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♯1 第三章

最終章になります。此処までたどりついた皆様に感謝を!

 セレーナは、大聖堂の自室で手紙を書いていた。


 聖女アリアが受けた神託は、エルランディア王国に、ダンジョンが出来たというものが最後である事。聖女アリアは、ベーゼの討伐が完了したのか、判断できない状態である事。教皇が聖女の状態に言及せず、ベーゼの討伐はなされていないと断言している事。聖女アリアは、現在神託を得られない状態になっていて、その事を本人がとても心配している事。


 一歩間違えると、聖教会の大スキャンダルになるような内容を、さらさらと美しい文字で書きしたためた後、小瓶に入った白い砂のような物を手紙の上に掛け始めた。


 紙をゆすって文字のある部分にそれが掛かると、インクの文字がすっと消え、数回ゆすっただけで、紙は真っ白な状態まで戻ってしまう。


 セレーナは真っ白になった紙を折りたたみ、小さな紙飛行機を折りあげる。そして自室の窓へと向かうと、眼下に望むエルランディアの市街の灯りを眺めた。


 夏の夜なので、家々の窓は開いている。じっと眺める方角の一つの窓の灯りが二回不規則に明滅した。


 セレーナの手を離れた紙飛行機は、夜空高く舞い上がり、空の上に見えなくなった後、素晴らしいスピードで、明滅していた窓の中に飛び込んでいった。


 紙飛行機を受け取ったのは、仲間の上流貴族ゲルハルトである。エルフと違い人族の男性は魔法適性はない。女性も使える者はごく一部であり、ダニエラやセレーナのような魔女が本気で動き出したら、彼女達の行動を妨げるのは非常に難しい。


 おっとりとした性格のセレーナが、怒る姿を見たことがある者は少ない。実家の父母が今のセレーナをみたら、仰天してうろたえる事は間違いない。セレーナは怒っていた。教皇に対してである。


 人族の領域で前回ベーゼが討伐されたのは、実に三十二年前である。十六歳のセレーナは当然資料の中で学習しただけで、自分達に託されている、この世に産まれ出るベーゼを見つけ出し、早期に滅するべしという神の教えを、実際に実行したのは、先日のボーンデビル討伐が始めてである。


 ボーンデビルはとても怖ろしかった。最下層に辿り付く前に大勢の犠牲者が出ると、ボーンデビルは強化されて、倒す事が困難になってしまう。


 精鋭のみで挑んだダンジョンにおいて、完全武装の骨の戦士が襲いかかって来て、迎え撃つ兵士がその背骨を両断するものの、千切れた上半身に抱きつかれ、その更に後ろから来た骨の兵士に、槍でもろとも串刺しにされる光景や、動物の骨が牙をむき出しとび掛かってきて、その牙に喉笛を食い破られた若い兵士が、ダンジョンの天井を血飛沫で赤く染めながら仰け反る姿は、今でも時々思い出してしまい、身体が震える思いがする。


 巨人の骨が進路を塞いで向かってきた時は、ここでみな全滅するのか、と弱気になってしまい、知らず知らずのうちに涙が頬を伝い、脚が震えて、前にも後ろにも動けなかったのをはっきりと覚えている。


 巨漢のゲルハルトが、自らの倍程もある巨人に猛然と立ち向かい、メイスを叩き付けて巨人の骨を粉砕していく姿に感動し、前衛の手が回らない巨人を、ダニエラが燃やし尽くす姿に勇気を貰った。


 このパーティのなかで、自分だけが弱気で、役に立っていないと痛感してしまい、今度は違う涙が止まらなくなってしまった。


 後衛は前衛からあまり離されてはいけないのだが、ゲルハルト達に泣きはらした顔を見られたくなくて、つい足がとまる自分に、後ろから来たダニエラが、そっと自分の頭を撫でて、三人から見えないように、前に立ってくれた時は嬉しかった。


 そして、あれほどに強く、敵をものともせず進んでいく頼もしい仲間が、最後の間において、あわや全滅の憂き目にあったのだ。


 あの時、私達は全員死んでいた。何故だかわからないが、一匹の竜人がベーゼを裏切らなかったら、自分はあの暗い地下室で生涯を終えていただろう。


 ベーゼというのは怖ろしい。あれは人の手に余る化け物だ。聖女の神託を大切に守り、あの化け物が強くならないうちに倒さないと、確実に手に追えなくなって、人族は滅ぶのだ。


