♯13
フラムは、軍本部付属の研究室に篭って、寝食を忘れる勢いで魔道具の製作に励んでいた。
頭の中でプランは固まっている。博打ではあるが充分に勝算のあるもので、此処まで敵のペースで推移してきた情況を、一気にひっくり返すのにも最適だと分析している。
オークから得た魔法の発動を阻害する黒い球の、分析と対応策を早急に行わなくてはならないフラムに、同じく黒い球を入手していたダニエラが考えていた手段がヒントを与え、二人で熱く議論をぶつけ合ううちに完成した魔道具は、今回のプランに必須のものであり、王宮奪還へ動くエルフの強い味方となってくれる筈だ。
一昼夜寝ずに作業して、気を失うように研究室で仮眠をとり、ダニエラの訪問でようやく意識を取り戻したフラムは、ダニエラと彼女にぴったりと寄りそって、幸せそうな笑顔を浮かべる少女の姿に、疲労が霧散していくような心地よさを感じていた。
フラムが驚いた事に、ダニエラは魔術の行使だけでなく、自らの魔術を魔法陣へ落としこむ事を、試行錯誤しながら繰り返していて、魔道師として高みに昇ったものでしか理解出来ない理論を駆使した高度な魔法陣は、彼女のパーティ仲間であるセレーナも愛用している。
彼女のローブの内側に刺繍されたオリジナルの魔法陣をみたフラムは、その素晴らしい完成度に感動して、我を忘れて顔を近づけ解析に凝視してしまったので、ダニエラを赤面させてしまい、そんなフラムの後姿を、部屋に入ってきた士官が目撃して勘違いしてしまい、あの数々のレディに求愛されながら、まったく意に介した様子のないフラムが、実は人族の魔女とそういう関係であり、その魔女がこの度、幼い少女を連れてフラムの元を訪れたという事は、そういう事なのだろうと二人の知らない所で、噂話がまことしやかに拡散されていった。
二人が密室で話し合いをした後、美しい魔女と小さな少女が抱き会って泣いていた。その姿は絶望によるものではなく、愛情を確認しあった喜びに満ちたものだった。
フラムと魔女が二人きりで部屋に篭り、熱く語り合い、部屋から出てきた二人はやりきった者が漂わせる充足感に満ちた明るい表情になっていた。
フラムが用意した居室で、魔女と少女は仲睦まじく過ごしていて、二人の幸せそうな姿を眺めるフラムの表情が、なんとも幸せそうだった。
噂話というものは怖ろしい。
優秀な知能を持ちながら、そういう事にはとんと気が回らないフラムは、まったく気が付くことなく、連日ダニエラと会い、試作品の完成度は満足のいくレベルまでに仕上がっていった。
「例のアレ、完成したの?」
「ああ、小型化に苦労したけど君のアイディアが見事に嵌ったよ。君は最高だ。君がいなかったら、大切な未来が手からこぼれて落ちたかもしれない。まだ掴んではいないけど必ずやなしとげる。神に誓って」
部屋がノックされ、士官がポットに入れた紅茶セットを置いていく。フラムは熱い紅茶を美味そうに飲みながら、完成品の使い方をダニエラに話し始めた。
「これが黒い球の作動を妨害する道具だ。君に渡した腕輪と同じ機能を搭載して、設置後は周囲の光景に紛れて見えなくなる。作動時間は半日と長くないのが弱点だが、そのかわり効果範囲は広い。此処を押して、こっちの色の違う面を壁に押し当てて手を離すと、しっかりくっついて見えなくなる」
「全部で何個必要になるの?」
「最低で十、予備に十として全部で二十用意した。それくらいあればこのロゼッタの街全体が五個ほど範囲に入る」
「うん、いいと思う。ねえフラム、メンバーはどうするの? 魔道師は単独ではボスとは戦えないわ。強力な壁になってくれる前衛がいてくれてこその魔道師よ。あてはあるの?」
「情報部が内陸で破竹の進撃を繰り返している獣王軍と接触できた。彼らはまったく神掛かってるよ。オークの大部隊を二つ壊滅させて、現在逃亡したオーク狩りを行っている。彼らから優秀な前衛を借り受けた。我々も集合地点へ向かおう」
「獣人の前衛って凄いそうね。私は会った事はないのだけど、同じパーティのゲルハルトが、もし魔法の援護無しで獣人とやりあったら絶対に勝てないだろうと言ってたわ。あれでも人族の最強なんだけど」
「ダニエラの会った事がある少年が来てくれる。人族の少年なんだけどいまの姿は竜人だ。覚えがあるだろう?」
「竜人!! 彼なの? 生きていたの? 会いたい、会ってお礼を……」
「ジャイアント・ウーズに最後に倒したのは彼だ。見かけはともかく気の良い少年だよ。彼なら硬い壁になってくれる」
「勝てるわ、必ず勝利する。待っててねピア、神に誓って約束を果たすわ」
ずっとダニエラを信頼しきった表情で大人しく見上げていた少女は、にへっと笑って強く頷き、少女をふわりと持ち上げたダニエラが少女のおでこに優しくキスをする。
部屋を出たダニエラの首に、ふわりと飛んだピアが抱きついて囁いた。
「ダニエラ、私達いっしょに暮らせるの?」
「そうよ、全てが終わってから幸せになるの」
目を瞑って抱きつく少女の頭を優しく撫でながら、部屋を出て行った魔女の姿を、若き士官達が暖かい視線で眺めていた。




