♯15
オレ達一行は、首都リュミエールへ向かう道を離れ、深い渓谷を左手に見下ろしながら、上へ上へと登って行く。
この深い谷の反対側に王都リュミエールはある訳で、上にあがると橋とか掛けられないレベルの断崖絶壁になるので、王都を攻めるのにこっちを登ってホントにいいの? と心配になる。
エルフの森は、濃い緑色なんだけど、この深い渓谷の断面は見事に白い。
遥か下を流れる川の水底も白いのか、川が明るいエメラルド色に光っている。綺麗な光景だけど、元々高い所は苦手だったオレは、ちょっと、こう……ひゅんっとなる感じ。
オレ達はまだ大丈夫だけど、馬はきつくないのかな? とよく観察して見ると、どうやらエルフの五人は、馬をいたわるように魔法でアシストしているみたい。道は徐々に渓谷から離れ、つづら折れの山道を延々と登っていくと、傾斜がすっと緩やかになり、テーブルマウンテンの上の台地に出た。
高度がある為か、ジャングルの様な下とは違って低木が多くなり、見晴らしの良いその先に白い城壁が眩しいスペランツァの街がみえてきた。
スペランツァの街は、今迄みて来たエルフの集落とは一転して、ドワーフの街を綺麗にリフォームしたような感じがする。そう言ったらドワーフに失礼だけど、やっぱり洗練されている。
城壁の上には、今は厳戒態勢だからだと思うけど、多くの兵の姿が見えていて、大型の銛を撃ち出すような装置も並んでいる。
丸太や石材が山積みになってる場所もあって、高い所から重量物を落とすだけで、充分な破壊力になるから、魔法で重量を軽減できるエルフだと、あれは上手に運用できると思う。こういう街だったら、オークが攻めてきても充分撃退できると思うけど、アルノーさんによると、こういうタイプの街は王都も含めて五箇所しかないそうだ。
スペランツァは、通常兵力から八百を王都の包囲に派遣していて、実は現在は手薄になっているとの事。非常時なので、総動員で一般人も守備に付いているから厳重に見えるけど、もし王都が破られたら、危険な状態になるだろうと予測されている。
オレ達は、僅か五十程度の小隊なんだけど、街の彼方此方の建物から、獣人軍を示す青と白の布が、重ねて垂らされているし、通りを歩くと軍人は直立不動で敬礼して見送ってくれて、市民は手を振り、花束を持ってきてくれる人や、食べ物の入った籠を渡してくれる人もいる。
イリスが貰った花束の花を、アドリアさんの頭に、そっと一本ずつ植えてるんだけど、あのアドリアさんに気がつかれずに、いたずらできるイリスは凄いと思う。きょろきょろしているアドリアさんは、自分が可愛くなってる事に全然気が付いていない。
案の定と言うか、やっぱりというか、オレの所へ来てくれる人は誰もいなくて、色々察してくれる優しいアルノーさんが持ってきてくれた、スモークされた感じのベーコンは、頬張ると味が濃くて、一口でぺろっといってしまい、とても美味しかった。
アルノーさんの話では、獣人がこの街に入るのは初めてで、以前は人族の商人が来ていたけど、今は諸事情により酷く敬遠されているので、オレに対して失礼があって申し訳無いとアルノーさんは恐縮していた。
街の高台にある軍の指令本部に直行したオレ達を、久しぶりに再開したフラムさんが出迎えてくれる。
なんだか、慌しい日々が続いているせいか、酷く懐かしい感じがするんだけど、オレの前に来たフラムさんは、初対面の時の柔らかくて優しそうな美男子の雰囲気から、闘いの場へ赴く前の戦士の雰囲気になっている。
驚いたのが、フラムさんの横に立つ赤毛の色っぽい女性。
この人、間違いなくあのでかい骨の地下室で会った勇者パーティの人だ。エルフは人間との交流をやめてる筈なので、なんで此処に居るのかわからないけど、この人が歩く爆撃機なのは知ってる。頼りになる戦力が増えるのはありがたい。
こういう非常時だから、特別に呼んだんだろう。勇者パーティの他の面子を探したけど、彼らは見当たらなかった。
「アユムくん、久しぶりだね。獣人軍の大活躍は聞いているよ。君達のお陰で大勢の民の命が救われた。ほんとうにありがとう。そして、協力させてばかりで心苦しいのだけど、また力を貸してくれ」
