♯10
エルフォンソ率いる魔道部隊六百と合流したフラムは、首都へとって返す軍団の指揮はエルフォンソにそのまま任せ、単身首都の近くにある街ロゼッタへ向かう事にした。
転移石は希少で年間に数十しか生産されない。エルフの部隊でも全てが所持している訳ではなく、その使用方法は、命を守る為の一度にしか許されてはいないのだが、フラムのような諜報や、情報管理を行う立場の者には、特別に複数の配給が与えられている。
転移石の使い所を熟考した結果、首都のポータルが作動していなかった為、単身での首都潜入を断念して、次点としてポータルの動作している最前線の中で選ばれたのがロゼッタである。
獣王は道なき森の中を最短ルートで先発組を追い、エルフォンソ率いる魔道部隊六百は、山岳路から各都市を経由して、情報を収拾しつつ軍の規模を拡大させながら首都へ向かう。
魔道部隊の情報部の手によって、鳥を使った連絡手段で、設備のある大きな都市へ、ドワーフ領での顛末と闇の王の現出、獣人軍への支援要請等の詳細は送られた。ポータルのある都市を軸にして、徐々に小さな集落にも情報が伝達されていく手筈になっている。だが、情報が双方向には届かないので、現状の把握がフラムにとって最大の課題となっている。
フラムは、転移石をポケットからとりだし、右手で完全に隠れるように握りしめ、精神を集中して石に魔力を流し込んでいく。通常であれば長い時間を要する作業なのだが、天才魔道師と称えられる彼は僅かな時間で身体全体が青く輝いたかと思うと姿を消した。
首都リュミエールに近いロゼッタの街に現れたフラムの目に、臨戦体制となって慌しい街の様子が飛び込んでくる。
ロゼッタは、首都リュミエールと同様の山岳要塞的な構造になっている。背後に険しい山を背負い、都市の横には渓谷があって、傾斜のある斜面に幾段にもなって城壁が築かれ、遠くからみると、複数の踊り場をもつ長い階段のような美しい都市である。
だが、街の中央を最上段まで繋がる街道の両脇は、近隣の集落から避難してきたと思われる人々で溢れ、中には傷ついて血を流し、治療されている一団も見受けられる。
不安を胸にフラムは、ロゼッタの軍本部へと向かった。
フラムの階級は、王宮直属の魔道部隊隊長であるが、各都市の軍本部の頂点より階位がひとつ高くなる。ロゼッタの司令官コルージャとフラムは親交が深く、コルージャはフラムの大先輩であり、父をはやくに亡くしているフラムは、コルージャを父のように敬って接していて、出迎えに来たコルージャに深々と頭をさげた。
「他人行儀に頭を下げられると対応に困る。お返しに跪きたいのだが、最近膝がいたくて叶わぬのだ、勘弁してくれ」
コルージャの冗談に笑いながら顔をあげたフラムは、ニヤニヤしているコルージャと固い握手をかわす。
「コルージャ、情況はどうなっている。伝書は届いているか?」
「主要な街には情報は行き渡った。占拠された王宮は、都市防衛隊二千と、近隣の集落からあつまった戦士五百が包囲して膠着状態だ。だが外で散発的なオークの襲撃がおきていて、街道で被害が出ている。問題はどうやって王宮の包囲をぬけて外に溢れているのか掴めていないことだ。オークが抜け穴の様な坑道を造っていないか、リュミエール周囲を捜索しているが、いまだ発見出来ていない」
「ダンジョンは、王宮の地下で間違いないのだな?」
「奴等は、王宮の地下にある歴代の王が眠る霊廟を汚した。霊廟からやつらが沸きだしているのは、王宮から脱出できた者からの証言なので間違いない。気になる共通点があってな、転移石で脱出したものが居ないのだ王や祭司長がみまかられた原因に繋がると思う」
「まだ王宮のポータルは、いまだに動作していないか?」
「うむ、停止したままだ。戦闘で破損したのかもしれない。大事なのは、王宮から転移で脱出した者が少なすぎるという所だ。理由は不明だが、転移石が作動しないという事態を想定しなくてはいけない」
フラムは、難しい顔をして考え込んでしまった。
王都からオークが溢れだしてからまだ日が浅い。そして王都の守備隊は、オークと何度も交戦して押し返すことには成功した。現在オークは王宮を包囲されているにも関わらず、領内の街道にも出没して襲撃をくりかえしている。
馬を持たぬオークが移動するには距離的に計算があわないし、これだけの数が潜伏していたというのは無理がある。フラムは軍司令部に掲示されている、オークの小部隊が出現した箇所にバツを付けた地図を凝視して考える。
それらを繋ぐ線も、進行のラインも思いつかない。こんなでたらめは、転移でもして突然現れないと難しい。
フラムはアユムの話を思い出していた。魔法陣の現物はみてはいないが、あの指輪を見る限りでは製作にとてつもない時間がかかる一品物だと思いこんでいた。もし仮に、怖ろしい想像だが、あれを量産できるような化け物だったら。
「転移だ……」
フラムの呟きにコルージャの目が大きく見開かれ、信じられないというように首をふった。
「オークが転移石を製作して、さらに使ってるというのか? ポータルもない場所で」
「いや、伝書に記載してあったアユムの話だ。魔力のない竜人が、石なしで森の中に飛んでいる。コルージャ、この地図にポータルのような役目をはたす場所があるとしたらどこだ? 魔法陣を刻むのに土の上では駄目だ。露出した石材、岩を綺麗に平らにしたような場所、木材では駄目だ、面積は小さな部屋位……あとは……」
考えながら言葉を続けるフラムの肩に手を置き、コルージャが地図の一角を示す。
「ここに以前は大型の石材を切り出すことが出来た採石場跡がある。いまや訪れるものはなく、朽ちているだろうが、位置は丁度良い」
「それだ! コルージャ兵を貸してくれ。森に紛れるのが得意な狩人がいい。敵のポータルを潰すぞ」
「わかった、至急準備しよう。」
コルージャが指示をとばし、軍司令部の中が慌しくなる。採石場跡は日帰りは出来ない距離にある。現地での行動が森にまぎれるのに都合が良いように、準備を整え、ロゼッタを出発するのは昼過ぎとなった。




