♯3
大聖堂の聖女達が暮らす区画は、後宮のように男子禁制となっている。
そして同様に各聖女には女官が付き、二十四時間周辺から離れない体制になってはいるが、聖女アリアの出身は、小国の自由都市リベルテの商人の娘であり、本人が女官にかしづかれる生活を嫌ったので、基本自室の中は一人である事をセレーナは知っていた。
教皇がアーベル王子ではなく、ドミニク王子を支援している事は、現状から明らかであり、ダンジョンからの帰還後からセレーナが聖女アリアとスケジュールが被らないように予定が組まれている事も、おそらくは教皇がそのように指示しているに違いない。
となれば、正攻法で正面から面会を求めても、教皇の息が掛かった女官が邪魔をしてくるのは間違いない。昔のセレーナであれば、こんなの絶対無理と諦めるような情況だが、修羅場を幾度も潜り抜けて、一般的な常識枠から大きく逸脱した仲間達に染まってしまったセレーナにとって、この程度の事は障害にもならなかった。
大聖堂の四階、聖女達の区画である最上階のテラスに出て、雲が多く月が隠れている空を見上げてにっり微笑んだセレーナは、テラスの欄干を蹴り、緑に輝く魔力の残滓を曳きながら軽々と舞い上がって、尖塔が伸びる屋上へふわりと着地する。
攻撃魔法は相変わらず駄目だが、ダニエラに教えて貰った、エルフが使う風魔法はセレーナとの相性がとても良く、いつの間にか師匠のダニエラを上回るところまで成長してしまい、魔力制御においてこの点ではダニエラを越えたという事実は、彼女の自信の元になっている。
傾斜のきつい屋根の上を、ふわりふわりと羽根が生えたように横切り、聖女アリアの居室にある明かり取りの尖塔に取り付き、鍵の掛かった両開きのステンドグラスが入った窓にそっと手を添える。
両手の先から緑色に輝く魔力が溢れ、鍵穴に入り込み渦を巻くと窓はカチャリと音を立てて開いた。
自室の祭壇のまえで、一人静かに瞑想していたアリアは、鍵が開くような音に気がつき、目をあけて周囲を見渡した。
そして、部屋の高い天井にある窓から、光の残滓と共にゆっくり舞い降りてくるセレーナの姿に気がつくと、その美しい光景に呆然として固まってしまった。
「聖女アリア、夜分に失礼します。我らは共に手段こそ違えども、神の御意思を行使するもの。俗世の思惑を排した形で神のお言葉を伺いに参りました。どうかわたくしめに、神のお言葉をお聞かせくださいませ」
セレーナは優雅に床に脚をついて、交差させた両手を胸に当て、アリアの前に頭をさげて恭順を示す。
「聖女セレーナ……。良かった。お会いしたかったのです。頭をあげてください。ベーゼはどうなりましたか? 祭壇で祈りを捧げても、神のお声が聞こえないのです」
聖女アリアはセレーナの前で同じように跪いてその手を取った。
「聖女アリア、わたくしはベーゼを討伐する為、神に選ばれし者。邪悪なる者の居場所をお示しくださいませ」
倒しに行くから情報をくれと言っているのだ、強弁にはなってしまうが、行動としては文句の付けようがない理由である。
「聖女セレーナ、聞いてください。ダンジョンが王国の地下に形成されたという予感を感じたのを最後に、その話が解決したのか?もはや不安はないのか?祭壇に問いかけても答えがないのです。私はとても心配です。ベーゼは滅したのでしょうか?」
「聖女アリア、それはつまり、今現在は予知が働かないという事ですか?」
「そうです。教皇に相談しても、ベーゼのダンジョンは現在調査中だとしか教えてくれなくて……」
セレーナは、アリアの手を取りながら、その瞳を覗きこむようにして真意を探る。
その表情には偽りを強制されている面影は全くなかった。
聖女アリアの言葉は、教皇が代弁して王宮へと伝えられる。アリアは討伐隊が虚偽の申告をしていると言っている訳ではなく、あれからわからなくなってしまって不安だと言っているのだ。
情報を遮断して、都合よく捻じ曲げているのは教皇で間違いない。
あまりの暴挙に開いた口が塞がらないセレーナだったが、更に重大な問題点は、聖女が神託を得られない状態になっているという事だ。醜い権力争いに教会が加担している事に、神がお怒りになったのかもしれない……。
そう考えると、セレーナは背中がぞくっとするような寒気を覚えた。
「聖女アリア、御心配なく。神のお言葉が聖女の元へ届くことを邪魔しているものがおります。我らが必ずや排除しますので、今しばらくお待ちください。あ、あとわたくし……夜風に当たりながら散歩していたら誤って此処へ落ちてしまいましたの。恥ずかしいので内緒にしてくださいまし」
セレーナがにっこり微笑むと、アリアの肩から力が抜け、少し安心したように微笑を返してくれた。
「聖女セレーナ、御気を付けて。敵は近くにいるように感じます」
「聖女アリアの御言葉、しかと承りました。お任せください」
立ち上がったセレーナが、何もない宙を三度蹴って天窓の外へふわりと消える。
天窓を閉め鍵をかけるセレーナの眼下で、床に跪き、交差した両手を胸に当て頭を下げるアリアの姿が、窓から差し込む夜の明かりに何時までも照らされていた。




