♯16
決戦の朝。まだ夜も明けない暗がりのなか、スペランツァの司令官は、街の城壁から静かにオレ達を見送ってくれた。作戦内容も、降下地点も極秘なので、他の兵達がオレ達を送り出す事はない。
ダニエラの両手にオレとアドリアさんが掴まり、フラムさんとイリスが手をつないで、高い城壁の上から飛び降りると、アドリアさんの細い手に、全身が持ち上げられたような感覚を覚えて、城門の外の地面に軟着陸した。
オレ達の後ろからフラムさんとイリスが降りてきたけど、イリスがしがみ付いてるので、ホントに高い所が苦手みたい。
フラムさんと、ダニエラさんが用意されていた馬に乗り、オレ達は潅木と草地の台地を走って目的地へ向かった。
予行演習の飛び降りは、これくらいの高さなら普通に飛び降りても大丈夫かなという程度だったので、それ程緊張しなかったけど、降下地点に到着して、はっきり言ってびびった。正直、今から帰りたいかもしれない。
オレ達のいる台地の先は、巨大な円柱を突き刺して削りとったように、垂直に岩壁が落ちていて、眼下の遥か下にある丸くて平らな平野に白い城壁で囲まれた美しい都市が見える。
都市の後ろには鮫の歯を逆さに立てたような、鋭角に聳える山があって、屏風のように都市の背景になっている。あれが目的地のフィナコルだ。距離があるせいで、余計感じるのだろうけど、山頂はとても狭そう。
徐々に上から眺め降ろす地平線が眩しくなって、空がブルーのグラデーションになっていく。朝日が顔を出してフィナコルの尖った先端が輝いてきた。
「みんな行くよ!」
フラムさんの声にみな頷いて、崖の端から一歩を踏み出した。
下からの上昇気流なのか、一瞬身体が持ち上がるような感じがして、次に無重力の様な浮遊感がきて、下に吸い込まれていくように加速していく。怖い、怖い! マジで怖い。下をガン見していたら声が出そうになって、アドリアさんの方をみたら、真っ白の岩壁の向こうの、エルフの森へ流れていくエメラルド色の流れが目に入って、一瞬自分が落ちてるのを忘れて綺麗だなと感じてしまい、そうしたら気持ちが楽になった。
よく観察すると、真下に墜落してるのと違って、斜めに滑空しながら落ちている。フィナコルの尖端がどんどん迫ってきて、なんだかあれに刺さりそうな気がしてきた。
距離がみるみる詰まり、マンションの最上階からみる下界みたいになってきて、岩のゴツゴツした質感や、山頂の様子もはっきりわかる。
優秀な落下傘兵みたいに、ダニエラさんが見事に風を操って、最後にぎゅーっと減速して、フィナコル山頂の平らな窪みに入り込むように着陸した。
上を見上げると、フラムさんにお姫様抱っこされたイリスが、両手で自分の口を抑えながら降りてくる。
フラムさんも流石で、足音もなくオレの隣にふわりと着地した。
イリスの目が死んだ魚のようになってるんだけど、大丈夫だろうか。オレも心臓がバクバクしているけど、もしかしたら、いままで自分は高所恐怖症だと思ってたけど、これで吹っ切れたかもしれない。
口を抑えたままのイリスを、アドリアさんがわしゃわしゃしていて、イリスがぷるぷるしている。なにあれ可愛い。オレもやってみたい。
フラムさんが、普通の岩に見える飛び出している石を順番に押し込んでいくと、ガゴンッと何かが外れる音がして、地面に四角い線が浮かんだ。
一瞬間をおいて、四角の真ん中が二つに割れて、大きな穴が姿を現し穴のヘリから下へと続く金属製の梯子が続いているのが見える。
「それじゃあ、私が先頭、アドリア、イリス、ダニエラ、アユムで」
フラムさんが、真っ暗な穴の中に躊躇なく身を躍らせて消えたので、ちょっと驚いたけど、直ぐに随分下の方でランタンを付けたような灯りがともり、フラムさんのいる場所が踊り場のようになっているのが見てとれた。
アドリアが身軽に穴の中へ身を躍らせて、イリスが少し躊躇いながら続くと、ダニエラさんがオレの方をみてにっこりと微笑んだ。
「アユム、もし落ちても、私が止めてあげるから心配しないで」
そう言って、ダニエラさんは梯子に触らずに、真っ直ぐ落ちて行く。
オレは身体のサイズが大きいので、結構大きな縦穴なんだけど、尻尾が詰まりそうになりながら、ようやく下まで降りる事が出来た。洞窟探検とかは、多分オレには向いていない。
踊り場から、角度を変えて何度も梯子を降りていく。
