了解。新入りだから、大きな作戦のメンバーから外されるのが心配だったんだけど、それなら安心だ。なんせ戦場がないので、手柄立てて目立つ機会もないからね」
「一番の懸念は、手柄が欲しい素人の大将がやらかさないかってとこだけだな」
「まったくだね」
「ま、そこはうちらが悩んでもはじまらないさね。アユム、おやすみー」
って此処で寝るんかい!!
めっちゃ慌てたオレをあざ笑うように、アドリアさんは一旦潜りこんだベッドからすぽんと消えた。手品かな? と思った位。
意識して周囲を見渡すと、倉庫みたいに大きい宿舎の天井の梁の部分を、高速で移動して行く姿を感じることが出来た。オレが帰るまでに、あの人を越える事は、確実にないと思うね。