 それを、あの太ったガマガエルは全く理解していない! 権力もお金も、世界が滅んでしまえば無意味だと何故わからない? 彼らは腐った林檎より害悪である。第一王子のドミニクもだ。


 自分は弱い、パーティの中で一番弱いだろう。いつも皆に守ってもらってばかりだ。いまアーベル王子は謹慎中、ダニエラとディーダは自領へ戻り王都へは戻ってこれない。


 いつも仲間の先頭に立ち、誰も持ち上げる事が出来ない大盾を振り回して、仲間を守ってくれる逞しいゲルハルトも、ドミニク派の連中の矢面にたっているので、防戦一方だろう。


 ダニエラが言っていた事を思い出す。前衛に頼れるときは任せ、彼等に頼られているときは、怖れずに己の全てを出し尽くせと。


 今は自分が攻める番である。苦境を堪えている仲間を自分が救う。


 アーベルが自由に動ける状態を作れば、話の大半は解決するのだ。元々、誰の目にもどちらの王子が後継者に相応しいか? という事は一目瞭然である。


 今はアーベル王子の立場が弱いので、保身の為に正論を言わない貴族も、アーベル王子が表舞台で輝けば、たちまち態度を変えるだろう。


 流れが変わったとき、教皇に貢いだ貴族達は、話が違うと怒り出す。約束が果たされないなら、

受け取った物を返せとなるだろう。この時、受け取ったものが無くなっているのが相応しい。


 教皇は、聖女が神託を得られずに嘆いている事を知っていて無視している。アーベルの性格から、ベーゼが倒されたのは真実だと疑っていないからだ。


「良い事おもいついちゃった……」


 聖教会の一室で小さく呟く声は嬉しそうに弾んでいた。




 王都の夜、酒場で靴屋と、仕立て屋と、馬鞍屋が言い争いをしていた。


 争いの原因は、仕立て屋が夜道でみた怪異が原因である。仕立て屋は、手のひらに乗るような小さな骸骨が道を走っていって、家の壁を駆け上がって見えなくなったという。その与太話を、靴屋と馬鞍屋が、作り話をするにしても、それではあまりにも酷いと馬鹿にしたからである。


 酒を飲んでつまらない冗談を言う。それは、よくある普通の光景なのに、仕立て屋は自分は嘘は言ってないと言い張り、その強情さに呆れた二人が、いい加減につまらない話はよせと怒り、そのまま殴りあいになったのである。


 その話を聞いたもの達は呆れてしまい、中には仕立て屋の正気を疑い、医者にかかる事を薦める者もいた。


 だが、同様の話が王都の中心部で見聞きされる様になり、つまらない噂話は、王都で一番の話題へと成長していった。


 盛り上がる騒動に、仕方なく出動した警備隊まで、屋根の上を走って行く、小さな人型の骨を目撃してしまい、槍を投擲して民家の屋根を壊すと言う事態に発展してしまう。


 大勢の住民が目撃してしまい騒動にはなったが、走る骨といえば確かに少々怖いが、所詮手のひらサイズである。まだ観ていない者は話題に付いていけず、酒場では自分がどのようにそいつと出会ったかを、得意げに語る者が多くなった。


 市民はあまり不安には思っていなかったにも関わらず、軍が突如として夜間の戒厳令を敷き、物々しく武装した兵達が巡回を始めたのである。


 一般市民には伝えられていないが、軍の上層部や、ベーゼの討伐に召集された者は、先日王国に発生したダンジョンの王が、骨に魂を吹き込み操るボーンデビルだという事を知っている。


 優秀なエリート集団のみで挑んだダンジョン攻略において、帰らぬものとなった仲間も多い。最下層まで『神に選ばれしもの』が到達したのは間違いない。彼らが無事帰還したので、最後の間から帰還したという事は、全てが無事終わったのだろうと、関係者の気は一旦緩んだのだが、討伐が完了したと言う正式な発表が無い。


 本来なら、『神に選ばれしもの』達を称え、特にそのリーダーであるアーベル王子を皆で賞賛すべき筈が、それが行われずに、帰還したアーベル王子が姿を現さないので、軍人達は、予想がつかない不安に震えていたのだ。


