♯9
街道を馬車は進む。エルフの領内では、人族の領域に近い所ほど街道の整備は悪く、内陸に入れば整備が整っていく。次の目的地までまだ距離のある森の中で、先導していた二騎の武官が突然手を挙げ、隊列がゆっくりと停車した。
整備された街道を倒木が完全に塞いでいる。倒木が道にかかるのは良くある事だが、少し不自然な痕跡に気が付き、ルチアをはじめ武官達の目が周囲を探る。
騎馬はいざしらず、四頭立ての馬車が転回するのには時間がかかる。街道のどちらから来ても、発見がおくれるような地形。馬車では転回しにくい横幅、街道の両側の森が深い場所の封鎖となると、考えられる情況はひとつしかない。
「ダニエラ様、襲撃の恐れがあります、転回しますが御注意を」
三騎の武官が周囲に視線を走らせる中、御者が巧みに四頭の馬を操って、車体を切り返していく。だが、馬車の転回を阻止するように、街道の両側の草木が揺れ、中から醜いオークが次々と出てきた。左右から十匹以上、合わせて二十はいる。
一帯を取り囲み、いやらしい笑みを浮かべながら、オーク達は幾本もの紐の両端に錘を結び付けた投擲武器を回し始める。ボーラとよばれるそれは地味だが、馬が狙われると脚が奪われる。
ルチアは訓練によって、一瞥で大体の人数を把握出来るのだが、取り囲むオークはざっと二十五。更に封鎖されている反対側からも此方に向かってくる人影が見える。
オークが投擲する前に、先制して四人の武官が次々と攻撃魔法を放つ。ルチアは得意の風魔法を広範囲にオークの顔面へめがけて放った。これで敵はしばらく視界を失い、的確な攻撃が出来なくなる。手ごたえを感じて、即二発目を練り上げたルチアは、愕然として腕が止まってしまった。
優秀な部下が次々と撃った火球は、オークの身体に命中して、火の粉をあげただけで消えてしまった。
オークはおおげさに熱がってるふりをして、醜い顔を歪めて大笑いしている。ルチアの魔法は全く効いていなかった。オークは顔をしかめただけで平然としている。中には両手で目の下をひっぱり、醜い顔で挑発している者もいる。
オークの一匹が馬めがけてボーラを投げると、他のオークも次々と投擲して、馬の脚にぶつかり巻き付いていく。脚に異物が絡んだ馬が驚いて竿立ちになり、ルチアは地面に叩きつけられた。
倒れる前に魔法で飛ぼうとしたのが上手くいっていない。
強く身体を打ち、一瞬うめいたが、直ぐに立ち上がり抜刀して構える。ルチア達の狼狽が楽しくて堪らないという、嗜虐の表情を浮かべた醜い軍勢の後ろから、周囲のオークとは毛色の違う大きな一匹が現れ、汚らしい歯を見せながら喋り始めた。
「エルフ、バカなエルフ……お前達はここでみんな死ぬ。我らが王から賜った黒のオーブ。魔法の力は半減し、お前達など怖くない命乞いをしろ、そうすれば楽に殺してやる。後ろの立派な馬車は女か? 命が惜しければ這いつくばって頭を下げ、我らが王を崇めよ」
オークは発声機関が未発達で上手に喋れない。流暢に言葉を綴るのは、上位個体である。目の前のオークの集団は、エルフの領内に大規模なダンジョンが産まれ、そこから溢れだしているという事を意味する。
そして魔法がうまく発動しないというのも理解させられた。戦力差は明らかに不利。逃げられなければ長く持たずに全滅する。ルチアは背中に氷の棒を突っ込まれた様に身震いした。
「面白いものもってるじゃねーか、丁寧な解説ありがとよ」
はるか頭上からよく通る女の声が響き、下卑た笑い声をあげながら地面を武器で叩いて威嚇していたオーク達が一歩、二歩と下がりはじめた。いやらしい笑みを浮かべていた表情が一転して、驚きに口を開け、うろたえた目が泳いでいる。
ルチアが振り返り、声のした方を見上げると、上空に真っ赤な髪が完全に逆立って揺れ、その両手に空を焦がすような火の球を浮かべた、鬼のような魔女の姿があった。
「半分になるなら倍がいいか、お礼に十倍をくれてやろうか? よろこべ、そして死ね」
死を直感したオークの集団が逃げる間もなく、ダニエラの手から次々と放たれる業火に包まれ、水が瞬間的に蒸発するような音を立てて灰になって行く。
