♯2 第一章
(夢としては良いエンディングだけど、これだけ崩れてきてるのにオレ平気だし、どうやったら目が覚めるのかな?)
なかなか目が覚めないまま、オレは落ちてきて積み上がった瓦礫の隙間で動けなくなってしまった。感覚的には、海にあるテトラポットの隙間にでも挟まったような感じ。
(まだ目が覚めないのかよ)
これはあれだな、現状を打開しようと思い切り動いた瞬間、ベットから落ちて起きる感じだな。オレは縮めた脚に力を入れて、瓦礫をそいやっと蹴飛ばしてみた。
これで毛布が吹っ飛んで起きるつもりだったんだけど、実際ならとんでもない質量の瓦礫の山が、パーンと氷が砕けるような音と共に粉々になって消え、あちこち壊れてはいるけど、空間としては特に問題の無いさっきまでのフロアが、金色の灯りに照らされている光景が戻ってきた。
(おおー、何これ。あの落盤はあれか、幻覚みたいなやつ? っていうか夢まだ続くの?)
首をかしげるオレの足元で、髑髏の灰の山から、なにか醜い芋虫のような奴が、もぞもぞと這い出してくるのに気が付いて、オレは気持ち悪さに思わず引いてしまった。
芋虫は、身体の側面から無数の突起を伸ばしはじめ、徐々にその突起が脚のような形になっていく。ゲジゲジのようで実に気持ち悪い。
(これは、生かしておいたらダメな奴だわ)
オレは床に落ちていた両手斧を拾い上げ、無造作に振りかぶって蟲の上にダンと振り降ろした。
あの光る剣じゃないと死なないとかあるかな? と心配したけど、気合をいれて振り降ろした斧は蟲を両断して、残った体は溶けるように気化して消滅してしまった。
丈夫そうな大理石のフロアに、まるでバターにナイフを入れた様に両手斧が刺さっている。自分の力に驚きつつ、太くて強靭な指を握ったり開いたりして感触を確かめると、確かに斧で石が切れるような気がしてきた。
他に変なのが潜んで無いかどうか? 両手斧の先で灰の山を崩してみると、灰も溶けるように消えていき、最後に山のあった場所から、金色に光る指輪が一つ出てきた。
おそるおそる、両手斧の先でチョンチョンと突いてみても何も起きない。
オレは崩落の際に壁から剥がれて落ちてきた、赤と黒の模様が描かれた豪華なタペストリーを手で引き裂いて、ハンカチの様な布地を数枚つくって、そいつで指輪を包んで拾いあげ、腰に巻いてある頑丈そうな革ベルトに付いているポケットに押し込んだ。
改めて自分の格好をよくよく検分して見ると、なんとなくお相撲さんのマワシを連想してしまう分厚い腰ベルトに、お侍の佩楯の様な脚の付け根を守るパーツが垂れ下がっている。
他には何も身に付けておらず、靴さえ履いていない。
身体の外側面から背中にかけては、鎧のような鱗で覆われていて、先程の両手剣の剣士と素手でやりあっていた奴は、まるで竹刀を小手で受けるかのように刃先を止めていたから頑丈だと思う。でも、フロアに屍を晒している同属の姿を見る限り、手足は頑丈でも腹から首の前までは普通に斬られてるし、無敵と言う訳ではないみたい。
少し肌寒いような気がして、オレは石のテーブルの上に掛けられていた、厚みのある生地のクロスを引き剥がし、マントのように羽織ってみると、なかなか良い感じだった。割れてない鏡で見てみると結構カッコイイと思う。
あの髑髏が、脱出を想定していたなら、この部屋のどこかに外へ出る出口がある筈。オレは広い部屋の中を、彼方此方探索する事にした。
唯一の入り口の通路は、落盤で埋まっている。そもそも逃げるときに、敵が来る方へ逃げる訳もない。どこか裏手に、隠し扉とか何か細工があるだろうと、両手斧で壁をガンガン叩きながら、音の変化を感じ取ろうと耳を澄ます。そうしているうちに、壁の一箇所に叩いたときの反響がおかしい場所を見つけた。