 下からの突きあげによって、軍上層部の貴族階級も動き出した。教皇に対して、聖女の神託はどうなっているのか? と詰め寄ったのである。


 先にベーゼの討伐は未だ成されていないようだ。と発表した教皇は、これ幸いとばかりに、ベーゼを討伐したというアーベル王子の発言を非難した。だが、実際にボーンデビルと戦っている軍人達は、激怒したのである。


 ダンジョンのクリーチャーが、頻繁に外に出て来る様になるのは、軍人なら誰もが怖れる悪夢、闇の王の存在を示唆している。アーベル王子はベーゼを倒したかもしれないが、その更に上位の闇の王がいるのではないかという事を、軍部は警戒しているのである。


 軍人達が、聖女と直接話をさせろと聖教会本部に押しかけ、司祭達はそれは許されないと反発する。頭に血が登った将校が、何を隠しているのか! と叫び、その場の空気が凍りついた。


 司祭達に腕をひかれる様にして姿を現した教皇は、正門前の光景をみて愕然としてしまった。


 軍人達の目が殺気を帯びている。彼らにとってベーゼが生存していて、今も力を蓄えつつあるという仮定は、自分の足元が崩れだすように感じるほど怖ろしい事なのだ。


 聖教会は治外法権であり、教皇はその頂点である。例え王国の上流貴族でも、言葉使いには気を付けるのだが、その場にいた上流貴族は、下士官から将校まで、みなに慕われる男であった。


 彼は、不敬な発現をしてしまった将校の肩を優しく引き寄せ、自らが先頭に立って、穏やかながらも有無を言わせぬ威圧を込めて、これより我らは聖女に神託を伺いに行く! と教皇に宣告した。

 



 聖教会の正門が非情に騒がしい。


 セレーナは、四階の自室でリズムを口ずさみながら、貴族達へ聖教会への寄付をお願いする手紙を、したためる仕事に励んでいた。


 窓を開け、教皇と武官達が言いあいをしており、その中に上流貴族の見知った男がいるのを確認して、セレーナは聖女アリアの元へと走った。


「聖女アリアへの面会を希望いたします。緊急事態なので速やかに!」


 いつもおっとりとした姿のセレーナしか見ていない侍従達は、がらっと変化したセレーナの様子に戸惑いながら、顔を見合わせた。


「聖女アリアへの面会は、教皇様の許可が無ければ、御通し出来かねます」


 おそらく、教皇の息が掛かっているだろうと思われる侍従が、紋きり型の口上をのべ、セレーナを追い返そうとする。


「そこの貴方、窓から正門をみて、そこの貴方、聖女アリア様を呼んできて」

「聖女セレーナ! 何をなさいますか! 貴方にそのような権限は……」

「お黙りなさい! 教皇様が将校達に吊るし上げられるのを黙ってみている気ですか」


 セレーナの言葉がよく理解出来ず、あまりの迫力に目を白黒させて、硬直してしまった侍従に、まどの外を見下ろしていた者が、小さく悲鳴をあげ、後ずさりして叫んだ。


「教皇様が、軍人達に囲まれています!」

「だから、早くしなさいと言っている! 急げ!」


 セレーナの一喝で、腰が抜けたようにふらつきながら、侍従達は開けたドアも閉めずに聖女アリアを呼びに行った。



 

 王国正規兵の第三騎士団を預かる隊長ヴォルフガング、壮年期を過ぎ、髪にも自慢の口髭にも白いものが混じる様になった彼の事を、年寄り扱いするものは王国にはいない。


 鷹の様な鋭い切れ長の目は、いまだ強い光をはなち、威風堂々とした長身と、岩のような横幅は、いまだ衰えぬ膂力を感じさせる。


 彼は先代の『神に選ばれしもの』の一員であり、三十二年前の王国北部で発見されたオークのダンジョンの討伐者である。


 当時『神に選ばれしもの』の副長を努めていたヴォルフガングは、隊長のリュディガーがオークの手によって倒れた後、隊を牽引して、最後は愛用のウォーハンマーでキングを撲殺し、王国に勝利をもたらした立役者であり、英雄として褒めそやされる様になった後もけして驕らず、淡々と日々の訓練を続ける姿は、多くの軍人の尊敬を集めていた。