フラムさんと、ダニエラさんが光る球を沢山浮かべてくれているので、足元には困らない。オレは知覚を研ぎ澄まして、進路の先を探ったが、梯子はまだまだ長いものの、邪魔をするものは存在していない。
その時、地震の様な突きあげる振動がやってきて、驚いたオレは、梯子を降りる手を止め聞き耳をたてた。振動は断続的に続き、時々大きくなる。
「大将、おっぱじめやがったな」
足元からダニエラさんの含み笑いと独り言が聞こえて、これが敵の気をひいて、部隊を前に集めさせる獣王の陽動が始まったのだと理解する。それにしても、文字通りに山を揺るがすってどんだけなんだ。工事現場の杭うち機よりパワーあるぞ。
獣王は押し込みすぎてもいけないし、敵が脅威を覚えて、救援をかける位でないと陽動にならないしで、なかなか匙加減が難しい仕事だと思う。
梯子を沢山下りた後、通路はようやく階段となり、曲がりくねった階段を進んでいくうちに、通路の壁が人の手で掘りぬかれたものから自然の鍾乳洞に変わり、横幅も楽になって歩きやすくなり、更に進んだ所でフラムさんが手をあげ、オレ達の行軍は一時停止した。
どうやら、地下霊廟への入り口に到着したらしい。
フラムさんが壁の細工を操作して扉を開けると、オレ達が出てきた所は、巨大な彫像の腹の中だった。上を見上げると、人物の首あたりに格子状のスリットがあって、オレンジ色の灯りが中の空間を照らしている。
覗き窓のように全景を観察できる穴から外の様子を伺うと、大きな吹き抜けの穴が下へと続いていて、周囲に立派な階段が螺旋状に降りて行く様は、ホール鉱山の坑道を思い出す。
此方は、大理石の床みたいな立派な階段で、綺麗に等間隔で大きな横穴が開いていて、横穴の入り口の左右には見事な彫刻の人物像が立っている。横穴の奥は立派な扉が閉まったままで、地図によると、その奥は棺や副葬品が収められている部屋である。
オレ達は、その門番のように扉の左右に立つ一つに居るらしい。フラムさんの合図で、オレ達は一人ずつ彫像の台座に組み込まれた隠し扉から外へ出て姿を消す。此処からは別行動だ。
フラムさんとダニエラが先に出て消え、アドリアが消えて行く、イリスが振り返りオレを見て微笑んでから消えた。なんだか、凄く緊張して来た。いっちょうやってやりますか!
最後にオレが周囲を索敵しながら、通路へ身を躍らせる。
此処からは、ひたすら降りていく。敵にぶつからないように、物音を立てないように、オレは見えてないけど皆の居る場所ははっきりわかる。イリスとかアドリアは互いにどうしてるんだろう。
二人は先行して階段を滑るように移動している。フラムさんは隠し扉を閉めた後、ダニエラさんと手を繋いで吹き抜けを遥か上の方へ飛んでいった。あれはダニエラさんがフラムさんを介助してるんだ。まさに魔女だよな。エルフも木に軽々と駆け上がったりはするけど、トンボみたいに空を自由に上がってく人は見ていない。
地下霊廟の上の方はとても騒がしくて、沢山のオークが行きかっているのを感じる。みんな上へ上がって行くので、王宮前の防衛に出るんだろう。お陰で最地下の此処は静かな状態になっている。
オレは先行している二人の背中を慎重に追いかけはじめた。
先頭のアドリアとイリスは、距離をあけて動いている。いざオークとすれ違ったりする時に、近すぎると身をかわすスペースがとれなくなるので、距離を詰めすぎないようにと注意されていた。
階段の下の方から武装したオークが十匹ほど、一団となって駆け上がってくるのが見える。軍人ならちゃんと縦になって行進しろよ、とか勝手な事思ってしまうけど。通路を塞ぐようにやってくるそれを、アドリアさんが猫の様な華麗なジャンプで、彫像の頭に取り付いてやり過ごす。イリスも同様に、ひと飛びで彫像に取り付きやり過ごす。
次はオレの所にくる訳だが、ここに来て、オレの体重で古い彫像にしがみ付いたら、彫像が壊れてバレるんじゃないか? と急に心配になってきて、オレは素早く横穴の奥、扉の前まで退避してやり過ごす事にした。
そしたら何と、オーク共がオレが隠れている横穴の前で九十度ターンして此方へ向かって来やがった。心臓が止まりそうになって、慌ててジャンプして、天井の角に三角になって身体を押し込むように張り付いた。
オーク達は鎧や武器がガチャガチャいってて、気がついてはいない。だけど、拡げて踏ん張るおれの両足の下に、奴らの頭があって生きた心地がしない。