拳で軽く殴ってみると、なんだかいけそうな感じなので、オレは徐々に力を込めて殴っていく。
石の壁がリズミカルに揺れ始めて、天井やいたるところから、破片がバラバラ落ちてくるけど、オレの拳は全然痛くはない。なんだか凄い超人になった気分。きっとヘビー級のボクサーとか、自分のパンチでサンドバックが揺れる感じを快感と思うんじゃないかな。
衝撃を受け続けた壁の一部が、石垣のパーツが一つ向こうに落ちるように、窪んで穴があいたので、そこから手を突っ込んで力任せに周囲のパーツを引き抜くと、徐々に穴は大きくなって、狭い通路の奥に、階段が繋がっているのがみえた。
(あ……)
全然痛くなかったので、目で見るまで気が付かなかったのだが、手の甲から赤い血が滲んで手のひらを濡らしている。ベルトのポケットから布地を出して、縛っておこうとした時、指が引っ掛かって、指輪を包んだ生地まで引っ張り出してしまい、弾みで指輪が転がり出て、壁に当たってキンッと高い音を立てた。
その瞬間、指輪に青く光る文字が浮かび上がり、それに反応するかのようにオレが壊した壁の一部にも青く光る文字が浮かび上がる。
次の瞬間、壁の中で大きな歯車が回るような音が響き始め、徐々に壁の一部がせり上がっていったが、オレが壊した部分が出っ張って歪んでいたので、嫌な音をたてて引っ掛かり途中で止まってしまった。
(ちゃんと開ける方法あるじゃん)
指輪で壁に触れると開く、また指輪で触れると閉まる。オレが扉を歪めてしまったので引っ掛かると酷い音がして、なんどもやってると壊れそうだったから途中でやめた。
扉をくぐり、階段を登った先は行き止まりの丸い小部屋になっていて、操作パネルの様な円柱状の出っ張りがあって、その上には読めない文字と図形が複雑に絡んだ絵柄が描かれている。指輪でパネルを叩くとキンッと高い音が響き、部屋の床に青く光る丸い図形が浮かび上がった。これは円の真ん中に行けという事だよな。
床の図形の中心に移動すると、周囲が眩しい光に包まれていく。
(これで目が覚めるのか……リアルだし、これこそ明晰夢だな)
光が収まって視界が戻ると、オレはそよぐ風を感じながら屋外に立っていた。歳月が流れ、石組みの床しか残っていない足元の周囲には、昔は柱だったのか倒れて朽ちた残骸が散らばっている。
うん、オレの部屋ではないですね。
辺りは見渡す限りの巨木の森。幹がとてつもなく太く、真っ直ぐに伸びて高い位置で拡がっている。緩やかに起伏のある草原は、下草の丈が高くないので見晴らしが良く、景色の所々に綺麗な池があったり、見たこと無い花が咲きほこる群落があったりで美しい。
オレは、自分がいまとてもお腹が減っている事に気が付いてしまった。
そしてなにより気になるのが、こんなに話の長い夢なんてみたことない。夢の中でこれは夢だと気が付くと目がさめる、と聞いた覚えがあるのだけど、覚める気配が無い。すなわち、これは多分夢じゃない。
飛び越せるようなサイズの小さな池のほとりでしゃがみ込み、水を手ですくってみると、とても冷たくて実にリアルだ。池の底で砂が湧きだすように揺れているので湧き水なんだろう。
オレは手ですくった水に口を付けて飲んでみた。
(あ、これは美味い。生き返る気がする)
生水飲むのは良くないかな? とか一瞬思ったけど、喉の渇きが消えて行く快感で止められず、がぶがぶといっぱい飲んでしまった。
揺れてる水面に写る自分の顔は、蜥蜴と人間を混ぜたような、精悍ではあるけど獰猛そうな表情を浮かべている。見慣れぬ姿なのに、不思議と愛着が湧くのは何故なんだろう。違和感を感じずに、これはオレだなと自然に納得してしまう感じ。
とりあえず、水は飲んでも腹は減ってる。
何か食べる物を探さなきゃ。と言っても食べれそうなものが全然わからないし、これはあれかな、狩りをして獲物をとって焼いて食べる感じ?