オレの手をとり、真剣な顔で訴えるフラムさんに、オレは自分の胸を叩いて、ニッコリ笑いながら答えた。
「全部片付けて、飲んで食べて、楽しく祝勝会やりましょう」
ダニエラが前に進み出てきて、ふわりとした重さを感じさせない優雅な礼を披露してくれた。
「アユム、その節は世話になった。フラムから詳細は聞いている。貴方のお陰で私達は救われた。そしてベーゼも討伐された事を心から感謝する。私如きが貴方の背中を守ると言ったらおこがましいが、邪魔する雑魚は全て焼き尽くす。キングを倒してくれ」
「オレこそ中身は未成年です。でもこの身体はいけてますから期待してください」
近くで見るとダニエラさんって凄い美人だな。
色っぽいから年上に見えてたけど、こうやって間近でみると全然若いと思う。フラムさんも二度見するような美貌だから、二人並ぶと絵になるわ。
フラムさんの、ダニエラさんを眺める表情がいいし。っていうか、フラムさん見惚れてるよね?なに、もしかして好きなの? もう爆発してもいいよ。って言うか、その人泣かせたら、文字通り爆発すると思うから命賭けだよ。
「さあ、作戦の詳細を煮詰めよう。みなさん、私に付いてきてください」
フラムさんに案内されて、オレ達は軍司令部の階段を登っていった。
会議室には、スペランツァ軍部の司令官とフラムさん、ダニエラさんにオレとイリス、アドリアさんの六名だけが入室していて、六人が入ると入り口を守っていた兵も外へ出て、扉を閉めてしまった。作戦内容は機密扱いといった感じがする。
質実剛健な飾り気のない椅子は、エルフらしくないけど軍部らしくはある。皆が着席したのをみてフラムさんが話し始めた。
「敵は転移の魔法陣と魔法の発動を阻害する魔道具という、過去の歴史にない新しい技術を味方にして現れたので、我々は一歩間違えれば、初動で大きな痛手を被っていた事でしょう。しかし、それは獣人軍の作戦行動によって回避できました。敵は現在、小規模な部隊を幅広く展開する事に注力していて、大きな衝突は起きてはいませんが、このまま座して待てばキングが進化する可能性が出てきます」
一同はすごく真面目な表情で聞いてるんだけど、オレだけアドリアさんの頭の上の花が気になって仕方ない。誰かこの情況になる前に、アレにつっこんであげろよ。
「今回の作戦の概要は、正面から獣王率いる軍勢が攻勢をかけ、敵にとって防衛に有利な王宮正門か正面回廊までの間に敵の戦力を引き付け、その間に敵のダンジョンがある霊廟へ裏から侵入した我等がキングを討ち取るという奇襲作戦になります」
「裏からっていう解らない部分が、この場所なんだね?」
頭に花を咲かせたアドリアが、眼光するどくニヤリと笑う。
「その通りです。極秘の話で、この事を知ってる者は王族と一部の階級の者のみ、けして口外なされませんようお願いします。王宮にはいざという時の脱出口が大昔に建造されていました。外から攻められて完全に包囲されても使用出来るように、その出入り口は地下霊廟の一番奥深くに存在しています」
「そこに外から直接行けるわけか。いいな」
「王都リュミエールは、その背中をフィナコルと呼ばれる鋭い峰に守られていて、軽業が得意なエルフでもフィナコルの峰を下から登るのは困難です。降りてくるのに比べると、上に飛ぶのは凄まじく魔力を消費しますから。そして、地下霊廟に続く通路は、フィナコルの山頂にあります」
自分達が何をするのか、なんとなく予想が付いたので、高い所が苦手なオレは少し、いや、かなり怯んでいる。
「二人の強力な魔法使いの力をもって、山を登るという事かな?」
「実は、私は以前フィナコルの踏破が出来るかどうか、単独で試した事がありまして。一人だとぎりぎり魔力が持ちましたが二人では無理です」
多分、話の内容から立ち入り禁止の場所だと思うんだけど、フラムさん登頂成功してるし。
「よって我ら五人は、渓谷の対岸である此方から飛び降りて、フィナコル山頂へ着地すると言う手でいこうと考えています」
「えっ、私も行くの?」
イリスが珍しく素っ頓狂な声をあげて目が点になっている。いやイリスは面子でしょ。まさか居残る気だったとはオレも思ってなかったよ。
