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♯1 第二章

 人族の王都、エルランディア。


 エンドア大陸の北に位置していて、当地で四界と呼ばれている、人族、エルフ、ドワーフ、獣人の四区分の中で最大人口を誇り、総人口は他の三界を合わせたのとほぼ同数と言われている。


 絶対君主制をとるエルランディア王国では、王族の世襲は当然としていても、貴族階級の世襲は保障されてはいない。


 王立の学院で学ぶ貴族の子供達は、純粋な学力、武力に応じてランク分けされ、その結果に応じてあとを継げるかどうかが定まるのだ。不幸にも後を継げる者が出なかった貴家は、家の存続の為には資格のある優秀な養子をとらなくてはいけない。


 代替わりごとに権力が浮き沈みする貴族階級と王族の間には、権力や資金力に埋められない差があり、エルランディア王国の貴族階級は、けして強いものではない。


 更に王国は伝統的に民間から文武に優れたものを登用する枠があり、更にそこから能力を示したものは、一代限りではあるが爵位を得て、名誉貴族となる事が出来るので、民兵からなる守備隊、警邏隊に名を連ねる若者は、腕を磨いて毎年開催される武芸の大会で名を売って叙勲される事を願い、商家において自家の後を継げない子弟は、文官として王宮へ入る事を夢見る。


 そこは完全な実力主義の世界ではあるが、学習というものは、幼少期から整った環境の者が有利であり、市井の者が秀でた才覚を示すのは並大抵の事ではない。


 はやくに両親を事故で失って孤児となったダニエラも、王立の孤児院で育ち、その才能を開花させるまでは、毎日の食事さえ満足には取れぬ、風が吹けば飛んでいくようなやせっぽちの少女だった。


 ある年の武道大会において、僅か十四歳の無名の少女が、予選大会を圧倒的な強さで勝ちあがってきた時は、王国中が大いに沸き観客で満員になった本選において、屈強な戦士達の攻撃をものともせず、破壊不可能なシールドで場外へ押し出し、はたまた、開幕と同時にその小さな両手に巨大な火球を浮かべ、恐怖した戦士が棄権を申し出るなど数々の伝説をつくった彼女は、十四歳にして王国警邏隊の士官待遇となり、後に叙勲されて、史上最年少の十七歳にて王国の最強魔導師として貴族の仲間入りを果たした。


 常識破りの素早さで、巨大な火球の術式を練り上げる事から、『爆炎のダニエラ』と畏怖される彼女は、王都から離れた自領である、フィオレオ村に建つ白壁が美しい自宅で、頭を抱えて悩んでいた。


「くそっ、どうすればいいんだ? なあグイド、どうすれば良いと思う?」


 ダニエラに問いかけられて、暖炉の傍に立っているグイドと呼ばれた男性は、しばし自分の顎に片手を当て、考え込んでしまった。やや壮年期を過ぎた感のあるグイドの金髪は白いものが多く混じり、髪の間からはっきりした特長の長い耳が覗いている。


「気持ちはわかる。だが、今は動くべきではない。王宮からはこの度の件については、結論が出るまで関係者は王都から離れているように、と強く言い渡されてしまった。いくら実力のあるおまえでも、今無理に戻れば下手をすると捕縛されるぞ」


「それはわかってる、でも納得がいかないんだ。命がけでベーゼを討伐してきたのに、何故アーベル王子が謹慎なんだ? 光剣をあのバカのドミニクが持っても絶対に光らないぞ。そもそも、私はこの眼で見たんだ。嘘じゃない。ベーゼはアーベルが光剣で貫いて倒した。塵となって消えた。なぜ教会の聖女は、未だベーゼの脅威は去っていないとか大嘘をつくんだ……」


「わかっている。ダニエラが嘘を言ってない事は私がよくわかってる。だが聖女の本意はわからぬが、ポロカ教皇は明らかに第一王子のドミニクと繋がっている。教皇が暗躍している可能性もある。今は向こうの後ろ盾の方が有利だ。お前が下手に動けば、アーベル殿の立場が悪くなる恐れが強い」


