♯3
「あれが竜人か」
「膂力が強そうだ、あの背中と手足が天然の鎧だな。話に聞く強さが伺えるぞ」
「手合わせしたがる者は多いだろうな。やつが腕試しの好きな者だったら良いのだが」
集落の門をくぐり、イリスがやってきた男達に目で合図すると、横からオレの視線を誘った男が、背中の鹿を指差して、代わりに鹿を担いで何処かへ持っていった。
いつの間にか、道の左右から犬人達がこちらの様子を伺い、色々と感想を述べあっている。全員モフモフという訳ではなくて、短毛種とか色々なんだ。体格も固体差が結構ある。
イリスは、毛足の長いゴールデンレトリバーといった感じがするけど、シベリアンハスキーみたいな大きな男は、巨大な狼男みたいで結構恐い。
イリスが前を歩き、オレは四人の男達に囲まれて、そのまま集落の奥に建つ、複雑な装飾模様の入った、テントの中にいざなわれた。
テントの中に、権威のありそうな個体を中心にして、その身を守るように、左右に四人がいるのは、気配で感じていた。オレは、この先どういう話になるのか興味津々で、中央に座る女性の、穏やかな顔をじっと見つめる。
イリスみたいな毛足が長い、白くてふかふかした感じの女性だ。
彼らは見た感じでは、年齢がさっぱり区別付かないけど、流れる空気から、かなり御歳をめした人だと思う。
彼女もオレの目をじっと見つめていたが、ふっと緊張感がとけ、真っ白な前髪を軽く払って微笑んだ。
「私は此処の巫女頭のミレイアだ。アンタの名は、何て呼べば良いかな? ああ、その姿の名前はどうでもいいよ。中身の名前さね」
「まだ、情況がよくわかってないんですけど、オレは橘あゆむです。多分、日本の高校生のはずなんですが、此処はどこですか?」
「此処は、エンドア大陸の東に広がる大草原地帯。我ら獣人族の地。この村は、犬人の住まうカレイド村さね。此処を中心に、犬人の集落が点在している。こんな光景ははじめてかい?」
「はい、なんだか見るもの全てが新鮮で、びっくりしてます」
「私はね、お告げを聞いて、その意味をよーく考えて、仲間達にわかるように伝えるのが仕事なのさ。あんたが現れる事は、漏れなく伝えたつもりだ。なにか誤解してる奴が現れたら、遠慮無く拳骨で話つけてもいいよ。後始末は、あたしが付けてあげる」
ミレイアはそう言って、楽しそうににこっと笑った。
いや、拳骨で話をつけるとか、出来る気がしないです。ちょっとだけ柔道をやってた程度で、そういう修羅場の経験ないですから。それにしても、オレが現れる事がわかってたってどういう事だ?
「竜人を実際に見たのは、私もはじめてさ。集落中探しても、見た事ある奴なんていないよ。でも竜人は誰でも知ってる。竜の卵が、理から外れたまま孵った亜人。物語の中では、話なんて出来ないくらい凶暴なんだけど、アンタは中身が違うから大丈夫さね」
「先の月、声を聞いたのさ。竜の谷からむっつの卵が奪われた。その姿が完全に隠れてしまう前に、なんとか一つだけ、奪い返すことが出来た。その一つが、敵を滅ぼすとば口になるだろう。とね」
「アンタは、怖ろしい姿の竜人だけど、中身はもう違うんだろ? 力を貸してくれないかい」
そう言って、ミレイアは、オレの目を正面からじっと見つめた。
「あ、その話なら、もしかして、もう上手くやっちゃったかもしれません」
オレは、此処に来る前の出来事を、ミレイア達に詳細に話した。
「王国にダンジョンが出来て、そんな事が……」
「一歩間違えれば、今頃とんでもない事態になっていたかもしれないね」
ミレイア達は、難しい表情で議論をして、指示を受けた者達が、慌しくテントの中から何処へかと出て行く。出て行く時の動作が、みな音も無く速い。
なんとなく、この場で一人浮いてるような感じで、ちょっと心細かったオレの隣にイリスがやってきて、ピッタリ寄り添うように立ち、目が合うとにっこり微笑んでくれた。
「この世界では、神話の時代から時折、ベーゼラム・キュロストスと呼ばれる異型の者が現れて戦いになる。長いから皆ベーゼと縮めて呼ぶけど、こいつは徐々に成長して強くなり、しまいにはダンジョンを作って配下を増やしはじめるの。貴方が見た光景はそういう事」
「あんなのが時々現れるって大変だな」
「そう、でも数が増える前に潰せばどうと言う事は無い。今回の件は、貴方の話によるとかなり危ない所だったわね。良くやってくれたわ」
確かに、たまたまだったけどイレギュラーなオレがあそこに混じったせいで、ベーゼとかいう奴の計算が狂った事は間違いない。オレが太くて物凄く強そうになった自分の腕を見つめながら考え込んでいると、話し合いが終わったのか、ミレイアさんが此方へやって来た。
「タチバナアユム、暫くは、此処を我が家だと思ってすごして欲しい。犬人族は、気の良い奴が多いから、遠慮する事は無い。あと、身体を動かしたけりゃ、アンタと組んでみたいという奴が大勢いるさね。加減して〆てあげな。何はともあれ、客人をもてなす宴だ」
ミレイアが宴と口にした途端、周囲のみんなも、テントの外で息をひそめて聞いていた者達も、一斉にうおーっと盛り上がって、パタパタと駆けだして行った。
みんなの尻尾がパタパタしてて、わかりやすい連中だね。
「あ、あのミレイアさん。お聞きしたいのですが、オレは帰れるんでしょうか?」