「アンタは行くに決まってるでしょ! 昔から人族のところの勇者パーティは、五人と相場が決まってるんだよ」
ダニエラさんが自分の頭に刺さってる花をひっこ抜いて、イリスの頭にぶすっと刺した……。あ、気が付いてたんだね。
それにしても飛び降りるのか……。
山頂ってきっと狭いんだよね。失敗したらフラムさんでもようやく登る山を転がるのかな。絶対止まらなくて下まで行くよね。オークキングと戦うより、そっちのほうが怖いわ。
「地下霊廟に降りた後、三人は先行してもらい、私とダニエラは一旦上に上がり、王宮の防衛機能を殺してから降りる。移動は出来るだけすみやかに、戦闘を回避しながら進むのでこれを使う」
言葉と同時にフラムさんとダニエラの姿が消えた。正確には見えなくなった。オレもフラムさんに教えて貰っていたので二人に追従して消えてみる。
「こいつは凄いや。魔道具ってやつかい。魔道具対決でエルフがオークに負けるわけにはいかないさね」
イリスだけ、頭に花を挿したまま、何事かブツブツ呟いている。珍しい。もしかしてイリスも高所恐怖症かな。
「イリス? 大丈夫かい?」
フラムさんの言葉に、はっとしたイリスがやっと戻ってきた。完全に自分の世界に行ってたよな。
「ん! 大丈夫になった。よーし、やるぞー。アユム、〆は頼むぞ」
「りょーかい。闇の王を倒してオレ達の銅像でも建ててもらおうぜ」
「此処スペランツァの街は、有名な工房都市でしてな。銅像はわたくしにお任せください」
オレはイリスに冗談を言ったつもりだったんだけど、ここまで後ろで控えていた、スペランツァの司令官が、いい笑顔で確約してくれたよ。いや、銅像恥ずかしいかも……。ここでやっぱり要らないですとは言えないし、銅像確定したみたい。
「ダンジョンはどういう形をしているか不明だ。飛び降りるなら、私とダニエラがいれば五人いけるが、水平に飛べるのはダニエラも私も一名のみだ。いざという時は、二人を運んで前に出る。残るのは……」
「あ、それはオレで。不死身ですから適任です。数が多ければ時間が掛かるだけで必ず追い付きます。あとダニエラさん、援護射撃はまとめて燃やしてくれておっけーです」
「それで行こう。作戦の決行は、明日の夜明け。霊廟の詳細地図を、各自頭に入れておく事。エルフに伝わるダンジョンに関する資料も用意したから目を通しておいてくれ。何か質問は?」
オレは最後に一番確認しておきたかった事をここで聞く事にした。
「フラムさん、エルランディア王国の骨の奴は、逃げる為の転移の魔法陣を用意していました。キングは自分が危なくなったと思ったら、逃げるんじゃないでしょうか?」
「その通り、そこが今回の一番重要なポイントだ。オークの上位種という奴は、下手に頭が回るだけに、他を犠牲にして自分だけ逃げる可能性がある。よって最後の間では、こっちが魔法発動を阻害する。つまり、私とダニエラは最後の間では戦力外だ。私達二人で最後の間に来るオークは必ず足止めしてみせる。その間に、キングを三人掛かりで倒してくれ。何としても逃がしたくない。君達なら出来る」
考え込んでいたイリスが口を開いた。
「姿を消してダンジョンを降りて行く時に、見つかったらどうする?」
「ダンジョンに大勢浸入されている事に気が付くと、キングは逃げるかもしれない。その時は、誰かが最後の間に飛び込んで時間を稼ぐ」
「見つかった奴は置いといて、最後の間に入るのが優先だな」
「そうだ、この五人なら、そう簡単にはやられまい?」
アドリアが握りこぶしを手のひらに打ちつけ気合を入れている。
「よし、祝杯はドジ踏んだやつの驕りだ」
アドリアの言葉をニヤニヤしながら聞いていたイリスが言う。
「こういうのって、言いだしっぺがやらかすのよね」
「そういうのってアルヨネ……」
話はきまった。ダンジョンの地図はないので、最後の間がどこなのか? とか心配だったけど、ダンジョンって言うのは、そこは必ず最下層だそうだ。
最近は、連日実戦訓練だから戦闘は問題ない。でも高い所から飛ぶのと、スニークミッションが心配だなあ……。
やっと此処まで来たんだから、こんな所で目が覚めたら自宅とか勘弁してくれよ。強く念じつつ、スペランツァの夜はふけていった。