 融通のきかない性格ゆえ、彼の事を悪く言う貴族もいたが、将校や下士官の人気は絶大で、彼に鍛錬を褒められるというのは、士官にとって勲章に等しい名誉と言われている。


 現在の『神に選ばれしもの』の副長ゲルハルトの師であり、自らの衰えを理由に、彼がパーティから身を引く決心をした時、引き止めるゲルハルトに、お前が居るから安心して後を任せられると言い、ゲルハルトが男泣きに涙したのは、軍では有名な話である。


 ヴォルフガングは、王都の中央広場を見下ろす高台にある聖教会本部の前で、懸命に軍人達の浸入を阻止しようとする、教皇や大勢の司祭達を物ともせず、前に進んでいく。


 元々聖教会の一階は、国民の誰もが自由に訪れ、正面奥に立つ女神像の下で祈るのは日常の光景であり、教会へ大挙して現れた軍人達の姿に驚愕し、正門の階段で押しとどめようとしてしまった司祭達の行動は間違っている。


 私室に青ざめた顔で駆け込んできた司祭の後を追って、正門まで来てしまった教皇も、ここで揉みあうとは思慮が足りぬと、司祭達の判断の甘さに歯噛みする思いだった。


 周囲には、成り行きをみつめる大勢の市民の目があり、ヴォルフガングは顔も姿もわかりやすく、いまだに人気のある英雄である。


 軍に指揮をとばす事になれた良く通る声で、聖女に王国の存亡に関わるベーゼに関する大事な話があるという英雄を、数で引きとめようとする司祭達の方が、どうみても悪役にしか見えない。


 羊の群れをかき分けて進む水牛のように、ヴォルフガングは進んでいく。その進路に立ち塞がろうとした司祭達は、見えない壁の圧力に押されたかのように、バランスを崩して後ろに尻餅をついて倒れてしまった。


 聖教会の一階フロアに入ったヴォルフガングの視線の先に、女性以外立ち入り禁止の上階から、駆け下りてきた聖女アリアの姿がみえた。


 聖女アリアの後を追ってきたと思われる女性達が、懸命に口をパクパクさせて、何かを訴えようとしている様に見えるが、厳かな雰囲気の教会の中は静まりかえっている。


 駆け寄って聖女アリアの腕をとろうとした女性は、突然窓から入ってきた突風に煽られ、仰向けにひっくり返って、スカートをまくりあげながら滑っていった。


「聖女アリア、お目にかかれて光栄です。闇の王が現れたのではないかと、軍部の皆が不安に感じております。どうか、神託を我等に授け、行くべき道を御教えください」


 聖女の前で片膝をつき、頭を下げるヴォルフガングに、聖女アリアは安心したように話かけた。

 

「やっと軍の方にお会いできました。現れたベーゼはどうなりましたか? わたくしは、すっと神託が受けられなくて悩んでいました。ベーゼは倒されましたか? みなさんは御無事でしたか?」


 聖女アリアの言葉を聞いたヴォルフガングは、雷に打たれた様に身体を震わせ、目を大きく見開いて顔をあげた。


「聖女アリア、それはまことですか」


 聖教会の広い入り口では、一斉に躓いて倒れた司祭たちに、次々と後続が倒れこみ、司祭の山が出来上がっている。その山の下から、激しく床に頭をぶつけ、帽子が吹っ飛んだ教皇が這いつくばるようにして出てきた。


「ヴォルフガング卿、我らの声に耳を貸さず、押し通るとは失礼ですぞ!」

「女神に祈り、聖女に御挨拶するのに何が失礼だ! よく聞け! もし闇の王が現れていたら、

我がハンマーの錆を落とすのに貴様等の頭を使うから覚悟しておけ!」


 間近で虎が吼えたような一喝に、ようやく立ち上がった司祭達が腰を抜かしてへたりこむ。教皇でさえ口を開けたまま硬直し、ヴォルフガングが聖女と話しこむのを黙って見守る事しか出来なかった。


 ヴォルフガングと大勢の士官達は、聖女に礼を述べた後、教会奥の女神像の前に整列した。


「遥かなる太古に、女神様の創造されましたこの大地、それを預かりし者の責務として、連綿と続いてきた虚なる者の討伐! 我ら王国軍人! 女神様との約定を必ずや完遂してご覧に入れます!」


 ヴォルフガングの宣誓に、軍人達が一斉に軍靴を鳴らし唱和する。肩を怒らせた軍人達が、きびすを返して教会から出て行くまで、もはや誰も彼らを諌める者はいなかった。

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