エルフは恐怖した。オークにではなく目の前の魔女にである。ありえない光景が目前で展開されてる。目の前で空を自在に駆けながら、その両手から巨大な炎の帯を伸ばし、高らかに笑う魔女。
まさにエルフの物語に出てくるような、伝説の魔道師クラス。
王宮の武官であるエルフ達は、ダニエラに関する人族の間での噂は知っていたが、人族が自分達の力を誇示するために、おおげさに言ってる話だと思っていた。エルフの少女と戯れる彼女をみて、その認識は一度はあらたまったが、それどころではなかった。これは現実の光景とは思えない。
懸命に逃げるオークの背後に舞いおりると、振り下ろす両手からうねる炎が地面をのたうつように走り、オーク達を追い越すと一気に左右に広がり炎の壁をつくる。恐怖に怯える顔で振り返ったオーク達の背後から、炎の壁が崩れてきて一人残らず呑み込み焼き尽くしてしまった。
ルチアの視線が、ダニエラの馬車に描かれた領旗で止まる。
「レッド、ドラゴン……」
襲撃して来たオークは、誰一人として逃げる事は叶わず、すべて灰となって消えた。
赤い髪の魔女が、一人で全てを片付けるのを呆然と見守ってしまったルチアは、ようやく我にかえり、目の前に転がっている異型のオークが持っていた黒いオーブに布を被せて慎重に回収した。
触りたくない品物だが、持ち帰り研究者の手で解析しなくてはいけない。自分達がこれによって苦境に陥ったのは事実で、これの情報を皆に伝えなくてはいけない。
「面白い玩具だな」
不意に背後から声を掛けられて、驚いてオーブを落としそうになる。いつの間にかダニエラが立っていて、覗きこんでいた。
「ダ、ダニエラ様、こ、これは直接触ると危険かもしれません」
「心配ない。只の魔道具だぞ。あの上位個体の台詞は嘘だ」
「う、嘘ですか……」
「魔力の動きを観察していたが、魔法の術式から魔力を奪う、と言うのが正しい。奪える総量には限界があって、直ぐに役立たずになる。見た所標準的な火球で六発といった所か、知らないと初見殺しだな」
「ということは」
「最初の数発は、ほぼ完全に無効化されるという事だ。魔法が効かないと思い込まずに連発すればいい。
ルチア、予定地の村にポータルはあるか?」
「いえ、ございません」
「ここから最短のポータルのある街は何処になる?」
「ロゼッタになります。この街道周辺では首都リュミエールにも一番近いポータルとなります」
「緊急時に付き私が指揮をとる。二騎は昨日の村へ走れ。二騎で今日の目的地へ向かい、村がまだ無事であれば、村の長に防衛か避難かを決断を促し自らは離脱、速やかに情報の拡散をはかれ。馬車は私が動かす。馬を一頭外し御者は騎乗せよ。私はロゼッタへ向かう。オークと会敵した場合は、各自散開して離脱だ。王宮付きの武官なら転移石はみな装備しているか?」
「ハイッ」
四人のエルフが首飾りに嵌め込んだブルーの転移石をみせる。
「敵がこの黒い球を所持している場合、転移は発動しない可能性が高い。離れれば飛べるはずだ。各員、決して死なずに情報を伝えよ。かかれ」
ダニエラの号令で、男達は一斉に動き出す。ダニエラは、興奮して膨らんでいる髪を手櫛で整えながら、馬車のソファーの下に押し込んで隠してきたピアを、どこに匿うべきか悩んでいた。
自分達のパーティが王国の地下ダンジョンで倒したボーン・デビルというベーゼは只の配下の将だった。
闇の王が背後にいて、この地で暴れているのは明らか。この報告を自国にも伝えなくてはいけないのだが、王国のポータルは自分が今、立ち入りを禁じられている首都にしかない。バカ王子のドミニクなら、自分の話を聞かずに捕縛しようとしてくるだろう。説明してもアーベルを連れ出すための嘘だと誤解されそうである。
どうする……。
ピアもこんな所に置いてはおけない。この子は自分が守らなくてはと思うと、せっかく収まっていた髪が立ち上がってしまう。
彼女は、髪を整える事を諦め、不安な気持ちで隠れているであろうピアをなぐさめる為に馬車へと向かった。




