♯2
王都リュミエールでの三日間は、お祝いムードのなかあっという間に過ぎていった。
ダニエラさんの馬車は、ロゼッタの軍が回収して、王都まで届けてくれ、フラムさんが、ロゼッタからの輸送を依頼していた、魔法陣や魔道具を製作するための、大量の資材も一緒に届いた。
戦勝の宴が開催され、あちこち引っ張りだこのフラムさんは、寝る時間を削って製作に励んでいて、秀麗な美貌にくまをつくりながら、パーティに参加していた。
フラムさんって、過労死するタイプだと思う。
戦勝の宴では、芸術家のみなさんがオレ達をスケッチしてから、僅か二日しかたってないのに、オレ達のブロマイドみたいな絵が販売されていて、凄い数が売れたらしい。全額復興資金になるそうだ。
どうやったのか聞いたら、カラー印刷の技術だけじゃなくて、カラーコピーが出来るみたい。オレが装備している光学迷彩に通じる魔法だそう。
販売数は、フラムさんが一番人気で、二位がダニエラさん、以下イリス、アドリアという結果におわった。全員がかっこよく並んでるのも良く売れたみたい。オレは……聞かないで欲しい。
まだ予定だけど、立派な銅像がスペランツァの街に建ち、オレ達の活躍が後で本になって出版され、末永く王国の全ての図書館に保存されるそうだ。
ダニエラさんがやって来た時に、王宮から派遣された武官四名は、派遣がなかった場合、最初のオークの侵攻で命を落としていた可能性もあり、偶然ながら戦渦を逃れ、更にダニエラさんの馬車が襲撃された時も、無事生き延びて、ダニエラさんの命令で行程の二ヶ所の村に情報を届け、更に転移して原隊にも情報をもたらすという活躍をみせ、階級があがったという。
隊長のルチアさんという人が、戦勝の宴の時に挨拶に来て、直立不動でダニエラさんに御礼をのべていた。危なかった時を思い出したのか、ガチガチに緊張していたから、さぞかし戦場で怖ろしい目にあったに違いない。
公式のスケジュールを終えて、オレ達の乗った馬車は王都リュミエールを出発。人族の地、エルランディア王国のダニエラ辺境伯の村へ向かっている。
フラムさんは、ダニエラさんの所領に、新技術の転移の魔法陣を設置するつもりだ。これでダニエラとピアちゃんが、いつでもエルフの里に来れる様にするみたい。
ダニエラさんは人族だけど、名誉市民としてエルフの王都に、お屋敷を貰ってしまった。フラムさんのお屋敷の近くみたい。
そこと自分の所領を行ったり来たり出来れば、ピアちゃんも両方の環境に馴染めて、教育上良いだろうという事らしい。まあ、なんだかんだで、通い妻というやつですよね? とはオレは聞かなかった。
フラムさん、夫婦喧嘩で爆発してください。
ダニエラさんは単独で帰らないと話が合わなくなるので、自分の馬車を使って入国。フラムさんとピアちゃんは、オレと一緒に別の馬車だ。もちろん全員人族の姿になって入国する。
入国して向こうで活動しやすいように、オレ達の身分証明は、フラムさんが偽造してくれて、その経歴には、向こうで貴族の称号を持つダニエラさんの保障まで付いたので、国境でも、街の検問所でも、かなり優先して通過出来るらしい。
フリーの傭兵。それがオレの立場だ。
エルフの領土から、獣人国を経由して人族と繋ぐ、商業ルートを確立させようと派遣された、やり手の商人の護衛らしい。
エルフのその筋の高官のサインや、街の最高責任者の印も、本物が押してある書類付きだ。
そして、獣人国へ戻らなかったイリスとアドリアも、一緒に馬車に乗っている。
イリスは、貿易を生業にしている商人、アドリアもイリスの護衛だ。彼女達も人族の姿になっていて、すごく不思議な感じがする。
イリスは、正にやり手の貿易商といった感じ。アドリアさんは、マフィアのボスの女だな。いや、マフィアのボスの女のふりをした黒幕だわ。似合いすぎてて怖い。
戻らないで、勝手にこっちに付いて来ちゃって大丈夫なの?と聞いたら、獣王にアユムをサポートしてやってくれ、と頼まれてるそうだ。なんかね、みんな面倒見が良いよね。馴染んだ顔が多いのって、気持ちが楽になる。
二台の馬車は、四日間掛けて人族の国境へ向かう。
途中アドリアさんが滞在した村は無事で、村人も大歓迎、アドリアさんも喜んでいた。
オレはエルフの街を八ヶ所縦断して、ほとんど毎日戦い続けだったけど、オークも全ていなくなり、最後の三ヶ所はゆっくり観光出来た四日間だった。
そうしてオレ達は、いよいよ国境を越え、人族の領土へと足を踏み入れた。
国境を越えて最初の街ナバラで、オレ達は二手に分かれる事にした。
オレが目指す志願兵団は、本部が王都にあり、ダニエラさんの村は辺境にある。フラムさんとダニエラさんは、所領で闇の王との闘いに備えて魔道具の開発を。オレ達は、直接向かって情報収集を。ちょっと寂しいが旅の仲間とは一旦お別れだ。
