♯4
エンドア大陸の南に位置するドワーフ領と、西に位置するエルフ領を隔てる山脈は、しっかりした道が築かれてはいるものの、高低差のある狭いルートであり、馬や山道に強いロバをもってしても、駆けるのはままならない難路である。
道の幅は狭く、二頭が横並びで通れる場所は限られていて、深い谷あいを進む時は、落石に注意するだけなのでまだマシだが、両側が切り立った稜線を越える時は、高い高度特有の強い風に吹かれて、エルフの勇敢な戦士達でも脚がすくむような瞬間が数え切れないほどあった。
山岳路の途中には、岩壁をくりぬいて、簡易的な天幕を張るだけで、雨風を凌げる場所がいくつも設けられてはいるのだが、六百人の部隊が休憩できる場所は限られていて、エルフ領最南端の街、モンターニュを出発してドワーフ領へ向かう部隊は悪路に苦戦していた。
強引な山越えであれば三日で越える道だが、馬車も通れる主要幹線道路は、山脈を大きく迂回しているので十日掛かる。援軍として間に合わせる為には仕方ない選択であった。
エルフの精鋭六百を預かる隊長のエルフォンソは、冷たい風が湿った空気を運び、朝日が雲に遮られ深い霧で覆われた山道の向こうから、微かに聞こえてくる規則正しい足音に気が付いていた。
四本足ではない、二本足で、見事に揃っていてしかも速い。
エルフォンソが右手を上げると、隊列は静かに停止して、鍛えられた兵達が何事にも対応できるように身構える中、霧の中から足と背中に風を纏わせた、見覚えのあるエルフの姿が浮かび上がってきた。
冷たい気温の中、全身から湯気がたつような汗をかきながら、六人のエルフが駆けて来る。そしてその背後の白く煙る霧の中から、エルフより一回り大きな獣人達が次々と浮かび上がってくる。
彼らの持つ長槍の先には、獣人軍の青と白の吹流しと、エルフを示す緑と白の布がたなびいていた。
エルフォンソは、全軍を停止させたまま、旧友であるフラムの元へ駆け寄った。
「エルフォンソ、心を静めて聞いてくれ。城砦都市バーリンへ向かっていたベーゼは滅した。ダンジョンから力を保ったまま溢れたので、闇の王で間違いない」
エルフが誇る魔道部隊のなかでも、名の知れた六人だが、フラムがようやく言葉を繋げる中、他の五人は頭を下げ肩で大きく息をしている。
背後にずらっと付き従う獣人軍の兵達が、息も切らさず微動だにしないのとは対象的だ。エルフォンソの目は、その中に立つ竜の姿に釘付けになっていた。
「闇の王は、バーリンに現れた巨大なウーズではなかった。敵は今まさに我らが王都リュミエールを占拠している。王城は落ちた……。王と祭司長はみまかられた。とって返すぞエルフォンソ。憎きオークを焼き尽くしてくれる」
エルフォンソは、いつも穏やかな旧友が歯を食いしばり、自らの腕を力一杯握りしめる姿に一瞬大きく目を見開いた後、力強く頷いた。 後ろで二人の様子をみていた豹人がスッと前に出てきて言う。
「この後、補給を済ませた獣王率いる本隊が到着するだろう。バーリンからもドワーフの三千を越える鋼鉄師団が出発した頃だ。隊長、我ら五十は先行して情況を把握しようと考えている」
獣人軍先発隊五十のリーダー、アドリアの申し出に、エルフォンソはフラムの方を一旦伺ってから頷いた。
「我が軍から、正旗をお譲りいたしましょう。これを掲げエルフと出会う事があれば、所属している村の長に『エルフリーデと共にフレイヤの元へ』と伝言をお伝えください。首都リュミエールへの道中、なにかと便宜を計ってくれると思います」
「承知した。フラム殿に尋ねたい事があるのだが、アユムはどうしたら良いと思う? 我らはアユムが竜人の姿を借りた使徒だと理解している。だが竜人をみたエルフはその限りではなかろう。エルフォンソ殿の部隊はよく訓練されている。隊長が動揺していないので、誰も動かぬが、エルフの街では矢が飛んできてもおかしくはない」
アドリアの心配は、ありえない話ではない。
竜人というのがそもそも、竜の卵に邪悪な魂を入れて創ると言われている物語の中の生き物であり、登場する物語の中では怖ろしく凶暴で、悪夢の象徴の様な認識が世界共通である。普通に会話できて、一般的な良心や道徳観を持っているとは、初見では誰も思わない。
フラムは少し悩む仕草を見せたが、直ぐに腹をきめてアドリアに答えた。
「アユムくんを呼んで来てくれ。彼に渡しておきたいものがある」
「わかった」
フラムがポケットから取り出した腕輪を弄り始めたのをみてエルフォンソの眉が下がる。
「それを使うのか? 確かに良い手だが、国宝級だぞ?」
「発明者は私だ。国王の仇を討つのに此処で使わないで何処で使うんだい」
