♯7
エルランディア王国の名誉貴族、辺境侯のダニエラの旗印は、四本足で立つ火を吐くドラゴンである。
ダニエラの領地運営を任されている彼女の右腕であり、友人でもあるグイドは、領旗の選定時にいくつもあった原案の中から、魔道師の象徴である杖にバラの花が絡むものを薦めたのだが、ダニエラの感性で実に男らしい領旗になってしまった。
火を吐くドラゴンの紋章が描かれた馬車の進路を邪魔しようとする愚かな者はいない。
彼女が実は心の温かい人物だと理解している領民は別として、国内に流れる彼女に関する噂話は、尾ひれがついて非常に大げさなものになっている。
赤いドラゴンの紋章が入った黒塗りの馬車が、国境門に到着した時、送り出す人族側の役人も、迎え入れるエルフ側の役人も非常に緊張していた。
噂の危険人物の来襲である。嘘か誠かわからないが、本物のドラゴンより怖いそうだ。
エルフ領と人族領を隔てる国境門が閉じられてから既に七年が経過している。原因は人族側にあり、エルフ領内に出入りしていた商人が、幼い子供を誘拐して人族領へ連れ去っていた事が発覚して大問題となったのだ。
エルフは個人差は大きいが皆魔法を使う。
その多くは生活魔法と言われる、清浄な水を生成する魔法、風を操る魔法、火を灯す魔法、明かりをつける魔法など日常生活を便利にしてくれるようなものなのだが、能力の高い者は、規模が拡大する事で攻撃魔法と呼ばれる破壊力を持つ領域に到達してしまう。
ある時、商人の馬車が国境門で突如不自然に煙をあげて燃え出し、異常に気が付いたエルフの職員達が、強引に人間領に逃げ込んだ馬車を越境して捕縛。無事、床下に隠されていた少女を救出するという事件が起きた。
その際に人族の役人と互いに武器を抜いて争ってしまい、事態の終息に動くべき両国が、互いに非難声明をだして争ったため、それ以後、両国に認められた者以外は越境出来なくなったのである。
ダニエラは、人族の中でも名誉ある『神に選ばれし者』の称号をもつ貴族であり、この称号持ちの者達は、四界すべての領地において、その地の法に縛られない特権を認められている。またベーゼに関する事態においては、当地における指揮権も認められている。
その有名人が、人族の領地で保護されたエルフの少女を伴ってエルフの王都まで行くのである。随行者は国境門まで同行した人族の護衛と準備していたエルフの護衛が交代する。
知らせを受けて国境門で待機していた、エルフの隊長ルチアは、エルフの少女が保護されて戻ってくるという喜びと、国境門を閉じたあとでさえ、このような事件が起っているという事実を苦々しく感じていた。
ダニエラとかいう魔女とは、もちろん会った事もないが、所詮は人族の魔女である。エルフであれば誰もが息をするように使う魔法だが、人族は男性はまったく使えず、女性の一部がかろうじて使える程度。
魔力が強く、攻撃魔法を行使出来る逸材として、王宮付きの武官に抜擢されたルチアにとって、人族如きが魔女を名乗るのは、おこがましいと思っている。
馬車改めの為、扉が開き、中から正装である魔道師のローブをまとった真っ赤な髪の美女が現れた。その豊かな腰回りにセミが張り付くように、小さなエルフの少女がくっついている。
エルフとは違うベクトルの妖艶な美女に、一瞬目を奪われたルチアであったが、何事もなかったかのように敬礼して口上を述べた。
「辺境侯ダニエラ様、この度はエルフの少女を保護して頂き、感謝の念に堪えません。私は王宮武官のルチアと申します、以後お見知りおき下さい」
ダニエラがにっこり微笑んで、淑女の礼を返す。ダニエラにぴったり張り付いていた少女は、遮蔽物が動いたので、慌てて武官から身を隠すようにダニエラの背後に移動してしまう。
「此処からは我ら四名の武官が警護の任に付き、王宮まで四日の道中を御案内いたします。道中三泊します村々では、エルフの里らしい穏やかな光景とお食事をお楽しみください」
「ありがとうございます。私は貴族とは言っても平民の出ですから、お気遣いなくお願いします」
お食事という単語に反応したように、エルフの少女がダニエラの背中から顔をだして、また引っ込めてしまう。
形式上ではあるが、馬車が隅々まで改められ、此処まで随行して来た人族の騎士四名と、エルフの武官四名の間で引継ぎが行われる。
その間も、ダニエラの行く先々まで、ぴったりとくっついて歩く少女の姿に、ルチアはなんともいえない気持ちを感じていた。
ダニエラの専用馬車は、いざという時の遠征にも使用できる四頭だての大型のもので、宿泊も出来る豪華なレイアウトのソファーはダニエラとピアという名で呼ばれるエルフの少女が二人だけで占有しているので、スペースの余裕はありあまっているのだが、ピアはダニエラの隣から離れない。