オレの馬車はイリスとアドリアさんの三人。ダニエラさんの馬車にピアちゃんと、フラムさんの組み合わせである。
ダニエラさんが、いざという時に、国の中枢に接触できるように、同じパーティメンバーの貴族に紹介状を書いてくれた。オレも見た事がある、あの大盾の巨漢の事だ。フラムさんが、首都に到着したら会いに行く人物と、連絡方法を伝授してくれ、道中のエルランディア王国の通貨も用意してくれた。
多分、エルフが人族の所で諜報活動している、組織に渡りを付けるんだと思う。
やるべき事ははっきりしてるし、資金もある。フラムさんが準備を整えて王都に来るまでに、情報集めながら、動けるようになっておきますと、我ながら大きな約束をしてオレ達は分かれた。
馬車を操るなんて、もちろんやった事はなかったけど、イリスが隣で指導してくれて、俺が御者席に座り手綱を取っている。馬車も馬も目立たないレベルではあるけど、そこそこ良い物で、目的地に付いたら売り払って資金にして構わないそうだ。
訓練されている馬なので、手綱をひかなくても道なりに進んでくれるので、慣れると真っ直ぐ進むだけなら案外誰でも出来る。馬具をちゃんと装着したり、馬に合わせて休憩や食事を取らせたりと、馬車を牽く以外の要領を身につける方が何倍も大変だ。
一人で車内に居るのも息が詰まるといって、アドリアさんも外に出てきて、御者席はオレの体格のせいで埋まってるから、彼女は屋根の上にのっかって、オレ達の頭上で足をぶらぶらさせている。
「ねえ、イリスもアドリアさんも、エルランディア王国ははじめて?」
オレが純粋な興味から二人に聞くと、二人とも眉毛が八の字になるような顔をして、ちょっと重たい話をしてくれた。獣人の身体能力は、普通の人間の平均三倍、強いものになると六倍とか八倍もあるらしい。ちょっと想像しただけで、肉体労働とかをやらせたら、重機なみに捗るに違いない。なので獣人は人族の所では、是非とも欲しい人材なのである。
けれども、獣人はひと所に縛り付けられるのが苦手で、草原や森のない所も苦手である。仲がよく、性格的にも相性の良いドワーフの地で獣人を見る事が殆ど無いのはこのせいである。
獣人は飽きたら直ぐに他の所へ行ってしまうので、人族の地では、人がよくてあまり疑うことをせず、賭け事が大好きな獣人の性質を利用して、あの手この手で借金を負わせ、そのかたに土地に縛りつけるといった悪質な手段をとるものが目立つようになって来た。
帰りたくても帰れなくなって、嘆いている同胞を救い出すために、アドリアさんは何度も来た事があるそうだ。
その度に、いろいろと腹の立つ事があったみたいで、イリスはそんなアドリアさんの愚痴を聞いてたものだから、基本的には二人とも人族はあまり好きではない。
「まあ、そういっちゃアレだけど、良い奴もいるんだよ。あたりまえだけどさ。ただ、権力のある奴のタチの悪さは、此処が一番ひどいね」
アドリアさんが、うんざりしたような口調で断言する。
「あれですね、権力のあるタチのわるい奴が、闇の王だったら最悪ですね」
オレは冗談を言ったつもりだったんだけど、馬車の中の時間が止まったような感じで、イリスもアドリアも微動だにしない。
「って流石にそれは無いでしょ。オレみたいに副面被ったオークとか無理……だよね?」
「考えてなかった見方だけど、今回の闇の王は、魔道具を開発してるし、フラムが言うには人型の知能が高い奴だよな。もし、いま私達が使用している様な、見た目を完全に変えてしまう魔道具を、向こうも持っていたら、あってもおかしくはない」
何時も明るいイリスが、珍しく重たい口調で呟くように言った。
「木を隠すなら森の中か、アユム、面白い発想だ。森の中をオークがふらふら歩いてるより、出来るのなら人族になって街にいた方が都合が良いだろうな」
アドリアさんまで、なんだか可能性のあるような口調でいうし、何も考えずに言ってしまった事で悩ませてしまって何だか申し訳無い。でも、確かに無いわけでもないのか……。
クリーチャーが人の振りして大量殺人とか、いやいや、これはあったらヤバイ。クリーチャー同士で殺し合っても、少ししか強くならないけど、この世界の食物連鎖の上位の生き物、つまり四大種族を殺すと、飛躍的にベーゼは強くなる。潜伏が発覚するというリスクはあるけど、効率なら断然良いので、情況次第ではない話じゃない。
「例えばオークが盗賊に化けて街道で旅人を襲うとか、殺人鬼になって街で次々と人を襲うとか、でも目立ちすぎてすぐ足がつくよね。返り討ちになって死体を調べられたら大騒ぎになるだろうし、やっぱりないかな」
「アユムの着眼点はキテるからな。そういうのも勘定に入れておこう」
