♯6
人族の治めるエルランディア王国、その上流貴族達が集まり、次期国王を指名する評議会の会場は紛糾していた。
病魔に倒れ、一度生死の境を彷徨った国王は、回復はしたものの、以前の精悍な面影がすっかり消え去り、性格もまるで変わってしまって、公務に全く手を付けなくなり、公式行事も全て代理で済ませるようになってしまってから十二年の歳月が流れている。
当時、まだ少年であった第一王子のドミニクは二十二歳、次男のアーベルは十九歳と大きく成長し、事実上空位になっている王位をどちらかが継承して、国を束ねて行く事が求められていた。
本来、王位の譲渡は国王の指名による。
不慮の事故や病気など、予想のつかない事態に備えて、次期後継者は早期に指名されるべき話なのだが、国王が病魔に倒れた時点では、二人の王子は十歳と七歳であり、エルランディアの国法により、年齢に限らず優秀な方を跡取りとするという規定がある為、その選定は次男のアーベル王子が二十歳になった時点で、上流貴族二十四家の投票によって採決されると決められていた。
アーベル王子の二十歳の誕生日を来週に控え、二十四の家々は、将来の自家の安寧をもたらす為に、どちらに票を投じるべきか、乗るか反るかの判断を迫られていたのである。
二十四の家々において、その家の相続指名者が、王都や地方都市に武官として任についている家は十にのぼり、文官として任についている家は十二になる。
残る二家においては、直系の相続者が任官されず、優秀な養子をいれて存続を計るより他に道は無い。
ドミニク王子は、特に目立つ才能のない平凡な王子ではあるが、幼少の頃より教育環境は最高のものを与えられていたので、王立学院の文官の過程を、そこそこの成績で通過している。
王子や貴族と言えども、学院の選定は容赦なく、これに落ちると自家の相続権は、消滅してしまう規則で、これには王族も例外ではない。
武官か文官か、必ずどちらかの過程を通過しないと、相続権が消失するので、貴族の子弟はみな必死に、自分に適した方に磨きを掛ける為に努力するのだが、ドミニク王子は、性格的に一つの事に打ち込む事が出来ず、低迷する成績を家庭教師に怒られると、自分が王位についたら、このようなくだらない制度は廃止する!と怒り出すのが常で、その様は、他の真面目に努力している子弟達には軽蔑されていた。
だが、学業も武道も、成績が華々しいのは一部の者たちだけである。
多くは努力していてもそれなりであったり、努力する事に集中できずに、時を無為に過ごしてしまったりと、解ってはいても、褒められた成績にはならない者も多い。
努力を怠り、諦めの境地に達した子弟には、王位継承権をもつ第一王子が、制度改革を高らかに叫ぶのは、ひとつの希望であり、多少出来が悪くとも、我が子が可愛い親にとっても、制度改革は願ったりの解決策だったのである。
一方、第二王子のアーベルは文部両道。
六年間の学院生活でで最優秀の成績を一度も他に譲らず、武道においては、長剣、槍、弓と全般において才能を示し、武道の試合や鍛錬を通じて、年上の武官達とも交流を広げ、その気取らない性格から、皆に好かれていた。
二人の王子のどちらが優秀であるか?という問いかけをすると、答えは一方的に偏るのは明らかである。
真面目なアーベル王子は、学院での授業の際に、王国における貧民の生活水準を改善する為の考察というテーマで討論していた際に、具体的な統計の数字を使って、王国の自分を含めた富裕層がいかに多く、そしてそれを支えるには、国の所得が足りないという事実を力説したのが学院内だけにのみならず、全ての貴族達にも衝撃を与え、アーベルが王位についた時、王権の名の元にどのような改革が行われるかと恐怖したものも多かったのである。
二十四の指名権を持つ貴族達は、純粋に優秀な人物としてアーベルを押す者。アーベルに縁の深い武官を家族に持つ者、自家の実力に自信と誇りがあり、実力無き貴族は無用と考える者、ドミニクが制度改革を行い、貴族の地位が保障される事を期待する者、どちらが跡を継いでも構わないが、勝ち馬に乗りたい者、様々な思惑で揺れていて、優劣付けがたい状態が続いていた。