「ああ、解ってる。好きにしたらいい」
エルフォンソに肩を叩かれ、フラムは熱心に腕輪を解体するような勢いで弄り始めた。
エルフの森は深い。獣人国の森は、例えるなら緯度の高い地域にある大森林だ。オレは行った事はないけど、たぶんシベリアとかカナダに似た光景があると思う。
それに比べると、エルフの森は南の暑い地域の熱帯雨林だ。緑が濃くて生い茂っている。大きな水場には、マングローブのような水面の上に木の根が絡み合ってる姿も見られる。
アドリアさんを先頭に、オレ達先発隊五十名は、ドワーフ領から山越えのルートでエルフ領内へ入り、山岳路から一番近い町モンターニュで補給を受け、首都リュミエールまで、街道をショートカットして森の中を直線的に向かっている。
エルフの精鋭部隊六百が、最後に立ち寄ったモンターニュでは、数日前に出て行った部隊が現在帰還の途についていて、更に王都が落ちたと言う情報は寝耳に水だったので、フラムさんと遠征軍隊長のエルフォンソさんの直筆の書状がなかったら、なかなか信じて貰えなかったかもしれない。
フラムさんの話では、大きな街にはポータルが設置してあるので、魔道師が転移を使って情報が回ってる筈だが、小さな村まで連絡が届いているかは微妙なタイミングだと言っていた。
そしてオークによって首都が陥落したという情報が回っていても、この速さで獣人軍が東の大森林から到着したとは想像出来ないだろうから、勘違いをしたエルフにいきなり攻撃される可能性があるので充分気を付けてくれと注意されている。
一番危ないのは、一目見て危険生物だと断定される竜人のオレなので、今のオレはフラムさん特性の魔道具によって、姿を変えて変装している。
フラムさんの魔道具は、現在エルフ領と人族領の間で交流が途絶えている原因になっている、エルフの少女を狙って連れ去る人身売買組織を、人間領まで追跡するために開発されたものだ。
森を出ないエルフが、人間領で動き回るのはとにかく目立つ。
更にエルフの少女を誘拐するような組織が、人の町を嗅ぎ回るエルフに気が付くと、潜伏してしまい痕跡が途絶えてしまう。
フラムさんの開発した腕輪は、灯りをつくるライトの魔法を無限に組み合わせて、身体の表面に虚構の映像をつくる道具だ。
肌の色や髪の色を変えるのなんてお手のものだし、タコやカレイのように背景に溶け込むことさえ可能。いわゆる二十一世紀の日本でいうところの光学迷彩なんだけど、これで今オレは人族の大男になっている。
元々はエルフの耳を消して、髪の色をかえて、人間ぽく造作を崩す位で使用している道具なので、
オレの場合変更箇所が多かったため簡略化されて、頭なんて表情が見えない口元だけ露出した覆面姿である。せっかくだからイケメンになりたかったけど、どちらかというとあぶない人にみえる。
イリスやアドリアが、似合ってるよと言いつつも、視線を合わせようとしないので、ボディビルのポーズをきめてみたら、イリスのやろうが吹き出しやがった。
自分的にはマッチョな覆面レスラーみたいなかっこよさを表現したかったのだけど、イリス的にはナシだったらしい。
色々余計な事を考えてたので、注意力が散漫になったか、アドリアが手を挙げ行軍が停止したのに一瞬遅れてしまった。
「エルフよ、我は獣人軍参謀、豹人のアドリア。村の長に伝えたい事がある。よければ頼まれてくれないか」
アドリアが、生い茂る大木の上へ声をかける前に、オレにも木陰に巧みにまぎれているエルフの狩人の姿が確認できた。
「移動中に森のエルフの居場所を見抜くとは流石だな獣人。我等が魔道部隊の隊旗も混じっているようだが何事だ?」
木陰からすっと輪郭が浮き出るように二人のエルフが現れる。こいつらも光学迷彩つかってるような現れ方だけど、これは素の迷彩だ。ギリースーツってやつだろう。二人とも構えてはいないが見事な弓を持っている。
「エルフの魔道部隊隊長、エルフォンソ殿からの伝言だ。エルフリーデと共にフレイヤの元へ。集落で話し合い警戒を厳となせ」
「わかった、符丁の意味はわかる。もう日が落ちる、皆さんの人数なら村で飯くらい用意が出来るが」
「ありがたい、遠慮無く頂こう」
「付いてきてくれ、エルフのために援軍に来てくれたんだろう? たいしたものはないが受けて欲しい」
エルフの狩人が高い木の上からふわりと飛び降りると、スローモーションのようにゆっくり地面におりたって、一点を指差し進路を示した。
「貴方達のようには早く走れないが、そう遠くはない。こっちだ」
年内中にしっかり完結する予定! 感想等お待ちしておりますw