持ってる物は両手斧が一本と、豪華な生地のマントだけ。マントといっても元はテーブルクロスだけどね。火を起こそうにもマッチもライターも無いし、日が暮れてもテントも寝袋も無い。今晩はどうしたら良いだろう。
オレはごく普通の高校生だ。
昨日から夏休み、しばらく学校が休みだという開放感から、ちょっと夜更かししてしまい、ベッドで携帯を少し弄ってるうちに眠くなって寝たとこまでは覚えてる。とりあえず今は、食べるものと寝床の確保だ。
オレはやる事を頭の中で確認してから、両手斧を握りしめて巨木の草原を駆けはじめた。足の裏は全然痛く無い。岩を蹴っても、小石を踏んでも全然平気だ。途中で慎重に確認してみたけど、傷も付いていない。
頑丈な尻尾が、実に便利な事に走っているうちに気が付いた。重量のある尻尾を後方に伸ばすことで、大きく前傾姿勢をとってもバランスが取れ、太い両足が地面を蹴るのに実に都合が良いのだ。
大きな足と、太い爪が地面を掴み、自由自在に加速して飛び越える。
免許は持って無いから速度はわからないけど、普通に走ってる車より速い感じがする。しかも凸凹も、水場もあるオフロードでだ。
犬とか散歩を喜ぶけど、こんなに気持ちよく走れるのなら、走れない環境に閉じ込めるのは虐待だわ。ただ走ってるだけなのに、気持ちが高ぶってくる。
鼻が良いという感じはしないけれど、不思議と動物のいる方向は感じる。距離や対象物の大きさもはっきり感じる。オレは腹の虫が呼んでる方向へ、風のように向かっていった。
足音を立てないように気を付けると、オレの足は繊細に反応する。匂いの感じる方向へ、風下からそっと接近して、巨木の陰から様子を伺うと、視線の先には鹿のような、でも知ってる鹿とは柄も姿も微妙に違うやつが、草を食べていた。
みた瞬間、これはいける、美味しい食べ物だと確信できた。
でも、本能があれを捕獲して食えと言ってるのに、あんな可愛いのを斧で殺すの? 皮とか剥いで焼いちゃうの? いやそんなむりむり、と心が抵抗している。
食べる為に殺すのは悪じゃない。食え、感謝して残さず食え。誰かの声が聞こえているような気がするんだけど、やっぱりどうにも気が乗らない。
おそるおそる木の陰から顔を出した瞬間。
ターン! と小気味良い音がして、鹿の肩に矢が突き刺さった。
草を食んでいた鹿達が、一斉に散り散りになって逃げて行く。矢の刺さった鹿が、オレの隠れている巨木の横をすり抜けるように駆けて来て、おれは無意識のうちに反応してしまい、気が付いたら鹿の首を落としていた。
瞬間的に思ったのは、うあっ、やっちまった! である。
頭が転がって、血がどばーと出ている光景がトラウマになりそう。包丁で大根を切るような感じで、スコッと切れたのにも驚きだ。
鹿じゃない気配が、後ろの方から凄い速さで近づいてきて、巨木を回りこむように前に出てきた瞬間、そいつはオレを見てピッタリ動きを止めた。
(うおー、ちょっと。モフモフだよ、何これ?)
目の前に襷掛けに弓を背負い、片手に大型のナイフを構えたまま、オレを見つめて固まるモフモフ。多分、人型してるけど犬。そして女性。
「竜人」
彼女の手に持つナイフに、力が伝わる気配を感じて、オレは慌てて手を前に出して「まった」と言おうとした。
「ガッ!!」
びくっとした彼女は、華麗なバックステップで距離をおき、先程より厳しい視線でオレをみつめている。いや、ガッじゃなくて、威嚇したんじゃなくて、まいったな。
感覚的には、口の中にいっぱいパンを突っ込んで、そのまま喋ろうとしてる様な感じ。音は出るけど声にならない。これ、喉の声帯とかがまだ石膏みたいに固まってるんだな。身体を動かしてほぐれた様に、喉を使ってやれば何とかなるかも。
開いた片手を前に出したまってのポーズのまま、口を開けたり閉じたり、百面相するように色々やりながら、ガー、ガーと唸ってる俺を見て、モフモフは楽しそうにふっと笑い、落ちついた声で言った。
「竜人、私の言葉がわかるか?」
オレは、こくこくと少しオーバーに頷く。
オレは悪い魔物じゃないよ。手で喉の辺りをわしわししてたら、詰まってたものが落ちて、少し発声が良くなってきた気がする。