その選定の儀の、三週間前に起きた事件が、王国に三十二年ぶりに生まれたダンジョンである。
人族は他の四種族に比べて弱い。力では獣人、ドワーフに遠く及ばず、魔法ではエルフに遠く及ばない。その代わり、極少数ではあるが才能のある者が産まれ、過去においても、その才能のある者達の活躍により、ダンジョンは討伐されてきた歴史がある。
そしてアーベル王子は、この国難に際して、ベーゼを一刺しで消滅させるエルフの剣を輝かせる事に成功する。軍人達は興奮し、五百年前の英雄、人族の国王であった『ゼクシウス王』の再来ともてはやした。
これによって、拮抗していた王位継承の投票は、ほぼアーベルに決まったかと思われたのだが、ダンジョンより華々しく帰還したアーベル達五人の若者に、聖教会が異論を述べたのである。
五人のいうダンジョン討伐の成功を疑う教皇の発言は、政治的なものとは関係ないとは言っているが、時期的なものもあり、それを疑っている者も多い。
ダンジョンの最後の間を確認する為には、落盤によって崩れた地下迷宮の発掘作業が必要で、その確認が出来るのは選定の日以降になる事は明らか。
此処に来て、虚偽の発現の疑いを掛けられ、疑いが晴れるまで謹慎の身となっているアーベル王子に、ドミニク王子派が奇跡の逆転を果たしたかと、貴族達は大慌てで、多数派を見極めるべく右往左往していたのである。
「よろしいか、みなさん! 今がどういう事態なのか、把握されているだろうか? ドワーフの首都バーリンが鉱山より溢れたジャイアント・ウーズによって襲撃され、あの聳え立つ城壁が崩れ落ちたのですぞ! さらにエルフの領土にはオークが溢れ、多くの森が血にまみれ、王宮がオークキングの手に落ち、王も祭司長もみまかられたのですぞ! 五百年前の悪夢、カ・ア・アイの再現が今まさに、起きているのです! くだらん内輪揉めなどしている場合か!」
評議会の会場に、鋼鉄将軍と誉れあるふたつ名を擁するゲルハルトの声が轟いた。ゲルハルトを筆頭に、軍部の者達は、選定の儀を闇の王が討伐されるまで延期する事を提案している。
だが、一度明確にドミニク派を表明してしまった貴族達には後がない。
更に言うとドミニク派の者達は、王国の制度改革により、救済を期待しているものが多く、二重に後がないのだ。
国法を曲げずに今日、はっきりと選定を終え、その後すみやかに闇の王の討伐へ注力すべし! という意見と、誰が闇の王に立ち向かうのだ! 寝言を言うなと激怒する者の意見は、交わることなく時間だけが過ぎていく。
「あと僅か五日後に新国王の戴冠式が行われるのです。法で定まっている事を無理やり力で曲げようというのは、もはや、犯罪と同義ではございませんか?」
「言葉遊びをしている場合ではない! 国が滅んで戴冠も何もあるか! 馬鹿者」
「法を力で捻じ曲げるものこそ、国を滅ぼすのです、口を慎みなさい」
「エトムント公、お子様が揃って王立学院の過程を落第したのはお気の毒ですが、そこまでして地位にしがみ付きたいですか? 国の開祖が廃すべしと定めた、権力に執着する無能そのものですな」
「なっ、き、貴様、言うにことかいて私を侮辱するか」
「そもそも、闇の王というが、いったい何処に溢れているのかね? 危機感を煽って、法を曲げようとしているだけではないのか? 討伐、討伐と声ばかり大きいが、いったい何を討伐するのかね?」
「そうだ、どこで何を討伐する気なのだ? 闇の王はもう、エルフの所で倒されたのではないか? こんな話は聞いた事が無い。現にいないではないか。空騒ぎもいい加減されよ」
「軍部は調査を進めているのでしょう? 結構じゃないですか、続けてください。ところで今日、投票を断る理由はなんですか? 書いて入れる。それだけです。それをすると調査が滞るとでも?」
「貴様は安全な所で舌先だけ動かしおって! オークの手がその頭を掴んでも同じ事を言えるか?」