ダニエラがピアを迎えに行って、はじめて会った時は、ピアは全ての人に怯えていて、口をきいてはくれなかった。
そしてダニエラも孤児院育ちで、人付き合いは致命的に駄目なレベルである。コミュニケーションという点で、駄目なもの同士の組み合わせに、担当者はとても不安を覚えたのだが、予想に反して数日でダニエラはピアにすっかり懐かれてしまった。
ピアは物心つかない時期に誘拐され、周囲に人族しかいない土地で、監禁状態で育てられた。エルフが大切にする独自の言語を教えてくれるものはなく、四界の共通語だけを教育された。
魔法を使うことが周囲に露見すると、魔女として捕まって火あぶりになると厳しく教えられ、一切の使用を禁止され、通常のエルフの子供達が魔法を遊び道具として日々練度をあげていくのに比べ、本能的な使いたい衝動を抑えつけ我慢して過ごしていた。
監禁状態だったピアが発見されて、保護された経緯については、義憤に駆られた青年が身を呈して救い出し、王国騎士団の隊長、ダニエラの仲間でもある、鋼鉄のゲルハルトの元へ駆け込んだという事になっているが、ダニエラは手口と手際のよさから義憤に駆られた青年の中身は変装したエルフ。しかも、おそろしいレベルの魔法使いだと考えている。
ピアを自宅に連れてきたダニエラは、とりあえず餌付けしてみる事にした。御飯をくれる人が忠誠を尽くすべき御主人様だとすり込まれていたピアは、この時点でダニエラの事を御主人様と認識してしまう。
話し相手がいなかったピアも無口だったが、口下手のダニエラも、ピアと向かい合っても話題が全く出てこない。
どうしたら良いのか、額に汗して悩んだダニエラが思いついた手は、彼女が神に選ばれし者のパーティで体得した方法である。
魔法は、素養のある者は初歩的なものを発現する事が自然と出来る。だが、それらを組み合わせたり、複雑な術を安定させる為には、出来る人に教えて貰うのが一番上達するのである。
天才的な一握りの者だけが、ただ一人で新たな境地へ辿り付くのだが、普通は出来る人に何度も教えて貰わないと、複雑な術の行使は叶わない。
ダニエラの後に、歳にして三歳下の上流貴族の少女が、神に選ばれし者のパーティに参加することになった。おっとりとした、柔らかい印象の少女だったが、生まれながらにして名家の少女と、ダニエラの間には共通点が全く無く、互いに気まずい時間を過ごしていくうちに、ある時ふとしたきっかけでダニエラが魔法の使いかたを教えるようになってから、急速に親しくなったのだ。
この手でいくしかない。幸いにもエルフの女性は、人族の女性とは違って、全員がある程度の魔法を使うようになる。
少女の前で口下手なダニエラが、説明もなしに唐突に魔法を見せたとき、それまで反応の薄かったピアが飛び上がって驚き、ダニエラに魔法をやめさせようと泣きついたのである。
ピアの誤解をとく為にひと悶着あったが、納得したピアは、いままで我慢していた魔法の使用が自由になり、それを通じてダニエラとよく喋るようになって、いつの間にか、気が付いたら親子亀のようにくっついて離れなくなってしまったのである。
今迄、甘える相手のいなかったピアにとって、ダニエラは御主人様であり、先生であり、お母さんである。どこまでも付いて来るピアに当初困惑したダニエラだが、不思議と悪い気はしなかったので、放置していたら、いつのまにか同じベッドで寝るようになってしまっていた。
国境門を出発して、整備された街道を進む馬車の中で、ダニエラとピアは、風を纏ってお尻と背中に柔らかい空気のクッションをつくる練習に勤しんでいる。
「は、はずむ、はずみすぎるっ」
馬車の揺れに影響されず、快適に座ってるダニエラの隣で、
ピアはトランポリンのように揺れて大苦戦している。
「ピア、手を貸して」
後ろから抱きしめる様にピアに両手を重ねたダニエラが、ピアの手を通じて、彼女の術式を調整して組み直す。
「こんな感じよ。完全に浮こうとしたら、すぐ魔力が切れちゃうから、水に浮くような感じね」
「み、水に浮いたことないもん……」
「じゃあ、今度浮いてみましょう。貴方なら水の上を走れるようになるわ。素晴らしい才能があるからきっと出来るようになる」
「え、えへ……えへへへ、そうかなあ」
たっぷり練習して魔力切れになったピアが、膝の上で丸くなって気持ち良さそうに熟睡してるのを眺めながら、ダニエラは二人分の体重を完璧にコントロールして微動だにしない。
大陸一と言われる彼女にとって、これくらいは何でもない事だった。




