♯6
集落の一番高い見張り台に登っていた男の目に、村の周囲を取り囲むように、松明の火が広がって行く光景がみえた。暗い森にたくさんの鬼火が灯り、その数は急速に増えていく。
真っ暗な森に、松明の揺れる炎に照らされて輝く金属鎧に大きな盾を構えたオークの軍団が現れ、重そうな盾を前面に押し立てながら、兜の面をおろし、エルフの集落へ無言で迫ってくる。
その時、エルフの集落から一斉に矢が放たれ、充分に盾に隠れていなかった頭が、兜ごと次々と打ち抜かれオーク達が倒れていく。
「ウオオオオ!!」オークの群れから怒号があがり、味方の死体を踏みつけ乗り越えて、一気に集落目指して突進して来た。
オークは松明で次々と周囲に火を付けて行く。夜空に黒炎があがり、それを火種にして燃えるものをスリングで次々と集落の中へ打ち込み、家々に引火させようとしてくる。
集落の中に入り込んで、足元を確保しようと突撃してくるオークを弓で射殺しつつ、火の付いた場所に水魔法をぶつけて消化するという作業は、最初は圧倒的にエルフの優勢だったが、徐々に数の少ないエルフが押されていく。
ドワーフのような石と鉄の城砦であれば、火で攻められても簡単には進入を許さないのだが、周囲が開けた地形の集落は、守りやすいものではない。
手数の減った所から徐々に押し込まれ、退却する度に輪が狭められていく。
オークはエルフより遥かに多くの戦闘不能者を出しているのだが、死体を踏み越えて進んでくる異様な光景は、勇敢なエルフの戦士達にも狂気を伝染させていく。矢も魔法も有限なのだ。圧倒的な手数は、いつかそれらを越えて押し寄せてしまう。
それに気が付いてしまったエルフに、徐々に恐怖がしのびよる。平常心を失うと外れる矢数は増え、消火作業は神経質になり、魔力の消耗はさらに多くなっていく。
オークは一般的なエルフより力が強い。
よほど上位の個体でない限り、本能のみで生きているような欲望の塊であり、言葉も喋らないので交渉にはならない。
やるか、やられるかの二択である。
生きて捕らえられても、生きたまま嬲られ、生きたまま食われる。
そのような最後は、知性が高く穏やかな暮らしを好むエルフには、想像するだけでとても耐えられない光景だ。
退路を失い、燃える樹上から落とされたエルフが、わざと直ぐには殺さないように残虐に引き裂かれていく光景が目に入ると、なんとか制御していた冷静な判断力が崩壊していく。
遥かに多くの敵を討ち取っているにも関わらず、エルフの集落は徐々に追い詰められていった。
夜空にひときわ高く角笛の音が響く。
同時に牙をむきながら、じりじりして耐えていたアドリアが叫ぶ。
「野郎共! 死んでも立ち止まるな! 行くぞオ」
アドリアの咆哮に全軍が応える。集会所の壁をぶち抜いて一斉に広場に躍りだし、巨大な蛇が突進するように動きはじめた。
あ、玄関から出るんじゃないんだ……。
一瞬戸惑って出遅れたオレも最後尾につく。
オークは最初何が起きたのか、わからなかったに違いない。
エルフはもっぱら距離をおいて戦っていて、自分達の所へ落ちてくる時は、そのエルフの死ぬときだ。
闇の中から飛び出してきた獰猛な生物の一撃を受け、重そうなオークが頑丈な盾ごと高々と宙を舞う。その金属鎧はへこんではいけない所まで大きく陥没して鎧の隙間から血飛沫が吹き出した。
アドリアのナックルが一閃すると、オークの武器は腕ごと斬り落とされ、兜の上から殴られると、頭部があらぬ方向へ傾いて動かなくなる。
運悪くアドリアの進路に出てしまったオークは、後悔する間もなく肉片と化し、金色の目の破壊神が進む先は、向かってくるオークより必死に逃げまどうオークの方が増えていった。
突進は止まらない。巨大な大岩が転がって行くように向かってくる敵は踏み潰され、逃げ遅れた敵もまとめて踏み潰されていく。
空気を震わせるような強烈な咆哮が響き、本能的な恐怖に動けなくなったオーク達は、次々と刈り取られ倒れていく。
オレは最後尾をまかされて、自分は切られようが何されようが、全然傷つく事はないだろうと安心していたけど、ちゃんと前の仲間を守ってしんがりを努める事が出来るか? という一点においては不安があった。
だけど蓋を開けてみれば、獣人軍が通過した後の両側は、死体の山と戦意を喪失したオーク兵ばかり。
たまに思い出したように掛かってくるオークを、リーチのある両手斧で薪を割るように二つに割って武器を奪い、全力で投擲すると運悪く狙われた奴が串刺しになって息絶える。
槍を奪って投げたら三匹一気に貫通して、段々オレものって来た。
もっと強い相手を、歯ごたえのある敵が欲しい。
掛かってくる敵を求めて視線を彷徨わせても、腰がひけてるオークは、味方を押しのけ後ろへさがるばかりで向かっても来ない。
オーク達は、形としては獣人の隊列を取り囲んでいるのだが、暴れる大蛇に圧倒されて、包囲にあいた綻びは広がりつつあり、隊列は既に包囲の輪から抜け出しつつある。