「次期国王は、武官の地位を下げるべきですな。威圧して無理を通そうとする者は、議論の場に居るべきではない」
「投票したくない者は、棄権という事でよろしいですな」
評議会の場は、もはや双方引くことはままならず、数でやや勝っているドミニク派が、強引に投票を開始しようという流れになりつつある。
その時、それまでじっと座って一連の話を聞いていた、王国の宰相イシードルが立ち上がって、いつもの穏やかな口調で語りはじめた。
「みなさん、少しわたくしにお時間を頂けますでしょうか?」
宰相イシードルは、国王が一切の公務を放棄してからというものの、国の財政、運営に尽力して来た有能な文官である。
民間の出身であり、自らの素晴らしい成績でなりあがった、
一代限りの名誉貴族であり、仕事が出来るという点では、誰しもが一目置く人物で、彼の突然の発現に、その真意を伺う貴族達は、口をつぐみ喧々囂々の評議会会場が、一転して静かになった。
「わたくしは、御存知の通り、投票権のない名誉貴族なので、みなさんのどちらにも肩入れしていないのは、おわかりかと存じます」
議場のだれしもが、異論は唱えない。名誉貴族に失う物は無く、彼等の多くが誇り高き実力者である。
「今日、このような事態になり、事によっては国が割れるのではないか、と心から憂慮しまして、僭越ながら、この場を纏める手立てを考えておりました」
宰相イシードルは、鞄から議場の席に掛けられる、各貴族家の紋章が入った織物を取り出し、壁面の掲示板にピンでとめ始めた。
一同は、宰相が何を始めたのかと最初いぶかしく思ったが、直ぐにその意図に気づき始めた。彼は二十四の貴族家の紋章を、ドミニク派とアーベル派に分けているのである。
薄々は解ってはいるが、こうはっきりと皆の前で区分けされるのは異例だ。貴族達はごくりと唾を呑み込んだ。
「わたくし以外では、これは言い難い事なので、本当はわたくしも関わりたくないのですが、仕方ありません。これが今の現状です」
掲示板には、ドミニク派に十四、アーベル派に十の旗が仕分けされている。イシードルは学院の教授のように、棒でこつこつと掲示板を叩きながら話を続けた。
「まず、国法通りに進行すると、今日が採決なので此方」
イシードルの棒がドミニク派をこつんと叩く。
「ただもしアーベル王子が闇の王を討伐した後なら、此方はありえません。この中には、それでもドミニク王子だと考えてる方もおられる様ですが、それはありえません。私が保障しましょう。もしそこで押し通すなら、軍部は反乱を起こし、この国に嵐が吹くでしょう。国民もそれを支持します。多くが処刑される事態に発展します」
イシードルの棒がドミニク派をこつこつと叩く。
ドミニク派の貴族に緊張がはしり、軍人はやってやるぞという意思を込めて彼らを睨み付けている。
「私は宰相なので、開祖が定めた国の法を護らねばなりません」
一同は、イシードルの話がどちらに辿り付くのか、先が見えずに緊張しながら見守っている。
「開祖はこう仰いました。国王は女神との約定を護り、常に先頭に立って虚なる者を討つべし!と。みなさん、学院で習って覚えていますね?新国王には先頭に立って闇の王の討伐に向かって頂きます。それを拒否するなら、国王の資格を失い、廃嫡されるでしょう」
議場は、宰相の落とした爆弾に大荒れとなった。
ドミニク王子は、臆病で武道を極端に嫌がり、アーベル王子と比較されることを嫌って、武道の試合には出てこなかった男である。
彼が先頭に立って、命の危険のある所へ向かう事は考えられず、彼が拒否した時点で議論は終了となる。
「そ、それは宰相の個人的な意見であり、国王の言葉ではない、国王になった者が、軍の派遣と内容を改めて定める。余計な口を挟むな!」
ドミニク派の有力貴族が、声を荒げて宰相にくってかかった。宰相はそれを冷ややかな目で見つめながら話を続ける。
「国法で定めるのは今日の投票まで。戴冠は闇の王が討伐された後になります。戴冠までは指名され次期国王が内定しただけで、まだ王ではない」