オレ達の雑談が、フラグになったのだろうか? 街道の先の森の中に潜んでいる連中を見つけてしまった。まさか、キャンプしてる訳ないだろうし、そういう奴らなら、確認しておくのも大事かもしれない。
「お客さんみたい」
オレが言う前に、既に二人とも準備体操してるので、やる気満々。オレは森の中に隠れてる奴らに合掌した。
「止まりな、抵抗しなけりゃ命までは取らねえ。逃げたら殺す。わかるか?」
森の中から騎乗した男達が六人出てきて進路を塞ぐ。左右の森からも徒歩の男達がぞろぞろ出てきて、合計十五人だ。揃いも揃って悪党面していて、苦笑したくなるような安い挑発をしている。刃物見せびらかしたり、口開けて馬鹿みたいに舌だしたり、お前ら止めとけ、死ぬよ、ほんとマジで死ぬ。
見た目は綺麗な女の子だけど、それ猛獣だから。猛獣知ってる? この距離で挑発したらワンパンで挽肉になるよ。アドリアさんも、きゃーアユムこわーい、じゃねーよ。アンタの方がよっぽど怖いだろ。
「おい、デカイ兄さん、いい御身分じゃねーか、女二人はべらせてどこの金持ちだ? さっさと降りろよ、情況が解らないほど馬鹿じゃあるまい?」
「デカイ兄さんは、腕には自信がありそうだが、やめとけ、死ぬぞ。おとなしく武器をおいて馬車をおりろ。女と馬車をおいて歩いて帰るなら命は助かるぞ」
この品の無い男達のツラみたてら、証拠隠滅する気に溢れてるけどな。
もし魔道具みたいなものを持っていたとしても、オレには見た目に関係なく、輪郭がはっきりわかる。疑う余地もなく只の悪党だ。
「どうみても、普通の人間じゃねーか。邪魔だからどいてろ」
「現実を見たくねぇのは解るぜ兄さん。だが、馬鹿は長生きしないぞ」
ボスみたいな奴が喋り終わる前に、森の中からオレの頭めがけて矢が飛んできた。もちろん空中で捕まえて、へし折って捨てる。こんなの獣王の拳速に比べたら、止まってるのと変わらん。
男達が一瞬ぽかんとして動きが止まったが、次の瞬間一斉に襲いかかってきた。
参ったのは、アドリアさんとイリスが、きゃーアユム、たすけてーとか言いながらパタパタ逃げ回ってる事だ。
あんたら全然怖がってるように見えないし、そもそも逃げてる割りに、周囲をぐるぐるして離れていかないし、チビッ子と鬼ごっこしてる大人にしかみえないよ。
オレは充分に手加減しながら、手で軽く払って強盗達の戦意を刈り取って行く。腹を殴ったりしたら死んでしまいそうな気がしたので、肩とか膝下の足だけ狙ったんだけど、手加減もなかなか難しい。
痛感したんだけど、普通の人族は弱い。オレの基準が獣人になってるせいもあるだろうけど、こいつらオーク相手でも、数が同じなら一匹も倒せずに短時間で全滅するだろう。
「ああっ、ひっ、ば、ばけもの……た、助けて……」
オレが足を痛めて倒れてるボスに向かって、のしのし近づいて行くと、だらしなく手で這いずるようにして、ボスはオレから離れようとする。いや、そんな、これ以上どうこうしないから逃げるなって。
「聞きたい事がある、お前達、最近エルランディア王国で、大勢の人が行方不明になったり、殺されたり、みたいな事件を知らないか?もしくは大規模な盗賊とか、人殺しの集団みたいな奴らだ」
「だ、旦那、そういうのを調べてる国の騎士様ですかい? な、なんでも言う事聞きますから、命だけはお助けください」
オレの言った事を何か勘違いしてる風だけど、涙とか鼻水とか、色々汚いから早く答えて欲しい。
「答える気がないなら、他の者に聞くが」
「あああ! 殺さないで! 知らないんです、本当にそんなの知らないです。本当なんです。助けてください」
まあ、そんなに都合よく手がかりなんて見つからないよね。オレが興味を無くして、手を離して立ち上がると、連中は命拾いをしたと感じたのか、ほっと安堵するような空気が流れた。
「アユム、とりあえず全部殺して山に捨てるか?」
アドリアさんの空気を読まない発言に、男達が雷に打たれた様に硬直して、目を見開いたまま震えている。アドリアさん軍人だし、こういうのには容赦ないよね。
「まあ、殺すのは次回でもいいだろ、お前達を見捨てて森の中に逃げてった三人にも言っておけ。今度あったらその場で殺すし、合わなくても同じ事やってたら殺しに来るぞ」
男達は細かく首を震わせて頷いたので、放置してオレ達は馬車を進めた。
「アユム優しすぎるぜ。ああいうのは、なかなか改心なんてしないぞ」
男達から武器を全部取り上げて、街道に置き去りにしてきたけど、馬車の中でアドリアさんに、呆れたようすで言われてしまった。
確かにその通りなんだけど、明らかにクリーチャーなのと違って、やっぱりやりにくいんだよね。こういうのが弱みにならないように、気を付けなくちゃと思う。
オレ達は夕方に結構大きなマルキという街に到着して、ここで宿をとる事にした。




