♯2
エルランディア王国では、神託を受け得る巫女を神の子、聖女として崇め守る聖教会が、あらゆる権力から独立した組織として深く根をはっている。
エルランディア王国は、人間界において、ほぼ統一を果たした大国ではあるが、周辺に昔の独立国の名残を残す自治領を多く抱えている。
神託を受ける巫女は、人間界の何処に生まれ育つかわからないので、過去において、聖教会は国の垣根を越えて、巫女の卵を見つけ保護しながら育てる事を使命と謳っていた。
時には最高権力者である王さえ従わせる力を秘めた聖女の存在は、立場の弱き者にとって、手放しがたい誘惑に駆られるものであり、聖教会が設立される以前には、聖女を擁く小国と王国の大戦が勃発した事もある。
王国が一方的に小国から聖女を奪うという形を避けるためには、王国でさえ頭を下げる人間界全体に影響をもつ聖教会という図式は、ひとつの妥協点だったのである。
聖教会を統べる教皇が、人間界に跨る強権をもちつつ、政治には一切さわらずを堅持していた時代においては、そのシステムは淀みなくまわっていた。
だが、現在の第十三代ポロカ教皇が頂点に立つようになって、本来一人である筈の聖女が十名増えてしまう。名目は聖女を守りその補佐をする魔力に秀でた乙女、という事になっているが、まことしやかに囁かれる事態の真の目的は、一部の上流貴族が自家から聖教会に聖女をあげる事によって、その立場の存続を計る為の裏工作であると言われている。
有能な文官も、武官も輩出できなかった貴家において、聖女と言う肩書きは、没落を防ぐのに都合の良いものだったのである。
貴族家における婚姻は、魔力の高い女性が高く評価されるのが慣習で、母親の影響を受けてその娘は高い魔力を受け継ぐものが多く、貴族として幼少期を怠惰に過ごしてしまっても、持って生まれた魔力という一点においては、既存の貴族家は有利であり、聖女の席が増えた事によって、養子をとらずとも、血縁を守りながら存続が許されるのは、都合が良かったのである。
もちろん、優秀な子弟に恵まれた貴族は、それらを軽蔑した目でみてはいたが、今は良くても明日は我が身である。先の事を考えて黙認するものも多かった。敵をつくり立ち回りが難しくなるより、寛大な所をみせて、恩を売る方が得だと考える者が多かったのである。
聖教会の改革は、議論を巻き起こしたが、意外なほどあっさりと承認され、訳ありと思われる聖女と、文句の付けようがない聖女が合わせて十名選出された。
神に選ばれし者の名を持つセレーナは、歴史ある名家の子女であり、実家のルネッタ家は、秀才の長男が将来は国政の中枢で活躍する事を約束されていて、安泰な上流貴族である。
セレーナ自身はおっとりした性格で、学業は優秀だが勇者のパーティの一角として選ばれるほど、武芸に精通している訳ではない。
攻撃的な魔法はからきしだが、魔力タンクとしては破格の素質を持ち、防御魔法の長時間展開では、王国一の魔女ダニエラに唯一匹敵する魔女として認められ、増えてしまった聖女の席の正当性を示すモデルとして、聖教会に引っ張られ、欲しくもない聖女の冠を被せられてしまった被害者である。
大好きな暖かい両親に守られ、出来る兄のお陰で家は安泰。
のほほんと育っていたセレーナは、ある時人間界最強パーティの一角に抜擢され、更には聖女の冠まで被せられて、実家を出て聖教会本部で暮らすことになり、暫くの間はお腹を上にして浮かぶ魚の様な様子になっていたのだが、持って生まれた素質か、生命力か、彼女はいつの間にか立ち直り、新しい環境で元気に泳ぐようになっていった。
それにしても、今回の任務は責任重大である。
神に選ばれし者として、ベーゼの討伐に向かったダンジョンにおいて、兵士の損耗はでたものの、最後は見事ベーゼを滅し帰還したにも関わらず、その言葉に疑義ありと第一王子ドミニクに難癖を付けられ、聖女のお告げをきく教皇までがベーゼの消滅を否定した為、仲間のリーダー、アーベル王子は現在謹慎中、という厳しい処分に甘んじている。
仲間のサブリーダー、鋼鉄のゲルハルトは、歳は若いが名家の長男で、将来は軍の頂点に立つ男と目されている男であり、彼が全面的にアーベル王子を擁護した為、埋まってしまったダンジョンの発掘調査が終わるまで、一連の話は棚上げと決まったが、聖教会を味方に付けたドミニクに面と向かって逆らう上流貴族は現状ゲルハルトのみであり、セレーナは実家と兄の両方から、中立を守り、はやまった行動は避けるようにと、はやい時点から念をおされてしまっていた。
そうは言っても、アーベルもゲルハルトも短い付き合いではあるけど、その性格には裏表がなく、公正で正義感に溢れた真の勇者である事は間違いない。
自らの実力で平民からなりあがったディーダとダニエラも、時々びっくりするほどガサツだが、芯の暖かい頼れる仲間だ。
ダニエラは、少女から色香の漂う大人の女性へと急速に花開く最中で、非常に子供っぽいセレーナのジェラシーをかきたてる存在だが、自分より弱い者に常に気を配り、守ろうとする彼女を尊敬していた。
そんなセレーナに、ゲルハルトの手の者から届けられた密書。
そこには、名誉貴族のディーダとダニエラは、王都から離され自らの所領に戻されたので動けないという事。
自分は公然と第一王子と教皇に対して反旗を翻しているので、聖教会との接触を拒否されている事。
そして、セレーナに聖女アリアには直接接触せずに、聖女アリアが教皇に操られているかどうか?という可能性を見極めて欲しいという、とても難しい願いが書かれていた。
密書を水に溶かし、綺麗に消滅させた後、セレーナは悩む。
やるか、やらないかではなく、いかにしてミッションを成功させるか? 偏頭痛が起るほど悩んだあげく、セレーナは行動を起こした。実家も兄もゲルハルトも、聖女アリアには触るなと言ってるのだが、そこを避けて正しい結論は出ないと心をきめたのだ。
教皇は、いまだベーゼの脅威は去らずと言っている。
確かに自分達が倒してきたが、別にそこを否定する事はない。
自分はベーゼを滅するために働く急先鋒の一角であり、脅威が去っていないなら情報を収拾する。あたりまえの事であり、異議は付けられないだろう。
ベーゼは何処にいるのか?その一点突破で、聖女アリアが自らの言葉で喋っているのか、教皇に言わされているのかを見極める。
腹を括ったセレーナは、ふんすーと鼻息荒く、両手をぐーにして聖女アリアの部屋へ向かった。
朱に交われば赤くなると言うが、根っからのお嬢様だったセレーナは、最近自分がダニエラに似てきた事に全く気がついてはいない。