一匹がビクンと頭をあげたので、ぎくりとしたが、そいつはくしゃみをしただけで、オレが張り付いてる角には感心を示さなかった。奴らは扉をしっかり鍵で開けて中へと消えて行き、オレはそっと地面に降りて、遅れを取り戻すべく二人の背中を追った。
地下霊廟の一番下は、過去の英霊たちが寛ぐ場としてドーム状の大きな空間になっていて、過去のエルフの王や英雄と認められた戦士、高名な学者などの姿を現した彫像が、まるで歓談を楽しんでいるかのように配置されている。
サッカー場の様に広い空間の奥に、此処までの石壁の美しい通路とは明らかに異なる、暗い通路が巨大な口を開けていた。
行き止まりの最下層に開いたこの穴から先が、キングのつくったダンジョンで間違いない。
資料を読むまで、ダンジョンをつくる所まで進化したボスって、最初は一人でこつこつ手掘りでもするのかな、とか考えてたんだけど、そういう上位個体はダンジョンをつくる魔術を覚えて使用している。
ダンジョン内の空間は、非生物をゆっくり吸収して消してしまうので、過去にダンジョンを封印しようとしたら、安心した頃に溢れて大失敗した国があるそうだ。神様はダンジョンは滅ぼせと言ってるのに、そうやって楽しようとしたのは、人族の国なんだけどね。
前を行く、イリスの動きをダンジョンの先に感じて、左右の壁と天井が気持ち悪く光る中へと入っていった。構造物の輪郭や、足元はしっかり見えるので、アドリアやイリスなら余裕。フラムさんやダニエラさんもこれなら大丈夫だろう。天井はやたらと高く、卵型に中央が高い。両端に水路があって、妙な匂いのする真っ黒な水が流れていた。
広い通路を進んでいくと、両側に鉄格子がはまった小部屋が沢山ある区画に出た。感知では生きて動いている人はいないけど、そこに多くの亡骸が放置されているのはわかる。オレはそれらを見ないようにして先へ進んだ。
更に先へ進むと、両側に大きな部屋がいくつも並んでいて、その中から沢山の気配を感じる。
後で後ろから追い上げて来る二人の為にも、確認だけしておこうと扉のない部屋の中をそっと覗きこむと、遥か奥まで続く通路の左右に、赤い光に照らされて光る大きな卵がズラッと並んでいた。まるで鳥の卵を人工孵化させる工場のよう。
この部屋だけで、おそらく数百。そして同じような部屋が回廊の左右に数十ある。卵の中にオークの姿になりかかってるものがいるのを感じて、オレはその場を離れた。
全部始末しておきたいけど、今はそれをやってる場合じゃない。根本的な原因を絶たないと、これらが産まれ出てきて大変な事になる。
完全武装のオークが、時々隊列を組んで通り過ぎて行くけど、空間は広いのでやり過ごして進むのは難しくはない。先を急いでどんどん進んでいくと、やがて回廊は横幅の広い階段となり、下り坂が遥か下まで続いている。
回廊の左右にも通路は延びていて、大きな部屋が沢山あり、その部屋の先にも、まるでアリの巣のように部屋が繋がっていく。どこまで部屋が続いているのか、正確に把握出来ないが、感じる限りの範囲でオークは千はいるだろう。
オークの他にも数は少ないがオークの二倍近い体格をしたトロールが混じっていて、部屋の一角でオークを解体して食べている奴らもいる。
フラムさんから配布されたダンジョンの資料に書いてあったけれど、ダンジョンのクリーチャーは、ダンジョンにいる限りは、食べずに餓死するという事はない。
食べずとも死なない訳だが、強烈な飢餓感は覚え、それを満たす為に弱い者を貪り喰らうと書かれていた。共食いをして、生き残ったものは更に強くなり、それを繰り返して進化して行くらしい。考えようによっては、哀れな奴らだ。
かなりの時間をかけて、ようやく階段をおりきり、近づいてくると見えてはいたのだけど、目の前に広がる光景に驚ろき、立ち止まってしまう。
こんなに地下深い場所に、飛行機が着陸出来そうな真っ直ぐの道がずっと先まで続いている。道全体がうっすら光っているので暗くはないが、広すぎる空間で天井がはるか彼方にある。道の左右には、真っ黒の水が流れる水路があって、欄干も手すりもないその先は、何もない真っ黒の空間が続いている。
道路と言っても、底なしに高い場所に掛かる橋だ。感知で下にある筈の底が解らないのが不気味すぎる。橋の途中に、視界に入るものだけで三ヶ所、凱旋門のようなアーチがあって、鉄格子の扉が閉まっていて、門番のオークがズラッと大勢待機している。