「だ、だから、貴様が勝手に決めるなと言っている! 今日の投票が全てで、結果を得たものが国王だ! 引っ込んでろ!」
貴族が口から唾を飛ばし、必死に食い下がる。
「国法をもうすこし勉強なさい! 戴冠の儀と闇の王の討伐、どちらが先になるか、わかりますね。これ以上法を捻じ曲げようとするなら、ここ評議会はわたくしの管轄で、外の衛兵はわたくしの指揮下にあります。不本意ながら拘束させて投票権は剥奪されますが、まだ何か仰りたい事がございますか?」
いつも腰が低い宰相が、突如として化けたので皆唖然として、それ以上異論を挟むものは現れなかった。
「投票の前に、まずドミニク王子をここにお呼びして、軍の先頭に立ち闇の王を倒すという事を承知されるか? お伺いした方がよいかと。結果如何では投票の手間が省けますし、みなさん、その場合には下手に投票なぞしていない方が、よろしいでしょう?」
言い放った宰相の言葉に、ドミニク派の貴族達は絶句して、アーベル派の軍人は勝負あったと、拳を握りしめている。ドミニクがダンジョンに入るのを承知する筈は無く、間違って入ったとしたら、生きては戻らないので、結果的に王にはなれない。
「私からは以上です。あ、あとエルフが今回のダニエラ辺境侯の活躍に感謝して、闇の王との最終決戦に際して、転移石を二十人分提供してくれたので、闇の王が獣人国だった場合も向かって頂きます」
ダメを押されて、ドミニク派の貴族達は押し黙ってしまった。
明確に退路が断たれたとあっては、確かに宰相の言う通り、投票前にドミニク自身に身を引かせた方が、まだダメージが少ない。
「では、配下に命じて、ドミニク王子を此方へお呼びしたいと思います。異論はございませんね?」
その言葉を拒否するものはいなかった。
「ドミニク王子をお連れいたしました」
宰相の配下の者達に連れられて、ドミニク王子が議場に入場してくる。
背は高いが、腹はだらしなく出ていて、筋肉もたるんでいる。片目を神経質そうにひくひくと痙攣させ、周囲を舐めまわすように眺める様は、臆病な小動物が、懸命に威嚇しているような、哀れさを感じさせる。
「これはどういう事だ、こいつらに尋ねても要領をえない。説明しろ」
ドミニク王子は、迎えに来た使者が、用件を伝えなかったので、
酷く機嫌を損ねているように見えた。
「ドミニク王子。評議会を代表しまして、確認したい事がございます」
「なんだ? 選定の儀は終わったのか?」
「選定の儀の前に確認し、神の名において宣誓して頂き事がございます。エルフ、ドワーフよりダンジョンが溢れ、闇の王の存在が確認されたという報がございました。開祖のお言葉に国王たるものは、軍の先頭に立ち、闇の王を討ち倒すまで、戻る事はまかりならぬとあります。貴方にその覚悟は、おありかどうかお尋ねしたい」
ドミニク王子は、首をかしげ宰相を馬鹿にしたように見下ろしながら言った。
「次の国王は俺だ。俺が先頭でダンジョンに入る。文句はあるまい。さっさと何処にダンジョンがあるか、探し出して来い」
評議会の議場は氷ついた。この場のほぼ全ての者が想像しなかった答えである。
「王子、ダンジョンのクリーチャーは、一人でも多くの生あるものを殺すために、集団の弱点を集中的に狙ってきます。軍の者達と一緒に入るという事は……」
「黙れ! 貴様の意見なぞ聞いておらんわ。軍はさっさとダンジョンを見つけて来い。話はそれだけか?」
元々、病人のように白かった宰相の顔色が青白くなり、額から流れるあせを拭おうともせず立ち尽くしている。
「宰相! 話は終わったのかと聞いている」
「は、はい、承知致しました。御足労ありがとうございます」
頭をさげ、焦燥が深くなった目で床を見続けたまま、動けぬ宰相をしりめに、きびすを返したドミニク王子は、議場を出る時に、わざとみなに聞こえるような声で呟いた。
「名誉貴族などという制度は廃止すべきだな」
ドミニク王子が出ていった後も、評議会の中では誰も口を開こうとはしなかった。




