♯11
夜空に出ている月はまだ細く、その灯りは枝葉が複雑に絡む森の奥までは届かない。
街道を外れた森の中に馬を繋ぎ、フラムが手で合図を送ると、エルフの戦士十名が無言で走り、木々の幹をそのまま駆け登って枝葉と一体化し、たちまち姿がみえなくなってしまう。
風が通過したように、森の木の枝がそよぎ、ゆるやかな波のように流れていく。波は森の中を静かに進み、森が切れ丸く広場のようになった場所の縁で停止した。
大きく綺麗な形で窪んだ広場は、埋没していた石材を切り出した跡で間違いない。昔は街道まで通じていたであろう道は、既に森に呑み込まれ微かな痕跡を残すのみとなり、木々の葉が積もり、雑草の緑が窪地も覆い隠そうとしている。
その一角に、雨風に打たれて削り取られたようにまだ白さを残す部分があり、エルフ達はゆっくりと散開して、木々の上からそれを取り囲むように位置についた。
樹上からじっくりと怪しい場所を観察しているフラムは、一流の魔導師であり、一流の魔道具製作者でもある。数々の新しい魔道具を製作し、いま現在王国で使用されているポータルにもフラムの改良の手が加わっている。
魔道具や魔法陣というものは、魔力を特殊な触媒で焼き付けるように固定したもので、そこからは魔力の残滓を感じ取ることが出来る。
もっとも、魔力を感じる為には、自信も魔力に慣れ親しんでいて使える必要があり、能力に応じてその見え方も変化する。例えエルフであっても、複雑な機能の魔道具をひとめみて解析する者は多くはない。
フラムの目には、採石場跡の白く露出した岩盤の上に、うっすらと浮き上がるように複雑な図形が描かれているのが確認できた。そして慎重にその図形を読み解いていく。フラムは王国で一、二を争うレベルの戦士だが、本人は自分の事を研究者だと自認していて、いま、その研究者の血がひどく騒いでいた。
魔法陣の仕組みはよく理解できる。実に斬新な発想が複数組み合わされていて、これを取り入れることで変化が促される研究が山ほどありそうな予感に、フラムは酷く興奮して来た。同時にこれをつくった相手に畏怖を覚える。
転移石は一回の使いきりだが、怖ろしい事にこの魔法陣は回路が焼き切れ消滅するまでに、数百から千近くまで再使用が可能だと判断した。
同用の物をつくろうと思うと、費用がとんでもない額になるが、これ程の耐久性があれば、転移石よりむしろ安くなるだろう。
そしてその損耗具合から、既にここから最大で五百ほどのオークが森の中に現れ、エルフの地を彷徨っているという事になる。転移の魔法陣を運用するというのは、とても現実的ではない話だったが、可能性を甘く見積もった自分に、怒りで身体が震える想いがする。
その時、魔法陣の回路が動き始め、フラムの視線の先でゆっくりと回り始めた。その様子を仔細に観察しながら、自分の読み解きに間違いが無い事を確信する。魔法陣が青く光り、光が収まった中央から一匹の体格の良いオークが現れた。その一匹が移動すると、また魔法陣が動き出し次の一匹が現れる。
フラムは一瞬だけ行動を迷う。今現在、この周辺にオークがいないことは確認済みだ。この距離ならエルフの弓が急所を外すことはなく、既に十名の戦士は準備を終えている。
魔法陣が送り出す早さはさほどのものではない。広場のオークは六人、七人と増えて行く。優しかった祭司長や、自分を可愛がってくれた王の顔が脳裏に浮かぶと、フラムの穏やかな目は得物を見つけた猛禽類のように細くなった。
夜に鳴く鳥がいる。低い声で雄が鳴き、それに高い声で雌が答えると互いに呼び合いながら近づいて結ばれるのだ。夜空に高い声が一度、二度と通っていく。三度目のタイミングでオーク達の元へ一斉に矢が届き、頭蓋を貫通された十匹が武器を取り落とし、頭から血をまき散らしながら地面に倒れた。
うろたえて逃げ出そうとした二匹も、第二射で複数の矢を受け即死し、転移陣から現れたばかりのオークも、自分に何が起こったのか解らぬまま、打ち抜かれその場に崩れ落ちた。
魔法陣に駆け寄ったフラムが、中央のオークの死体を蹴り飛ばしてどかし、次に現れたオークの背中を蹴り飛ばすと、無様に転んだオークは立ち上がる前に、頭を地面に縫いとめられるようにして絶命してしまう。
フラムは転移してくるオークの頭を次々と芝を刈るように斬り飛ばし、魔法陣からオークが出てこなくなった時には、周囲に二十五のオークの死体が転がっていた。
返り血を浴びて、全身の彼方此方が赤く染まったフラムは、それを拭おうともせずに魔法陣の上で仁王立ちになって地面を睨みつけ、目的の場所がみつかると、何度も火球を撃ち込んで魔法陣を焼き払い、エルフの戦士達は、オークの血で染まった広場をものともせず、死体に何か手がかりが残っていないかを探り、一匹のオークから地図と黒くて丸い球を回収すると、死体を積み上げて念入りに焼き払った。
憎きオークに一矢報いたものの、フラムはその目と視線を合わせてしまった者がたじろぐ程の厳しい表情で、部隊を纏めてロゼッタへと急ぐ。
オークから入手した地図は正確であり、そこには襲撃目標と思われるしるしがついていて、最終的に合流して向かう先と思われる方角には、小さな集落が描かれている。
魔法陣は破壊したが、既に数百のオークが転移しているのは確実。これほど準備した相手である、魔法陣がこれ一つとは考えにくい。そしてなにより、先程オークの死体を吹き飛ばそうとして不発に終わった自分の風球の原因が、オークが持っていた黒い球にあると見抜いたフラムは、忌々しげに唇を噛んだ。ここまで後手、後手に回っている。闇の王を倒さないとオークは弱体化しないが、王都に向かえば背中が危ない。人的被害が多くなれば、闇の王は今以上に強くなって行くのだ。
敵は何処に現れるか予想がつかず、いきなり後方に大軍が現れても不思議ではない。焦燥にかられながらフラムは馬に鞭をいれた。