これはどう越えるべきか、と悩みながら近づいていくと、いたいた。アドリアとイリスが、凱旋門にプロのクライマーの様に取り付いて攀じ登っている。図柄が悪趣味で酷いのだけど掘りの深いレリーフが刻まれてるので、彼女達なら余裕だと思う。
気が付いてたけど、フラムさんとダニエラさんが、追い付いてきてオレの横を通過して行った。姿を消してると互いに見えないから、二人仲良く手を繋いで進んで行くのが、なんだか微笑ましい。
凱旋門の上を、手を繋いだ二人が飛び越えて行くのを見送って、最後尾になってしまったオレは凱旋門の近くで悩んでしまった。
鉄格子の門は開けるわけにはいかない。隊列が通過するときに開くけど、スペースが全くない。やっぱりイリス達みたいに、攀じ登るしかないようだ。
オークの兵が門の前に横一列で並んでいるので、そいつらに触らないように背中に回るのが難しく、仕方ないので助走を付けて飛び上がり、奴らの頭上を越えて、見事に凱旋門に取り付くことに成功した。 冷や汗がでる。
攀じ登るのは、見かけより全然簡単だったが、オレは体重が相当重いので、壁のレリーフを崩さないように慎重にそろそろと進んでいく。
上に出ると広い平面に、角笛をもったオークが二匹うろうろしていた。凱旋門のような建物は、縦幅も厚くて、中から上に上がってくる階段が二ヶ所開いている。しっかり警戒してるし、守りも固い。迂回路もないし真正面から攻めるしかないから、エルフ対オークで正攻法で突破しようとしたら、結構な被害が出るだろう。
此処から先をみると、同様の凱旋門が五箇所あって、イリスとアドリアは、ほぼ同着で二つ先を登っている。五つある門の真ん中であるそれだけ、ひときわ大きくて寺院の門の左右にある仁王像のようなレリーフが刻まれている、二人がレリーフの頭を蹴飛ばすようにして乗り越えて行った。高さが結構あるけど、イリス頑張ってると思う。
登るより、降りる方が何倍も難しい。何より最後にオークを飛び越えて着地するところが緊張する。
大きく飛んで、四本の手足で同時に衝撃を吸収するように地面に降りる。微かな音と衝撃がおきてしまい、息を殺して様子を伺ったけど、オーク達は一匹がちらっとこちらを見ただけで、それ以上の動きはなかった。
あー心臓に悪い。
前に追い付くべく先を急いで、二つ目の門の壁に張り付く。慎重に攀じ登って、上がる直前に警備のオークが、オレの上がろうとしている所で立ち止まってしまい。下から見上げながら右か左にずれるか迷っているうちにオークが動いたので、ホッとしてオークの足元を掠めるように通過した。
そして、反対側の縁をしっかり掴んで、懸垂から足場を探して足をのせた時、両手の爪がしっかり食い込んでいた門の縁が、ボロッと手の中に門の一部をのこして剥がれやがった。
ヤベッ!!
咄嗟に両手の欠片を落とさないように掴んで、背中が地面と水平になる前に、門の壁を強く足で蹴ってバク転で着地。両手が塞がってるのと、一番上から落ちたのでかなりの衝撃音が響いた。
バク転で降りたので門に並ぶオークの表情が良く見える。全員がオレのいる辺りを見てるし、武器に手が掛かってる奴もいる。でも、みえてない筈だから多分大丈夫。
静かにそろそろと後退するオレの視線の先に、オレが二ヶ所掴み千切ってしまった、門の縁の部分の残りが剥がれてスローモーションのように落ちてくるのが見えた。
高い所から落ちてきた石材が当たって砕け、静かな周囲に激しい騒音を巻き散らす。運悪く頭に直撃をうけたオークが一匹ぶっ倒れて血を流していて、門周辺は騒然としてきた。
やばい、やばい。すみやかにこの場を離れようとした時、凱旋門の壁が開き、中から出てきた手に松明をもったオークが、橋の両側の水路に溜まった黒い水に松明の火を近づける。黒い水は、ゴッと引火して炎は遠い先の門まで一気に走り火柱を上げた。
ああ、ここ暗いからね。
なにか怪しい時に、明るくして確認する。アリだと思います。見えてないオレは関係ないけど……。と安心していたら、突然門の上から角笛が鳴り響く。角笛が他の門へも繋がっていき、門の中からわらわらとオークが出て来ようとしている。
何故っ! 唖然としたオレの足元から、炎に照らされて、二本足で立つ竜の影が回廊に伸びている事に気が付いた。
やられた! くそっ、やらかした。
やっちまったからには、もはや押し通るしかない。背中に背負った両手斧を引き抜き、オレは向かってくる奴等を放置して、先に見えるひときわ大きな三つ目の凱旋門に走った。