「話が通じる相手でよかった。知ってるか? 竜人なんて普通は見た事はないんだが、噂ではとても怖ろしい奴だと言われているんだ。戦いたいなら相手をするが思う所もある。話を聞いてくれるならそれを置いてくれないか」
モフモフの視線が、それとなく、オレの手の血濡れの両手斧を指している。
オレは思い切って、くるりと柄を回し、モフモフに差し出してみた。他人に刃物を渡すときは柄の方をハイってね。モフモフは、面白そうに微かに微笑んで、慎重にオレから斧を受け取った。
結構重いと思うんだけど、片手で軽々と重さを確かめるように振ってるモフモフは、見かけより随分と力がありそうだ。
「私は、犬人族のイリス。竜人、お前は文字は書けるか?」
「グリ……」
無理と言ったつもりだったんだけど、まだ上手く動かない。
「ガグン、ガガラアイトオモウ」
多分、わからないと思う、と言ったつもり。少しずつ滑らかにはなってきた。
それにしても、意味はわかるし、口からすらすら出てくるけど、耳に聞こえてる音感は、絶対に日本語じゃないな。なんだか不思議な感じ。
「おおっわかるぞ。これは都合が良いな。話が通じない相手では、どうやって説明したものかと悩んでいたぞ」
「ガクサン、シャベッテルウチニ、ウマクナルホ、オモオ」
あー、不自由だー。
「集落に案内する。一緒に付いて来て欲しい。詳しい話はそこでしよう。お前から敵意は感じないが細かい事はいいんだ。私達は例え敵でも味方でも、来る者は拒まず。敵の方から来てくれると喜ぶ奴らも大勢いる」
それなんていうか、ヒャッハーな感じの荒ぶる集落だね。オレそんな所にのこのこ付いて行って大丈夫かな。あ、この鹿、ちゃんと食べてあげなきゃダメなやつだよね。
「獲物は、オレがはごぼう」
「助かる、すまないが処理してしまうから、少し離れていてくれないか」
オレがイリスと名乗ったもふもふから距離をとると、彼女は見事な速さで、鹿の解体を一気に済ませてしまった。大型動物の解体って、はじめて見たけど、意外なほど心が落ち着いている。というか、流れる新鮮な血液に美味しそうとか感じるオレの感性、少しおかしくなってないか?
鳥皮とか揚げたやつ、みんなは美味いって言うけど、オレはなんだか生々しいブツブツが気持ち悪くて食べられないんだよね。今だと鹿の生肉って、マグロの赤身みたいに美味しそうとか思ってる。
「んー」
イリスがやってきて、血の付いた手で肉の固まりを手渡してくれる。
つい受け取ってしまい。うおーっ、血ー。と心のどこかは絶叫してるんだけど、見てるだけで目が離せなくなるような力を持つ、美味そうな固まりだ。
「生のレバーは、獲物を狩ったものの権利だ」
イリスが豪快に齧り付き、美味そうに咀嚼している。我慢出来なくなったオレも、イリスを真似て新鮮な肉の固まりに齧り付いた。
美味い、なんだこれ。美味しい。
気が付いたら、あっという間に完食してしまい。手に残った血の色を、名残惜しそうに眺めてる自分がいた。ちょっと自分で自分が怖ろしい。
内臓を抜いて、綺麗な沼の水で洗った鹿本体は、担いでみるととても軽かった。生臭さは感じず、逆に新鮮な肉の匂いがする。これ、このまま丸ごと燻製とかにしたら美味そうだな。
「あっちだ、すまないが前を歩いてくれ」イリスが森の一角を指差す。
「わかった、走るかい?」
「もちろんだ。私も速いからな。遠慮無く走っていいぞ」
オレはイリスの指差す方角へと、背中に大きな鹿を担いだまま、飛ぶように駆け出す。尻尾が勝手にバランス取ってくれて、荷物を担いでるのに揺れないな。少し後ろからイリスがオレの事を面白そうに観察しながら付いてくる。オレは風の音が聞こえるくらい速いんだけど、イリスも音も無く余裕で付いてくる。
時折方向を変えながら、そう長い時間は掛からずに、オレ達の行く手に大きな丸太を円錐状に組んだ、インディアンのテントのようなものが建ち並ぶ集落が見えてきた。
予想より規模が大きい。
門の所にいた見張りらしい者が、オレの姿に気が付いて奥の方へ駆けていくと、集落全体がザワザワと動き出して、オレはちょっとだけ心配になってきた。
下書きは完結まで出来てるので、完走は出来ると思います。
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