敵を求めて隊列の行く手を見たオレの感知に、包囲の外に新たに集結しつつあるオークの第二陣の集団が見えてきた。戦闘が始まった時点より大分増えている。
獣人軍先発隊五十名は、誰一人欠けることなくオークの包囲網を突破することには成功したが、包囲網の中にいると目されていた大将首の姿はなく、集落から離れた後方に陣取るオークの第二陣との間に挟まれる形になってしまった。
ドーナツ状になっている包囲の一角を突き破る事は、アドリアの破格の突破力でなしえたが、密集陣形で寄せて来る軍団の中にいる大将首を、このまま突っ込んで取るというのは不可能な話だ。
そもそも先陣をきっているアドリアが瞬発型で、爆発力は強いが継戦能力には欠ける。集落を包囲している部隊と、前から進んでくる部隊に挟まれるわけにはいかないので、アドリアは即座に決断して部隊の進路を変更し、包囲網の外縁を掠めるように後退を開始した。
会敵する方向が両翼ではなく、片側に集中するので全体の負担が減る事と、包囲を削る事で、少しでもエルフが最後の脱出を試みる機会を作るためである。
オークの第二陣が、包囲網に加わったらエルフの脱出の機会は完全に潰える。だが獣人軍には、もう一度包囲をかき分けてエルフの突破口を開く余力はない。
出来る事は精々、オークの第二陣から遠ざかりながら、包囲網を攻撃して傷つける程度だろう。
オークの第二陣が、包囲網に合流してしまった時、獣人軍の戦線離脱が確定し、同時にエルフの集落の全滅も確定する。
「大将、そろそろ俺達の出番じゃねーか?」
アドリアの後方、左右に付き従っていた獅子人と熊人はアドリアとは付き合いの長い副長達である。
「良い上司ってのは、部下の見せ場をつくってくれるもんだ」
許可を待たずに、少し動きの鈍くなってきたアドリアの前にスッと出た二人が暴れはじめると、破壊をもたらす大蛇の速度は盛り返し、その巨大な頭を振るようにして進んでいく。
だが、勢いを取り戻した戦闘集団の中程から角笛の音が響く。イリスからの合図で、戦線離脱を促すものだ。
アドリアは、敵の第二陣が包囲網に合流しはじめた事を理解した。
いつのまにか朝日が昇り始め、毒々しく燃え上がる炎の嫌らしさを薄めつつある。
エルフの集落は、いまだ健闘して耐えているが、敵の増援が合流し、外側から挟撃する形で援護している獣人が離れれば、戦意が落ちて長くは持たないだろう。
身体は消耗してはいるが、気力は充実している。だがリーダーとしてアドリアのとるべき行動は決まっていた。全軍撤退の角笛を鳴らすべく腰のベルトにまわした手がとまり、逡巡するような動きをした後、スッと下げられる。
「此処で来るかい。真打は出てくるところが違うネエ」
アドリアの呟きから間もなく、朝日を背中に浴びながら、獣王率いる本隊八百が集落を吞み込むような勢いで突撃して来た。
戦争の決着はあっさりついた。
集落を包囲する形で展開していたのが災いとなって、側面からの強力な一撃により、撤退も救援も出来ずに磨り潰され、強制的に集落の中へ押し込まれたオークは、エルフの弓の絶好の的で次々と撃ち抜かれ息絶えた。
崩壊した戦線から恐慌をきたして逃げ出したオーク達は、前に出てくる後続の部隊とぶつかって大混乱になった所を次々と討ち取られ、一気にひっくり返った戦況に、エルフの戦士達も樹上から降りて加勢して、日差しが高く上がる前に、オークの大群を率いていた将は討ち取られ残されたオークの敗残兵も次々と倒されていった。
エルフの集落は、地上にあった施設の多くが焼け、樹上の家々も被害は甚大だったが、人的被害は予想以上に少なかった。
そこかしこで、互いの無事を抱き合って喜ぶ姿や、なくした者を悲しむ姿がみられ、人の形をしているオークを、大根を切るようにばっさばっさと大量に屠っていた時には、全然気にならなかったばかりか、正直快感だったのに、小さなエルフの女の子が、父親と思われる遺体にすがって泣く姿をみて、ふっと我にかえったように、目に入る光景が辛くなってきた。
他の人からは口元しか見えない覆面姿なのが、こんな所で役に立つなんて思ってもみなかった。
エルフの代表を交えて、情報交換の場が儲けられたが、大勝利の後であっても皆の表情も芳しくない。
オークを率いていた将は、闇の王では無かったのである。
周りのオークと比べて、ひとまわり大きく強そうに見えたオークの将は、背を向けて逃げ出そうとした所を、獣王の投げた槍で胴体を貫かれ、大木に縫いとめられて果てると言う情けない最後を遂げたが、残されたオークは弱体化しなかった。
更に現時点でこの場所に、推定二千五百ほどのオークが現れるという事態が、想定外のありえない事であり、王都が壊滅したのか? 王都を守っていた精鋭のエルフ師団はどうなったのか? もし仮に壊滅したとしても、この短時間でオークが此処までこれるのか? 闇の王は、いまどこにいるのか?
情報不足を埋めるべく、獣王軍は小隊をポータルのある都市へと走らせ、本隊は逃走したオークを追撃し殲滅すべく動き出した。