「私は、神様の行いを、全て理解出来る訳じゃないんだ。でも、これだけははっきりしてる。神様は盗まれた卵を、誰かを操って取り返す事は出来なかった。そこで、中の邪悪なる魂を引き抜いて、真っ当な魂にのっとらせた。憑代という奴さね。憑代は長くは続かない。魂は、本来あるべき所へ、帰ろうとするからね」
「その姿は仮初のもの。時期はわからないけど、そう遠くない先に、アンタの中身は元の時、元の場所へ戻る。なにも心配ない。仮初のものが壊れても元に戻るんだけど、まあそう急ぐ事もないだろう」
「全ては神のおぼしめし。知らない地に、旅に来たと思って過ごすといい」
「はい、ありがとうございます。お世話になります」
「なんだか、心配してたのが拍子抜けするくらい、礼儀正しい竜人だね……イリス」
座の横の方に下がって、控えていたイリスが、スッと出てきて頭を下げる。
「タチバナアユムのお世話をしてあげてくれ。アンタが仕切ると、手のはやい奴らも大人しくするだろう」
「ハイ、巫女様。お任せください。タチバナアユム、宴の主役が遅れると、皆がじれて暴れだす。はやく行こう」
イリスがスッと立ち上がり、さあ来いと言うように、オレの手を引っ張って歩き出す。なんだかえらい事になってきたな。でもこれで多分、晩御飯と寝床の心配はなさそう。そして、やっぱりというか、これ、夢じゃなさそう。
でも、帰れるみたいだし、今はこの情況を楽しむべきだな。うん、そうしよう。
イリスにグイグイ引っ張られながら、松明に囲まれた明るい広場に到着すると、手に手に酒盃をもったモフモフ達が、歓声をあげて迎えてくれた。
いつの間にか、空がだいぶん暗くなってきた中、宴の会場は、松明の灯りに明るく照らされて、そのなかでモフモフ達が、楽しそうにワイワイやっている。
何ていうか、こいつら幸せそう。
全身で感情を大げさに表現しながら飲み食いしていて、ストレートで実に楽しそう。代わる代わるオレの前に来て、挨拶がてら話かけてくれるんだけど、オレが困らない程度にイリスが上手くさばいてくれて、こんな場に慣れないオレでも、気楽なパーティになってる。
料理は肉、肉のオンパレードでどれも美味い。火は通してあっても、レアみたいな肉が多く、合わせるソースも多彩で凄い。揚げてるのか、蒸してるのか、表面の硬くて美味い部分を齧りとると、中から豊富な肉汁が溢れてきて、汚さないように食べるのにコツがいる。
こんな厚さのステーキとか、オレ食べた事ないんだけど、食べると美味しくて止まらない。両手に骨付きの肉を持ってたら、犬人の女性に、「子供みたいよ」と言われて、頭をよしよしされてしまった。
「さあ、腹にものが入ったところで余興だ!」
誰かが声をあげ、会場の目立つ所に大樽がドンッと置かれる。
「それじゃあ、オレから行くぜ」
「おい、いきなりお前かよ」
樽の上で太い腕を出して構える男と、皆に背中を押されて輪から出てきた男が、ガッと手のひらを合わせる。腕相撲は、単純なだけにルールが同じだな。
勝者は勝ち残り、敗者は入れ替わる。
三人抜いたら、笹みたいな葉っぱで包んだ何かを貰って終わりみたい。あれが何なのか聞いたら、酒の肴に最高の珍味なんだって。
「タチバナアユムもやるか?」
突然、盛り上がってる輪の中から、オレに声が掛かった。
みると、体格の良い狼男みたいなやつが、オレを呼びながら来いよ、と手招きしてる。顔は恐いけど、尻尾が楽しそうにフリフリしてるから、ご機嫌みたいだ。
「アユムでいい。オレの友達は、皆アユムって呼ぶんだ」
腕相撲だし、勝っても負けても、楽しく盛り上がるだろう。チラッとイリスの方をみると、行け行け、と合図してくれた。
「友達か! そうか友達だな」
狼男の尻尾のパタパタが大きくなって、何気に可愛い。
オレと狼男が、ガッと手を合わせて、合図と共に力を込めると、大樽が圧力に負けてギシギシと軋む。
「おおっ強いぞ」
「ハッハー、流石のエミルも、アユムには敵わんか」
男達は、大盛り上がりだ。オレが手首を巻き込んだ所で、審判のコールが入って勝負が決した。その後は、我こそはという奴が出てきたけど、オレは無難に三人抜きをして、お土産の珍味の包みを頂いた。
「アユム、やるじゃねーか」
「流石だな、力じゃお前が一番みたいだぞ」
酔っ払い達が楽しそうに、オレの背中をバシバシ叩いて行くんだけど、背中が頑丈で良かったよ。なんだかとても楽しかったし、嬉しかった。全然見ず知らずの、今日はじめて会った奴を、こんなに暖かく向かえてくれるって、凄い奴らだなと思う。
「アユム、疲れたか?」
あっという間に時が流れて、すこしぼーっとしてたオレに、イリスが、ニヤニヤしながら聞いてくる。宴はお開きになって、みんなで会場を片付けてから、それぞれのテントに散っていく所だ。
「凄く楽しかった、ありがとう」
「そうか、良かった」
イリスに客人用のテントに案内されて、外の松明の灯りが、テントの生地にうっすらと反射して、模様を浮かび上がらせるのを眺めながら考え事をしていたら、あっという間に時間が経ってしまい、オレはあてがわれたベッドで横になった。明日も此処で目が覚めるのかな……。
不思議と、全然焦っていない自分がいる。出来れば、しばらく此処にいたい位。色々考えてるうちに、いつの間にか寝てしまっていた。
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