「くそっ、聖女がなんだ。正しい神託をしないなんて、神に対する冒瀆じゃないか」


 ダニエラは、少女時代を孤児院で過ごしたので、叙勲されて国内でも有名な貴族となった今でも、感情が激すると言葉使いが極端に悪くなる。


 警邏隊での士官時代には、悪党を捕縛するときに、未婚のうら若き美女が言ってはいけない台詞と共に、当たると死刑が確定する爆炎を投げつけてくる姿が悪目立ちして、悪党だけでなく市民からも怖れられていた。


 そんなダニエラが理不尽な現状に怒っているのだ。


 ダニエラの出世街道を見守り、応援して来たグイドだからこそ、感情の高ぶってる今のダニエラは危なっかしくみえる。


「ダニエラ、聖女の批判だけは心で止めておけ。奴等の耳に入れば、喜々として査問会を開くだろう。隙を見せてはいかん」

 

 ダニエラは、感情の高ぶりのせいか、魔力のせいか、静電気を帯びたように膨らんでいるトレードマークの赤い髪を、両手で押さえつけて怒った猫のようにふーっと息をついた。


「わかった。落ち着いた。あいつらは今以上アーベルを追及する手は持ってない。確かに私が煽られて手出しするのを待ち構えてると思う。その手には乗らない」


「そうです。王都にはゲルハルト将軍がいます。彼の眼が黒いうちは誰も王子に手出しは出来ません」


「うん、王都を出る時、ゲルハルトにお前が頼りだ、任せたぞ! と言ってきた」


「それは頼られたゲルハルト将軍も喜んだでしょう?」


「失敗したら燃やす! って念を押したから大丈夫」


 グイドはやれやれといった感じで目を伏せた。


 ダニエラ同様、神に選ばれし者として名高い鋼鉄のゲルハルトと称される若き将軍は、上流貴族の名家の生まれで、正しく真っ直ぐな男である


 グイドはダニエラの数少ない友人であり、ダニエラの所領を任されている立場なので、将軍とも会った事があるが、ゲルハルトがダニエラに惚れてるのは一目瞭然なのに、不器用で上手く伝えられないゲルハルトと、不器用で全然気が付かないダニエラの関係が、同じパーティを組んでるのに、一歩も進んでいない事に呆れている。

 

「ダニエラ、男の心を燃やしたい時は、お前が頼りだ、で止めておくのだ」


「わかった。今度から気をつける」


 ダニエラの膨らんでいた赤い髪が、風船から空気が抜けるように、大人しくなってきたので、ホッとひと安心したグイドが言葉を続ける。


「挑発してこちらが暴発するのを期待してる奴等を流すのに丁度良い案件がある。先日摘発された人身売買組織から救出した、エルフの少女の身柄を、現在王国との国境が閉じられているエルフ領へ送り返したいのだ。もちろん強い護衛付きで。現在、エルフ領との国境を無条件で越える事が出来るのは、外交特権を持つ一部の文官と、神に選ばれし者のみ。引き受けて、奴等をあざ笑うように国外へというのは如何ですかな?」


「わかった、それがいい。エルフの里ならグイドも久しぶりに一緒に行く?」


「私は、故郷をもたぬはぐれだから、気持ちだけ貰っておく」


「そうか、何時からになりそう?」


 グイドはにっこり微笑んで、王宮の封印が押された指令書を取り出した。


「準備は完了してます。参りましょうか」


「さすがグイド。お土産に、エルフの里から葡萄酒を持ってくるよ。楽しみにしてて」


「それは僥倖、飲みながら戻ってきたらダメですよ」

 

 ダニエラの表情に笑顔が戻ったのをみて安心したグイドは、侍従を呼び主人の出立を告げる。


 獣人国の巫女、ミレイアからの警告の内容が書かれた親書は、この時点でエルランディア王国には届いていたのだが、神に選ばれし者達は、誰一人としてその内容は知らぬままだった。



舞台を移して第二章になります。

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